女児霊といっしょに。シリーズ

黒糖はるる

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女児霊といっしょに。~晩出霊獣伝説~

第七章:澱神無 4

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 結論から言おう。
 オレ達は撤退を余儀なくされた。
 海からの刺客との戦闘ではかなりの疲労を伴ったが、戦闘不能になるような怪我はなかった。打撲や切り傷は各所に出来てはいるものの、回養カイヨウの札を貼って現在治療中だ。まだ十分戦うことが出来る。
 茶々、牛来さん、相馬さんにも大きな怪我はない。最前線で戦っていたが、ミサキちゃん達のポルターガイストサポートと聖結の結界のおかげで致命傷になり得る攻撃は当たらずに済んでいる。オレ同様全身傷だらけだが、まだ健在だ。
 問題なのは霊達の方だ。長時間のポルターガイスト行使によって霊力がそろそろ限界、心の方が先に疲弊ひへいしきってしまったのだ。そのため茶々達の攻撃をサポート出来ない、つまり澱神無のところまで飛ばすことが不可能になってしまったのだ。これでは浄怪しようにもその殆どが届かない。それどころか不意に霊力が切れてしまったら彼女達を海面に叩きつけてしまいかねない。
 よって、もう一度戦略を立て直すためにワンボックスカーをめたところまで撤退してきたのだ。澱神無は去る者追わず刃向かう者に容赦なしのスタンスだったため、追い打ちはなく今も無事だった。

「悪い、あたい達のせいで……」
「ミサキのせいじゃないよ、ずっと連戦なんだから」

 茶々が珍しく、落ち込むミサキちゃんを優しい声色で慰めている。いつもだったらきっと茶化しているだろうに、本人ももうふざけている余裕がないのだろう。

「玩具屋からずっと戦いっぱなし。しかもミサキとなな以外、ポルターガイストをまともに使うのは初めてなんだから……」

 スグナオルンデスXをぐびぐびと飲んで、少しでも体力の回復と傷の手当てを促進している。それは茶々だけではなく、牛馬コンビもである。

「これ、オレも飲んでいいか?」
「いいけど、おいしくないしそんなに効果ないと思うよ?」
「気休め程度だけど、少しでも効くならそれに越したことはないだろ」

 オレは茶色い小瓶を一本拝借。思い切り喉へと流し込み、中身を一気に飲み干した。
 おいしくはないが、まず過ぎることもない。割と普通の栄養ドリンクの味だった。

「もう夜になりますね……」
「対邪的には一番アウトな時間だぜ」

 先輩方から見ても、戦況は最悪。どうしたらこの状況をひっくり返すことが出来るのだろうか。
 ……ダメだ、オレには思いつかない。
 いや、オレだけではない。茶々も先輩方も同じ、ななをはじめとした霊達だってそうだ。
 こうしている間にも晩出市は邪怪の大量発生で荒らされている。それなのに、オレ達は打つ手なしで座り込んでいるだけ。
 それから暫く、長い沈黙が訪れた。

「……なぁ、まだお前らは戦えるのか?」

 静寂を破ったのは、ミサキちゃんだった。

「戦う力はあるけど、決定打はないかな」

 自嘲気味じちょうぎみに茶々が口角を上げている。もはや自分自身が馬鹿にする相手になってしまっていた。

「なら、あたい達が復活すればまだ勝機はあるってことだよな」
「でも、霊力がなくなりそうでしょ?無理したら自然浄霊されちゃわない?」
「それは霊としての気力がなくなったらなるんだろ、なぁ駆郎?」
「そうだけど……」

 ミサキちゃんも霊がその存在を現実に留めている原理については理解している。未練、つまり思いの力が霊力として自分の霊体を作り、そこから霊力を消費して様々な現象を引き起こす。だからポルターガイストを使い過ぎれば疲れ切ってしまい、霊でいようとする気持ちがえて浄霊されてしまうのだ。

「なら、気合いの問題じゃねーか」

 何か納得したらしく、ミサキちゃんは立ち上がって身を寄せ合っていた霊達の元へ歩み寄り――

「せいっ!やっ!はっ!おらっ!ていっ!うらっ!」

 ――六人全員にゲンコツを落としていった。

「な~に、辛気しんきくせー顔してんだてめーらっ!」

 まぶたをかっと開き、鬼コーチの如き怒声を飛ばしている。その中には自分より年上であろう霊が二人もいるのに、お構いなしだ。

「力が出ないのはあたしらの気合いが足りないせいだ!」
「でも、わたくし体力が――」
「気持ちに体力なんか関係ねーよ、このモヤシ女!」

 胸ぐら掴まれて怒られ、ヨスズちゃんは「ぴぃ……」と絞められた小鳥のような声で鳴いて……泣いていた。

「ムマっちはげんきいっぱいだぞー」
「そうだ!その気持ちをみんな持つんだよ!」
「そんな根性で解決したら、世の中もう少し楽に生きられると思いますけどなぁ」
「そうですよ、実際私達この体を維持するので精一杯ですし」
「段々眠くなってきたし……もう無理」
「てめーはいつもそうだろ!」
「ぎゃんっ!」

 イツマちゃんが右ストレートでぶん殴られた。

「でも人妻のお二方の言うことも的を射ておる。この妾ですらもう気力の限界じゃ」

 ナルカちゃんは念導者の家系。感情を練って力に変える一族ですら疲れ切る程霊力を絞り出したとなれば、一般霊がどれだけ消耗しているかは想像にかたくない。

「それじゃあ何だ?凄く強いお家柄を持っていても、あたいみたいな野蛮人やばんじんには気力でかなわないと?」
「何じゃと?」
「そういうことだろ?あたいはまだやれそうだぜ?」
「妾の一門を愚弄ぐろうするのかお主は!」

 おいおい、仲間割れに発展しそうな勢いだぞ。しかも霊同士、見た目は中学生と幼稚園児の口喧嘩だ。
 このままだと収拾が付かないことに――

「はっ、そうだよ。その気持ちだよ!」

 ――は、ならなかった。

「どういうことじゃ?」
「もっと怒れってことだよ。ほら、ナルカの体から霊気ってやつがいっぱい出てきたぞ」

 もうもうと、ナルカちゃんから霊気が立ち上る。その姿も色濃くなっていき、よりはっきりと見えるようになっていた。
 ミサキちゃんの狙いは、彼女の感情を高ぶらせることだった。だからわざとナルカちゃんの誇りに傷を付けるようなことを言ったのだ。

「……本当じゃ、体から力がみなぎるぞ!?」
「だろ?」

 自慢げなミサキちゃん。「どうだ、この野郎」とでも言いたげにオレの方をちらちら見てくる。
 うまくいったから良いものの、失敗して心をへし折ったらまた精神崩壊霊に逆戻りだったぞ。もしかしたら逆にスイッチが入って悪霊化もあり得たかも。
 だが、結果的に成功したから許しておこう。

「さぁーて、お前らも怒りを爆発させろ!」
「急に怒れと言われましても……」

 大人しいヨスズちゃんはますます縮こまってしまう。彼女としては霊として仲間が出来ただけでも幸せを感じるような子だから、生前に怒ったことなどないのだろう。

「あるだろうが、ムカつくことが全員に。忘れたのかよ、あたいらがそこにつっ立っている化け物に何をされたのかを!」

 そこにつっ立っている化け物。
 澱神無。
 そうだ、彼女達は全員心を粉々に潰されるような責め苦をあいつから受けているんだった。人として霊として、それ以上に怒りの感情が爆発することはないだろう。

「そうでした……、わたくし……」

 ヨスズちゃんの霊体が、低いうなり声のような音と共に濃くなっていく。

「あの方に体の隅々まで虫をわされて、細切れにされたんだった……っ!」

 その顔は今までで見たことのない、所謂いわゆるマジギレの面構えになっていた。

「はいは~い、ムマっちはね~カニさんにいっぱいちょきちょきされたよー」

 楽しそうな顔をしているけど、ムマシちゃんも怒りのパワーで霊力アップしている。

「そういえば僕も……なんか酷いことされたな~……」

 寝ぼけ声のまま、イツマちゃんもパワーアップ。具体的には覚えていないようだけど。

「わてなんか一番最初だからヒトデに溶かされるわホヤが生えるわで色々されたのよぅ?」

 ヒノエさんの話はなかなかグロいな。あまり想像したくない。

「私は烏賊と蛸に絡みつかれて食べられたのよ!むしろ私が食べてやりたかったのに!」

 今の話を聞いてフタチさんはよく食欲が湧くなぁ、霊なのに。

「妾も骨のずいまで芋虫みたいな生き物が侵入してきたのぅ」

 ナルカちゃんはもう霊力戻ってるから思い出さんでよろしい。あとヒノエさん以上に気持ち悪い体験談だな、オイ。

「ってことで、どうだ?あたいらは全員復活したぜ?」
「凄いな。自分で決めて立ち向かっていっただけはあるな」
「あ?」
「あ~……いや、霊になってから一人意識保ったまま千年も頑張ったっていう意味」

 澱神無の非人道的な拷問に等しい扱いを受けてなお心が折れず、それどころか奮い立たせて霊達を先導するなんて。

「ななも見習えよ?」
「つまり駆郎にぃをもっとパンチしろってこと?」
「そこじゃねーわ」

 うちの子は相変わらずか。
 そう思った時。

―お、来たワン―
「何がだよ――」

 狼慈丸の体が、白銀の閃光を放った。
 視界全てが銀色に包まれて、何も見えない。
 圧倒的な神々しさ。
 神秘的なそれはまさに、霊獣という名にふさわしい輝き。

―……元の姿に戻ったワン―

 そして、光が収まった中心部には白銀の毛並みの狼。
 柴犬の頃とは比べものにならない、横に駐めてある車と同じくらいに大きい。
 凜々りりしい眼差まなざし、宝玉の首飾りとブレスレット。
 これが、狼慈丸の真の姿。












「まさか、このタイミングで……天が味方しているみたいだな」
―きっと、彼女達の思いが我に復活するだけの力を分けてくれたのだワン―

 霊獣は、人々の正の感情が元になって生まれる。ならば失った体を取り戻すには強力な正の感情が必要。
 だが、彼女達が発したのは怒り……負の感情。それを正へと転換出来たのはミサキちゃんが澱神無への怒りとして導いたから。
 晩出市、ひいては全ての人に災厄をもたらす相手への怒りは、人々を守ろうとする正の感情へと昇華されたのだ。

「最高にカッコイイぜ、狼慈丸。でも、語尾はもう似合わないぞ」
―ほっとけワン―
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