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キューピッドはお礼に戸惑う

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 自宅のマンションへ戻り、集合ポストへ足を向ける。

「ん……?」

 夜更けで人の気配のしないポスト前に、見知らぬ男が一人立っていた。
 マンションの住民かもしれないと思ったが、明らかに五〇七号室のポストを覗き込もうとしている。そこは僕の部屋なんだが。

「あの」

 背後からそろり近づいて声をかけると、人影が振り返った。二十代後半らしき男だ。
 相手は僕に気づくと、会釈をしてそそくさと場を後にした。

 あんな知り合い、いたっけ。
 ……いや、思い浮かばない。かといって郵便配達にも宅配業者にも見えなかった。
 最近はデリバリーサービスなどで私服姿がマンションに出入りすることも増えた。
 その類いが部屋番号に迷ったのだろうか。

 ひとまず危険な物が投函されていないかポストを確認した。
 が、危険物どころか、雅樹さんが置いて行ってくれたはずの合鍵も入っていない。
 もしかして施錠をし忘れて出たのか?

 エレベーターに乗って五階へ。
 五〇七号室。
 部屋の扉を確認すると、鍵はちゃんとかかっていた。

 まさかと思い部屋に入ると、玄関の電気はつけっぱなしになっていて、見慣れない靴が綺麗に揃えられて置いてある。
 慌てて三和土たたきから上がり、リビングに入った。

「おかえり」

 雅樹さんはどこかで買ってきたらしい、しわの異常に少ない新品の服を着て、例の静かで必要最低限な微笑みを浮かべつつ、なぜか恐縮そうにダイニングテーブルの席に座っていた。

「遅かったな」
「ただいま……ではなくて、帰られたのでは?」
「うん。帰る家はないが、迷惑になるからおいとましようと思っていた。が、きみに謝らなければいけないことができた」

 何を言っているのだ、と発言するより先に、大儀そうに立ち上がった雅樹さんになぜか手首をやんわりとつかまれた。

「え、ちょ」

 手を引かれ、なぜか洗面所へと連れて行かれる。手首にやってくる熱に戸惑ったのもつかの間、目の前の光景を見て、そんな感情は一気に吹き飛んだ。

「どうしたんですか、これ」

 洗面所の床は、洗剤の泡で水浸しになっていた。元凶は洗面台の横にある斜めドラム式洗濯機からで、開けっ放しの蓋から濡れた衣類がはみ出ている。

「せめて服を洗おうと思ったが、どうも、手順か加減を間違えて泡まみれになった」

 雅樹さんは惨状を見下ろしつつ、良く言えば平常通りに、悪く言えば無感情にそう言った。

「これでも片付いたほうだが、まだ済んではいない」
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