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Part1 My Boyhood
Chapter_10.年上の女(ひと)(1)勉、フィッシュを訪ねる〜ランチタイム(かもしれない)
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At Naha City, Okinawa; November, 1992.
At Ginowan City, Okinawa; May,1993.
The narrator of this story is Tsutomu Uema.
大学で後期の授業が始まり、僕は何事もなかったかのように学業に励んだ。
しばらく経つと、学園祭の季節がやってきて、授業が全部休講になった。僕はふと、フィッシュのことを思い出し、暇つぶしを兼ねて訪ねてみることにした。
もらった名刺を頼りにその雑居ビル探し出し、スー・ド・ラズのドアを開けると、店内はかなりアバンギャルドな雰囲気が漂っていた。いや、アングラと言い換えたほうが適切かもしれない。僕は思わずのけぞった。
「うわっ、何ちゅー店だ?」
「いらっしゃい、よく来たわねー」
そこにはタキシード姿に身を固めたフィッシュがいた。
「こっちから裏側へいけるのよ。いらっしゃい」
フィッシュは例のごとく甘い声で僕を裏口へ誘った。僕は店の一番奥にあるカウンターに案内された。
「トミー、持ち合わせあまりないんでしょ? ここにお座りな。あたいが一杯だけ、おごってあ・げ・る」
強調された語尾のアクセントに、僕はそのまま頷くしかなかった。
「あ、ああ、サンキュ」
そして僕は、早速、人間ウォッチングを開始した。客層は結構、中年男性が多いんだな。……うわ、こいつら男同士でキスしてるぜ。信じられん!
理解を超えた光景の連続に、僕の頭はスパークしはじめていた。やがてフィッシュがグラスを持ってきた。
「おまたせ。シングルだけど」
「あ、ごめん俺、酒弱いんだ」
「だからいいんじゃないの。ここでちょびちょび舐めてりゃ誰も文句言わないから。ミネもあるし」
ミネとは水商売の用語で、ミネラルウォーターのことだ。僕は仕方なく出されたウィスキーを舐めた。うわー、酔いそう。
「目はやっぱりカラーだったのね」
「身元がばれると厄介だからな。俺、まだ十九なんだよ」
「どおりで。もうほっぺ、赤らめちゃって。あれ、これ、あざ?」
フィッシュは僕の左頬を指差した。
「あ、これね。小さい頃からずっとついてんだ。別に病気じゃないから放ってある」
「こないだ駐車場で会ったとき、なかったじゃない」
「あれはメイクで隠してたの。そうしろって店のママに言われてたから」
「ふーん」
「フィッシュ、店はいいのか?」
「開けたばかりだから一時間ぐらい誰も帰りゃしないわよ」
「いつも、こんな感じ?」
「そうよーん。今のところはまだおとなしいわね」
おいおい、この様子のどこがおとなしいんだよ? ここ絶対空間曲がっているぜ。どっかに異次元の入り口でもくっついてんじゃねえか?
僕の心の中のツッコミをよそに、フィッシュは横でウィスキーの水割りを煽っていた。
「トミー、クランチ辞めちゃったんだって?」
「ああ、お前さんの警告に従って、あのあとすぐ」
「それは良かった。あそこは、あんたのような真人間がいるところじゃない」
僕は思わずフィッシュを見た。ぎすぎすした外見には似合わない、寂しさと慈愛に満ちた瞳がそこにあった。
「トミー、あんた、学生さん?」
「あ、ああ。まあな」
「あたいが関わっちゃいけないかい?」
フィッシュには本当のことを話してもいい気がした。僕はウィスキーを舐めながら答えた。
「いや、いいよ。医者の勉強してる」
「医者か。因果な商売ね」
「因果ね。お前さんには負けるよ」
「似たようなもんよ。お客さんがやってきて、話聞いて、納得させて帰す。保険が効くか効かないか、世間体がいいか悪いかの違いしかない。そうでしょ?」
「かもな」
不思議だった。こんなに淡々と自然に一人の人間と語り合ったことはなかった。
それから、僕はフィッシュとたびたび会うようになった。今まで付き合ってきた女の子たちとは違って、クォーターだからどうとか、医学生だからどうなんて決して言わなかった。まあ、フィッシュを女の子と定義づけるのはどうかと思う。僕よりかなり年上で、しかもオナベだし。
フィッシュは大謝名に住んでいて、琉海大から車で十分も飛ばせばすぐに会えた。僕らは大謝名のとある大衆食堂でよく一緒に昼メシを食った。昼メシだ。ランチなんておしゃれな代物じゃない。
「はい、沖縄ソバ定食大盛り二人前、お待ちどう」
時間は一時を回っていた。大衆食堂の店員が持ってきた沖縄ソバに僕は飛びついた。
「おーし、食うか。おいフィッシュ、新聞は後にしなよ、ノビるぞ」
「ええで、トミー、先食って」
……これ、男と女の会話に聞こえるか?
フィッシュは、どっからどう見ても、角刈りでやせぎすの男でしかなかった。いつも昼メシを食いながら、僕は医学書をめくり、フィッシュは店においてある本土の新聞に目を通していた。
そういえば食っている間、僕らはほとんど会話しなかった。お互い、読むのに忙しかったから。ま、それはそれで、心地よかった。
「はい、お一人様六百円です。ありがとうございましたー」
僕らは自分の持分を払い、店を出た。当然といえば当然のことだろう。狂っていたあの時期については別の目的があったからさて置き、元々僕は割り勘の効かない、おごらせっぱなしの女は大嫌いだった。もちろん、今でも。これでも僕は糸満の男だ。男性と女性、それぞれが自活してこそ生活が成り立つと思っている。フィッシュとはその点、安心して付き合えた。
「フィッシュ、このあと、ヒマ?」
「出勤まで何もあらへん。お前、大学は?」
「三、四限目と休講になっちまった。でも五限目があるから帰れない」
「トミー、あんた友達いーへんの?」
「母親みたいなこと言うなよ。あんたはどうなんだ?」
「あたいは天涯孤独の身だよ」
「じゃ、似たようなものだな。ちょっとドライブでもしないか? 帰りに松山交差点で落としてやるよ」
「悪くないね」
((2)へつづく)
At Ginowan City, Okinawa; May,1993.
The narrator of this story is Tsutomu Uema.
大学で後期の授業が始まり、僕は何事もなかったかのように学業に励んだ。
しばらく経つと、学園祭の季節がやってきて、授業が全部休講になった。僕はふと、フィッシュのことを思い出し、暇つぶしを兼ねて訪ねてみることにした。
もらった名刺を頼りにその雑居ビル探し出し、スー・ド・ラズのドアを開けると、店内はかなりアバンギャルドな雰囲気が漂っていた。いや、アングラと言い換えたほうが適切かもしれない。僕は思わずのけぞった。
「うわっ、何ちゅー店だ?」
「いらっしゃい、よく来たわねー」
そこにはタキシード姿に身を固めたフィッシュがいた。
「こっちから裏側へいけるのよ。いらっしゃい」
フィッシュは例のごとく甘い声で僕を裏口へ誘った。僕は店の一番奥にあるカウンターに案内された。
「トミー、持ち合わせあまりないんでしょ? ここにお座りな。あたいが一杯だけ、おごってあ・げ・る」
強調された語尾のアクセントに、僕はそのまま頷くしかなかった。
「あ、ああ、サンキュ」
そして僕は、早速、人間ウォッチングを開始した。客層は結構、中年男性が多いんだな。……うわ、こいつら男同士でキスしてるぜ。信じられん!
理解を超えた光景の連続に、僕の頭はスパークしはじめていた。やがてフィッシュがグラスを持ってきた。
「おまたせ。シングルだけど」
「あ、ごめん俺、酒弱いんだ」
「だからいいんじゃないの。ここでちょびちょび舐めてりゃ誰も文句言わないから。ミネもあるし」
ミネとは水商売の用語で、ミネラルウォーターのことだ。僕は仕方なく出されたウィスキーを舐めた。うわー、酔いそう。
「目はやっぱりカラーだったのね」
「身元がばれると厄介だからな。俺、まだ十九なんだよ」
「どおりで。もうほっぺ、赤らめちゃって。あれ、これ、あざ?」
フィッシュは僕の左頬を指差した。
「あ、これね。小さい頃からずっとついてんだ。別に病気じゃないから放ってある」
「こないだ駐車場で会ったとき、なかったじゃない」
「あれはメイクで隠してたの。そうしろって店のママに言われてたから」
「ふーん」
「フィッシュ、店はいいのか?」
「開けたばかりだから一時間ぐらい誰も帰りゃしないわよ」
「いつも、こんな感じ?」
「そうよーん。今のところはまだおとなしいわね」
おいおい、この様子のどこがおとなしいんだよ? ここ絶対空間曲がっているぜ。どっかに異次元の入り口でもくっついてんじゃねえか?
僕の心の中のツッコミをよそに、フィッシュは横でウィスキーの水割りを煽っていた。
「トミー、クランチ辞めちゃったんだって?」
「ああ、お前さんの警告に従って、あのあとすぐ」
「それは良かった。あそこは、あんたのような真人間がいるところじゃない」
僕は思わずフィッシュを見た。ぎすぎすした外見には似合わない、寂しさと慈愛に満ちた瞳がそこにあった。
「トミー、あんた、学生さん?」
「あ、ああ。まあな」
「あたいが関わっちゃいけないかい?」
フィッシュには本当のことを話してもいい気がした。僕はウィスキーを舐めながら答えた。
「いや、いいよ。医者の勉強してる」
「医者か。因果な商売ね」
「因果ね。お前さんには負けるよ」
「似たようなもんよ。お客さんがやってきて、話聞いて、納得させて帰す。保険が効くか効かないか、世間体がいいか悪いかの違いしかない。そうでしょ?」
「かもな」
不思議だった。こんなに淡々と自然に一人の人間と語り合ったことはなかった。
それから、僕はフィッシュとたびたび会うようになった。今まで付き合ってきた女の子たちとは違って、クォーターだからどうとか、医学生だからどうなんて決して言わなかった。まあ、フィッシュを女の子と定義づけるのはどうかと思う。僕よりかなり年上で、しかもオナベだし。
フィッシュは大謝名に住んでいて、琉海大から車で十分も飛ばせばすぐに会えた。僕らは大謝名のとある大衆食堂でよく一緒に昼メシを食った。昼メシだ。ランチなんておしゃれな代物じゃない。
「はい、沖縄ソバ定食大盛り二人前、お待ちどう」
時間は一時を回っていた。大衆食堂の店員が持ってきた沖縄ソバに僕は飛びついた。
「おーし、食うか。おいフィッシュ、新聞は後にしなよ、ノビるぞ」
「ええで、トミー、先食って」
……これ、男と女の会話に聞こえるか?
フィッシュは、どっからどう見ても、角刈りでやせぎすの男でしかなかった。いつも昼メシを食いながら、僕は医学書をめくり、フィッシュは店においてある本土の新聞に目を通していた。
そういえば食っている間、僕らはほとんど会話しなかった。お互い、読むのに忙しかったから。ま、それはそれで、心地よかった。
「はい、お一人様六百円です。ありがとうございましたー」
僕らは自分の持分を払い、店を出た。当然といえば当然のことだろう。狂っていたあの時期については別の目的があったからさて置き、元々僕は割り勘の効かない、おごらせっぱなしの女は大嫌いだった。もちろん、今でも。これでも僕は糸満の男だ。男性と女性、それぞれが自活してこそ生活が成り立つと思っている。フィッシュとはその点、安心して付き合えた。
「フィッシュ、このあと、ヒマ?」
「出勤まで何もあらへん。お前、大学は?」
「三、四限目と休講になっちまった。でも五限目があるから帰れない」
「トミー、あんた友達いーへんの?」
「母親みたいなこと言うなよ。あんたはどうなんだ?」
「あたいは天涯孤独の身だよ」
「じゃ、似たようなものだな。ちょっとドライブでもしないか? 帰りに松山交差点で落としてやるよ」
「悪くないね」
((2)へつづく)
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