俺は自販機使いの魔王

無名

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ニホンジン魔王爆誕

魔王様、立ち上がる

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 白い鎧を着た、イケメンの魔族。彼の名はリシャール・アグラグスト。魔族の中でも指折りの力を持った男だ。

 どうやら彼は昔、俺の側近だったらしい。俺が目覚める前、右腕として魔王と一緒に働いていたようだ。

 俺は彼に記憶がなくなってしまったと適当に嘘をついた。

 俺の嘘に、リシャールは一瞬茫然として立ち尽くしたが、すぐに気を取り直した。

「記憶など、いつか戻ります! 私は魔王様とともに今を生きれることに感謝しているのです!」

 ジーク、魔王! とでも叫びそうな勢いだ。某ロボットアニメのセリフなのだが。

 俺はリシャールに言った。

 俺の脚に縋り付き、今も頬をこすり付けている幼女はなんなのかと。

「……その子は魔王様のお孫様です。エルナ様です」

 俺は言葉が出なかった。

 孫だと? 妻は、娘や息子はどうした? 俺は結婚していたのか?

「全員、お亡くなりになりました。エルナ様の母上である、エリザ様は、つい最近斬首されました。人間どもに殺されたのです。あの憎き勇者どもに」

 リシャールは目に涙を溜め、悔しそうにうつむいた。血の涙を流す勢いだ。俺は信じられない重い言葉に、うっと呻いてしまう。

 マジかよ。死んでんのかよ。しかも全員かよ。

 悲しい事実だが、俺は全く実感がない。妻や娘など、顔も知らん。

 知らんのだが、俺の心に深く去来するものがあった。前魔王の残滓だろうか? 非常に心が悲しくなる。

「ここにいる者たちは?」

「人間の圧政から逃れた、最後の民です。他は捕まり、すべてが奴隷にされました。今も魔族たちが人間にこき使われ、死んでおります」

「人間が魔族を奴隷に? こき使われ、死んでいる?」

 その言葉に、俺の心臓が、ドクンッと脈打った。

 会ったこともない魔族たちに、魔王の臣民たちに、悲しみを覚えた。それと悔しさも。

 ふむ。なんだこの心の脈動は。意味が分からん。俺は本当に魔王にでもなったというのか? 俺がこの魔族や魔物たちを助けろとでも?

 俺は未だにワンルームアパートのベッドが恋しいんだぞ? 帰って早くネットやりたいんだ。もし死んだなら、俺のHDDは必ず壊してくれよ? 業者に頼んであるんだ。死んだ時の破壊依頼。

「魔王様。ここでは民が見ています。一度会議室の方へ」

「……そう、だな。わかった。それとこの子も一緒にいいか? 俺の脚から離れる気配がない」

 俺の孫と言われる幼女は、がっしりと俺のすねにくっついている。家族の写真を握りしめて。

「かしこまりました。エルナ様? 私がおんぶしますので、魔王様の脚から離れて頂けませんか?」

「いや」

 エルナは頬を膨らませて、俺から離れる気配がない。

「大丈夫だ。一緒に行こう。俺が肩車してやる」

「行く」 

 エルナは俺に肩車され、玉座の間を離れる。俺が玉座から立ち上がると、民たちは魔王コール。
大歓声が響いた。立ち上がっただけなのに、大歓声とは。すさまじいカリスマだ。100年眠っていたという話だが、少しも魔王のカリスマ性が失われていない。

 俺はヤバいと思った。これが夢じゃなければ、俺は相当期待されているぞ。苦しめる人間たちを一人残さず倒す神だと思われてる。やばい。俺にそんな力はないはずだ。いかに魔王と言えど、戦う技術のない俺が、どうやって人間を倒すのだ。

「会議室はこちらです」

 俺はリシャールに案内されて、ボロボロの絨毯を踏みしめる。かつて廃墟になる前の城にあった絨毯だろう。高級そうな赤い絨毯だ。

 海をまっぶたつにするように民を押しのけ、俺は悠々と歩く。俺が歩いていると、祈りすら捧げる奴もいた。

 こいつらマジか。俺は神様かよ。俺はこの魔王ってやつの体を乗っ取った、ただの日本人だぞ!

 しばらく歩いて会議室に着くと、そこには円卓があった。かつて、魔王の将軍たちが座っていたと思われる、円卓が。

 円卓はところどころひび割れ、この部屋も崩れ落ちそうだ。

「かつては、円卓の13騎士と言われ、ここには私を含めた13人の将軍たちがいたのです。記憶を失くしたとおっしゃられますが、今でもすべての騎士は魔王様に忠誠を誓っております」

「リシャール以外はどこにいる?」

「何名かは奴隷として捕まっているようですが、そのうちの何名かは死にました。行方不明者も多く、生死不明ですが、多分死んだ者が大半だと思います」

 ここでもリシャールは悲しみに顔をゆがませた。

 俺はそんなリシャールの顔に、ひどく悲しくなる。俺は静かに肩車していたエルナを下すと、リシャールに聞いた。

「勇者とやらは強いのか?」

「けた違いに強いです」

 あ、そう。

 けた違いね。うん。

 これ、無理ゲーってやつだよ。最初から俺の陣営はくたばりかけてる。巻き返すものなど一つもない。こんなボロボロの城では、いつまで持つか分からない。

 俺は思った。頼む。夢なら覚めてくれ。

 どんなに俺の心が悲しくなっても、魔族たちがひどい目にあわされていても、それは他人事だ。日本人の俺には関係ない。

 関係ないが。

「魔王しゃま。これ」

 足元に下したエルナから、写真を受け取った。先ほどエルナが握りしめていたものだ。

 そこには、100年前に生きていた魔王の娘が写っていた。俺と楽しそうに、笑っている、家族の写真だ。

 俺はまたもや心が揺り動かされた。会ったこともない、知らない奴らに。

 俺はそのまま胸が苦しくなって、地面に膝をついてしまう。

「魔王様!? どうされました?」

 エルナとリシャールが心配そうに、俺に近寄ってくる。

 日本で心配されることなどなかった俺に、リシャールとエルナが優しく介助してくれる。

「魔王しゃま。まだ起きたばかりよ? 休んで?」

「そうです。エルナ様の言うとおりです」

 くそったれ。そんな顔をするな。ああくそ。なんで俺がこんな目に?

 心では悪態をつくが、俺の本心は魔王と似通っていた。

 俺の体は言いたくもないのに、リシャールに言ってしまった。魔王の心が俺の体を動かした。

「リシャールよ。我は人間どもを倒す。戦える者をここに集めよ。エルナと民の仇、必ず我が討つ!」

 巨大な魔力が場を包み込み、城さえも包み込む。暖かい魔力が、リシャールとエルナを包み込んだ。

 俺自身、驚いている。こんな力、俺に、いや、魔王にあったのかと。

「この、お力。やはり魔王様は不滅……」

「魔王しゃま……」

 魔王の、絶対的な魔力が城にいるすべての魔族たちを包みこんだ。

 絶対に不利。人間には勝てるはずもない。力も、技術も、物量も。勝てない戦にもかかわらず、魔王の魔力に当てられ、ボロボロの民たちは思った。

 魔王様! ご命令を! 我ら一同、魔王様についていきますぞ!


 
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