嵐の足あと

hanahui2021.6.1

文字の大きさ
上 下
1 / 6

ゼベットおじさん

しおりを挟む
ナマズのゼベットは、いつも一人。
ナマズって、めちゃくちゃ目が悪いんだよね。
どれくらい悪いかって言うと
うーんと…物体の認識が甘いっていうかな⁉
触れたものは、なんでも口に入れちゃうんだよね。
動くもの イコール食べ物って感じ⁉
だから、おじさんは いつも一人なんだ。
ぶあついメガネに 気むずかしい顔をセットにしてね!


+++++++
この日も かわらず、時が過ぎ去っていくものだと 思っていた。
なのに、この日は 違った。
ほんの少し…神さまが、イタズラしたんだ。


数日続いた台風のせいで、川は 増水していた。
水が、ゴウゴウと 大きな音をさせながら、かけ足で過ぎ去っていく。
そんな中 おじさんは、素知らぬふり。
自分のほら穴で ウトウト いねむりをしていた。
普段は、キャーキャー楽しそうに 遊びまわっているみんなも、今日は、岩かげの家で 大人しくしている。

そんな時…
「助けてー」 誰かの叫び声が、聞こえた。
でもそれは 遠く…消えてしまいそうなほど はかなくて。て…。
おじさんは、空耳だろう と…
まだ、夢を見ているのだろう と、また 目を閉じてしまった。
ところが…もう一度 聞こえたのである。
「助けてーだれかー」 
今度は、さっきより ハッキリと聞こえた。

それからのおじさんは、速かった。
いつもの のんびりは、なりをひそませ、わずかばかりの声をたよりに、長いひげを、躊躇なく ドロ水に ひたす。しかし…なかなか うまく いかない。
そりゃそうだろう。
土を たっぷりと巻きこんで流れてくる水は、重く、おまけに とても見にくい。
ただでさえ おじさんは…目が悪いのに…ヒドイよね。!
まあもし おじさん以外の人だったとしても、この状況じゃ 同じようだったたろうけど。
なのに おじさんは あきらめない。
まるで 何かに取り憑かれたみたいに、ギリギリまで 体を伸ばし、しつこくヒゲを 投入する。
ご自慢のおヒゲが、ボロボロになっているのも構わずに。
でも…容赦なく 終わりはくる。
たとえ、それが 悲しい結末だったとしても…ね。

++++++++++++++
巻き込まれてしまわないように 近くの茂みに 自分の体を巻きつけ 川面に体ごと飛びこんだ。
もしかしたら、自分ものみ込まれて、死んじゃうかもしれないのにね!
でも…その策が功をそうしたのか?
それとも、おじさんの熱意の勝利か?
奇跡的に 救助者に手が、届いた。
わずかに掴んだ体を 離さないように 何重にも ヒゲを巻きつける。
そうして、棲家であるほら穴に 連れ帰り、そっと布団に寝かせた。
助けた魚に あらためて目を落とすと、その体は とても小さくて…たぶん? 何かの稚魚だろうと推察できた。
全体的に青白く、ピクリとも体を動かさない。
おそらく 水も多量に飲んでしまっているだろう。
必死に助けだは良いが、このままでは いずれ死んでしまう。
ゼベットは、焦った。
急いで、皆を呼ぶために ほら穴を飛び出した。


数日後ーーー
ほら穴の中で、元気に泳ぎまわる稚魚の姿が 確認できた。

しおりを挟む

処理中です...