記憶の中に僕は居ますか

遭綺

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記憶の海に沈んだ彼

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複雑な気持ちを抱いたまま、勇緋は交通手段を乗り継いで、二人の愛車の元へと急ぐ。

それから夬皇の働くあの店舗の駐車場に辿り着くと、そこはがらんとしていた。
よく見ると 本日は臨時休業 と言う張り紙が貼ってあった。
特に駐車場は戸締りされておらず、車は自由に出入りが出来る状況だったので、逆に今の彼にとってはありがたい状況だった。
すると、

「神塚さん!」

彼の姿に気付いた三輪が事務所から飛び出してきた。
「三輪さん。昨日はありがとうございました」
落ち着いた口調で応える。
「いいえ。神塚さんにはご迷惑ばかりで…」
「あいつは生きてますから。とりあえずはホッとしています」
「ええ。本当に良かった。それに、スタッフ皆、柊の事、大好きなので」
三輪は硬い笑顔を見せながら、そう言ってみせた。
「アイツが仕事熱心だった理由が分かりますよ。皆に好かれていたんですね」
そう言いながら、彼が視線を事務所に向けてみると、そこには沢山のスタッフが机に向かっている姿が映ったのだ。
皆、一生懸命折り鶴を折っているようだ。
「今日中に千羽鶴を病院にお持ちします。嫌かも知れませんが、受け取って欲しいです」
「ありがとうございます。皆さんのお気持ち、とても嬉しいです」
「あと、これを。柊のデスクにいつも置いてあったモノです」
そう言って、三輪は一つの写真立てを勇緋に手渡した。
そこには夬皇と勇緋が昨年末、あのイルミネーションの前で撮った写真が収められていた。
「この写真を見て、いつも柊は気合を入れてから店舗に出てました。きっと、神塚さんからパワーを貰っていたんですね」
三輪の言葉を聴いた勇緋の脳裏に、容易に彼の姿が浮かんだ。
「ありがとうございます。今度は俺自身があいつの為に頑張る番ですね」
「一日も早くまた、柊が戻って来てくれる事を信じてます。我儘かも知れませんが」
「いえ。それはアイツも望んでいる事だと思います」
そう言いながら、勇緋は車に乗り込む。
「神塚さん、お気を付けて」
「ええ。三輪さんもあまり自分を責めないで下さいね」
二人はそんな会話を交わしたのち、勇緋はゆっくりと車のアクセルを踏んだのだった。

勇緋が運転する車は静かに病院に着いた。
受付の所へ向かうと、すでに夬皇の母親と凜の姿があった。
「ゆうひ君!」 
「勇ちゃん!」
勇緋の姿を見つけた二人は、我が子に会う以上に大きな声を上げながら彼に抱き付いてきた。
「本当にゴメンナサイね!」
「全く。私の弟は本当にどうしようもないんだから」
「あ、あの…。二人とも。く、苦しいです」
骨が折られるのではないかと思うくらい強力なハグに、勇緋は召されそうになっていた。

少し落ち着きを取り戻した彼らは、そのまま夬皇が居る病室へと向かう。
「夬皇、来たわよ」
凛の声が聴こえたので、ずっと静かに外を眺めていた夬皇はゆっくりと振り向く。
「姉ちゃん。それと、皆も来てくれたんだね」
頭に痛々しい包帯を巻いている以外、普段の彼と何ら変わりのない姿だった。
すると、勇緋の顔を見た夬皇は動きを止めた。
「珍しいね、そっちから俺の所に来てくれるなんてさ」
「えっ?」
あまり聞かない低い声に勇緋も動きを止める。
「こら、何てこと言うの! ゆうひ君に失礼でしょ!」
凛の喝にも動じず、夬皇は言葉を続ける。
「ゆうひ? ハハ、何言っているのさ、姉ちゃんは。アイツは幼馴染の 巽 じゃんか」
何の悪びれもない明るい口調で夬皇はそう言った。
室内の空気が一気に凍り付いた。
「夬皇、アンタ…。自分が何を言っているのか分かっているの?」
「は? 姉ちゃんこそ訳わからない事言わないでよ」
夬皇の抑揚のない言葉に、だんだんと凜の顔つきが変わって来た。

そんな最中、夬皇の母親は静かに勇緋に耳打ちをする。
(勇ちゃん。申し訳ないけど、ここは耐えて欲しいの。今のあの子の状況を知るためにも)
掠れる声で話す彼女に、勇緋は顔色を変えないように静かに強く頷いた。

「なら、ちゃんと言って御覧なさい。アンタ、今、自分の歳、何歳か言えるの?」
「馬鹿にすんなよ。俺は今、20歳だ」
もうすでに勇緋の頭に大きなクエスチョンマークが浮かんだ。

(な、何だよ…それ)

「へぇー。今、大学生なんだ?」
「当たり前だろ。さっきから変な事ばっか、言うなよな!」
「なら、これはどういう事なのかしらね?」
そう言って、凜は携帯の画面を彼に見せつける。
そこには彼女の子供たちと一緒に映る大人びた夬皇の姿があったのだ。
「姉ちゃん、子供居たっけ? それにこれって…俺?」
「そうよ。私の双子の子。そして、その隣に居るのは紛れもない、アンタよ。立派な社会人になった可愛げのない27歳になった私の弟!」
凜は少し涙声でそう叫んだ。
「お、俺がそんな歳に…うぐっ」
突然頭を押さえて苦しみだした夬皇。
聴いたことのない苦しみの声に、勇緋の心はさらに締め付けられた。

「凜。先生をお呼びして」

夬皇の母親は至って冷静な口調でそう言った。

病室を後にした三人。
それから夬皇はと言うと、電池が切れた人形のように眠ってしまっていた。

勇緋達は別室の担当医の部屋へと案内されている。
「皆さん、お揃いですね」
医師はレントゲン写真を見つめながら話をしている。
「先生。息子の状態は」
「はい。あれだけの怪我を負って、身体的に異常がないのは奇跡に近いでしょう」
「ですが、先生!」
凜の声に、医師は静かに言葉を続ける。
「ええ。身体的には異常はございません。ただ、彼の記憶力に歪みが見受けられます」
「歪み?」
「はい。頭を強く打った衝撃で、記憶海馬の情報伝達が上手く出来ていないようです」
「記憶、異常…」
勇緋はボソリとそう呟いた。
「ある一定の記憶で止まってしまっている可能性が高いです。ただ、粘り強く記憶を思い出すと言う行為を繰り返すことで、記憶海馬が活性化し、元の記憶が戻る確率も高くなります」
「完全に忘れてしまったと言う訳ではないんですね?」
「はい。厳しい事を言ってしまいますが、長い戦いになる事は覚悟してください」
医師は静かに言葉を続ける。

「大丈夫です。その覚悟は、もう出来ています」
勇緋は今まで見せた事の無い鬼気迫る表情を見せた。

「勇ちゃん…」
夬皇の母親は一言そう言って、静かに涙を見せるのだった。

「そうですか。貴方はとても強いヒトですね」
「まあアイツには、元に戻って貰わないと。困る人が多いので」
彼の言葉に、ようやく凛達は少し笑みを見せる事が出来た。
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