この異世界には水が少ない ~砂漠化した世界で成り上がりサバイバル~

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第二章

82 風の魔将軍ルセリア視点

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 私の名はルセリア・フォン・メルカトル。

 メルカトル家の次女であり、風の魔将軍の地位にいる者。姉妹には姉や妹がいるが、将軍になれたのは私だけだ。剣技に置いては姉が上、知略に置いては妹が上。中途半端な能力しかない私は、ただ一つ、常人をはるかに超える風の魔力があった。その力は、長いメルカトル家の歴史の中で、随一だ。

 その力は王国の空を支配するといっても過言ではない。

 ゆえにその力を買われ、私は現在将軍の地位にいる。


★★★



「殿下。ただいま戻りました」

 私は跪き、王女殿下に挨拶をする。

「あぁルセリア。私のルセリア。無事でよかったわ」

 殿下はベッドから起き上がり、私の顔を撫でまわす。

「本当によかったわ。神殿師団長のハインツが捕まったと聞いたから、心配したのよ」

「この通り、無事でございます。それとハインツは処刑されました」

「しょ、処刑? そ、そうなんだ。あの男もようやく死んだのね」

「はい。情報を引き出したのち、斬首しました」

 私は奴の最後を見届けた。何せ、私が奴の介錯をしたのだから。その場にはアルテア様や貴族の重鎮が多くおられ、奴は悲鳴を上げながら最後を迎えた。

「分かったわ。あの男が死んだのなら、枢機卿も動くはず。貴方だけが頼りよ。それで密会はどうなったの?」

「はい。滞りなく終わりました。これより、クーデターの準備に入ります。よろしいでしょうか?」

 お許しをいただくべく、私は頭を下げる。

「もちろんよ。動けない私に代わって、お願いするわ。…………それと、あの子、アルテアは元気だった?」

「はい。とても。殿下を助けるために頑張っておいでです」

「フフ。よかったわ。ようやく、国を取り戻す戦いが始められるのね」

 豪華なベッドに座る、王女殿下。彼女を見ると目にクマができ、ひどくやつれていた。長い幽閉生活で運動もまともにできず、水魔法を使わされ続けているからだ。このままでは、王女殿下は衰弱死する。

 私は料理長からもらった食事を王女殿下に渡し、しっかり食べるよう促す。

「今日のメニューはフォアグラの香草焼きだそうです」

 湯気の立つおいしそうなフォアグラだ。市井の者からすればフォアグラなど超高級品だが、実はこのフォアグラは残飯だ。王や枢機卿が食べ残し、それを再び調理しなおしたものである。

「少しでも精をつけるため、お食べになってください」

 私が食べるように勧めるが、殿下は眉間にしわを寄せる。

「持ってきてもらって悪いけど、最近、食事がのどを通らないの。貴方が食べてくれる?」

「それは出来ません。殿下、少しでも食べて力を付けてください」

 やせ細った殿下が痛ましい。腕や足など、皮と骨しかない。

「いいの。私はもう長くないわ。水の魔法を使うのも辛いの。近いうちに用無しとして処分されるわ」

「それは………」

 殿下を元気づけたいが、なんと声をかけて良いか分からない。これまでに何度も食べてください、頑張ってくださいと言ってきたが、殿下の体はもう限界だ。

「私よりも貴方の家族を心配して。牢屋に入れられてるんでしょ?」

「今のところ大丈夫です。食事はきちんと出ており、健康状態は医者が管理しています。牢屋に入れられて苦痛でしょうが、元気です」
 
 私の家族は人質として捕まっている。国外逃亡しないように、牢屋に入れられている。だから、私が帰る家には家族がいない。屋敷に私、一人だけだ。

「あなたの家族が無事ならばいいのだけど、用心して。貴方が裏切り者だとバレれば、すぐに処刑だわ」

 それは分かっているが、対処法が無い。これは推測だが、枢機卿は私が裏切り者だと感づいている節がある。遅かれ早かれ家族は処刑される。この戦争は起きるべくして起きている。枢機卿にとっては、戦争に乗じて王族を抹殺することしか頭にないはずだ。私は、その捨て駒の一人でしかない。

 今の今まで家族の為にねばってきたが、もう限界だ。それに時は来たのだ。ダーナ教会派に、真の水魔法使いが現れたのだから。

「ではルセリア。密会の内容を聞かせて。噂の御使い様は来られたのよね? どんな方だった? 本物だった?」

「はい。初めてお会いしたとき、内心は驚きました。まだ年端もいかない少年でしたから」

「子供なのね。で? その子はどんな感じ?」

 殿下が身を乗り出して聞いてくる。よほど興味があるのだろう。

「素晴らしい方です。見た目は子供ですが、すでに大人の考えを持っておいでです。それになによりも、けた外れに強い」

 アオ様の水魔法は、殿下の水魔法とは違う。殿下の水魔法は応用力を利かせた素晴らしい技だが、アオ様の水魔法は正直だ。まだ粗削りだが、単純に、威力が高い。

「そうなのね。我らにもようやく光が……」

 殿下が涙を流し始めた。久しぶりに、殿下の嬉し泣きを見た気がする。

「殿下。食事の後にお渡しするつもりでしたが、お食べにならないというのなら、これを飲んでもらえませんか?」

 私は腰の革袋から小さな小瓶を取り出し、殿下に渡す。

「これは?」

「アオ様がお作りになった聖水です」

「…………え? アオ様の聖水? 今なんて?」

 殿下の目が点になっている。よほど驚いたようだ。

「ですので、聖水です。体にいいとのことで、お飲みになってください」

「聖水って、ちょっと信じられないけど……」

 殿下は聖水を近くにあったグラスに注ぐ。すると、小瓶からは青く輝いた聖水が流れ出た。

「ウ、ウソでしょ。この水、光ってる。それに冷たいわ。まるで氷魔法を使って冷やしたみたい」

「はい。どういうわけか、アオ様の聖水は温度が低く、常温では腐りません」

「ルセリア。アオ様っていうのは、御使い様の名前よね?」

「その通りでございます。水瀬アオと名乗っておられました。さぁ、遠慮せずお飲みになってください。体が楽になるはずです」

「う、うん」

 殿下は恐る恐るその聖水を口元に持って行き、喉を鳴らして飲んだ。殿下は声を上げて驚いた。

「な、なにこれ。すごくおいしいじゃないの。まるで果実酒みたいな甘さよ。これが聖水なの?」

「はい」

 私は頭を下げるが、殿下は急に私の肩を掴んできた。なんだか、肩を掴む力が、かなり強い。

「ルセリア。申し訳ないけど、もう少しだけその聖水、もらえないかしら? なんだか、久しぶりにお腹が空いてきたの。力が戻ってきたみたいに感じるのよ」

「えぇ構いません。ただ、今は水筒一杯分しかありません」

 私は自分用にもらってきた聖水を全て、殿下に渡す。殿下は喜んで聖水をグラスいっぱいに注ぎ、ゴクゴクと飲み始めた。

「すごい。この聖水、しゅごい」

 しゅごい? 殿下のろれつがおかしくなっている。そんなに驚いたのだろうか?

「アオ様はどんな方なの? 死ぬ前にぜひともお会いしたいわ」

「死ぬ前などと、ご冗談を言わないでください。そうですね、アオ様はすごく大人びている少年でしたね。見た目はアルテア様と同じか、それ以上に可愛らしい子でした」

「え? 可愛いの? てっきり私、いわおのような子かと思ったのだけど」

「いえ、失礼かもしれませんが、男らしいとは無縁の少年です。痩せていて、女の子のような体つきをした少年でした」

「……………それはぜひともお会いしたいわね。水神リル様も相当お美しい方だと聞いているし、もしかしたらアオ様はリル様の生まれ変わりなのでは……」   
 
 殿下が珍しく生き生きとしている。そんなに聖水の力が凄かったのだろうか? 確かに素晴らしい水だったが、魔力が充実している私にとっては、そこまで感動するものではなかった。

「きっとすぐに会えますよ。アオ様はこの国を救う気でいらっしゃいますから、必ず会えます」 

「そ、そうなの。この国を救ってくださるのね?」

「はい。アオ様は救国の英雄かと思います」

「…………きゅ、救国の英雄…………」

 殿下が若干顔を赤くして、ウットリしている。初めてこんな殿下を見た。普段は優しい方だが、実はとても厳しい方なのだ。戦いになると口調も変わるほど苛烈で、恋愛などはあまり聞いたことが無い。それがアオ様のことを考えてウットリしている。これはかなり珍しい光景だ。

「ならば殿下。アオ様にお会いするためにも、精を付けて元気にならなければ。そのようなお体では、アオ様も心を痛めるだけではありませんか?」

 私は遠まわしに、飯を食えと言ったつもりだったが、どうやらかなり効いたらしい。

「そ、そうね。こんな骸骨みたいな体じゃ、嫌われるわよね。よし、ルセリア。そのフォアグラ、私が食べるわ」

 殿下はそう言ってフォークとナイフを握り、ゆっくりとだが食べ始めた。普段は食べ物を食べるとすぐに吐き戻していたが、今はもぐもぐと食べている。聖水を飲んだからだろうか? 瞳に光が戻っている。

「殿下。あとは我々がなんとかします。決起の際には、逃げられるように体を整えてください。よろしくお願いします」

「大丈夫よ、もぐもぐ。なんとかしておくわ、もぐもぐ」

 先ほどとは打って変わった態度で、私もびっくりする。そんなに聖水の力はすごいのだろうか? 

 とにかく殿下が元気になられたようで一安心だ。いざという時に動けない、逃げられないでは話にならない。

 私はその後、静かに殿下の部屋を退出し、味方の騎士達に密書を渡した。密書の内容は、「時は来た」。たった一文だけだが、私に仕える2000人の騎士達は了解の意を示したのだった。

 








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