記憶の中に僕は居ますか

遭綺

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交わらない交差点(クロス・ポイント)

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記憶の歪み。
それを治す方法は今のところないらしい。
ゆっくりと一歩ずつ彼の記憶に寄り添う必要があるのだ。

凛と勇緋は、眠ったままの夬皇を見つめていた。
(夬皇の母親は少し疲れが出たのか、隣の病室を借りて仮眠を取っている)
「ホント。この子は困った子よね」
「まぁ、そう言わずに。完全に記憶が無くなった訳じゃないんですから」
「ゆうひ君…。貴方が夬皇の隣に居てくれる存在で良かったわ」
「いえ。夬皇が俺を認めてくれたから、隣に居る事が出来たんです」
勇緋の言葉は、夬皇を想う温かい言葉に満ち溢れていた。
だが、その声が僅かに震えている事が凜の心を締め付ける。
運命の悪戯にしては、余りにも代償が大き過ぎるのではと。
「あの、お姉さん。一つ聞きたい事があるんですが…」
「分かっているわよ。タツミって誰って事、でしょ?」
「はい。俺の事を見て、夬皇はタツミって呼んだので」
凜は一瞬、言うべきか迷った様子であったが、意を決して、言葉を続けた。

「巽君はね、夬皇の子供の頃から仲が良かった幼馴染だった子よ」

「幼馴染、だった?」
気になる言い方だったので、思わず質問してしまった勇緋。

「…巽君は、夬皇が二十歳になった時に、病気で亡くなったのよ」

「そう、だったんですね」
凜は携帯を取り出して、何度も画面をスクロールして、何かを見せようとしていた。
「この子が巽君」
彼女が見せた写真は、夬皇と巽と言う二人が高校の卒業式のシーンだった。
互いに肩を抱き合って笑顔を見せていた。
巽と言う青年はとても穏やかな印象で、童顔で整った顔をしている。
身長も今の勇緋とほぼ同じくらいだった。
この笑顔が数年後、見られなくなる事になるとは誰も予想していなかった。
「巽君は夬皇と高校まで同じ学校だったの。家も近かったし、二人はずっと一緒だった」
凜はそう言うと、静かに勇緋の顔を見る。
「大切なヒトを、夬皇は亡くしていたんですね」
「ええ。余りにも突然だったから、夬皇も状況が飲み込めずにショックでしばらく立ち直れなかった。大学も休むくらいに」
「丁度、その頃です。夬皇と初めて会ったのは」
出逢った頃の夬皇はほとんど笑う事がなく、感情も人と比べて表に出ないタイプだった。
その理由がようやくわかった気がする。
「ゆうひ君と出逢って、夬皇は少しずつ変わる事が出来たのよ」
凛の言葉を聴いて、勇緋は静かに頷くだけだった。

だが、勇緋は否が応でも気になった事がある。
夬皇と巽と言う二人は果たして、友人と言う関係であったのかという事を。
勇緋は長年一緒に居た事で、彼の抱く想いが分かってしまった。
先程、夬皇が自分を見つめる目を見たそれだけで。
(夬皇は巽と言う子がきっと好きだったんだ。友人を超えた大切な存在として)
だからこそ、彼はより今まで以上に心が締め付けられた。
(俺は。もしかしたら、巽と言う子の代わりだったのかも知れないな)
背格好も見た目も少しだけ、写真で見た巽と言う青年に近いので、夬皇は勇緋に巽の面影を重ねたのかも知れない。
そう考えると、何故か腑に落ちた。

「仮令、そうだったとしても…」

勇緋は急にそう口にしたので、凜は驚いてしまった。
「俺は、夬皇と一緒に居ると決めたんです。タツミと言う存在を俺が演じる事になっても」
「ゆうひ君?」
「だからこそ、お姉さん、お願いがあります。夬皇が退院したら、また彼と一緒に暮らしたいです」
「そ、それは…」
「わかっています。記憶が不安定な夬皇にとって、俺との生活は苦痛になる事も」
「ゆうひ君、それは貴方にとっても厳しい状況になる。私は、二人が苦しむ姿を見たくはない」
「俺は良いんです。勿論、夬皇が苦しむのであれば、その時は!」
勇緋は今まで以上に強い口調でそう言った。
「それだけの覚悟があるって事ね」
「はい」
凜は大きく息を吐いて立ち上がった。
「ゆうひ君の想い、良く分かったわ。お母さんにも伝えておく」
「はい。あとの判断はお任せします」
勇緋も同じく立ち上がると、静かに彼女に一礼をして部屋を後にするのだった。

いつ、彼の口から自分の名を呼んで貰えるかわからない。
もしかしたら、もう呼ばれる事がないかも知れない。
見えない不安に苛まれながらも、勇緋は夬皇の記憶が戻る事を信じ、歩み始める。

その日の夕方。
三輪は約束通り、有志が作成した立派な千羽鶴を持って病院にやって来た。
そして、夬皇と顔を合わせた三輪であったが、彼の事も夬皇は覚えていなかった。

勇緋と三輪は病院近くのファミレスで少しだけ話をすることになった。
「神塚さん。柊の状況。私はかなり酷いものと感じてしまいました」
珈琲を口にしながら、そう話す三輪。
「また一から関係性の構築、ですかね」
「はい。俺もそのつもりでいます」
勇緋も普段はあまり飲まないコーラを口にしながら話す。
「柊の退院はいつ頃に?」
「予定では二週間後との事です」
「そこからが、本当の…」
「はい。だからこそ、俺は今の生活が維持できるように、やるべき事を淡々とこなそうと思います」
「やはり、貴方は強い人ですね」
「いいえ。そう言わないと、心は一瞬で折れてしまいます。自分も結構ギリギリなんですよ」
「そうですよね」
三輪はそう言うと、しばらく黙り込んでしまった。
「神塚さん。もし柊の記憶が戻るきっかけになるのであれば、遠慮せず職場に連れて来て下さい。
柊の席はずっと空けておきますので」
「ありがとうございます。アイツが動けるようになったら、リハビリも兼ねて連れて行きますよ」
勇緋は少しだけ笑みを見せながら応える事が出来た。

それから二人は別れると、勇緋は自分の家に戻る事にした。
また明日からのお見舞いに備え、自分の体力を養うために。

暗いリビングで一人ソファに腰掛けたまま天井を仰ぐ。
いつも居るはずの彼もいない。
もたれ掛かる彼の温もりのある身体もない。
これから一人で夜を迎える度に、この想いと戦わなくちゃならないと考えるだけで絶望感を抱いてしまう。
まるで一人でラスボスに挑む為に過酷なレベル上げをする主人公になった気持ちだ。
「やっぱ、つれーよ。夬皇…」
そう言いながら、早く記憶を取り戻して貰わないと自分の記憶も一緒に飛んでしまうよ、と静かに口にした勇緋であった。
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