やがて光りの王となり

雉村由壱

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【 第三章 】やがて光りの王となり

絶望の淵で③

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「おやおや、またずいぶんと悪そうだね」

 魔術師はマティアスを見て笑う。

「お願いします!」

 怪しげではあるが、今はもうこの魔術師にすがるしかない。カイは頭を下げた。

「なんだ? 医者ではないのか?」

「医者は帰っちまったんだが、領主様のところにこの魔術師さんがおってな」

「魔術師?! こんな田舎に?!」

 老人二人が話しているのを尻目に、魔術師はマティアスに掛けられている毛布を捲った。

 マティアスは濡れた服を脱がされ裸のまま藁束のベッドに寝かされていた。傷部分はカイがシャツで止血したままだ。そこはシャツの白い色が見えなくなる程に血で赤茶に染まっている。

「その布切れは取ってくれ」

「は、はい」

 カイが返事をすると老婆がカイにハサミを渡し、横に座った。

「手伝うわ」
「ありがとうございます」

 血で濡れ固まっている生地を老婆が持ち上げ、カイがハサミを入れ、布を取り去る。

「あぁ、可哀想に……」

 マティアスの肩口付近にぽっかりと開いた穴に老婆が顔を顰めた。
 布を取り去るとまた血が溢れてきた。
 顔だけでなく身体も血の気が引き青白く、美しい金髪は淀んだ湖の水と血で汚れくすんでいる。それでもマティアスの胸は生きようと浅いながら呼吸をしていた。

 魔術師がマティアスの前に歩み出た。
 そして右手をマティアスの胸の前に掲げると、傷口が赤紫の炎に包まれた。

「なっ! 燃えてる?!」
「大丈夫。これが私の力だ」

 カイの動揺を左手で制し、魔術師は術を続けた。
 傷の上でゆらゆらと揺れている炎。その下に見える傷は確かに血が止まり、薄い膜が張っていくように皮膚が再生されていく。

「す、凄い……!」

 初めて見る治癒魔法にカイだけでなくその場にいた二組の老夫婦も驚きつつ見守る。

 再生された皮膚が少し厚くなって来たかと思った時、炎がゆっくりと消えていった。

「私の能力ではここまでだな」

 魔術師はそう言って手をおろしてしまった。

「だが安静にしていれば死なない程度には回復している。折れていた骨も接いだ。そこらの医者よりは格段にマシなはずだ」

 カイはマティアスに近づきその患部を確認した。
 穴は完全に塞がったわけでは無さそうで、再生された皮膚の内側で赤い肉と血が透けて見えている。しかしマティアスの顔色は先程とは雲泥の差で、生気が戻ってきているとわかった。

「あ、ありがとうございます!」

 カイは魔術師に跪き感謝を表した。

「じゃ、私は帰るから」

 魔術師は薄っすらと笑みを湛え、あっさりと家から出て行った。カイは魔術師の後を追いながら再び礼を述べた。

「本当に、本当ありがとうございます! 実は私たちは今文無しで……でもどうにかして治癒費はお支払いしますので……!」

「いいよ。金なんてべつに欲しくない」

 魔術師はそう言うと足を止めてカイに向き合った。そして人気の無い森の手前で囁いた。

「それより、あの子を完全に回復させる方法があるよ」

「えっ、そうなんですか……?」

 魔術師が美しい顔でニヤと嗤う。

「身体を繋げて行う治癒魔法がある」

「……それは、どういうことですか」

 嫌な予感を抱えつつカイは尋ねた。

「私があの子を抱くってことだよ。流石に意識の無い状態でするのは気が引けるからね。あの子が目醒めたら聞いてみてくれ。今すぐ帰りの旅に出たいなら完治させる方法もあると」

 カイは絶句した。
 この男はマティアスを抱かせろと言っているとしか思えない。それにこの魔術師、カイ達が遠くから来たことを知っているような口ぶりだ。

「ま、このまま自然に治るのを待つのもありじゃないかな。治る頃にはきっと雪が降ってるだろうから、春までこの村で休暇を楽しむと良いよ」

 嫌味のような台詞にカイは半ば無意識に魔術師を睨んでいた。

(この魔術師、まさかソレが目当てでわざと完治させなかったのか……?)

「私はしばらく領主の家に滞在しているから、完治させたいならあの子を連れてくるんだな。じゃあね。……そろそろあの子の元に戻った方が良い。田舎者の見世物になる」

「えっ?!」

 カイは驚き老人の家を見た。玄関に背の高い男が玄関先に立ち中を伺っている。

 カイはすぐにマティアスの元に戻ろうと思い、魔術師の方を再び振り向いたがそこにはもう誰も居なかった。

「き、消えた……?」

 視線の先は暗い森を抜ける暗い道だけ。

 カイは驚きながらも相手が魔術師なだけにカイには想像も出来ない何かの術を使ったのだろうと判断し家へと戻った。

「お前たち、いい加減に帰れ! 怪我人を覗きに来るなんぞ悪趣味だぞ!」

 カイが老人の家へと走り戻ると、老人の怒号が響いた。小柄で年老いているとは思えない声量が夜の集落に響き渡る。

「そんなんじゃねぇって! 俺はっ!」

 玄関まで来ていた若い男が怯みながらも反論しようとしていた。家の周りにいた他の人々はスルスルと水が引くように各々の家へと戻っていく。

 カイが玄関先まで来ると男が気付きカイに向って言った。

「あ、あんた! これ、使えよ」

 男はぶっきらぼうに布の束を差し出してきた。

「えっ、」

「ハラルド爺さんちっせぇから、着られる服無いだろ。俺のボロだけどさ。やるよ」

 カイは渡されたものを見た。シャツとズボン、さらに寝巻きもある。カイと同じくらいの背丈の男はカイよりも筋肉質で身体が大きい。この男の服ならば問題なく着られるだろう。

 よくよく見れば自身が酷い格好をしているとカイは気付いた。ズボンは若干乾いてきてはいるものの湿っていて、森を歩いてきたので泥や枯れ草の屑で汚れていた。さらに上半身は裸で先程老人から借りた上着を羽織っているだけだ。

「ああ、なんて! ありがとうございます!」

 カイは感激し心から感謝を伝えた。ニッと笑った男の顔にまだ少年らしさを感じる。男はそのまま手を振りあっさりと帰って行った。

「ま、野次馬根性でもたまには役に立つな」

 老人はそう言いながらカイの背中を押し、当然のようにカイを家の中に入れた。

 家の中に入りカイはマティアスを見た。マティアスは毛布をしっかり掛けられてスヨスヨと穏やかに眠っている。この老夫婦がしっかり村人達の好奇心から守ってくれていたようだ。

「あ、あの、本当にありがとうごさいました! それで……目が覚めるまでもうしばらくここに置いていただきたいです。どうか、お願いします」

 カイは老人に頭を下げ頼んだ。

「当たり前だっ。まだまだ安静が必要だろうに。そんなことは気にしなくていいから、お前さんは着替えて、何か食べたほうがいい」

「そーよ、スープがあるから召し上がんなさいな」

 老人はまるで叱りつけるように強い口調でいい、老婆はにこにことしながらお盆に乗せたスープとパンを運んできた。

 カイは部屋の隅で服を脱ぎ、先程貰ったシャツに袖を通した。使い古された木綿の温かい感触が心地よい。

 着替えるとテーブルにつき、よそって貰ったスープを一口飲んだ。温かさと程よい塩味が染み渡り、自分自身がとても疲れていたことに気付かされた。

「あんた達、本当に運が良かったなぁ。こんな田舎に魔術師なんて滅多に来ねぇよ」

 カイは出してもらったパンにも齧りついた。咀嚼しながら涙が溢れ出てきた。

 マティアスの命が助かった安心感。
 そして初対面にもかかわらず助けてくれたバルテルニア王国の人々の優しさ。

 泣きながら食事をするカイの肩を老人はポンポンと叩き「良かったなぁ。本当に助かって良かったなぁ」と言った。
 カイは余計に涙が止まらなくなった。
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