兵どもが夢の跡

早川 翠

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第1章

出生の秘密 その1

今からおよそ860年前、京都には大きな都があった。

京都の大通りを、数十騎の騎馬隊と、大人数の護衛の官人を従えた、豪華な牛車が通りかかった。
牛車の屋形には平家一門を表す揚羽蝶の家紋が描かれていた。

(平家 揚羽蝶 家紋)

その行列を高い所から眺めようと、二人組の少年たちが、道端の大きな木によじ登り始めた。
彼らのうち小柄な方の少年は、素早い身のこなしで、みるみるうちに木の頂上付近まで登って行ったので、置いていかれた方の少年が、たまらなくなって声をかけた。
「牛若~。牛若~。ちょっと待ってくれぬか?」
「おーい喜三太、そなたこそもっと上に上がれぬか?こっちの方がよく見えるぞ。」
「無茶を申すな!これ以上登ったら落ちてしまうわ。」
「しかし、この行列はいつ見てもすごいよな~。見ろよ!あの立派な牛車を!
それにあの付き人達の数といい・・・。」
「そりゃそうだよ。天下の平清盛様のご一行だもの。なんでもこの前自分の娘を天皇家の許に輿入れさせてからは、ますますエラくなったと聞くぞ・・・。」
「喜三太よ。知ってるか?平家の人達は源氏を倒してエラくなったんだぞ。
俺達も平家を倒したらエラくなるかな。」
「ハハハ、そんな夢みたいな事。」
「でも、やってみなきゃ分からぬではないか。」

平家一門の行列を見終えると、牛若は喜三太と別れて平安京の一条万里小路にある自宅へと戻った。
「ただいま~。」
家の中から牛若の母である常盤が出迎えた。
「おかえりなさい。どこに行ってたのです?」
「平家の一行を見て来たのです。」
牛若は興奮気味に腕を左右にめいっぱい広げながら、さらに話しを続けた。
「こーんなに大きくてすごく立派な牛車が通った後に、何やらきらびやかな飾りをつけた馬に乗った人達が、ゾロゾロとついて来ておりました。」
「それはそうよ。平家の一行となればねぇ・・・。」
「母上、知っておりますか?平家の人達は、源氏を倒してエラくなったって・・・。
俺も平家を倒したらエラくなるでしょうか?」
常盤は、一瞬にして顔が蒼白になった。
「そんな事を言ってはなりませぬ!」
「どうして!?」
「―そなたは7歳になったら、僧になるために、この家を出て鞍馬山に行かなくてはならないのです。僧になるという子が、誰かを殺してエラくなりたいなどと言うものではありませぬ。」
牛若は駄々をこねながら言った。
「そんなの嫌でござる!ずっとこの家にいたいのに、何で坊主になんかなんなきゃならぬのですか?」
常盤はおもわず目に涙を浮かべながら言った。
「・・・もう・・・決まっている事です。」
「俺は 絶―対っ嫌でござる!」
牛若はやけになり、家から外に駆け出していった。

日も暮れかかったころ、牛若は喜三太と一緒に小高い丘の上に腰をおろしながら、京都御所を見下ろしていた。
「母上は何で俺を坊主なんかにさせたいのだ?
俺は坊主なんかに絶対になりたくないのに・・・。」
「仕方なかろう・・・。親が決めた事なんだろ?
親には絶対に逆らえぬわ・・・。」
「・・・俺、本当にあの家の子だろうか・・・。」
「何を申すか!?」
「だっておかしいではないか!俺が坊主になったら、家だって出なくてはならぬ。
母上や父上とだって滅多に会えなくなるのに・・・。」
そう言いながら牛若は心の中でつぶやいた。
(二人とも俺が邪魔なのだ、きっと・・・。)

夜になり、牛若が寝静まったのを見計らうと、常盤は夫である藤原長成と話しを始めた。
「牛若には困ったものです。どうしても僧にはなりたくないって、聞かないんですもの・・・。」
「だが、そうは言っても、もう決められた事だ。・・・約束は守らねばならない。
・・・あの子にほかに行く道はないのだ・・・。」
「それは分かっています。
でも今日、あの子ったら、急に変な事を言い出すものだから・・・。」
「何だ?」
「あの子・・・。平家を倒してえらくなりたいって・・・。」
「そんな事言ったのか?まさか・・・あの事が牛若に漏れてしまったのでは?」
「それはありませぬ。ただ言ってみただけのようですが。」
「そうか・・・。ならば良いが・・・。」
「絶対に、口が裂けても言えませぬ・・・。あの子の・・・。牛若の本当の父親は、
平家によって殺された源義朝殿だということは・・・。」

夜更けになり夫の藤原長成が寝入ると、常盤は一人布団から起き上がり、部屋の奥にしまってあったつづらの蓋を開けて、中から黄金造りの太刀を取り出した。
「黄金造りの太刀・・・。
これは・・・。今は亡き源義朝様の忘れ形見。
私は今の藤原長成殿の所に嫁ぐ前は、源義朝様のおんなだった。」

常盤は十数年前に源義朝と出会った時の事を回想しはじめた。
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