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第五話 人狼と家族
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森の中で、血にまみれた女が一人で狂った顔で臓物をあさっていた。
―――<人狼と家族>
夢幻界には、『暗闇の森』と呼ばれる広い森が存在する。木々が日差しを遮り、森に闇をもたらすから『暗闇の森』と呼ばれている。また、ろくろ首や獣人につるべ落としなどの妖怪が多数存在する。最近では吸血鬼のブルーがやってきた場所だ。
その暗闇の森の中、小柄な少女が迷っていた。彼女は森にあるとされる、どんな病気も治す薬草を取りに来たのだ。しかし森は広くて、中々目的の草を見つけられなくて、昼に森に入ったが気が付けば夕方になっており、森は闇を深め迷子になってしまったのだ。
「どうしよう……」
泣きながらも当てもなく歩く少女。薬草を探しに来たのは病にふせっている妹のためで、家は貧しく金が無い。そのため診療所に行きたくも無理だった。
だから、少女はどんな病も治すとされる薬草が暗闇の森にあるという噂を信じて、居ても立っても居られず森に一人で入っていたのだ。だが現在まで見つけられずにいた。少女は妹に何も出来ない自分を恥じて涙を流した。
「ごめんね…… ごめんね」
少女が歩いているうちに 夜になってしまった。空には星々が光り、森の闇から虫たちの鳴き声聞こえ少女を不安にさせた。
「怖いよう……」
泣き言を漏らした時、近くの茂みから、何かが動く音がした。
「ヒィ!? 誰!?」
怯え立ち止まる少女。もしかしたら自分を探しに来てくれた者と思い、音がした方に顔を向ける。しかしそこにはいたのは、
「グルルルルゥ」
狼に似た姿をした大きな妖怪だった。口には鋭い牙が備わっており、牙の間から涎を垂らしながら妖怪は少女を見据える。妖怪は少女を獲物とみていた。
「あ…… あああ」
恐ろしい妖怪の姿を見て少女は絶望した。恐ろしい妖怪に会ってしまう自分の不運に。しかし妹を助けるため森に入った事は後悔していなかった。妖怪は恐怖で固まっている少女に牙を向け襲いかかる。
恐怖からか少女は思わず目を閉じて、自身の死を覚悟した。
―――しかし死は少女に向かって訪れない。
「あ、あれ?」
何も起こらない事に少女は恐る恐る目を開ける。
「……だれ?」
少女の目の前には、汚れた赤いドレスを着た、足にまで届くほどの黒髪の女が立っていた。その女は手で妖怪の頭を掴み動きを止めていた。女の手の爪は獣のごとく鋭く、妖怪の頭に食い込んでいた。
「!?」
妖怪は女に驚きながらも獲物が増えたことを口を弧にして喜んだ。しかし、喜びは痛みによってか聞き消え、叫び声を上げた。
「ギヤヤヤヤ!!」
「ググググ」
それもそのはず、女が妖怪の頭に食らいつき抉っているからだ。妖怪は恐れた。人間にこんなことができるわけないと。そしてさらなる驚きが妖怪を襲った。
グチャグチャ
女が喜びの笑顔で妖怪の頭に噛みつき食べ始めたのだ。痛みで絶叫してしまう妖怪。だが叫びを聞いても女は口を止めない。その上、腕に力を籠めて妖怪の頭を破壊していく。肉が抉れる音と共に、妖怪から大量の血が流れて、地面に血だまり作った。このままでは死ぬ妖怪は死の恐怖に包まれ、逃亡しようと体に力を込めた。
「グギャアアア!!」
体を思い切り左右に振って、女の腕を振りほどき、距離をとる。そして女が自分に与え様とする死から逃げるため森の奥に向かって走り去ろうとした。逃げる妖怪を見て、獣の如く叫ぶ女。
「逃がすモノカアアアッ!」
そして、逃げる妖怪を確実に仕留めるために懐から、二枚のエルカードを取り出し発動。
<スラッシュ>切断能力の付与及び向上 <クラッシュ>破壊力の向上
自分の体に切断の能力と破壊力を与えて、妖怪に向かい駆ける。駆け抜ける女の長い髪は少女の目には狼の尻尾の様に見えた。女は距離を詰めると相手に向かって飛ぶ。
「グルオオオオ!!」
妖怪は死の瞬間女の唸り声を聞いた。女は妖怪の頭に踵落しを決めた。その瞬間、妖怪の肉体は水風船が割れたような音をたて、真っ二つに切り裂かれて絶命した。
しかしそれだけでは止まらない。妖怪の死体から内臓を取り出し引き裂いてミンチに変える。妖怪がミンチに変わったことに女は満足して食べ始めた。グチャグチャグチャと音を立てて妖怪であったものを食べていく。
「……あああ」
少女は遠目からショッキングな場面を見て嘔吐した。辺りに吐く音と吐しゃ物の酸っぱい匂いが漂う。
「おえええ……」
「ッ!!」
女はそれに気づき少女に顔向ける。少女はそれによって女の姿を目に捉えた。女の口から下にかけて大量の血が付いており、赤いドレスをより赤くしていた。じっと少女を見る女。その目は捕食者の目と虚ろな目であった。じっと見た後、女は再び食事に戻った。
「グァツグチャ」
「ウアア……」
少女は女がまともでないと分かり、恐怖したがこのままでは自分も食われると考えた。今、女は少女の方を向いてない。恐怖を押し殺して足に力を込めた。
「今のうちにっ!」
女には振り返らず、一心不乱に足を動かして逃げる。背後から咀嚼音が響いていた。
――――
時間は少し遡り時は夕方、人里にて
「葉月さん」
葉月は呉服屋から帰る途中に、身なりが貧相な夫婦に呼び止められた。夫婦とは近くに住む顔見知りであった。
「どうかしましたか?」
「娘のキヨが薬草を取りに行くと言って暗闇の森に行ったきり、帰ってこないのです」
「何」
その言葉に目を鋭くする葉月。夫婦は不安そうに頼み込む。
「葉月さんが剣の達人であることは知っております。どうか私たちと一緒に探してくれませんか」
そう言って頭を下げた。夫婦は一度妖怪に襲われそうなところを、通りすがった葉月に助けられたことがあった。夫婦の頼みを葉月は承諾する。
「わかりました。しかし暗闇の森は危険です。私一人で行きます、貴方達は家で待っていてください」
そう告げて、家から刀を取って急いで森へ向かう。暗闇の森に向かう最中、葉月はある昔話を思い出した
「昔、暗闇の森には人狼が存在する話を聞いたな」
――――
夜、暗闇の森
先ほどの女に会わぬことを祈りながら少女は森の中を走っていた。その時、
「君ッ!」
人の声が聞こえ振り向く。そこには刀を持ったポニーテールの葉月が居た。少女は先ほどの出来事が会ってか不安そうに見つめ距離をとる。そんな不安な気持ちを葉月は察し、穏やかな声で話しかける。
「良かった無事で」
「!」
その言葉で少女は安堵し、葉月に駆け寄ってだきついた。そして人が助けに来てくれたことに涙をながした。葉月は少女に名を尋ねる。
「君。名前は」
「キヨって言います」
「キヨちゃんね。もう大丈夫だよ」
少女の答えに葉月は目的の少女が無事見つかったことに安心した。
「さあ、人里に帰ろう」
「はい……」
葉月とキヨは人里に向かって足を速めようとした。その時、「グオオオオオオオッ!!」 獣の唸り声が周りから聞こえた。二人は足を止めて葉月は驚く。
「何だ今の」
「もしかしてさっきの……」
「さっきの?」
キヨは怯えながら、さっき会った女の事を葉月に伝えた。それを聞いた葉月は怯えるキヨを自分の後ろに下がらせて、声がした方角に刀を向けた瞬間。
「ギュオオオオアアアッ」
「!!」
叫びと共に二人に向かって女が飛びかかってきた。葉月は刀を振りかざしそれを迎撃。女は何とかそれを回避したが体勢を崩し、攻撃は失敗。キヨは女に再び会う自分の不運に心底絶望した。
葉月は目の前の相手を警戒しながらキヨに指示を出す。
「この先、真っ直ぐ行けば、人里にたどり着く道に出る。さあ走れ」
「でもそいつさっき話した女ですよ!?」
助けに来てくれた人を死なせる分けにはいかない、キヨは目の前の女の危険性を葉月に伝える。しかし構わないと返答する葉月。
「安心しろ私は強い。早く行けっ!」
「っ!! わかりました!!」
それを聞いたキヨは人里に向かって走った。女は追いかけようとするが、
「ッ!! ……グウゥ」
葉月の殺気に気がつき、動きを止めて葉月を睨んだ。しかし葉月は怯えることなく威圧的に問いかけた。
「お前が昔からいる人狼とやらか」
「そうだ。だからどうしたぁ!」
「では、死んでもらおう!」
言葉と共に、人狼に水平斬りを仕掛ける。それを人狼はすぐさましゃがみ刃を避け、葉月の腹を喰い破ろうとする。
「犬ころ風情がッ!」
「ギァヤア」
しかし葉月、自分の腹を食い破られる前に、逆に膝蹴りを人狼の顔に喰らわせた。膝蹴りで後ろにのけ反る人狼。そして葉月から距離を取る。刀を持つ葉月に、分が悪いと察したのか人狼は叫び声を上げて、エルカードを使い反撃にでる。
「グオオオオガアアアアアア」
<スラッシュ><クラッシュ>
葉月は人狼がエルカードを持っていることに少し驚き挑発する。
「エルカードとは、知性の欠片も無い代わりにそんな物を持っているとはな」
「殺す!!」
葉月の言葉に人狼は怒り、右手を勢いよく大きく振りかぶってハンドクローを与えようとする。それに対し刀を構え片手を切断しようと試みる葉月。
(このままつっこめ斬り捨ててやる!!)
人狼の突撃に葉月はほくそ笑む。がしかし、笑みは人狼の行動に驚きに変わった。
「何ィ!」
人狼はハンドクローをわざと外し、その勢いで前に回転をかけて踵落とし放つ。ハンドクローは囮だ。
「チィ!!」
葉月はすぐさま片腕を刀から外し短刀を取り出した。短刀は踵落としを防ぐが、エルカードの力で足の 切断には至らない。
「グギィ!」
人狼は足を戻して体勢を立て直そうとしたが、それにより隙が生まれてしまった。
「甘いッ!!」
隙をついて、長刀で人狼の腹を斬る葉月。人狼は痛みで声を上げたが刀の間合いから離れた。
「グううう」
痛みの唸り声を上げながら、懐から何かを取り出した。人狼が取り出したものを見て葉月は驚く。
「なんだ!? 肉!?」
そう人狼が取り出したのは、先ほど殺した妖怪の肉だった。そして人狼は肉を食った。すると腹の傷がみるみる癒えていく。それを見て葉月は内心困惑した。
(なぜこいつから妖気を感じない!?)
全ての妖怪は妖怪は妖気というものを持つ。しかし目の前の人狼はそれが無い、葉月にとって不気味な存在だった。だがこの思考は今必要ではない。葉月は思考を切り替え相手を睨む。
「まあ斬ってから考えるか」
再び刀を人狼に向ける。人狼も再び攻撃態勢に入る。再び戦いが始まるその時である。
「待て」
「誰だ!?」
第三者によって遮られる。 葉月は驚き声を上げるが人狼からは眼を放さない。人狼も葉月の行動に対応するため動かない。やがて謎の声の主は二人の間に現れた。
「管理所のアサキシだ。葉月」
謎の声の主は青く長い髪をした女性、アサキシであった。
「アサキシ!? 管理所の!?」
予想外の声の主に驚き声を上げる葉月。アサキシは人狼の方を見て葉月に話しかける。
「この戦いやめてもらおうか」
「なに!?」
アサキシの言葉に声を荒げる葉月。人里の守護する管理所の長が危険な人狼を見逃せと言ったからだ。
「…………」
人狼はアサキシを見て、森の闇に紛れ込みこの場を離れた。人狼が逃げたのを見て葉月は舌うちをしアサキシに問いただす。
「なぜ止めた」
「すべての説明は明日、管理所で話す」
アサキシはそれだけ言うとすたすたと人里へ帰った。そして暗闇の森に葉月が独り取り残された。
「何なんだ?」
疑問を抱えながらも葉月も人里に帰り、無事キヨが帰宅したのを知り安堵した。
―――
翌日
葉月は管理所の所長室にいた。アサキシは椅子に座っている。アサキシに対し、昨夜の出来事を問いだ出した。
「なぜあんたが森にいた」
「趣味の散歩と人里のパトロールで歩いたところ、少女が走ってきた。夜中なのにな。話しかけてみると葉月という女性が妖怪と戦っている何とかしてほしい。と言われ森に行った」
「私たちが居る場所がよくわかったな」
葉月の疑問にアサキシは自分の鼻を指して、
「私は人一倍鼻が良い。少女からお前の匂いをたどった」
「私の事も詳しく知ってそうだったが……」
「最近もめ事を起こしたと診療所から話が来てね」
「そうか、なぜ戦いを止めた」
昨日のことを思いだし、イラッとした葉月。アサキシは怒りを受け流して理由を話す。
「それは君が戦っていたのは人狼でなく、人だからだ。管理所が認めている人物でもある」
「人だと……」
アサキシの言葉に目を丸くする。戦った人狼は妖怪じみていた故に人間であるとは考えずらかった。アサキシに全てを話すよう尋ねた。
「昔、私は人狼の事を知り調べた。わかったことを一から話そう」
彼女は天井を見上げ、話始めた。
「お前が生まれる以前の事だ、ある村は妖怪の他に獣害にも悩まされていた。特に狼にな。ある時飢饉と獣害が重なり、悲惨な状況になった。そしてその村はあることをしでかした」
「あること?」
「人間を自然に生贄を捧げることで獣害と飢饉を何とかしようとしたんだ。口減らしの意味もある」
「なんだと」
(そんなことするなんて……)
話の内容に不快感を表し手を握ぎる葉月。それを見たアサキシは手で落ち着くように促す。
「おちつけ。そこである3人家族が生贄に選ばれた。人々はまずその家族の子供を連れ去り料理にした。親は子供探している途中、人々が子供を見つけたと親の二人をある場所に呼んだ」
アサキシは次の言葉を口から発する前に、少し間を間を置いた。窓から日差しが差し込む。
「呼ばれた場所には子供は居ず、肉料理があった。子共は後から来ると言いそれを親の二人に食べる事を強要した。親の二人も空腹に苦しんでたため、困惑しながらも食した」
「待て、なぜ子供を料理し食わせた」
「それは食人によって、生贄をより特別な物にしたかったんだろ」
「バカなっ!!」
葉月は驚き、過去の人々の行動を否定するかのように手を払う。それとは対照的にアサキシは淡々話した。
「ああ、それほど切羽詰まっていたんだろ。この世界には不思議な力が存在するし、それに頼りたくもなる」
「……その後どうした」
「親の二人に肉はなんなのか、なぜそうしたかを話した。親の二人は呆然とし何もできなかったという。その後二人を村から追い出して森へと捨てた。それで終わったと人々は考えた」
「親の一人は食べた罪悪感と絶望し自殺した。もう一人のほうは罪悪感から自分は苦しんで生き続けなければならないと考えた」
「それが奴……」
彼女は戦った人狼、女を思い出す。妖怪では無かったのだ、人であったのだ。それも誰かに利用され狂ってしまった哀れな人間。
「しかし罪悪感からは耐えられず精神に異常をきたし、自分を人狼だと思い込み始めた。母親であり人である自分が自分の子供を食べたなんてありえない。自分は人狼で人狼がやったんだと考え、今に至る」
「話を聞いていたが、なぜ奴は今日まで生きている。人ならば寿命か何かで死んでいるだろ。なのに老いてもいない」
アサキシの話に、人狼の見た目が若かったのを思い出す。見た目は若い大人で有り、老婆の様な姿では無かった。
「それは奴が超能力者だからだ。罪の意識で精神に異常をきたして、超能力に目覚めたんだろう」
この世界では、人間性が欠落したか精神に異常をきたすと、稀に超能力を得るとされている。何故そうなるかは不明だが、失ったモノの代わりと考えられている。
葉月はその説明と自分の友人に超能力者がいるため、人狼の正体に納得した。
「奴が人であった時のことは覚えているのか?」
アサキシは首を振り否定する。
「いや精神がおかしくなり、人狼と思い込んだことで、人としての記憶も失っている。私は直接会いその事を確かめてみた」
「どうだった」
尋ねる葉月の顔は暗い。家族が犠牲になった事を自分と重ねてしまった。
「奴はこう言った『私は生まれついての人狼だ。最近も人を襲った』そう言い笑っていたよ」
「……なぜ奴を殺さない世界のためだろ。それに楽にしてやった方が良い」
「それもいいが人狼は超能力者であり、エルカードもなぜか持っている。利用価値がある。その時ではない」
「利用価値だと……」
「ある程度だが厄介なものに、けしかけることができる」
「……正気に戻せ!」
アサキシの冷たい発言にやや憤りを感じ声を荒げてしまう。
「だめだ。正気にすることで力を失ってしまうかもしれん。それに正気に戻った所で奴はどうしようもない。子供を食い家族を失ったことを再び知るだけだ」
葉月の言葉にやれやれといった身振りで否定する彼女。そして人差し指を立てながら話を付け加える。
「あっ人も襲ってたな。おそらくだが自殺するんじゃないかな。もう十分生きたしな」
そこまで言いあることにハッとするアサキシ。
「おっと言い忘れてたな、力の事。奴の力は食べれば強くなる能力だ。それで人並み外れた力と生命力を持つ」
「そうかい……」
葉月はアサキシを非難したそうな顔で尋ねた。
「奴の名はなんだ。人であった時の名は」
「確か、そう『杏奈』だったかな。それにしてもお前、まさか人狼に同情しているのか。妖怪嫌いと聞いていたが」
「……奴は人狼じゃ無いだろう」
「いや、今再び考えてみたがもう奴は人狼だな。人の心を無くしているのだから」
アサキシは口に手を当ててくすくすと笑う。その態度を見た葉月は不快になり、何も言わず部屋から退室した。
――――
管理所を出た葉月は、診療所に行き薬をもらって、助けた少女の家に行った。そして薬と今後の診療代分のお金を渡した。家族は何度も葉月に感謝した。
その帰り道、葉月は人狼と呼ばれた女のことを思い出し、奴にも家族がいたんだと、先ほど会った家族と姿を重ねた。
―――<人狼と家族>
夢幻界には、『暗闇の森』と呼ばれる広い森が存在する。木々が日差しを遮り、森に闇をもたらすから『暗闇の森』と呼ばれている。また、ろくろ首や獣人につるべ落としなどの妖怪が多数存在する。最近では吸血鬼のブルーがやってきた場所だ。
その暗闇の森の中、小柄な少女が迷っていた。彼女は森にあるとされる、どんな病気も治す薬草を取りに来たのだ。しかし森は広くて、中々目的の草を見つけられなくて、昼に森に入ったが気が付けば夕方になっており、森は闇を深め迷子になってしまったのだ。
「どうしよう……」
泣きながらも当てもなく歩く少女。薬草を探しに来たのは病にふせっている妹のためで、家は貧しく金が無い。そのため診療所に行きたくも無理だった。
だから、少女はどんな病も治すとされる薬草が暗闇の森にあるという噂を信じて、居ても立っても居られず森に一人で入っていたのだ。だが現在まで見つけられずにいた。少女は妹に何も出来ない自分を恥じて涙を流した。
「ごめんね…… ごめんね」
少女が歩いているうちに 夜になってしまった。空には星々が光り、森の闇から虫たちの鳴き声聞こえ少女を不安にさせた。
「怖いよう……」
泣き言を漏らした時、近くの茂みから、何かが動く音がした。
「ヒィ!? 誰!?」
怯え立ち止まる少女。もしかしたら自分を探しに来てくれた者と思い、音がした方に顔を向ける。しかしそこにはいたのは、
「グルルルルゥ」
狼に似た姿をした大きな妖怪だった。口には鋭い牙が備わっており、牙の間から涎を垂らしながら妖怪は少女を見据える。妖怪は少女を獲物とみていた。
「あ…… あああ」
恐ろしい妖怪の姿を見て少女は絶望した。恐ろしい妖怪に会ってしまう自分の不運に。しかし妹を助けるため森に入った事は後悔していなかった。妖怪は恐怖で固まっている少女に牙を向け襲いかかる。
恐怖からか少女は思わず目を閉じて、自身の死を覚悟した。
―――しかし死は少女に向かって訪れない。
「あ、あれ?」
何も起こらない事に少女は恐る恐る目を開ける。
「……だれ?」
少女の目の前には、汚れた赤いドレスを着た、足にまで届くほどの黒髪の女が立っていた。その女は手で妖怪の頭を掴み動きを止めていた。女の手の爪は獣のごとく鋭く、妖怪の頭に食い込んでいた。
「!?」
妖怪は女に驚きながらも獲物が増えたことを口を弧にして喜んだ。しかし、喜びは痛みによってか聞き消え、叫び声を上げた。
「ギヤヤヤヤ!!」
「ググググ」
それもそのはず、女が妖怪の頭に食らいつき抉っているからだ。妖怪は恐れた。人間にこんなことができるわけないと。そしてさらなる驚きが妖怪を襲った。
グチャグチャ
女が喜びの笑顔で妖怪の頭に噛みつき食べ始めたのだ。痛みで絶叫してしまう妖怪。だが叫びを聞いても女は口を止めない。その上、腕に力を籠めて妖怪の頭を破壊していく。肉が抉れる音と共に、妖怪から大量の血が流れて、地面に血だまり作った。このままでは死ぬ妖怪は死の恐怖に包まれ、逃亡しようと体に力を込めた。
「グギャアアア!!」
体を思い切り左右に振って、女の腕を振りほどき、距離をとる。そして女が自分に与え様とする死から逃げるため森の奥に向かって走り去ろうとした。逃げる妖怪を見て、獣の如く叫ぶ女。
「逃がすモノカアアアッ!」
そして、逃げる妖怪を確実に仕留めるために懐から、二枚のエルカードを取り出し発動。
<スラッシュ>切断能力の付与及び向上 <クラッシュ>破壊力の向上
自分の体に切断の能力と破壊力を与えて、妖怪に向かい駆ける。駆け抜ける女の長い髪は少女の目には狼の尻尾の様に見えた。女は距離を詰めると相手に向かって飛ぶ。
「グルオオオオ!!」
妖怪は死の瞬間女の唸り声を聞いた。女は妖怪の頭に踵落しを決めた。その瞬間、妖怪の肉体は水風船が割れたような音をたて、真っ二つに切り裂かれて絶命した。
しかしそれだけでは止まらない。妖怪の死体から内臓を取り出し引き裂いてミンチに変える。妖怪がミンチに変わったことに女は満足して食べ始めた。グチャグチャグチャと音を立てて妖怪であったものを食べていく。
「……あああ」
少女は遠目からショッキングな場面を見て嘔吐した。辺りに吐く音と吐しゃ物の酸っぱい匂いが漂う。
「おえええ……」
「ッ!!」
女はそれに気づき少女に顔向ける。少女はそれによって女の姿を目に捉えた。女の口から下にかけて大量の血が付いており、赤いドレスをより赤くしていた。じっと少女を見る女。その目は捕食者の目と虚ろな目であった。じっと見た後、女は再び食事に戻った。
「グァツグチャ」
「ウアア……」
少女は女がまともでないと分かり、恐怖したがこのままでは自分も食われると考えた。今、女は少女の方を向いてない。恐怖を押し殺して足に力を込めた。
「今のうちにっ!」
女には振り返らず、一心不乱に足を動かして逃げる。背後から咀嚼音が響いていた。
――――
時間は少し遡り時は夕方、人里にて
「葉月さん」
葉月は呉服屋から帰る途中に、身なりが貧相な夫婦に呼び止められた。夫婦とは近くに住む顔見知りであった。
「どうかしましたか?」
「娘のキヨが薬草を取りに行くと言って暗闇の森に行ったきり、帰ってこないのです」
「何」
その言葉に目を鋭くする葉月。夫婦は不安そうに頼み込む。
「葉月さんが剣の達人であることは知っております。どうか私たちと一緒に探してくれませんか」
そう言って頭を下げた。夫婦は一度妖怪に襲われそうなところを、通りすがった葉月に助けられたことがあった。夫婦の頼みを葉月は承諾する。
「わかりました。しかし暗闇の森は危険です。私一人で行きます、貴方達は家で待っていてください」
そう告げて、家から刀を取って急いで森へ向かう。暗闇の森に向かう最中、葉月はある昔話を思い出した
「昔、暗闇の森には人狼が存在する話を聞いたな」
――――
夜、暗闇の森
先ほどの女に会わぬことを祈りながら少女は森の中を走っていた。その時、
「君ッ!」
人の声が聞こえ振り向く。そこには刀を持ったポニーテールの葉月が居た。少女は先ほどの出来事が会ってか不安そうに見つめ距離をとる。そんな不安な気持ちを葉月は察し、穏やかな声で話しかける。
「良かった無事で」
「!」
その言葉で少女は安堵し、葉月に駆け寄ってだきついた。そして人が助けに来てくれたことに涙をながした。葉月は少女に名を尋ねる。
「君。名前は」
「キヨって言います」
「キヨちゃんね。もう大丈夫だよ」
少女の答えに葉月は目的の少女が無事見つかったことに安心した。
「さあ、人里に帰ろう」
「はい……」
葉月とキヨは人里に向かって足を速めようとした。その時、「グオオオオオオオッ!!」 獣の唸り声が周りから聞こえた。二人は足を止めて葉月は驚く。
「何だ今の」
「もしかしてさっきの……」
「さっきの?」
キヨは怯えながら、さっき会った女の事を葉月に伝えた。それを聞いた葉月は怯えるキヨを自分の後ろに下がらせて、声がした方角に刀を向けた瞬間。
「ギュオオオオアアアッ」
「!!」
叫びと共に二人に向かって女が飛びかかってきた。葉月は刀を振りかざしそれを迎撃。女は何とかそれを回避したが体勢を崩し、攻撃は失敗。キヨは女に再び会う自分の不運に心底絶望した。
葉月は目の前の相手を警戒しながらキヨに指示を出す。
「この先、真っ直ぐ行けば、人里にたどり着く道に出る。さあ走れ」
「でもそいつさっき話した女ですよ!?」
助けに来てくれた人を死なせる分けにはいかない、キヨは目の前の女の危険性を葉月に伝える。しかし構わないと返答する葉月。
「安心しろ私は強い。早く行けっ!」
「っ!! わかりました!!」
それを聞いたキヨは人里に向かって走った。女は追いかけようとするが、
「ッ!! ……グウゥ」
葉月の殺気に気がつき、動きを止めて葉月を睨んだ。しかし葉月は怯えることなく威圧的に問いかけた。
「お前が昔からいる人狼とやらか」
「そうだ。だからどうしたぁ!」
「では、死んでもらおう!」
言葉と共に、人狼に水平斬りを仕掛ける。それを人狼はすぐさましゃがみ刃を避け、葉月の腹を喰い破ろうとする。
「犬ころ風情がッ!」
「ギァヤア」
しかし葉月、自分の腹を食い破られる前に、逆に膝蹴りを人狼の顔に喰らわせた。膝蹴りで後ろにのけ反る人狼。そして葉月から距離を取る。刀を持つ葉月に、分が悪いと察したのか人狼は叫び声を上げて、エルカードを使い反撃にでる。
「グオオオオガアアアアアア」
<スラッシュ><クラッシュ>
葉月は人狼がエルカードを持っていることに少し驚き挑発する。
「エルカードとは、知性の欠片も無い代わりにそんな物を持っているとはな」
「殺す!!」
葉月の言葉に人狼は怒り、右手を勢いよく大きく振りかぶってハンドクローを与えようとする。それに対し刀を構え片手を切断しようと試みる葉月。
(このままつっこめ斬り捨ててやる!!)
人狼の突撃に葉月はほくそ笑む。がしかし、笑みは人狼の行動に驚きに変わった。
「何ィ!」
人狼はハンドクローをわざと外し、その勢いで前に回転をかけて踵落とし放つ。ハンドクローは囮だ。
「チィ!!」
葉月はすぐさま片腕を刀から外し短刀を取り出した。短刀は踵落としを防ぐが、エルカードの力で足の 切断には至らない。
「グギィ!」
人狼は足を戻して体勢を立て直そうとしたが、それにより隙が生まれてしまった。
「甘いッ!!」
隙をついて、長刀で人狼の腹を斬る葉月。人狼は痛みで声を上げたが刀の間合いから離れた。
「グううう」
痛みの唸り声を上げながら、懐から何かを取り出した。人狼が取り出したものを見て葉月は驚く。
「なんだ!? 肉!?」
そう人狼が取り出したのは、先ほど殺した妖怪の肉だった。そして人狼は肉を食った。すると腹の傷がみるみる癒えていく。それを見て葉月は内心困惑した。
(なぜこいつから妖気を感じない!?)
全ての妖怪は妖怪は妖気というものを持つ。しかし目の前の人狼はそれが無い、葉月にとって不気味な存在だった。だがこの思考は今必要ではない。葉月は思考を切り替え相手を睨む。
「まあ斬ってから考えるか」
再び刀を人狼に向ける。人狼も再び攻撃態勢に入る。再び戦いが始まるその時である。
「待て」
「誰だ!?」
第三者によって遮られる。 葉月は驚き声を上げるが人狼からは眼を放さない。人狼も葉月の行動に対応するため動かない。やがて謎の声の主は二人の間に現れた。
「管理所のアサキシだ。葉月」
謎の声の主は青く長い髪をした女性、アサキシであった。
「アサキシ!? 管理所の!?」
予想外の声の主に驚き声を上げる葉月。アサキシは人狼の方を見て葉月に話しかける。
「この戦いやめてもらおうか」
「なに!?」
アサキシの言葉に声を荒げる葉月。人里の守護する管理所の長が危険な人狼を見逃せと言ったからだ。
「…………」
人狼はアサキシを見て、森の闇に紛れ込みこの場を離れた。人狼が逃げたのを見て葉月は舌うちをしアサキシに問いただす。
「なぜ止めた」
「すべての説明は明日、管理所で話す」
アサキシはそれだけ言うとすたすたと人里へ帰った。そして暗闇の森に葉月が独り取り残された。
「何なんだ?」
疑問を抱えながらも葉月も人里に帰り、無事キヨが帰宅したのを知り安堵した。
―――
翌日
葉月は管理所の所長室にいた。アサキシは椅子に座っている。アサキシに対し、昨夜の出来事を問いだ出した。
「なぜあんたが森にいた」
「趣味の散歩と人里のパトロールで歩いたところ、少女が走ってきた。夜中なのにな。話しかけてみると葉月という女性が妖怪と戦っている何とかしてほしい。と言われ森に行った」
「私たちが居る場所がよくわかったな」
葉月の疑問にアサキシは自分の鼻を指して、
「私は人一倍鼻が良い。少女からお前の匂いをたどった」
「私の事も詳しく知ってそうだったが……」
「最近もめ事を起こしたと診療所から話が来てね」
「そうか、なぜ戦いを止めた」
昨日のことを思いだし、イラッとした葉月。アサキシは怒りを受け流して理由を話す。
「それは君が戦っていたのは人狼でなく、人だからだ。管理所が認めている人物でもある」
「人だと……」
アサキシの言葉に目を丸くする。戦った人狼は妖怪じみていた故に人間であるとは考えずらかった。アサキシに全てを話すよう尋ねた。
「昔、私は人狼の事を知り調べた。わかったことを一から話そう」
彼女は天井を見上げ、話始めた。
「お前が生まれる以前の事だ、ある村は妖怪の他に獣害にも悩まされていた。特に狼にな。ある時飢饉と獣害が重なり、悲惨な状況になった。そしてその村はあることをしでかした」
「あること?」
「人間を自然に生贄を捧げることで獣害と飢饉を何とかしようとしたんだ。口減らしの意味もある」
「なんだと」
(そんなことするなんて……)
話の内容に不快感を表し手を握ぎる葉月。それを見たアサキシは手で落ち着くように促す。
「おちつけ。そこである3人家族が生贄に選ばれた。人々はまずその家族の子供を連れ去り料理にした。親は子供探している途中、人々が子供を見つけたと親の二人をある場所に呼んだ」
アサキシは次の言葉を口から発する前に、少し間を間を置いた。窓から日差しが差し込む。
「呼ばれた場所には子供は居ず、肉料理があった。子共は後から来ると言いそれを親の二人に食べる事を強要した。親の二人も空腹に苦しんでたため、困惑しながらも食した」
「待て、なぜ子供を料理し食わせた」
「それは食人によって、生贄をより特別な物にしたかったんだろ」
「バカなっ!!」
葉月は驚き、過去の人々の行動を否定するかのように手を払う。それとは対照的にアサキシは淡々話した。
「ああ、それほど切羽詰まっていたんだろ。この世界には不思議な力が存在するし、それに頼りたくもなる」
「……その後どうした」
「親の二人に肉はなんなのか、なぜそうしたかを話した。親の二人は呆然とし何もできなかったという。その後二人を村から追い出して森へと捨てた。それで終わったと人々は考えた」
「親の一人は食べた罪悪感と絶望し自殺した。もう一人のほうは罪悪感から自分は苦しんで生き続けなければならないと考えた」
「それが奴……」
彼女は戦った人狼、女を思い出す。妖怪では無かったのだ、人であったのだ。それも誰かに利用され狂ってしまった哀れな人間。
「しかし罪悪感からは耐えられず精神に異常をきたし、自分を人狼だと思い込み始めた。母親であり人である自分が自分の子供を食べたなんてありえない。自分は人狼で人狼がやったんだと考え、今に至る」
「話を聞いていたが、なぜ奴は今日まで生きている。人ならば寿命か何かで死んでいるだろ。なのに老いてもいない」
アサキシの話に、人狼の見た目が若かったのを思い出す。見た目は若い大人で有り、老婆の様な姿では無かった。
「それは奴が超能力者だからだ。罪の意識で精神に異常をきたして、超能力に目覚めたんだろう」
この世界では、人間性が欠落したか精神に異常をきたすと、稀に超能力を得るとされている。何故そうなるかは不明だが、失ったモノの代わりと考えられている。
葉月はその説明と自分の友人に超能力者がいるため、人狼の正体に納得した。
「奴が人であった時のことは覚えているのか?」
アサキシは首を振り否定する。
「いや精神がおかしくなり、人狼と思い込んだことで、人としての記憶も失っている。私は直接会いその事を確かめてみた」
「どうだった」
尋ねる葉月の顔は暗い。家族が犠牲になった事を自分と重ねてしまった。
「奴はこう言った『私は生まれついての人狼だ。最近も人を襲った』そう言い笑っていたよ」
「……なぜ奴を殺さない世界のためだろ。それに楽にしてやった方が良い」
「それもいいが人狼は超能力者であり、エルカードもなぜか持っている。利用価値がある。その時ではない」
「利用価値だと……」
「ある程度だが厄介なものに、けしかけることができる」
「……正気に戻せ!」
アサキシの冷たい発言にやや憤りを感じ声を荒げてしまう。
「だめだ。正気にすることで力を失ってしまうかもしれん。それに正気に戻った所で奴はどうしようもない。子供を食い家族を失ったことを再び知るだけだ」
葉月の言葉にやれやれといった身振りで否定する彼女。そして人差し指を立てながら話を付け加える。
「あっ人も襲ってたな。おそらくだが自殺するんじゃないかな。もう十分生きたしな」
そこまで言いあることにハッとするアサキシ。
「おっと言い忘れてたな、力の事。奴の力は食べれば強くなる能力だ。それで人並み外れた力と生命力を持つ」
「そうかい……」
葉月はアサキシを非難したそうな顔で尋ねた。
「奴の名はなんだ。人であった時の名は」
「確か、そう『杏奈』だったかな。それにしてもお前、まさか人狼に同情しているのか。妖怪嫌いと聞いていたが」
「……奴は人狼じゃ無いだろう」
「いや、今再び考えてみたがもう奴は人狼だな。人の心を無くしているのだから」
アサキシは口に手を当ててくすくすと笑う。その態度を見た葉月は不快になり、何も言わず部屋から退室した。
――――
管理所を出た葉月は、診療所に行き薬をもらって、助けた少女の家に行った。そして薬と今後の診療代分のお金を渡した。家族は何度も葉月に感謝した。
その帰り道、葉月は人狼と呼ばれた女のことを思い出し、奴にも家族がいたんだと、先ほど会った家族と姿を重ねた。
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