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3.man 回避
しおりを挟む高校まで広島で育って、大学で大阪に出たとき、引っ越しや環境の変化というのは意外と適応が大変なものだと実感した。今回、就活のためにひょっこり東京に4月~6月という短期間出てくることにしてみたが、やはり適応は大変だと思う。大阪も人が多かったが東京はさらに多い。広島の人の量に慣れているせいでどうにもわずらわしい。パーソナルスペースの大切さが都会に住めば住むほど身に染みる。まぁ今回の東京に適応できるできないは、人口や都市レベルだけではなくてゲストハウスでの同居生活という部分が1番重たい。高校まで実家、大阪もばあちゃん家で過ごさせてもらっていた俺は、同年代と同居生活なんてしたことがなかった。しかも同居人の3人中1人、由梨加さんは女性だ。姉や妹のいない身からすると本当に何に気を遣えば良いか全く分からない。あっさりしている人なので特に苦労は無いけれど、洗濯機からネットを取り出している(おそらくは下着類)ところや、風呂上がりに遭遇すると勝手な緊張をしてしまう。他の男2人は、優馬と光希と言って気さくな絡みやすい感じのキャラクターだ。優馬の方は、ノリが軽くて色んな女性トラブルを引き起こしているみたいだが、余り深く聞きこんだことはない。光希は、薬学部在学で院進学志望なのだが、就活も覗いてみたいということでここに住んでいるらしい。もう4月も終わりが近づいていて、半月以上この4人で生活している。2.3週間と過ごしてみると案外慣れてきて、3ヶ月くらいならどうにでもなりそうだという気持ちになれている。就活にも集中できているし、みんな自分と違うキャラクターのために就活の中身が違っていて話を聞くほど面白い。だから、上京前に思っていたよりも環境的にはずっといい。そのおかげかは分からないが、書類や筆記は今のところ順調でまだ一社もこぼしていない。
そんなこんなで就活も書類や1次の筆記系がほぼ終わっていき、就活は面接という段階にさしかかり、東京生活が少しマンネリ化し始めた。みんなもそう思っていたのか、昨日優馬が夕飯時に「せっかくの縁だから4人みんなで飲みにでも行こう!」と提案してきた。それはいいね!という事になってみんなで調整した結果いきなり今日飲みに行く事になっている。由梨加さんだけ少し遅くなるということで21時前からの参加らしいが、非常に楽しみだ。
優馬が由梨加さんが合流するまでは軽い飲みにしてピークが終わらないようにしたいらしく、1軒目は立ち飲み屋になった。優馬は前にも来たことがあるらしくスタスタと道案内をしてくれる。着いたのは「酒の肴」というお店で窓の外から見える感じでほ、結構サラリーマンで賑わっている。看板は木製でいかついが、古い建物の割に埃や汚れが少ない。丁寧な管理をしているお店な印象だ。立ち飲み屋というと、おじさんになってから通うようなイメージだったが案外面白いのかもしれない。今日、良かったら通ってみたい。
のれんをくぐると30歳は過ぎているだろうなというぐらいの男性が「いらっしゃいませ!」と明るく対応してくださった。優馬も自分たちも立ち飲みのつもりで来ていたが、たまたまだ座敷が空いていて入って良いということだったので座敷に入ることにした。座敷までの間に立ち飲み用のカウンターがあり、雰囲気を観察できた。こういうところで上司と2人で飲んだり、歳の近い先輩と飲んだりするのかと社会人の定時後のイメージが膨らんでいく。就活を頑張って、しっかり定時後も楽しめるところに入りたいものだ。
しかし、そんな妄想が一斉にしぼんでしまった。立ち飲み用のカウンター席の端でせっせとドリンクを作っている店員に見覚えがある。1秒にもならない本当に瞬間で、それが綾乃だと分かった。艶のある黒髪、色白で目の印象が少しだけきつい。綾乃の長い綺麗な指は、焼酎用のグラスとは似合っていない。酒の肴と背中にプリントされた黒のTシャツとネイビーの前掛けがなければ、本当に店員なのか疑ってしまうだろう。俺は一瞬でカウンター席から視線を外した。右のポケットからiPhoneを取り出す。着信のないLINEを見ながらカウンター席分の通路をやり過ごした。前回もそうだが、こんな悪戯にばったりは会いたくない。もう嫌われているとしても、せめて落ち着いた話ができる場所で会えるのが望ましい。綾乃に気づかれませんようにと願って俺は通り過ぎた。外からあまり見えないように座ろう。由梨加さんが来る時に店を変えるだろうし、ほんの2時間ぐらいこのまま過ぎれば大丈夫なはず。生3つで乾杯をしながら、とりあえずは考えまいと不安ごと飲み込んだ。
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