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Part2 Rasidensy Days of the Southern Hospital
Chapter_10.ずっこけダブルデート(3)勉と多恵子、照喜名医院から逃走する
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At Naha City, Okinawa; 11:45AM JST, December 16, 1999.
The narrator of this story is Tsutomu Uema.
僕らはカウンセリング室から出て、中庭から新館を通り抜けていた。
「あ、あたし、トイレ借りたいんですけど」
多恵子が照喜名に尋ねた。照喜名が後ろを振り返って案内する。
「あそこを真っ直ぐ行って、左のつき当たりです」
「ちょっと、行ってくるね」
そういって多恵子は、小走りして向こうへいった。僕は照喜名や粟国さんの後ろからゆっくりと歩きかけ、ふと後ろを振り返った。
あれ、多恵子? お前、トイレに行くんじゃ?
彼女は口元に人差し指を当て、僕を手招きしてる。……てことは、こっそり、そっちまで来い、と?
僕は、彼ら二人が角を曲がるのを見届け、いそいで多恵子の元へ行った。
「どういうこと?」
すると多恵子が小声のまま、早口でまくし立てた。
「早く外に出よう! 早く!」
即座に僕らはダッシュで廊下を駆け抜け、照喜名医院の玄関から駐車場へたどり着いた。僕よりも足の遅いはずの、しかもパンプスを履いている多恵子のほうが、驚くほど速かった。僕は乱れた呼吸を整えながら多恵子に問いかけた。
「はあ、はあ、多恵子? き、急に、何事か?」
「はあ、はあ、もう、あたし、ダメだ」
多恵子も苦しそうに呼吸しながら、しきりに頭を振った。
「はあ、はあ、……な、何で?」
「はあ、もう、住む世界が、違いすぎて、落ち着かない!」
そして多恵子は縋るような目で僕を見た。
「勉、帰ろう! 里香、置いていこう!」
……はい、何ですと?
正直、僕は戸惑いを隠せなかった。でも、多恵子の様子は尋常じゃない。よっぽど帰りたいのだろう。
「ま、まあ、汝の言いたいことは、なんとなく、わかる。東風平家とは、えらい違いだよな?」
多恵子は泣きそうな顔で照喜名医院の玄関を見つめ、たどたどしくこう言った。
「あたしさ、今まで玉の輿とか、ちょっと憧れたりしたこともあったけどさ、もうダメだ。よーく、わかった」
そして、頭を抑え、こうつぶやいた。
「あの、代高い雰囲気、耐えられない。普通に息もできないさ」
彼女の様子に、僕はくすりと笑ってしまった。
「なんでそんなに緊張する? お前が照喜名の相手じゃないだろ?」
でも、もう多恵子は半泣き状態だ。
「もう戻りたくない。一緒に帰ろう! ね? 照喜名先生、車はお持ちでしょう?」
「えーっと、たしかBMWだったかな」
多恵子はそれを聞き、今度は眉間を抑えた。
「はー、眩暈すっさー」
ちょっと待て、これは、本当に尋常じゃないぞ?
「顔色悪いな? 大丈夫か?」
多恵子は半泣きの表情のまま、ショルダーバックから車のキーを出し、僕の目の前にぶら下げた。
「あのさー、牧港のA&W行きたい。運転して」
「いいけど。でも、照喜名に断らないで行くわけにはいかないだろ?」
「携帯で電話して、適当に理由作って。照喜名先生の番号、わかるでしょ?」
そこまで言われれば仕方がない。ほかならぬ彼女の頼みだ。
「……わかった」
僕は照喜名の携帯に電話をかけた。
「もしもし?」
電話の向こうで照喜名の声がする。
「照喜名、ごめんなー、俺たち、先に帰るわ」
「はい?」
「二人そろって多恵子の両親から呼び出されてしまってなー。どうしても、今から来いって。弟子は師匠には逆らえんよ。すまん。申し訳ない」
「ええ?」
そう驚かないでくれ。こっちも驚いているんだ。
「あとは、うまくやれ。帰りは送ってあげて。頑張れなー。じゃ」
「もしもし、上間先生?」
僕はさっさと電話を切り、携帯の電源をオフにした。僕の患者さんはみな退院間近な方ばかり。それに今日は、この半月間当直を多めにこなして、その引き換えとしての代休なのだ。呼び出しの義務は、とりあえず、ない。先月の謹慎事件のような思いは沢山だ。万一のときは留守番電話センターに自動転送される。当分、心配はいらない。
多恵子も粟国さんに電話しているようだ。
「里香ごめん、勉からも電話行ってると思うけど、うちの両親に急に呼び出されて、アッシー頼まれちゃったのよ。お父が勉も連れて来いって。よくわからんけど、なんか怒ってるみたいでさ。先帰ろうね? 照喜名先生に送ってもらって。勉からそう伝えてあるから。じゃあ、ごめんね!」
機関銃のような早さでしゃべって一方的に電話を切ると、電源をオフにして、ため息をついた。((4)へつづく)
The narrator of this story is Tsutomu Uema.
僕らはカウンセリング室から出て、中庭から新館を通り抜けていた。
「あ、あたし、トイレ借りたいんですけど」
多恵子が照喜名に尋ねた。照喜名が後ろを振り返って案内する。
「あそこを真っ直ぐ行って、左のつき当たりです」
「ちょっと、行ってくるね」
そういって多恵子は、小走りして向こうへいった。僕は照喜名や粟国さんの後ろからゆっくりと歩きかけ、ふと後ろを振り返った。
あれ、多恵子? お前、トイレに行くんじゃ?
彼女は口元に人差し指を当て、僕を手招きしてる。……てことは、こっそり、そっちまで来い、と?
僕は、彼ら二人が角を曲がるのを見届け、いそいで多恵子の元へ行った。
「どういうこと?」
すると多恵子が小声のまま、早口でまくし立てた。
「早く外に出よう! 早く!」
即座に僕らはダッシュで廊下を駆け抜け、照喜名医院の玄関から駐車場へたどり着いた。僕よりも足の遅いはずの、しかもパンプスを履いている多恵子のほうが、驚くほど速かった。僕は乱れた呼吸を整えながら多恵子に問いかけた。
「はあ、はあ、多恵子? き、急に、何事か?」
「はあ、はあ、もう、あたし、ダメだ」
多恵子も苦しそうに呼吸しながら、しきりに頭を振った。
「はあ、はあ、……な、何で?」
「はあ、もう、住む世界が、違いすぎて、落ち着かない!」
そして多恵子は縋るような目で僕を見た。
「勉、帰ろう! 里香、置いていこう!」
……はい、何ですと?
正直、僕は戸惑いを隠せなかった。でも、多恵子の様子は尋常じゃない。よっぽど帰りたいのだろう。
「ま、まあ、汝の言いたいことは、なんとなく、わかる。東風平家とは、えらい違いだよな?」
多恵子は泣きそうな顔で照喜名医院の玄関を見つめ、たどたどしくこう言った。
「あたしさ、今まで玉の輿とか、ちょっと憧れたりしたこともあったけどさ、もうダメだ。よーく、わかった」
そして、頭を抑え、こうつぶやいた。
「あの、代高い雰囲気、耐えられない。普通に息もできないさ」
彼女の様子に、僕はくすりと笑ってしまった。
「なんでそんなに緊張する? お前が照喜名の相手じゃないだろ?」
でも、もう多恵子は半泣き状態だ。
「もう戻りたくない。一緒に帰ろう! ね? 照喜名先生、車はお持ちでしょう?」
「えーっと、たしかBMWだったかな」
多恵子はそれを聞き、今度は眉間を抑えた。
「はー、眩暈すっさー」
ちょっと待て、これは、本当に尋常じゃないぞ?
「顔色悪いな? 大丈夫か?」
多恵子は半泣きの表情のまま、ショルダーバックから車のキーを出し、僕の目の前にぶら下げた。
「あのさー、牧港のA&W行きたい。運転して」
「いいけど。でも、照喜名に断らないで行くわけにはいかないだろ?」
「携帯で電話して、適当に理由作って。照喜名先生の番号、わかるでしょ?」
そこまで言われれば仕方がない。ほかならぬ彼女の頼みだ。
「……わかった」
僕は照喜名の携帯に電話をかけた。
「もしもし?」
電話の向こうで照喜名の声がする。
「照喜名、ごめんなー、俺たち、先に帰るわ」
「はい?」
「二人そろって多恵子の両親から呼び出されてしまってなー。どうしても、今から来いって。弟子は師匠には逆らえんよ。すまん。申し訳ない」
「ええ?」
そう驚かないでくれ。こっちも驚いているんだ。
「あとは、うまくやれ。帰りは送ってあげて。頑張れなー。じゃ」
「もしもし、上間先生?」
僕はさっさと電話を切り、携帯の電源をオフにした。僕の患者さんはみな退院間近な方ばかり。それに今日は、この半月間当直を多めにこなして、その引き換えとしての代休なのだ。呼び出しの義務は、とりあえず、ない。先月の謹慎事件のような思いは沢山だ。万一のときは留守番電話センターに自動転送される。当分、心配はいらない。
多恵子も粟国さんに電話しているようだ。
「里香ごめん、勉からも電話行ってると思うけど、うちの両親に急に呼び出されて、アッシー頼まれちゃったのよ。お父が勉も連れて来いって。よくわからんけど、なんか怒ってるみたいでさ。先帰ろうね? 照喜名先生に送ってもらって。勉からそう伝えてあるから。じゃあ、ごめんね!」
機関銃のような早さでしゃべって一方的に電話を切ると、電源をオフにして、ため息をついた。((4)へつづく)
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