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022『蒼炎のドラゴン』
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太陽が高い、ネメアの森。
腰まで伸ばした淡い紫色の髪を高くひとつに結い上げた青年が、ラッフィカが「お願い」と困った顔をしていた。
「向こう数百年は無いだろうけど、もし俺の次に【淡紫の花】が現れたら、レオに証を刻まれる前に逃がしてやってくれないか」
蒼炎の鱗に覆われた、子供ほどの背丈しかない二足歩行のドラゴンの前に屈んだ青年がその額から生えた、たくましい2本の角を撫でる。
「契約印はただ痛いだけだからあぁっ!?」
ガブリッ。
レオにうなじを噛まれたラッフィカが情けない声をあげた。
「急に噛むなよ! びっくりするだろ!?」
ゴロゴロ喉を鳴らしたレオがラッフィカの左腕に擦り寄る。
「ふんっ」
もう一度ラッフィカのうなじに牙を立てたレオに構わず、ラッフィカはドラゴンに話の続きをした。
「契約印は痛いだけだし、寵愛は重いだけだし、レグルスの建国王である俺に権力が有るのは当然だけど、次の【淡紫の花】は絶対に大変な目に遭う」
レオの漆黒のたてがみを手の平でポンポンしながら、ラッフィカは念押しする。
「何年後になるかわかんないけど、これは確定事項だ。これから繁栄していくであろう王家と、しっかり国を運営していくであろう大臣から【淡紫の花】を守ってやってくれ」
紅玉の目が穏やかにドラゴンを見下ろす。
「頼んだぞ、アゥニュイ」
✲
レグルス城の大広間。
行き交う侍女や兵士が、大きな巻物を両手に抱えたシオンとその隣を歩くレオを目で追っていた。
シオン陛下とレオ様だ。
アスティル様の件はどうなったのかしら。
お父上の騎士団長様はおろか、王家は何も言わないのね。
綺麗な花には棘がある、とはよく言ったものだな。
棘よりも強力だけどね。
もうすっかり慣れたヒソヒソ声を受け流していた、シオンの耳にドタバタと慌ただしい足音が届く。
「シオン君!! 大変だよシオン君!!」
先王であり、妻の父である、義父のグランが初老らしからぬ全力疾走で廊下を駆け、シオンに接近する。
反射的にシオンの前に立ちはだかったレオが、かつての主人だったはずのグランに牙を向けた。
「2年ぶりに目を覚ましたんだよ!!」
レオの背中に身を乗り出したグランが叫ぶ。
「アゥニュイが目を覚ました!!」
グランの言葉に大広間に居た者達のざわめきが大きくなった。
ついに!!
アゥニュイ様が!?
おぉ、喜ばしい事だ!!
今日は祝杯だな。
アスティル様の件があった後だから不謹慎よ。
いや、おめでたい事には変わりないから⋯⋯。
「アゥニュイ?」
国王なのに、完全に蚊帳の外に居るシオンにレオが説明する。
「ラッフィカの最初の従者だ。2年前、賊からヒイラギを守った時に大怪我を負ってな。回復の為に今まで眠っていたんだ」
へぇ~、と半ば興味が無さそうな返事をしていたシオンの頭上に疑問符を浮かべた。
「最初の従者? ラッフィカ様の? え、どういう⋯⋯」
突如、大広間に響く怒声にシオンの肩が跳ねる。
「グラン!!!! まだワイの話しは終わってへんぞ!!!!」
怒声がした方を見ると、蒼炎の鱗に全身が覆われた、子供くらいの背丈しかないドラゴン⋯⋯アゥニュイが険しい顔をしていた。
「自分が国王ちゃうってどういう事やねん!! アスティルに譲ったんか思ったらちゃうって!! しかもアスティルは国外追放の身って更に理解不能やわ!!」
しどろもどろになっているグランに詰め寄るアゥニュイを眺めていたレオが退屈そうにあくびをする。
「で!? 今の国王は誰なん!? アスティルとちゃうって事は弟のローアに譲っ⋯⋯」
そこまで言って、やっとシオンを視認したアゥニュイの時が止まった。
「ラッフィカ⋯⋯?」
驚きのあまり目をバチバチさせているアゥニュイの正面にしゃがんだシオンが、その角を撫でる。
「すごい、ドラゴンなんてはじめて見た」
淡い紫色の髪、やわらかな雰囲気、無自覚に、容赦無く人々を誑かす笑顔。
数百年の時を越えて触れる、かつての主とよく似たそれらを受け入れられないアゥニュイが両手でシオンの輪郭を包む。
「ラッフィカ? え、髪切ったん?」
腰あたりまで伸びていた髪が顎のあたりまでしかない。
「目の色、そんなんやったっけ?」
ルビーみたいに真っ赤だった目が瑞々しい若草色になっている。
「えっと⋯⋯⋯⋯?」
状況がよくわかっていないシオンのうなじに牙を立て、契約印を上書きしたレオがアゥニュイを見下ろす。
「こういう事だから頼んだぞ、アゥニュイ」
たったそれだけの行為ですべてを察したアゥニュイが「あ、あぁ~⋯⋯」と、か細い声を漏らした。
腰まで伸ばした淡い紫色の髪を高くひとつに結い上げた青年が、ラッフィカが「お願い」と困った顔をしていた。
「向こう数百年は無いだろうけど、もし俺の次に【淡紫の花】が現れたら、レオに証を刻まれる前に逃がしてやってくれないか」
蒼炎の鱗に覆われた、子供ほどの背丈しかない二足歩行のドラゴンの前に屈んだ青年がその額から生えた、たくましい2本の角を撫でる。
「契約印はただ痛いだけだからあぁっ!?」
ガブリッ。
レオにうなじを噛まれたラッフィカが情けない声をあげた。
「急に噛むなよ! びっくりするだろ!?」
ゴロゴロ喉を鳴らしたレオがラッフィカの左腕に擦り寄る。
「ふんっ」
もう一度ラッフィカのうなじに牙を立てたレオに構わず、ラッフィカはドラゴンに話の続きをした。
「契約印は痛いだけだし、寵愛は重いだけだし、レグルスの建国王である俺に権力が有るのは当然だけど、次の【淡紫の花】は絶対に大変な目に遭う」
レオの漆黒のたてがみを手の平でポンポンしながら、ラッフィカは念押しする。
「何年後になるかわかんないけど、これは確定事項だ。これから繁栄していくであろう王家と、しっかり国を運営していくであろう大臣から【淡紫の花】を守ってやってくれ」
紅玉の目が穏やかにドラゴンを見下ろす。
「頼んだぞ、アゥニュイ」
✲
レグルス城の大広間。
行き交う侍女や兵士が、大きな巻物を両手に抱えたシオンとその隣を歩くレオを目で追っていた。
シオン陛下とレオ様だ。
アスティル様の件はどうなったのかしら。
お父上の騎士団長様はおろか、王家は何も言わないのね。
綺麗な花には棘がある、とはよく言ったものだな。
棘よりも強力だけどね。
もうすっかり慣れたヒソヒソ声を受け流していた、シオンの耳にドタバタと慌ただしい足音が届く。
「シオン君!! 大変だよシオン君!!」
先王であり、妻の父である、義父のグランが初老らしからぬ全力疾走で廊下を駆け、シオンに接近する。
反射的にシオンの前に立ちはだかったレオが、かつての主人だったはずのグランに牙を向けた。
「2年ぶりに目を覚ましたんだよ!!」
レオの背中に身を乗り出したグランが叫ぶ。
「アゥニュイが目を覚ました!!」
グランの言葉に大広間に居た者達のざわめきが大きくなった。
ついに!!
アゥニュイ様が!?
おぉ、喜ばしい事だ!!
今日は祝杯だな。
アスティル様の件があった後だから不謹慎よ。
いや、おめでたい事には変わりないから⋯⋯。
「アゥニュイ?」
国王なのに、完全に蚊帳の外に居るシオンにレオが説明する。
「ラッフィカの最初の従者だ。2年前、賊からヒイラギを守った時に大怪我を負ってな。回復の為に今まで眠っていたんだ」
へぇ~、と半ば興味が無さそうな返事をしていたシオンの頭上に疑問符を浮かべた。
「最初の従者? ラッフィカ様の? え、どういう⋯⋯」
突如、大広間に響く怒声にシオンの肩が跳ねる。
「グラン!!!! まだワイの話しは終わってへんぞ!!!!」
怒声がした方を見ると、蒼炎の鱗に全身が覆われた、子供くらいの背丈しかないドラゴン⋯⋯アゥニュイが険しい顔をしていた。
「自分が国王ちゃうってどういう事やねん!! アスティルに譲ったんか思ったらちゃうって!! しかもアスティルは国外追放の身って更に理解不能やわ!!」
しどろもどろになっているグランに詰め寄るアゥニュイを眺めていたレオが退屈そうにあくびをする。
「で!? 今の国王は誰なん!? アスティルとちゃうって事は弟のローアに譲っ⋯⋯」
そこまで言って、やっとシオンを視認したアゥニュイの時が止まった。
「ラッフィカ⋯⋯?」
驚きのあまり目をバチバチさせているアゥニュイの正面にしゃがんだシオンが、その角を撫でる。
「すごい、ドラゴンなんてはじめて見た」
淡い紫色の髪、やわらかな雰囲気、無自覚に、容赦無く人々を誑かす笑顔。
数百年の時を越えて触れる、かつての主とよく似たそれらを受け入れられないアゥニュイが両手でシオンの輪郭を包む。
「ラッフィカ? え、髪切ったん?」
腰あたりまで伸びていた髪が顎のあたりまでしかない。
「目の色、そんなんやったっけ?」
ルビーみたいに真っ赤だった目が瑞々しい若草色になっている。
「えっと⋯⋯⋯⋯?」
状況がよくわかっていないシオンのうなじに牙を立て、契約印を上書きしたレオがアゥニュイを見下ろす。
「こういう事だから頼んだぞ、アゥニュイ」
たったそれだけの行為ですべてを察したアゥニュイが「あ、あぁ~⋯⋯」と、か細い声を漏らした。
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