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32話 いろいろな準備
しおりを挟む神官長から受け取った紹介状を手に、ソレイユは急いでペイサージュ伯爵邸へ戻ると… 書斎で領地の運営に関する仕事に勤しんでいたアンバレに早速、神官長に聞いた話を伝えた。
「ですからアンバレ様! 王都西南の町オルドナンスの神殿へ、私を行かせて下さい!」
「ソレイユ、君は… 本当に何て素晴らしい人なんだ?! 毎日、傷痕の浄化をしてくれるだけではなく… 私のためにここまでしてくれるなんて?!」
一緒に暮らし始めてから、婚約者への溺愛が止まらなくなったアンバレは、領地管理人や使用人たちの前なのも忘れて、ソレイユを抱き上げて膝に乗せ、熱烈にキスの雨をふらせる。
「アンバレ様… みんなの前で、恥ずかしいです…!」
ううっ… アンバレ様が喜んでくれるのは嬉しいけれど、はしたないと笑われてしまうわ?!
頬を染めて恥ずかしがりながら… ソレイユはアンバレに溺愛されるのは少しも嫌ではなく、熱烈な愛情表現をこばんだことは1度も無い。
「……」
仲睦まじい2人の姿を見守る執事のジェランは… 『なるべく早く婚姻の儀を行えるよう、今から準備した方が良さそうだ』と、心の中でメモを取る。
婚約式からあまり間を置かずに婚姻の儀(結婚式)を行うと貴族たちの間では、『結婚前に女性側が妊娠したのか?』 などとゲスな勘繰りをされ、醜聞の元になる。
だがペイサージュ伯爵の場合、魔獣に負わされた大ケガで、『余命は短そうだ』といううわさが社交界に流れていた。
今なら醜聞にはならず、『ケガで苦しむ伯爵に、若く美しい令嬢が献身のために結婚する』と… 美談にできるかも知れないと、貴族社会を知る老執事ジェランはほくそ笑んだ。
実際、毎晩ソレイユは闇が深まる深夜になると、隠し扉を使い自分の寝室を抜け出して、呪毒紋が浮き出て苦しむアンバレの顔に聖水を含ませた布を当て、献身的に看病をしている。
妊娠するような、疚しいことはしていなくても、結婚前の男女がどちらかの寝室に2人そろえば、大きな醜聞騒ぎになるのはあきらかである。
今のところ、そのことに気付いているのは執事のジェランと、ソレイユの侍女ディヴェールだけだが… その点から考えても、やはり2人の結婚は早い方が良いのだ。
「君が行くなら私も行くぞ! ディヴェール、ソレイユの短い旅の準備をしてやってくれ」
有能なペイサージュ伯爵は、騎士時代から即断即決が基本である。
ソレイユに毎晩、聖水で傷痕を浄化されるようになってから、驚くほどアンバレの体調も回復していたから、出来ることだった。
「はい、旦那様! いつ頃、出発のご予定でしょうか?」
侍女のディヴェールも伯爵のやり方に慣れているようすで、急に決まった旅の予定に狼狽えることなく、必要事項を確認する。
「オルドナンスの神殿には、今日の午後から出発することにする… 恐らく1、2泊することになるだろう… ソレイユはそれでも、大丈夫か?」
同じ王都内にあるオルドナンスまでは、伯爵邸から馬車で数時間の道のりである。
「はい、アンバレ様!」
自分の願いをテキパキと叶えてくれる婚約者の頼もしさに… ソレイユは嬉しさと誇らしさで、ニコニコと笑って返事をする。
「2人でする、初めての旅行だな?」
「ふふふっ… 楽しみですねアンバレ様!」
「そうだな!」
アンバレはソレイユを膝から抱き上げ、使用人たちに指示を出しながら、のしのしと伯爵夫人の部屋へ向かう。
「まぁアンバレ様! 下ろしてください!」
子供のように抱き上げられて移動するのは、さすがに恥ずかしいわ?!
アンバレの首に腕を回し、身体を支えながらソレイユは頼んでみる。
「ダメだ! 旅の前に君が疲れてしまってはいけないからな?」
ニコニコと満面の笑みで、アンバレはソレイユの唇にキスをした。
嬉しいのはわかるが、最近の伯爵様はやりたい放題である。
『余命は短そうだ』と社交界でうわさされる人物にしては、昼間のペイサージュ伯爵は元気だった。
若く美しい婚約者ソレイユが、伯爵に与える効果は、それだけ絶大なのだ。
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