モブがモブであるために

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29.解約の代償は?

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 その日の夕飯はできる後輩こと颯真が夕飯を作ってくれることになった。俺も手伝おうとしたのだが、お願いだから何もしないでほしいと懇願されたので仕方なくリビングのテーブルに座って待っている。仕方なく、だ。いつも世話になっている颯真のお願いは聞かねばならないからな。
 今日の夕飯は青椒肉絲だ。颯真曰く、凝ったものは作れないとのことだが、俺には十分すぎるほどのごちそうだ。目の前に湯気の昇る皿を置いてくれた颯真が俺の後ろを通って自席に着く際に大きな声を出した。

「あれ、先輩、ここ酷いたんこぶできてますよ!? どうしたんですか?」

 言われて後頭部に手を遣ってみれば確かに大きなたんこぶだ。だがこの程度で済んでよかったと思うべきなのかもしれない。それほどの衝撃だった。

「えっと……今日ちょっと転んで……」
「転んで後頭部打ちます? どんな転び方したんですか。大体先輩はいつも――」
「あぁほらご飯冷めちゃうから! いただきます!」

 颯真の説教は長くなるのがわかっていたので無理やり話を切り上げて早速箸をつける。
 怒りながらも颯真は俺のことをいつも本気で心配してくれている。本当に優しいやつだ。
 颯真の料理も相変わらず美味い。青椒肉絲は下味がしっかりついているからなのか味付けは薄めなのにがっつりとした食べ応えがあって俺好みだ。これだってきっと、颯真が俺に合わせて味を調整してくれているのだろう。甘辛いソースが喉を通る度に胸が温かくなる。
 ふと視線を皿から颯真へと持ち上げると、俺の口元をじっと見つめる颯真がいた。颯真の顔は心なしか赤く、瞳は熱く潤んでいる。
 んんんん~? なんだろうこの表情は。俺はただ青椒肉絲を食べてるだけなんだが。なんでこんな熱っぽい視線を向けられているのかな?
 認めたくない事実が脳裏をかすめる。この表情は、よく城之内先輩が俺に向けるやつと同じ種類な気がする……。
 いつから颯真はこんな目で俺のことを見るようになってたんだ!? そんな、まさか、嘘だろ颯真! お前もか颯真!? あ、そういえば何か食べると発動するって言ってた。さっき言ってた。今まさに食べてるな!?

 これは一刻も早く解約して颯真を元に戻してやらないとと焦って、はたと思い至る。あのイケメンは「好意や愛情が突然途絶える」と言っていた。「元に戻る」とは言ってなかった。それに、いくらクレームが面倒とはいっても日付を延ばしてまで、よく考えろと念を押していたのも不可解だ。
 もしかして、解約すると元に戻るどころか影響を受けた人との全ての信頼関係が失われてしまうなんてことはないだろうか……?
 おとぎ話とかでもよく、努力せず得た幸せのツケを払わされる、なんて教訓話がある。ちゃんと具体的に聞かなかった俺も悪いが、あのイケメンなんか胡散臭かったし、あえて詳しく説明しなかったとかあり得るかもしれない。

 人間不信、精神を病む、と言っていたイケメンの言葉を思い出す。確かに、共に築き上げてきたと信じていた関係がある日を境に消えてしまうとしたら、それは悲しいなんて言葉では表せない。
 この意味不明現象の解約なんて願ってもないことだと信じて疑わなかったが、身近な友人がある日突然別人のようになってしまうかもしれないという恐怖を、俺は初めて実感した。
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