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4.woman 無知と天性
しおりを挟む梨香子は、席移動を諦めたようにグラスを口に運んだが頭で何か考えているのは何となく分かった。正直に言うとこの子はきっと何か悪い方向に企んでいる。まぁ悪いと言ってもそれは私にとってだけなのだけど。守人と私のことは誰もちゃんと知らないのだから。みんなにバレるのももちろん良い気がしないが、何より守人がこっちに来てしまったらどうすればいいか分からない。分からないというのは漠然とした恐怖であり緊張だ。今日はくつろいだり騒いだりしたいのだからそんなものは必要ない。私は、梨香子が大人しくこのままいてくれることを願った。
本人は全く無自覚だけど、梨香子には天性と言っていいレベルの愛嬌がある。第一印象で勝負したら基本的にどこでも負けないはずだ。人懐っこい笑顔と普通の人と比べて少しだけ近い距離感、言葉遣いが丁寧でも粗野でもない心地よさ。同性でも一瞬で惹かれるのだから異性ならすぐだろうと思う。顔も可愛い系だから尚更だ。そんな彼女には、長所であると同時に良くない性格が2つある。1つ、初対面の人にも緊張せずに話しかけれてしまうところ。1つ、普通の人がしないことも悪いと思わなければできてしまうこと。そんな性格たちが私の「理由もなく席移動できない」という発言を彼女なりの解釈に変換した結果、梨香子をある行動に導いてしまった。
2杯目をグッと飲み干した梨香子が、守人たちの3人で飲んでいるテーブルの空いた1席に座りに行ったのだ。居酒屋なんて2人席の次は4人席だし、その次は6人席だ。3人席なんてものはない。すんなり座れてしまう、そして梨香子なら溶け込んでしまう。
もう仕方がないとは思ったが、何も私がそこについていかなければならないわけではない。少し困り気味の華ちゃんに聞けば良いだけだった。
「華ちゃん、どうする?梨香子についていくなら卓番とかずらすよ?」
私も私でずるい部分があるので、少し内気な傾向のある華ちゃんがついていくわけないのを分かっていた。花ちゃんもついていく気はなく、
「このまま綾乃ちゃんと喋りながら飲んでていいかな?」
という返事だった。私は「もちろん。」と答えて、梨香子が空にしたグラスを片した。今日は立ち飲み側にお客さんが来ていないので、花ちゃんと2人でしっぽりできる心地いい時間になりそうだ。
30分くらい経った頃、急に梨香子が戻ってきた。戻ってきたが男の子が1人ついてきている。幸い守人ではない。私は花ちゃんを呼びにきたのかと思ってとりあえず関わらないことにした。
「あーやーの!この子、綾乃のことタイプらしいよ!どう?」
残念ながらご指名は華ちゃんでなかった。私は、なんとも言えない顔で逃げるほかなかった。
「有難いけどバイト中なので、私は一緒に飲めないです。
ごめんなさい。」
こんな事を思うのはお門違いかもしれないが、同じテーブルで飲んでいるんだからこういう申し出ぐらい何とか止めなさいよ守人の馬鹿!とイライラしてしまう。でも止めてくれなかったことの何倍か、止めてくれなかったという感情の湧いた自分にイライラしてきた。
「綾乃さん厳しい!一時撤退しよう優馬くん!」
梨香子が優馬くんと呼びながら連れてきた男の子を引っ張って座敷側に帰っていった。さすがだなぁと思う。私は30分そこらで名前呼びに進展しないし、腕を引っ張ることはできない。そもそも知らないグループの飲みに座りに行くことも無理だ。
「綾乃も大変だねー。梨香子はいつも元気。」
華ちゃんは、にこにこしながら私たちを眺めていた。いつものんびりとした雰囲気がしていて、いてくれるだけで平和を感じる。ぶっちゃけ私より華ちゃんの方が女の子らしくてずっといいと思う。男の子の好みってあんまり分からないものだ。
もう大丈夫と腹を括りつつあった私だったが、この騒動はここで解決しなかった。5分もしないうちに梨香子が男の子を2人連れてきてしまったのだ。それも荷物ごと。10人しか座れないカウンター席に華ちゃん1人しか座ってないのだから、当然の発想なのだろうか。私の目の前は、華ちゃん、優馬くんと呼ばれた男性、もう1人の子、最後に梨香子という順に座られる変な形になってしまった。守人がなかなか来ないのは、きっと私がいることを知ってしまったんだなぁと思った。お互いにくつろげるはずの日がとても窮屈だ。結局、待てなくなった梨香子が守人も引っ張ってきて隣に座らせてしまった。自分のせいといえばそうだが、何も知らないって怖い。天然的な性格も今日みたいな場合は本当に怖い。
地獄とまでは言わないがある種の修羅場が完成してしまった。時計はまだ21時をやっと回ったところで、この修羅場はなんと1時間弱も寿命があるわけだ。こうなってくると飲んだ方が楽かもしれないと思って、私はみんなのお酒を作るついでに三岳の湯割りをビールサーバーの横に忍ばせた。
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