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Part2 Rasidensy Days of the Southern Hospital

Chapter_06.I'll be Watching You!(2)桂、勉を諭す~勉、宣言する

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At the Southern Hospital, Nakagusuku Village, Okinawa; August, 1999.
The narrator of this story is Tsutomu Uema.

「多恵子、よろしくな。新人だからお手柔らかに頼むぜ」
島ちゃんはそう言いつつ、心配そうに二人の様子を眺めている。そして、ぽつりとつぶやいた。
「多恵子、かわいくなったな」
「たしかに前よりは格段にマシになったね」
僕も適当に相槌を打った。
「女性は怖いねー、あんなに変わるんだね。いやー、ホントに誰かと思った……」

僕は、島ちゃんと話をしながら、インタビューされている多恵子をじっと見ていた。ときどき頷き、笑いながら楽しそうに話している。
……にしても、この佐々木って奴、ちょっと馴れなれしくないか? ときどき妙に多恵子に接近するし。
あ、こいつ、多恵子の手に触った! この野郎、多恵子に触るなー!

「上間、上間?」
気がつくと、島ちゃんが僕をつっ突いている。
「え、な、何? どうしたの?」
「今、すっげー怖い顔で、あっち睨んでたぜ?」
「そ、そう?」
僕は冷静さを取り戻すべく、その場を取り繕うとした。でも、無駄だった。島ちゃんはいぶかしげに目を半開きにしたまま、僕を真正面から見据えていた。
「お前、ひょっとして、多恵子に惚れてるの?」
ストレートパンチ。図星。硬直した僕は精一杯の笑顔を作って応対につとめた。
「いや、別に、なにも、ないよ」
しかし、親友の目はそう易々とごまかせるものではない。
「あのさー上間、悪いけど、お前の目、全然笑ってない」

すべてお見通しな彼の前で、もう僕はうつむくしかなかった。どうやら、僕は耳だけでなく目まで隠さなければならないようだ。

「お前、変わってないなー。那覇の松山でホストしてたんだろ?」
え、え、え?
ギクリとした。ホストを辞めてから、この話を僕は誰にも打ち明けていなかった。松山の同僚と、当時のお客さんと、フィッシュ以外は知らないはずだ。顔を上げた僕はおそるおそる尋ねた。
「し、島ちゃん、なんで、それ、知ってるの?」
「取材でよく松山行っててなー。こないだ取材先で写真を見つけたんだ。目の色がブルーで、あざもなかったけど、どう見ても上間だよな? クランチに居たハーフぢらーのトミーって言ったら、まだ覚えている人、結構いるぜ」
うっそ、あれから丸七年なるのに? まだ顔、覚えられているのか? やばいなー。これじゃ松山には当分行けそうもないな。行く気もないが。
「お前、二百万稼いでさっさと辞めたってな。本当か?」
「ああ、ま、まあね」
僕は島ちゃんから目線を外して、多恵子の方を見た。
「島ちゃん、俺に言っただろ? もうちょっと物事の背景を考えろって。だから、医者になる前に、いろんな世界が見たかった。それだけだよ」

嘘ではない。確かに、染まりかけた。でも、きっぱり足を洗った。もう戻ることはない。
僕はちゃんと医者になったのだ。あれは、いい経験だった。

「……安心した」
島ちゃんは微笑んだ。
「お前があの塾辞めたあと派手に遊んでるって噂が立ったから、変わっちまったのかと思ってた。そうか。そういうことか」

たしかに一時期、変わ「り」かけた。でも、変わ「れ」なかったんだよ、俺は。
狂っていたのは一時だけ、決して長続きはしない。根が真面目な男は真面目にしか生きられないのだ。少々調子に乗りやすい点はあるとしても、だ。

「でも、ホストやってたんだったら、女を一人落とすくらい大したことないだろ?」
「ごめんだけど島ちゃん、多恵子に一般論が当てはまると思う?」
島ちゃんも多恵子たちの方を眺めている。
「そういえば、そうだな。今時めずらしい天然記念物かー。攻めようがないよなー」
「そういうこと」
僕は頷いた。
「着実に前進あるのみ、だな」
「へ?」
島ちゃんが発する意外な言葉に、僕は彼の方へ視線を戻した。
「いまさらどうあがいても、仕方ないだろ? お前ら近所だったよな? 小学校からの記憶が消えるわけでもないし、カッコつけても始まらんさ。上間は、上間だ」
「ふむ」
「信頼関係っての? それをどう築くかってことだな。お前はお前ができることを全力でする。それしかないんじゃないのか?」
島ちゃんの言葉に僕はうなった。彼は人の心をつかみ、説得するのが本当にうまい。マスコミ業界への就職は、天のお導きだったのかもわからない。

僕は多恵子の方を見た。深呼吸をした。白衣のポケットに右手を突っ込み、いつも持ち歩いているサンシンの爪を握り締めた。
元ホストなんてこと、気にしている場合じゃないな。そんな余裕は今の僕にはない。カッコつけても始まらない、僕は僕のままで全力投球するしかない、か。
「先は長いってことだね?」
僕の固い表情に、横から覗き込んでいた島ちゃんが驚いて尋ねた。
「ひょっとして、まじ、本気なの?」
「もう、あいつ以外は考えられん」

宣言するよ、東風平多恵子さん。
僕は命がけで君を落とす。僕には君しかいない。そして君も、きっと、そうだ。
今後はただのお調子者なんて言わせないぞ。すべてにおいて、僕は本気になる。
見ていてくれ。そして、いつかきっと認めてくれ。

「うっわー、普通、そのセリフを平然と言うかなー」
僕は驚く島ちゃんを横目で見て、微笑んだ。決心したら、肩の力が抜けた。
「島ちゃん、ありがとう。俺、腹が据わった」

やがて、佐々木がこっちへ戻ってきた。
「取材は終わりました。次はセラピストの皆さんですね」
「そうだな」
島ちゃんは佐々木と軽く打ち合わせを済ませ、向き直った。そして、僕の肩を叩いた。
「じゃ、俺たち行くから。頑張れよ、上間」
「ああ、取材、頑張れな」
僕は微笑んだ。島ちゃん、ありがとう。これで僕はエンスト地獄から脱出できる。
「サンキュー、多恵子ー、またなー」
「島ちゃん、またおいでねー」
多恵子はソファに腰掛けたまま大声で手を振った。

島ちゃんらを見送った後、僕は多恵子の元へ向かった。
「なに聞かれたの?」
「別にたいしたことじゃないよー。お年寄りの患者さんとどう接していますか、普段気をつけている点は何ですか。これくらい」
「ふーん」
なんで佐々木に触られたのか聞きたかったが、やめといた。
「島ちゃん、元気そうだね。なんか充実してますって感じ」
「そうだな」
「あたしも、負けずに頑張ろう、っと!」
多恵子は自分に気合を入れるように声を上げ、立ち上がった。
「そろそろ別の患者さんを病棟へお連れして、またこっち戻ります。では」
「おう、よろしく!」
僕は多恵子を見送った。そして、多恵子と同じように、自分に気合を入れた。
「よし、俺も頑張ろう!」
そして僕も歩き始めた。全てにおいて、本気で取り組む自分へと。

それからは、多恵子に対しても、落ち着いて自然っぽく振舞えるようになった。耳は相変わらず真っ赤に染まっていたが、気にするのはやめにした。着実に一歩ずつ前進していけばそれでいい、という信念が、僕の中でしっかりと根を下ろしていた。
というわけで、次章へTo be continued.
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