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キューピッドは囁かれる

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「恥ずかしい……」
「大丈夫。おれも感じているよ」
「ま、さきさん……っ」

 誰にも知られたことのない、自分すら知らない秘めたところを、初めて恋してくれた人に探られて、ひらかれる。そんな未知の世界に、言葉が追いつかない。

 涙が出た。

「っ……ううっ……」

 僕は自分のことを、強靭とまではいかなくても、繊細ではない思っていた。
 本当は、こんなに臆病な人間だったなんて。

 僕を抱いてくれる人が、僕を魅力的だと言ってくれる人が、この世にいるなんてありえないと決めつけていた。

 どこかむなしく冷たかった心が温められて、涙が止まらない。

「こんなの、ぼ、僕じゃない……」
「真也」
「……っ、見ないで……いやだ、……みないで」
「怖いのか?」

 その言葉には、首を必死に振って、否定した。

「この涙は、違うんです。あなたや行為が怖いんじゃなくて、こ、この状況に頭が追いつかなくて……」
「……」
「胸がいっぱいで、嬉しいのか苦しいのかわからない……と、止まらないんです」

 涙の伝った頬にいたわしげな指が走る。

「やめるか?」

 涙を流れるに任せたまま、うっすらと目を開く。
 僕を労ってくれる彼の顔を見ていると、怖いと思う先を、雅樹さんとなら見てみたいと思う。
 僕の知らない感情を見せてくれた人となら、僕の知らないところへ行きたい……って。

「連れていって、ください……」
「うん。じゃあ一緒に恥ずかしくなろう」

 雅樹さんが僕の涙をもう一度拭ってくれた。そのまま、手が自分の服と下着をおろす。
 先ほどから服の上でも見えるほど怒張したそれは、僕のとは比べ物ならないくらいの大きさだった。
 今さらになって、雅樹さんが『最初からすべてを受け入れようとしなくていい』と言ってくれた意味を察する。

 アルファのそれは、通常よりも大きく、しかもオメガに種を残すための本能の名残か、簡単には抜けないような構造になっている。
 ベータの身体なうえ、一度も受け入れたことのない僕の後ろへ無理に挿れれば、たぶん怪我ではすまないだろう。
 笑おうとして、泣き顔のまま無理やり口角を上げた。

「……たしかにこれは、はじめてで受け入れられる気はしない、です」
「素直に口にしてくれるところが好ましいと思うよ」

 そっと、彼のモノに手を伸ばして触れると、雅樹さんの全身がぴくりと一瞬だけわなないて、先端から透明な液が滴った。

「でも、ほ、本当に僕で……?」
「好きな人が、おれの手で恥じらって、感じて、こちらに触れてくれる。それだけでいいんだ」
「好きな人──んっ」

 雅樹さんは僕を口づけで貪ってくる。勃起してぬらりとした僕のものへ、自分のものをこすり合わせた。

「……んんっ!」

 塞がれた口元から叫びのような吐息が漏れる。
 握られているわけでも、口でされているわけでも、ましてや挿入しているわけでもない。なのに、熱ととろみで触れられた箇所が、あまりに気持ちいい。

「ん……ふっ……」

 喘ぎはキスで封じ込められて、まるで僕のその苦しさまでも、雅樹さんは味わおうとしてくれているみたいで。

「あぁ……っ!」

 あっけなく、僕は果てた。飛び散った白が僕の腹や彼のペニスにかかる。
 倦怠感にも似た快感がやってくる。

「っ……!」

 雅樹さんも続けて精を吐き出した。
 僕の出した白い熱のおかげだろうか。もしそうだとしたら──。

「真也、その顔はいけない」
「っ、え……?」
「煽らないでくれ」
「あ、煽ってません」
「その顔を今まで誰にも見せたことがないと思うと、今日は挿れないと決めているのに……揺さぶられる」

 見ると雅樹さんのものがまた怒張していた。それをごまかすかのように「キス……」と吐息交じりに雅樹さんはつぶやいて、もう何度かわからない唇を迫ってくる。
 その時の雅樹さんの顔のほうが──艶っぽくて、雄らしくて、欲情に切羽詰まっている美貌のほうが、よっぽど僕を煽り立てた。

 雅樹さんの唇を受け入れながら、自分から腕を伸ばして彼の首に絡ませた。呼応していっそう激しくなった雅樹さんの舌が僕の歯をなぞり、僕の舌を雅樹さんが歯で捕まえて、さらに激しく貪っていく。萎えていた僕のそこも、また徐々にそそり立ってくる。

 またお互いのペニスを突き合わせる。
 雅樹さんの大きな手が二つまとめにそれらを扱き上げた。

「あ、あぁっ」

 背が戦慄いた。雅樹さんの指に追い立てられて何度も腰が跳ねる。

「やっ、あ……ぁあ」
「かわいいよ」
「まさき、さんっ……、やぁ…!」

 キスは顎の下に落ちて、首筋を甘噛みされて、耐えきれない喘ぎが僕の口から漏れた。

「っ……ぅ、あッ、あ…」

 これが……セックス。体でお互いの心を確認する行為。

「はっ……、きもち、い……っ」
「……真也」

 雅樹さんが幸せそうに、唇を歪める。

「真也」

 名を呼んでほしい、と言われている気がした。

「雅樹さん……」

 応えて、また名を呼ばれ、名を呼ぶ。喘いで快感を伝え合う。
 それ以外には静寂の中で進む行為。
 僕にはそれが、頭の中で文字として知っている激しい行為よりも、いっそう心地よく感じる。

 僕たちはそうして静かに果て続けてて、互いの心を何度も確かめ合った。
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