記憶の中に僕は居ますか

遭綺

文字の大きさ
23 / 42

鳴らない電話

しおりを挟む
次の日。
相変わらず夬皇は二十歳頃の記憶のまま話をしていた。
天真爛漫さは変わらず、自分の事は巽と呼ぶ。
だが、その話をなるべく合わせようとしている自分も居り、本来の自分を隠しながら接してしまう機会が増えてしまっていた。
どうしても嫌われたくない想いが溢れてしまうらしい。
あれだけ戦うと決めたのに。

そんな勇緋を見ていた夬皇の母親と凜は、そっと彼を病室近くの待合室へ連れ出す。
「勇ちゃん。これからの事、凜も含めて家族で話をさせて頂きました」
「はい。どんな結果でも俺は覚悟してます」
勇緋はそう言って、一度視線を二人から逸らす。
「結論から言うと。夬皇は一旦、私の家で預かります。今の状況ではとても仕事が出来る状態ではないこと。それと、勇ちゃんが仕事中は、彼は一人になってしまう。まだあの子には監視が必要なの。だからこそ、この結論に至りました」

苦渋の決断である。

だけど、勇緋は反論するつもりはなかった。
内容は正論であるし、自分の事を考えてくれた判断だったからだ。
数秒の間、沈黙に包まれた。
「…わかりました。それが一番、夬皇にとって良いと俺も思います」
「ありがとう。本当に勇ちゃんは立派で素敵な子よ」
そう言いながら、夬皇の母親は勇緋の頭を優しく撫でたのだった。
「でもね。勇ちゃんにはお願いがあるの」
彼女の言葉に勇緋は視線を合わせた。
彼のその目が少しだけ赤くなっている。
「勇ちゃんが休みの日は、夬皇と一緒に居て欲しいの。あの子の記憶で無くなってしまったのは、勇ちゃんと一緒に居た時の記憶。であれば、やっぱり記憶を思い出すには勇ちゃんの力が必要だと思うの。どうかしら?」

それってつまり、夬皇と一緒に俺はまだ居て良いって事?
頭の中でその文章が何度も反芻した。

「勿論です。俺が出来る事は何でもやります。やらせて下さい!」
勇緋は大きく頭を下げた。
その際に、涙が幾つか零れて床で輝くように弾けた。
隣に居た凜も顔を押さえて泣いていた。

ここから彼らは新しい生活様式を展開し、全力で夬皇の記憶と向き合う事となったのだ。

翌週からは、勇緋はいつも通り仕事に打ち込む事になった。
再来週の退院に向け、まずは自分が頑張らないとあの二人の聖域を維持する事が出来ないからだ。
平日は夬皇と話をする事が出来ないので、SNSで彼に近況を報告する事とした。

【神勇:夬皇、今日はお前が好きなアニメが放送される日だぞ。ちゃんと録画しておくからな】

そう文字を紡いでも、彼からの返信はなかった。
「嫌われても良いから、毎日俺の想いをアイツに送ろう」
きっかけが何かがわからないので、まずは手当たり次第やってみるだけだ。
勇緋は毎日、彼に向けて短いラブレターを送る事に決めた。
今日あった出来事、二人の好きな音楽の話、漫画の話。
どんな些細な事でも文章にする。
必ず最後に好きと言う想いを添えて。

来週末には夬皇も無事退院の予定だ。

また一から自分達の聖域を作って行こう。
お前が忘れてしまっている部分は全部、自分が覚えているから安心してくれ。
大好きな絵を描いたり、一緒にまた漫画を読んだりしよう。
それに、出来たらまたお前に名前を呼んで欲しい。
そして、その大きな手で俺に触れて欲しいんだ。
お前にだけにしか言わせない ユウ と言う言葉。
その声が聴ける事が、今の俺にとって生き甲斐なんだよ。
記憶があったとしても、こんな事、恥ずかしくてお前には言えないけど。

以前の当たり前を思い出す。

勇緋は静寂に包まれたリビングで一人、テーブルワインを嗜みながらそんな事を考えるのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

若頭と小鳥

真木
BL
極悪人といわれる若頭、けれど義弟にだけは優しい。小さくて弱い義弟を構いたくて仕方ない義兄と、自信がなくて病弱な義弟の甘々な日々。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

仮面の王子と優雅な従者

emanon
BL
国土は小さいながらも豊かな国、ライデン王国。 平和なこの国の第一王子は、人前に出る時は必ず仮面を付けている。 おまけに病弱で無能、醜男と専らの噂だ。 しかしそれは世を忍ぶ仮の姿だった──。 これは仮面の王子とその従者が暗躍する物語。

地味メガネだと思ってた同僚が、眼鏡を外したら国宝級でした~無愛想な美人と、チャラ営業のすれ違い恋愛

中岡 始
BL
誰にも気づかれたくない。 誰の心にも触れたくない。 無表情と無関心を盾に、オフィスの隅で静かに生きる天王寺悠(てんのうじ・ゆう)。 その存在に、誰も興味を持たなかった――彼を除いて。 明るく人懐こい営業マン・梅田隼人(うめだ・はやと)は、 偶然見た「眼鏡を外した天王寺」の姿に、衝撃を受ける。 無機質な顔の奥に隠れていたのは、 誰よりも美しく、誰よりも脆い、ひとりの青年だった。 気づいてしまったから、もう目を逸らせない。 知りたくなったから、もう引き返せない。 すれ違いと無関心、 優しさと孤独、 微かな笑顔と、隠された心。 これは、 触れれば壊れそうな彼に、 それでも手を伸ばしてしまった、 不器用な男たちの恋のはなし。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。

きのこいもむし
BL
ある日突然セーブポイントになってしまった自宅のクローゼットからダンジョン攻略中の勇者くんが出てきたので、一汁三菜の夕飯を作って一緒に食べようねみたいなお料理BLです。 自炊に目覚めた独身フリーターのアラサー男子(27)が、セーブポイントの中に入ると体力が全回復するタイプの勇者くん(19)を餌付けしてそれを肴に旨い酒を飲むだけの逆異世界転移もの。 食いしん坊わんこのローグライク系勇者×料理好きのセーブポイント系平凡受けの超ほんわかした感じの話です。

処理中です...