34 / 92
31話 王宮街の神殿
しおりを挟むアンバレの婚約者となったソレイユは花嫁修業を名目に、ペイサージュ伯爵邸で暮らすようになってから1ヶ月がすぎた。
その間… ソレイユは毎朝、使用人とともに空が暗いうちに起きて、王宮街の神殿へ行くのが日課となっていた。
毎晩、欠かさずアンバレの傷痕を浄化するため… 神官たちと一緒に、ソレイユも女神ルージュへ朝の祈りを捧げた後、できたての聖水を分けてもらうのだ。
「今日は栄養たっぷりの、ドライフルーツとナッツが入った焼き菓子を持って来たけれど… 子供たちは喜んでくれるかしら? 変わった味だと、嫌がったらどうしましょう…?」
毎日、来るついでに神殿で保護されている孤児たちのために、ソレイユは伯爵邸にある、不用品や焼き菓子を寄付している。
「いつも、子供たちへのお心づかい… ありがとうございます、ソレイユ嬢! 育ちざかりの子たちですから… きっと大喜びしますよ」
女性の神官長はニッコリ笑って、ソレイユから焼き菓子を受け取った。
(女神ルージュ神殿の神官は全員女性)
「ふふふっ… 良かった!」
「ところでソレイユ嬢は、王都の西南にあるオルドナンスという町をご存知ですか?」
「いいえ、神官長様… お恥ずかしながら、私はまだこの王都のことはあまり知らないのです… 王都へ来てから1ヶ月が過ぎましたが、ペイサージュ伯爵邸の家政を学ぶことで、今は精一杯で……」
実家のジャルダン子爵家でも、家政に関することは私が全部やっていたけれど… おぼえることが多過ぎて… 今までは執事のジェランが1人でやっていたらしいけれど、さすがに頼りっきりはいけないから…
屋敷の大きさだけでなく、使用人の数も、維持にかかるお金も、何から何まで、ペイサージュ伯爵家はジャルダン子爵家とは規模が違うのだ。
「あらあら、伯爵夫人になるのは本当に大変そうですね…? ふふふっ… 実はですねソレイユ嬢、そのオルドナンスにある女神ルージュの神殿に、聖女エクレラージュ様の聖遺物が保管されているのですよ」
生成りの布で作られた質素な神官服と同じぐらい、髪が白くなった神官長は、しわが刻まれた目元を和ませて笑った。
「聖女様の聖遺物ですか?! そんなお話、初めて聞きましたわ…? 確かエクレラージュ様とは、120年ほど前の聖女様でしたね?」
指で自分の顎をトントンとたたきながら、ソレイユは記憶のはしから聖女に関する情報を引っ張り出した。
「ええ、そうです! ソレイユ嬢は、何でも良くご存知ですね?!」
聖女の名前を聞いただけで、いつの時代の人物かまで言い当てたソレイユに、神官長は喜びを隠せないようすだ。
「ふふふっ… 聖女様のおこなった奇跡の数々をまとめた本を、亡くなった母に言われて、子供の頃は毎日読んでいましたから」
懐かしい母との思い出を語れて、ソレイユは嬉しかった。
「なるほど、良いお母様ですね」
「はい、自慢の母でした」
「ソレイユ嬢、私の名で紹介状を書きますから、それを持って1度オルドナンスの神殿へ行ってみてはどうですか? そこの聖水は特別ですから、伯爵様に良い影響があると思うのですよ」
ゆっくり何度かうなずき、神官長は素晴らしい提案をソレイユにした。
「まぁ! ありがとうございます! 神官長様が書いて下さるのですか?!」
神官長様はとても気難しい人だと、若い神官たちからこっそり注意されていたから… こんなふうにたくさんお話するのも初めてだし?
目を丸くして、ソレイユは驚きを隠せなかった。
「あなたは特別ですよ、孤児たちにとても親切にしてくれましたから、ですが聖遺物を守るために、このお話は内緒にして下さいね?」
神官長は唇の前に指を一本立てた。
聖遺物の盗難を防ぐために保管される場所は… 本来、それに関わる高位の神官たちしか知らされていないのだ。
「ふふふっ… はい、神官長様!」
アンバレ様の苦痛が減らせるなら、秘密だってなんだって、守って見せるわ!
神官長に自分も必ず秘密を守ると… ソレイユは自分の唇を手のひらで隠して見せた。
貴族の令嬢にしては珍しく… 毎朝、欠かさず神官たちの朝の祈りに参加する、信心深いソレイユに、好感を持った神官長は、呪毒に苦しむペイサージュ伯爵の事情を知り、興味深い情報を教えてくれた。
86
あなたにおすすめの小説
【完結】聖女になり損なった刺繍令嬢は逃亡先で幸福を知る。
みやこ嬢
恋愛
「ルーナ嬢、神聖なる聖女選定の場で不正を働くとは何事だ!」
魔法国アルケイミアでは魔力の多い貴族令嬢の中から聖女を選出し、王子の妃とするという古くからの習わしがある。
ところが、最終試験まで残ったクレモント侯爵家令嬢ルーナは不正を疑われて聖女候補から外されてしまう。聖女になり損なった失意のルーナは義兄から襲われたり高齢宰相の後妻に差し出されそうになるが、身を守るために侍女ティカと共に逃げ出した。
あてのない旅に出たルーナは、身を寄せた隣国シュベルトの街で運命的な出会いをする。
【2024年3月16日完結、全58話】
【完結】政略婚約された令嬢ですが、記録と魔法で頑張って、現世と違って人生好転させます
なみゆき
ファンタジー
典子、アラフィフ独身女性。 結婚も恋愛も経験せず、気づけば父の介護と職場の理不尽に追われる日々。 兄姉からは、都合よく扱われ、父からは暴言を浴びせられ、職場では責任を押しつけられる。 人生のほとんどを“搾取される側”として生きてきた。
過労で倒れた彼女が目を覚ますと、そこは異世界。 7歳の伯爵令嬢セレナとして転生していた。 前世の記憶を持つ彼女は、今度こそ“誰かの犠牲”ではなく、“誰かの支え”として生きることを決意する。
魔法と貴族社会が息づくこの世界で、セレナは前世の知識を活かし、友人達と交流を深める。
そこに割り込む怪しい聖女ー語彙力もなく、ワンパターンの行動なのに攻略対象ぽい人たちは次々と籠絡されていく。
これはシナリオなのかバグなのか?
その原因を突き止めるため、全ての証拠を記録し始めた。
【☆応援やブクマありがとうございます☆大変励みになりますm(_ _)m】
婚約破棄された聖女様たちは、それぞれ自由と幸せを掴む
青の雀
ファンタジー
捨て子だったキャサリンは、孤児院に育てられたが、5歳の頃洗礼を受けた際に聖女認定されてしまう。
12歳の時、公爵家に養女に出され、王太子殿下の婚約者に治まるが、平民で孤児であったため毛嫌いされ、王太子は禁忌の聖女召喚を行ってしまう。
邪魔になったキャサリンは、偽聖女の汚名を着せられ、処刑される寸前、転移魔法と浮遊魔法を使い、逃げ出してしまう。
、
私、魅了魔法なんて使ってません! なのに冷徹魔道士様の視線が熱すぎるんですけど
紗幸
恋愛
社畜女子だったユイは、気づけば異世界に召喚されていた。
慣れない魔法の世界と貴族社会の中で右往左往しながらも、なんとか穏やかに暮らし始めたある日。
なぜか王立魔道士団の団長カイルが、やたらと家に顔を出すようになる。
氷のように冷静で、美しく、周囲の誰もが一目置く男。
そんな彼が、ある日突然ユイの前で言い放った。
「……俺にかけた魅了魔法を解け」
私、そんな魔法かけてないんですけど!?
穏やかなはずの日々に彼の存在が、ユイの心を少しずつ波立たせていく。
まったりとした日常の中に、時折起こる小さな事件。
人との絆、魔法の力、そして胸の奥に芽生え始めた“想い”
異世界で、ユイは少しずつ——この世界で生きる力と、誰かを想う心を知っていく。
※タイトルのシーンは7話辺りからになります。
ゆったりと話が進みますが、よろしければお付き合いください。
※カクヨム様にも投稿しています。
誰もが我儘な私ではないお方が良かったようなので、悪役の私は残忍な猛将達に手酷く扱われに行きます。戻れ? 絶対に離れるなと脅されているのですが
迷路を跳ぶ狐
ファンタジー
魔法もろくに使えない役立たずと言われ、婚約者にも彼の周りの人達にも馬鹿にされてきた私。ずっと耐えてきたつもりだったけど、誰もがこんな私よりも、もっと優秀な魔法使いがいたはずなのに、とため息をつく。
魔法によって栄え、王都にまでその名を知らしめた貴族の婚約者は、「なんでこんな役立たずが……」と私を蔑み、城の中で魔法使いたちを統率する偉大な魔法使いは、「こんな女がこの領地を任されるだなんて! なんて恐ろしく愚かなことだ!!」と嘆く。
貴族たちに囲まれ詰られて、婚約者には見放され、両親には罵声を浴びせられ、見せ物のように惨たらしく罰せられた。「なんでこんな役立たずがこの城に来たんだ……」そう落胆されながら。
魔法が苦手でここを出る手段はないけど……もうこんなところにいられるか!
そう決意した私に、私を虐げていた誰もが腹を立てる。激しくぶたれた私は、機嫌を損ねた残忍な竜たちに、枷をされて隣の領地まで連れて行かれることになった。
重労働を言いつけられ、魔物や魔獣、竜たちがうろつく森の城についてからは、暗く小さな部屋に放り込まれた。
たった一人で食事をして、何もない部屋から見窄らしい格好で窓の外を見上げる。
なんだこれ…………
「最高…………」
もう、私を踏み躙る奴らに好きに扱われることはないんだ! それだけで、何もかもが最高!!
金もなければ能力もまるでない! 魔法すらまともに使えない! だけど今は思いのままに身につけに行ける!! 何もないのでこれから欲しいもの全部、手に入れに行きます!
そんな風にして竜族の城に住むことになった私。気づいたらやけに皆さんとの距離が近い? 元婚約者も「戻って来い」なんてうるさいけど、知りません!! 私は忙しいので!
この野菜は悪役令嬢がつくりました!
真鳥カノ
ファンタジー
幼い頃から聖女候補として育った公爵令嬢レティシアは、婚約者である王子から突然、婚約破棄を宣言される。
花や植物に『恵み』を与えるはずの聖女なのに、何故か花を枯らしてしまったレティシアは「偽聖女」とまで呼ばれ、どん底に落ちる。
だけどレティシアの力には秘密があって……?
せっかくだからのんびり花や野菜でも育てようとするレティシアは、どこでもやらかす……!
レティシアの力を巡って動き出す陰謀……?
色々起こっているけれど、私は今日も野菜を作ったり食べたり忙しい!
毎日2〜3回更新予定
だいたい6時30分、昼12時頃、18時頃のどこかで更新します!
旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~
榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。
ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。
別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら?
ー全50話ー
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる