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【 第三章 】やがて光りの王となり
お礼②
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バルヴィアは不機嫌なままパンを鷲掴みにすると歯で引きちぎるように食べた。
「……ボソボソしてる」
そして咀嚼しながら文句を吐く。
「田舎のパンだからな。いつも食べてるのはもっとふわふわしてるか? こうしてさ、スープにつけて食うんだよ」
文句を言われながらもハラルドがバルヴィアに食べ方を教えてくれる。バルヴィアはハラルドの手先を興味深げに見つめ、同じようにパンをスープに浸し、ボタボタと汁が垂れるそれを下から口へと入れた。
「ん!」
バルヴィアの目が赤く輝いた。この魔術師の姿の時は青い目だったくせに一瞬変身術が解けかけた。
「ヴ、ヴィーッ……」
マティアスの焦りを全く気にすることなくバルヴィアはスープの皿を手に持つと皿に口をつけてゴクゴクと全て飲み干した。具ごと丸飲みしているようだ。そして赤く目を輝かせて宣言した。
「うまいっ!」
「あらあら、良かったわぁ」
バルヴィアの言葉にヘルガは喜び、ウィルバートやハラルドも笑った。
空になった皿にさらにヘルガがスープのおかわりを入れる。空かさず食べようとしたバルヴィアをマティアスは止めた。
「ヴィー、ちょっと待て。スプーンを使え。こうだ」
マティアスはバルヴィアに食べ方を見せた。
「わしには必要ない」
「駄目だ。一緒に食事をするなら最低限の作法は必要だ」
「めんどくさいのぉ」
バルヴィアはそう不満げに言いつつスプーンを持つとマティアスを真似て食べてみた。
「そうそう、具もちゃんと噛んで。その方が美味しい」
バルヴィアは意外にも素直に従い具材を咀嚼し「確かに……」と小さく呟いた。
たっぷり作ったスープをバルヴィアは半分以上一人で食べ、テーブルに並んだ他の料理も平らげた。
「次は何をしたらこの『お礼』が貰えるんだ?」
ヘルガの料理が余程気に入ったのかバルヴィアは帰り際に質問してきた。
「あらあら、そんなに気に入って貰えるなんて嬉しいわぁ。別に何も無くても来ていいのよ?」
ヘルガは嬉しそうにニコニコしている。
「ヘルガさん、駄目です。この者は常識が無いんです。そんなこと言うと毎日来てしまいます。ヴィー、これは冬の為の貴重な蓄えなんだ。貰えるからと食い尽くしてはいけない」
「わかった。じゃあたまに来る。食い物も持ってこよう。お前たちに飢え死にされたらこれが食えなくなるからな」
バルヴィアは偉そうにそう言うと「じゃあ帰る」と言って玄関から出て行った。この前のように燃えるように消えることはしなかったのでマティアスは内心ホッとしていた。
「不思議な子ねぇ。一人で暮らしているの?」
ヘルガの質問にマティアスは考えながら答えた。
「私もよく知らないのですが、家族もいなさそうで。魔術で大抵なことは出来てしまうようなので、生活には困って無いようですが……」
「家族がいないのは淋しいだろうな」
マティアスの言葉にウィルバートがぽつりと言った。
ウィルバートから家族の記憶すら奪ってしまったマティアスは胸がキリキリと痛んだ。
ウィルバートと共に丸太小屋に帰ったマティアスは、早速マリアンナからの手紙を開いた。
『親愛なるお兄様へ
お兄様からお手紙をいただけるなんて私は今の安堵と感激で涙がとまりません。そして何よりお怪我の具合がとても心配です。
私はお兄様が今のお仕事から解放されればもっと幸せになれるのではないかと思ってしまったのです。そのせいで愚かにも人の言葉に惑わされて……。あんな大事になるなんて思いもせず、実に愚かでした。許してなどとはとても言えません。でもお兄様がお戻りになったらちゃんと謝りたいです。
そして、お兄様の最愛なる方を、これまで私はあまり好きはなれませんでした。しかし危険をかえりみずお兄様を助けに行く姿にとても感銘を受けました。今度お会いする時はこれまでの非礼もお詫びしたいです。
お二人揃ってお戻りになる日を心待ちにし、ひっそりと過ごして参ります。
貴方を想う妹より』
手紙は所々インクが滲んでいた。
「ルーカス、なんだって?」
ウィルバートがりんご二つとナイフも持ってきてマティアスの向かいに座った。
「やっぱり騙されちゃってたみたい。誰にかは書いて無いけど。まあ、クレモラ卿だろうね」
輝飛竜はアルヴァンデール王家の象徴だ。
国王の誕生祭で国王が輝飛竜に威嚇されればそれだけで王としての信頼は揺らぐ。フェイかあそこまで激怒しマティアスを攫って飛んでしまうことまで想定していたかは定かでは無いが。
「とりあえず私達にちゃんと謝りたいって言ってるから早まったことはしないでくれそうだよ」
流石に人からの手紙を断り無く読ませる訳にはいかないので、マティアスはかい摘んでウィルバートに説明した。
「そっか。良かったな」
ウィルバートは微笑みながらそう言ってくれ、読ませろとは言わなかった。
(『お兄様の最愛なる人』って書かれちゃってるしなぁ)
ウィルバートに抱かれてからマリアンナはよそよそしくなった。
彼女はまだ十八歳になったばかりの女の子。潔癖な所があるし、マティアスもこれまで『欲』的な部分を見せてこなかった。それによって軽蔑されてしまったのかと思っていたが、彼女の忠誠心を疑うことになってしまって、かえってマティアスは申し訳ない気持ちになった。
彼女は王であるマティアスではなく、一個人としてのマティアスの幸せを願ってくれている。
王子の頃は皆が自分に王子としての価値しか求めていないと卑屈になっていた。しかし最近マティアスは自分が沢山の人に支えられ一個人としても大事にされているのだと気づき始めた。
マリアンナとロッタはいつも側にいて支えてくれた。魔術師のベレフォードや近衛隊長のアーロンもいつも心配してくれている。今は亡き祖父イーヴァリも不器用ながら唯一の孫を必死に守ろうとしていた。
「りんごで皮むく練習するか?」
ウィルバートがダンから貰ったりんごを差し出し尋ねる。
「する!」
マティアスはりんごとナイフを受け取り、ぎこちない手つきで皮むきに挑戦し始めた。
「いや、そうじゃなくて、ナイフはあまり動かさずにりんごの方を回す感じだ」
「り、りんごを……?」
「こう、こんな感じで」
ウィルバートがもう一つ、りんごを持ち、マティアスの手横で並べて剥く仕草を見せてくれた。
「こ、こう?」
「あー、そうそう。ゆっくりでいいから」
マティアスは恐る恐るながらりんごの皮を剥いていく。皮は短く細切れになってテーブルに落ちていく。
「な、なんか分厚い……」
皮だけでなく身も分厚く削ぎ落としてしまっているそのりんごの皮をウィルバートが拾いぱくぱく食べ始めた。
「まあ、まずは刃物に慣れることだな」
ウィルバートは微笑みながらマティアスの練習を見守ってくれている。
記憶を奪われてしまった今のウィルバートもまた、自分を王ではなく個人として見てくれているのではないかとマティアスは感じ始めていた。
「……ボソボソしてる」
そして咀嚼しながら文句を吐く。
「田舎のパンだからな。いつも食べてるのはもっとふわふわしてるか? こうしてさ、スープにつけて食うんだよ」
文句を言われながらもハラルドがバルヴィアに食べ方を教えてくれる。バルヴィアはハラルドの手先を興味深げに見つめ、同じようにパンをスープに浸し、ボタボタと汁が垂れるそれを下から口へと入れた。
「ん!」
バルヴィアの目が赤く輝いた。この魔術師の姿の時は青い目だったくせに一瞬変身術が解けかけた。
「ヴ、ヴィーッ……」
マティアスの焦りを全く気にすることなくバルヴィアはスープの皿を手に持つと皿に口をつけてゴクゴクと全て飲み干した。具ごと丸飲みしているようだ。そして赤く目を輝かせて宣言した。
「うまいっ!」
「あらあら、良かったわぁ」
バルヴィアの言葉にヘルガは喜び、ウィルバートやハラルドも笑った。
空になった皿にさらにヘルガがスープのおかわりを入れる。空かさず食べようとしたバルヴィアをマティアスは止めた。
「ヴィー、ちょっと待て。スプーンを使え。こうだ」
マティアスはバルヴィアに食べ方を見せた。
「わしには必要ない」
「駄目だ。一緒に食事をするなら最低限の作法は必要だ」
「めんどくさいのぉ」
バルヴィアはそう不満げに言いつつスプーンを持つとマティアスを真似て食べてみた。
「そうそう、具もちゃんと噛んで。その方が美味しい」
バルヴィアは意外にも素直に従い具材を咀嚼し「確かに……」と小さく呟いた。
たっぷり作ったスープをバルヴィアは半分以上一人で食べ、テーブルに並んだ他の料理も平らげた。
「次は何をしたらこの『お礼』が貰えるんだ?」
ヘルガの料理が余程気に入ったのかバルヴィアは帰り際に質問してきた。
「あらあら、そんなに気に入って貰えるなんて嬉しいわぁ。別に何も無くても来ていいのよ?」
ヘルガは嬉しそうにニコニコしている。
「ヘルガさん、駄目です。この者は常識が無いんです。そんなこと言うと毎日来てしまいます。ヴィー、これは冬の為の貴重な蓄えなんだ。貰えるからと食い尽くしてはいけない」
「わかった。じゃあたまに来る。食い物も持ってこよう。お前たちに飢え死にされたらこれが食えなくなるからな」
バルヴィアは偉そうにそう言うと「じゃあ帰る」と言って玄関から出て行った。この前のように燃えるように消えることはしなかったのでマティアスは内心ホッとしていた。
「不思議な子ねぇ。一人で暮らしているの?」
ヘルガの質問にマティアスは考えながら答えた。
「私もよく知らないのですが、家族もいなさそうで。魔術で大抵なことは出来てしまうようなので、生活には困って無いようですが……」
「家族がいないのは淋しいだろうな」
マティアスの言葉にウィルバートがぽつりと言った。
ウィルバートから家族の記憶すら奪ってしまったマティアスは胸がキリキリと痛んだ。
ウィルバートと共に丸太小屋に帰ったマティアスは、早速マリアンナからの手紙を開いた。
『親愛なるお兄様へ
お兄様からお手紙をいただけるなんて私は今の安堵と感激で涙がとまりません。そして何よりお怪我の具合がとても心配です。
私はお兄様が今のお仕事から解放されればもっと幸せになれるのではないかと思ってしまったのです。そのせいで愚かにも人の言葉に惑わされて……。あんな大事になるなんて思いもせず、実に愚かでした。許してなどとはとても言えません。でもお兄様がお戻りになったらちゃんと謝りたいです。
そして、お兄様の最愛なる方を、これまで私はあまり好きはなれませんでした。しかし危険をかえりみずお兄様を助けに行く姿にとても感銘を受けました。今度お会いする時はこれまでの非礼もお詫びしたいです。
お二人揃ってお戻りになる日を心待ちにし、ひっそりと過ごして参ります。
貴方を想う妹より』
手紙は所々インクが滲んでいた。
「ルーカス、なんだって?」
ウィルバートがりんご二つとナイフも持ってきてマティアスの向かいに座った。
「やっぱり騙されちゃってたみたい。誰にかは書いて無いけど。まあ、クレモラ卿だろうね」
輝飛竜はアルヴァンデール王家の象徴だ。
国王の誕生祭で国王が輝飛竜に威嚇されればそれだけで王としての信頼は揺らぐ。フェイかあそこまで激怒しマティアスを攫って飛んでしまうことまで想定していたかは定かでは無いが。
「とりあえず私達にちゃんと謝りたいって言ってるから早まったことはしないでくれそうだよ」
流石に人からの手紙を断り無く読ませる訳にはいかないので、マティアスはかい摘んでウィルバートに説明した。
「そっか。良かったな」
ウィルバートは微笑みながらそう言ってくれ、読ませろとは言わなかった。
(『お兄様の最愛なる人』って書かれちゃってるしなぁ)
ウィルバートに抱かれてからマリアンナはよそよそしくなった。
彼女はまだ十八歳になったばかりの女の子。潔癖な所があるし、マティアスもこれまで『欲』的な部分を見せてこなかった。それによって軽蔑されてしまったのかと思っていたが、彼女の忠誠心を疑うことになってしまって、かえってマティアスは申し訳ない気持ちになった。
彼女は王であるマティアスではなく、一個人としてのマティアスの幸せを願ってくれている。
王子の頃は皆が自分に王子としての価値しか求めていないと卑屈になっていた。しかし最近マティアスは自分が沢山の人に支えられ一個人としても大事にされているのだと気づき始めた。
マリアンナとロッタはいつも側にいて支えてくれた。魔術師のベレフォードや近衛隊長のアーロンもいつも心配してくれている。今は亡き祖父イーヴァリも不器用ながら唯一の孫を必死に守ろうとしていた。
「りんごで皮むく練習するか?」
ウィルバートがダンから貰ったりんごを差し出し尋ねる。
「する!」
マティアスはりんごとナイフを受け取り、ぎこちない手つきで皮むきに挑戦し始めた。
「いや、そうじゃなくて、ナイフはあまり動かさずにりんごの方を回す感じだ」
「り、りんごを……?」
「こう、こんな感じで」
ウィルバートがもう一つ、りんごを持ち、マティアスの手横で並べて剥く仕草を見せてくれた。
「こ、こう?」
「あー、そうそう。ゆっくりでいいから」
マティアスは恐る恐るながらりんごの皮を剥いていく。皮は短く細切れになってテーブルに落ちていく。
「な、なんか分厚い……」
皮だけでなく身も分厚く削ぎ落としてしまっているそのりんごの皮をウィルバートが拾いぱくぱく食べ始めた。
「まあ、まずは刃物に慣れることだな」
ウィルバートは微笑みながらマティアスの練習を見守ってくれている。
記憶を奪われてしまった今のウィルバートもまた、自分を王ではなく個人として見てくれているのではないかとマティアスは感じ始めていた。
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