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Part2 Rasidensy Days of the Southern Hospital

Chapter_09.照喜名(てるきな)の苦悩(1)整形外科診察風景

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At the Southern Hospital, Nakagusuku Village, Okinawa; November 25, 1999.
The narrator of this story is Tsutomu Uema.

本日は木曜日。僕の外来診察日。研修医が外来診療を担当をするばあいは、比較的わかりやすい症例の患者さんがぽつぽつ回ってくる。もちろん、指導医の有馬美樹先生が側に付き添っている。

まず、お一人目。四十代後半の男性。右の脇腹を押さえている。
「スクーター走らしてるときに、携帯で話しながら自転車飛ばしてるな中学生ぐゎーと、はっちゃかり(出くわし)まして」
うわー、最近、多いんですよ。携帯電話にまつわる事故。たとえば、メールしながら乗用車運転して電柱に激突とか。そんなことして頚椎けいつい痛めたら面白くないでしょ?
けようとしたら横転しちゃって、そのときに脇腹を打ったんですよ」
話しながらも男性は息苦しそうだ。レントゲンの指示を出した。

続いて、お二人目。三十代の主婦。
「子供を車で幼稚園に送った帰りに、信号待ちで停車してて追突されたんですよー!」
ありゃまあ。こちらも事故ですか。こんな具合に、整形外科は事故や怪我でいらっしゃる方が多いです。それからスポーツ障害、先天性 (生まれつき)の異常 (たとえば股関節脱臼)、あとはリウマチや合併症関連とかかな。
「で、どこか痛みますか?」
「それがですねー」
女性は困った顔をしている。
「保険屋さんに言われて、後遺症が出たら大変だから早めに病院行って診察してもらってくださいと言われたんですけど、生理痛なって、体のどこが痛いのか、わからんのよ」

あまりにも想定外のお答えに、僕は目が点になってしまった。
ああ、こういうとき男性だと、リアクションに困る。
美樹先生、そこで爆笑しないで下さい。いや、患者さんには失礼だけど、できることなら僕も大声で笑いたい。
「えー、それは、理屈としては説明できます。全身から伝わる痛みは脊髄せきずいで一度まとまって脳へいきますからね。いろいろな痛みが一度に起きて、脳が混乱しているのでしょう」
とりあえず、もっともな解説をして、情報を集める。
「で、骨が折れているとか、そういった自覚症状はありますか?」
「折れてはないみたいだけどねー」
「じゃ、レントゲンは止めておきましょう。生理痛を押さえるのが先決です。セデスでいいですか?」
「はい、おねがいします」
「今日は安静になさってください。生理痛が治まってどこか痛むようでしたら、またいらしてください。お大事に」
「ありがとうございました」
いやー、整形外科医が生理痛の診察をすることになるとは。焦っちゃったよ。

十分後、最初の男性が戻ってきた。レントゲンの写真を美樹先生と眺める。
肋骨ろっこつは折れてないみたいね。ひびかしら?」
たしかに、レントゲンでは異常は見られない。美樹先生の意見に僕も同意し、触診に移った。男性にベッドで横になってもらい右脇腹をゆっくり押さえていく。
「あいててて!」
ふーむ。演技ではなさそうだ。僕は男性の表情を注視した。
「痛いですか?」
「痛いです。仕事に行けそうもないので、診断書書いてもらえますか?」

さて、ここで二つのケースが考えられる。本当に痛い場合と、ちょっとは痛いけど、できればこれを口実に仕事を休みたい場合と、だ。
……まあ、いいか。診断書書くのは医者の務めだ。それに、無理に動いて本当に悪化してもらっても困るし。
「そうですね。プロテクター着用してもらって、全治十日ってところですかね」
「十日ですか」
男性は納得した様子だった。
「じゃ、それで、お願いします」
「診断書ができましたらお呼びしますから、廊下でしばらくお待ちください。湿布薬とプロテクターもお渡ししますね。安静になさってください。お大事に」
「ありがとうございました」

男性の診断書を書き上げ、担当の看護師さんにことづける。さてと、三人目だ。僕はカルテをめくった。
げげっ! カカズコウヘイ君?
「ちぇーす! 上間先生、また来たよー」
彼の姿を見ると、顔が硬直してしまう。そうか。一週間後に抜糸だったっけ。再び君に会うとはね。抜糸なんて医者なら誰にでもできるのに、よりによって僕が担当か。
「傷口はきれいだね」
僕はピンセットを用意した。抜糸なんて二、三分で終わっちゃいます。
「先生、あれから彼女とどう?」
あのね、まだ彼女じゃないって言ってるでしょう? それに、一週間やそこらで状況が変わるかってーの。
「そういえば、上間先生、午後から半休取ってましたね」
美樹先生が側でニコニコ笑っている。続けて
「今日は多恵子ちゃん、オフだったよね?」
「か、関係ありませんってば!」
先生、そんなこと聞かれたらピンセット持つ手が狂うでしょうが。
「へー、デートっすか?」
君まで突っ込むな。全然違う用事だってば。いや、本当に。
「彼女、どんな人なんです? カワイイ?」
「そうねー、小柄で目が大きくって、そうそう、メンタームって塗り薬あるでしょ? あの子供にそっくり!」
あの、人のプライバシーをネタに二人で盛り上がらないでもらえる?
「はい、抜糸終わりましたよ。もう無免許で飛ばすなよ?」
「わかってるって。じゃーねー先生、Good luck!」
……うるさい、さっさと帰れこの野郎!

「で、午後からデートじゃないの?」
もう、美樹先生まで何をおっしゃるんですか。
「違いますよ。知り合いのところにちょっと」
「そうなのー、残念ねー」

ま、帰りに東風平こちんだ家には寄りますけどね。それは内緒にしておきます。 ((2)へつづく)
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