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【 第三章 】やがて光りの王となり
憧れの暮らし①
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目を覚まして最初に目に入るのは丸太で組まれた屋根裏天井。そこを飛び回る色とりどりの妖精たち。この国は多くの種類の妖精たちが身近にいる。
マティアスは綿の薄いベッドから身を起こし、乱れた長い金髪を右手で掻き上げた。左肩に鈍痛が走る。負傷から十一日経ち、だいぶ良くなった気がするが傷は奥深く、左腕を動かさなくても別の部位の動きが響く。
「おはよう」
小さなチェストを挟んで隣に置かれたもう一つベッドから、同居人が出てきてマティアスのベッドに腰を下ろした。そして断り無く当然のように大きな手が頬に触れてくる。
「熱は無いな」
「ああ、もうだいぶ良いよ」
マティアスがそう答えると、優しげな笑顔を見せてくれる。
「ヘルガさんに朝飯に貰ってくる。起きられそうだったら下で待ってろ」
「うん」
彼はそう言うとベッドから離れ一階へと降りて行った。
ここで寝泊まりするようになって七回目の朝を迎えるが、いまだに夢を見ているのではとマティアスは感じていた。
彼はウィルバート・ブラックストン。
紛れもなく八年前にマティアスとマティアスの祖父イーヴァリが記憶を奪い、アルヴァンデール王国から追放した男。そしてマティアスが全てを犠牲にしてでも守りたかった男だ。
三ヶ月前。夏の訪れと共に突然目の前に現れた最愛の人。
『カイ』と名乗り、髪と髭を伸ばしたその風貌に最初は気付くことが出来なかった。だが『マティアス様』と呼ばれた瞬間、その忘れることの無い声色により一気に八年前に引き戻されたような感覚に陥った。その後のことはよく覚えていないが、随分と醜態を晒してしまったと思う。
マティアスは彼の記憶奪ってしまった罪悪感からもう会うべきでは無いと考えた。だが王都に彼が居ると思うと我慢できなかった。
会ってしまえば、テーラーとして国王を顧客にしたいと思っているウィルバートは当然優しい言葉を掛けてきて、さらにマティアスの恋心に気付くと積極的に距離を縮めてきた。
過去のウィルバートからは貰えなかった甘い囁き。マティアスは駄目だと思いながらも再びウィルバートに執着していった。
そしてマティアスの過去に愛していた男が居たこと。さらに自分がその男に似ていると知ったウィルバートは、その男の代わりを務めるかと聞いてきた。
その言葉には棘があり、見知らぬ男と同一視されていることへの不快感が滲み出ていた。それが挑発の言葉だと理解はしていたが、マティアスにとっては甘い誘惑でもあり……。
ウィルバートに触れられ、彼が自分自身の中で果てた時、マティアスはあまりの嬉しさに涙した。しかし、八年間誰にも触れられることなく大人の男へと変わった身体は硬く、ウィルバートを受け止めきれず出血してしまった。そのことにウィルバートは激しく動揺していた。
その後、明らかに避けられ、マティアスはとても落ち込んだ。それでも諦められず誕生日祝賀会の招待状を送りつけ、実際に会場でウィルバートの姿を見つけた時は天に昇る程の喜びを感じた。
その後まさか輝飛竜に連れ去られ、それにウィルバートが着いてきてくれる事になるとは想像もしていなかったが。
ベッドから出て、チェストから櫛を出し髪を梳かす。櫛はウィルバートが買ってきてくれた。
マティアスはここに来てから何度か『髪を切るべきでは?』とウィルバートに相談したがウィルバートは頑なに反対している。いざとなったら髪は売ることも出来ると聞くから蓄えと考えているのかもしれない。
昨日ウィルバートに洗ってもらった髪はサラサラと櫛を通っていく。
農村ではあまり風呂に入る習慣が無く、髪も数ヶ月に一回程度しか洗わないと聞いてマティアスは驚いた。しかしウィルバートは三日に一度は:盥(たらい)での入浴と、六日から九日に一度の洗髪も提案してくれた。しかし水も薪もウィルバートが運んでくれているものだ。マティアスは出来る限り我慢しなくては、と思っていた。
髪を梳かし束ねたマティアスはダンから貰ったと聞いた寝巻きを脱き、昨日ウィルバートが完成させたばかりのシャツに袖を通した。柔らかに肌を覆う綿の感触。大きさもぴったりだ。
ウィルバートが自身の為にまた服を作ってくれたことがマティアスはたまらなく嬉しかった。ズボンはまだハラルドから借りた丈の足りないものだ。全ての服が完成するのが実に楽しみだった。
そしてチェストに櫛をしまって、同じくチェストにあるペンダントを取り出しキスを落として再び戻した。
八年前のウィルバートから貰った手作りの木製ペンダントは輝飛竜の爪に打たれ割れてしまった。しかし現在のウィルバートがくれた緑のビーズがその悲しみを半減させてくれている。今は首に下げていると傷へ当たってしまうので、こうして大事にしまっている。
身支度を整えたマティアスは急な階段を慎重に降りながら一階へと向かった。
戸棚から朝食で使うであろう木製の皿とカップを出してウィルバートを待つ。この食器の用意は三日前にウィルバートから言われてやり始めた。『少し動けるようになったなら、食器出しておいて』と。そんな事を言われるまで気付かなかった自分が恥ずかしかった。城では当然のように用意されるものを、誰か人がやっていると認識もしていなかったからだ。
そうこうしているとウィルバートがパンとヤギのミルクを貰って戻ってきた。
「うぅ~、今朝は冷えるわ。さすがにまだ霜は降りてないけどさ、ハラルドさんが十月末に雪が降ったこともあるって言ってた」
「やっぱり北だと冬が早いんだな」
小さな丸いテーブルに二人向かい合い、季節の話をしながら質素な朝食を取る。マティアスにとっては夢に思い描いた生活だ。
思えば過去にマティアスは二度、ウィルバートとのこんな生活を夢見たことがあった。
一度目は出会った時。五歳のマティアスは生まれ故郷のカノラ村に一緒に帰ろうとウィルバートを誘った。
二度目はウィルバートが処刑されようとしていた時。一緒に逃げようと泣いて迫った。ウィルバートとならどこでも、どんな生活でも生きていけると思った。
そのどちらもウィルバートに断られてしまったが、今その時思い描いた生活を体験している。ウィルバートが望んだわけでは無いのだろうが。
マティアスは綿の薄いベッドから身を起こし、乱れた長い金髪を右手で掻き上げた。左肩に鈍痛が走る。負傷から十一日経ち、だいぶ良くなった気がするが傷は奥深く、左腕を動かさなくても別の部位の動きが響く。
「おはよう」
小さなチェストを挟んで隣に置かれたもう一つベッドから、同居人が出てきてマティアスのベッドに腰を下ろした。そして断り無く当然のように大きな手が頬に触れてくる。
「熱は無いな」
「ああ、もうだいぶ良いよ」
マティアスがそう答えると、優しげな笑顔を見せてくれる。
「ヘルガさんに朝飯に貰ってくる。起きられそうだったら下で待ってろ」
「うん」
彼はそう言うとベッドから離れ一階へと降りて行った。
ここで寝泊まりするようになって七回目の朝を迎えるが、いまだに夢を見ているのではとマティアスは感じていた。
彼はウィルバート・ブラックストン。
紛れもなく八年前にマティアスとマティアスの祖父イーヴァリが記憶を奪い、アルヴァンデール王国から追放した男。そしてマティアスが全てを犠牲にしてでも守りたかった男だ。
三ヶ月前。夏の訪れと共に突然目の前に現れた最愛の人。
『カイ』と名乗り、髪と髭を伸ばしたその風貌に最初は気付くことが出来なかった。だが『マティアス様』と呼ばれた瞬間、その忘れることの無い声色により一気に八年前に引き戻されたような感覚に陥った。その後のことはよく覚えていないが、随分と醜態を晒してしまったと思う。
マティアスは彼の記憶奪ってしまった罪悪感からもう会うべきでは無いと考えた。だが王都に彼が居ると思うと我慢できなかった。
会ってしまえば、テーラーとして国王を顧客にしたいと思っているウィルバートは当然優しい言葉を掛けてきて、さらにマティアスの恋心に気付くと積極的に距離を縮めてきた。
過去のウィルバートからは貰えなかった甘い囁き。マティアスは駄目だと思いながらも再びウィルバートに執着していった。
そしてマティアスの過去に愛していた男が居たこと。さらに自分がその男に似ていると知ったウィルバートは、その男の代わりを務めるかと聞いてきた。
その言葉には棘があり、見知らぬ男と同一視されていることへの不快感が滲み出ていた。それが挑発の言葉だと理解はしていたが、マティアスにとっては甘い誘惑でもあり……。
ウィルバートに触れられ、彼が自分自身の中で果てた時、マティアスはあまりの嬉しさに涙した。しかし、八年間誰にも触れられることなく大人の男へと変わった身体は硬く、ウィルバートを受け止めきれず出血してしまった。そのことにウィルバートは激しく動揺していた。
その後、明らかに避けられ、マティアスはとても落ち込んだ。それでも諦められず誕生日祝賀会の招待状を送りつけ、実際に会場でウィルバートの姿を見つけた時は天に昇る程の喜びを感じた。
その後まさか輝飛竜に連れ去られ、それにウィルバートが着いてきてくれる事になるとは想像もしていなかったが。
ベッドから出て、チェストから櫛を出し髪を梳かす。櫛はウィルバートが買ってきてくれた。
マティアスはここに来てから何度か『髪を切るべきでは?』とウィルバートに相談したがウィルバートは頑なに反対している。いざとなったら髪は売ることも出来ると聞くから蓄えと考えているのかもしれない。
昨日ウィルバートに洗ってもらった髪はサラサラと櫛を通っていく。
農村ではあまり風呂に入る習慣が無く、髪も数ヶ月に一回程度しか洗わないと聞いてマティアスは驚いた。しかしウィルバートは三日に一度は:盥(たらい)での入浴と、六日から九日に一度の洗髪も提案してくれた。しかし水も薪もウィルバートが運んでくれているものだ。マティアスは出来る限り我慢しなくては、と思っていた。
髪を梳かし束ねたマティアスはダンから貰ったと聞いた寝巻きを脱き、昨日ウィルバートが完成させたばかりのシャツに袖を通した。柔らかに肌を覆う綿の感触。大きさもぴったりだ。
ウィルバートが自身の為にまた服を作ってくれたことがマティアスはたまらなく嬉しかった。ズボンはまだハラルドから借りた丈の足りないものだ。全ての服が完成するのが実に楽しみだった。
そしてチェストに櫛をしまって、同じくチェストにあるペンダントを取り出しキスを落として再び戻した。
八年前のウィルバートから貰った手作りの木製ペンダントは輝飛竜の爪に打たれ割れてしまった。しかし現在のウィルバートがくれた緑のビーズがその悲しみを半減させてくれている。今は首に下げていると傷へ当たってしまうので、こうして大事にしまっている。
身支度を整えたマティアスは急な階段を慎重に降りながら一階へと向かった。
戸棚から朝食で使うであろう木製の皿とカップを出してウィルバートを待つ。この食器の用意は三日前にウィルバートから言われてやり始めた。『少し動けるようになったなら、食器出しておいて』と。そんな事を言われるまで気付かなかった自分が恥ずかしかった。城では当然のように用意されるものを、誰か人がやっていると認識もしていなかったからだ。
そうこうしているとウィルバートがパンとヤギのミルクを貰って戻ってきた。
「うぅ~、今朝は冷えるわ。さすがにまだ霜は降りてないけどさ、ハラルドさんが十月末に雪が降ったこともあるって言ってた」
「やっぱり北だと冬が早いんだな」
小さな丸いテーブルに二人向かい合い、季節の話をしながら質素な朝食を取る。マティアスにとっては夢に思い描いた生活だ。
思えば過去にマティアスは二度、ウィルバートとのこんな生活を夢見たことがあった。
一度目は出会った時。五歳のマティアスは生まれ故郷のカノラ村に一緒に帰ろうとウィルバートを誘った。
二度目はウィルバートが処刑されようとしていた時。一緒に逃げようと泣いて迫った。ウィルバートとならどこでも、どんな生活でも生きていけると思った。
そのどちらもウィルバートに断られてしまったが、今その時思い描いた生活を体験している。ウィルバートが望んだわけでは無いのだろうが。
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