サザン・ホスピタル byうるかみるく

くるみあるく

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Part2 Rasidensy Days of the Southern Hospital

Chapter_08.謹慎事件(2)勉、東風平(こちんだ)家へ出向く~勉、多恵子を抱きしめる

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At Nishihara Town, Okinawa; 3:40PM JST November 17, 1999.
The narrator of this story is Tsutomu Uema.

あのあと、すぐにでも東風平こちんだ家に向かいたかったのだけど、いろいろ雑務が重なって、結局夕方近くになってしまった。
これでもまだ、運がいい方だ。事情を聞いた伊東先生が僕の患者さんを一手に引き受けてくれたのだから。その上、組合サイドから管理職側に、事情説明を求めるよう働きかけてみるという約束までしてくれた。本当に僕は上司に恵まれている。ほかの病院だったら、こうはいかなかったかもしれない。

「お邪魔しまーす」
僕はいつものようにサンシンを持って東風平こちんだ家を訪れた。
「勉、朝から多恵子の様子がおかしいんだけど」
おばさんが心配顔で僕に尋ねる。
「どんな感じですか?」
「あれー、病院からけーてぃちゃーきから、自分どぅーぬ部屋んかいかっくぃてぃ、っんじてーくーーんよー。ぬーがなとーら? いゃーわかいみ?」
師匠の言葉に、僕は素直に答えることができなかった。患者さんを投げて謹慎処分だなんて、言っていいのだろうか。多恵子こそ被害者なのに。それに、多恵子は東風平家の一人娘だ。事情が事情だけに、師匠やおばさんに余計な心配は掛けさせたくなかった。
「……多恵子の部屋行っていいですか?」
僕は二階へ続く階段を見上げた。あまり二階へは上がったことがない。大掃除の窓拭きの手伝いで上がったっけ。僕が東風平家の役に立てるのは、そんな時くらいなものだ。
「私たちが行っても、うんともすんとも言わないのよ」
おばさんが心配そうにつぶやいた。

きっと多恵子も、両親に余計な心配を掛けたくないのだろう。
一人で背負い込むつもりか、多恵子?

「とにかく、行ってみます」

僕は階段を上った。二階に上がると、最初は物置代わりになっている洋間。その向こうが多恵子の部屋だ。部屋のドアはしっかり閉ざされ、しーんとしている。ドアには、中学の美術の時間に作ったカッパの表札が掛かっていた。黄緑色のカッパのおなかに“TA-E-KO”というアルファベットが今にも踊りだしそうに並んでいる。
僕はドアをノックした。返事はない。声を掛けてみる。
「多恵子? 勉だけど。多恵子?」
しーんとしたまま、まったく反応なし。重症だ。とにかく、彼女の顔を見ないと帰れない。粟国さんや千秋さんと約束したのだ。僕はドア越しに語りかけることにした。
「聞こえてるよな? みんな、心配しているぞ。粟国さんも、千秋さんも、お前に礼がいいたいって。それから、あのワダって患者さんな、ほかの病院へ行ったそうだ。もう安心していいぞ」

カチャリと、ドアが開く音がした。夕日が差し込む薄暗い部屋の中で、ドアノブをつかんだまま多恵子がしゃくりあげている。
「勉、……あたし……怖かった、とっても、怖かった」
そして彼女は突然、僕に抱きつき、大声で泣き始めた。
「うわーん、怖かったよー。えーん!」

お、おい、多恵子?

どうして良いかわからず、しばらく僕はその場に立っていた。
彼女は保育園に行く子供のように、わんわん泣いている。

「……多恵子」
僕は理解した。彼女は、大声を上げて泣く対象を、不安な気持ちを共有できる相手を欲していた。それはきっと、師匠やおばさんにはできない役割だったのだ。彼女は、両親の前では自立した女性でいたかったのだから。いや、意地っ張りな彼女は、誰の前でだって涙を流したくはなかっただろう。

「つとむぅ……」
泣きじゃくりながら、彼女は僕の名を口にした。
よく考えてみたら、高校のときのあの事件を知っているのは、多恵子と僕しかいない。
だから、多恵子のトラウマを解いてやれるのは、僕しかいなかったのかもしれない。

……で、こういう時って、彼女の背中に腕なんかまわしちゃっても、いいんだよな?
「……ああ、わかった、そうだよな、怖かったよな……」
相槌を打ちながら、おそるおそる、彼女を抱きかかえてみた。
柔らかい。
あまりの驚きに、僕はゴクリと唾を飲んだ。頭の中は完全にパニックだ。

僕が最後に女性を抱いたのはもう五年も前で、しかも相手はフィッシュだった。彼女の体はごつごつしていた。今考えると、一種のホルモン分泌不全だと思う。見てくれも、実際も、ほとんど男性と大差ない体つきだった。
その前にも何人か女の子を抱いたけど、もうすっかり忘れてしまった。思い出したくもない。あの頃の僕は僕じゃなかった。ポーカーゲームで持ち札を取り替えるように、そばにいる女の子をコロコロ替えていたのだから。

多恵子をもっと強く抱きしめたい気持ちは山々だったが、なんとか冷静さを保とうと努めた。彼女は唯一、僕だけを信頼してくれているのだ。僕の気持ちを暴走させるわけにはいかない。
「なあ多恵子」
おずおずと僕は話を切り出した。
「なんだったら、俺からマギーに話つけてもいいぞ? あのこと話したら、マギーもきっと納得するよ」
多恵子は泣きながら答えた。
「ううん、いいよ。言わないで。誰にも話したくない」
「……そうか、なら、いいけど」
僕は口をつぐんだ。これ以上、話すことなど、なかった。

いつしか、多恵子の泣き声が次第に収まり、夕闇と沈黙が僕らを包んだ。
どれくらいの時間、抱き合っていただろう?

突如、携帯電話の電子的な呼び出し音があたりに響いた。なんてこった、こんな時にEmergency Callかよ!
苦々しい気持ちを抑えて、僕は電話を取った。

“This is Uema. …Yes? Nobody is there? ”
(上間です。……ええ? 誰もいないって?)

電話の相手は東南アジア系の新人看護師のようだ。なまりがひどくよく聞き取れないが、人手が足りないと言ってる。サザン・ホスピタルへ戻らなければ詳細がわからない。

“O.K. I'll rush over there right now. It'll take fifteen minutes.”
(了解。今から急いで駆けつけます。十五分かかります)

そう答えるしかなかった。僕は電話を切って舌打ちした。畜生、いい感じだったのに!
「呼び出された」
「急患さん?」
「そうみたい。人手が足りないらしい」
僕はナップザックを担いだ。
「俺、行くわ。師匠とおばさんによろしく伝えて」
「うん、わかった。気をつけて」
僕を送り出す多恵子の声は、しっかりしていた。 ((3)へつづく)
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