52 / 152
Part2 Rasidensy Days of the Southern Hospital
Chapter_10.ずっこけダブルデート(3)勉と多恵子、照喜名医院から逃走する
しおりを挟む
At Naha City, Okinawa; 11:45AM JST, December 16, 1999.
The narrator of this story is Tsutomu Uema.
僕らはカウンセリング室から出て、中庭から新館を通り抜けていた。
「あ、あたし、トイレ借りたいんですけど」
多恵子が照喜名に尋ねた。照喜名が後ろを振り返って案内する。
「あそこを真っ直ぐ行って、左のつき当たりです」
「ちょっと、行ってくるね」
そういって多恵子は、小走りして向こうへいった。僕は照喜名や粟国さんの後ろからゆっくりと歩きかけ、ふと後ろを振り返った。
あれ、多恵子? お前、トイレに行くんじゃ?
彼女は口元に人差し指を当て、僕を手招きしてる。……てことは、こっそり、そっちまで来い、と?
僕は、彼ら二人が角を曲がるのを見届け、いそいで多恵子の元へ行った。
「どういうこと?」
すると多恵子が小声のまま、早口でまくし立てた。
「早く外に出よう! 早く!」
即座に僕らはダッシュで廊下を駆け抜け、照喜名医院の玄関から駐車場へたどり着いた。僕よりも足の遅いはずの、しかもパンプスを履いている多恵子のほうが、驚くほど速かった。僕は乱れた呼吸を整えながら多恵子に問いかけた。
「はあ、はあ、多恵子? き、急に、何事か?」
「はあ、はあ、もう、あたし、ダメだ」
多恵子も苦しそうに呼吸しながら、しきりに頭を振った。
「はあ、はあ、……な、何で?」
「はあ、もう、住む世界が、違いすぎて、落ち着かない!」
そして多恵子は縋るような目で僕を見た。
「勉、帰ろう! 里香、置いていこう!」
……はい、何ですと?
正直、僕は戸惑いを隠せなかった。でも、多恵子の様子は尋常じゃない。よっぽど帰りたいのだろう。
「ま、まあ、汝の言いたいことは、なんとなく、わかる。東風平家とは、えらい違いだよな?」
多恵子は泣きそうな顔で照喜名医院の玄関を見つめ、たどたどしくこう言った。
「あたしさ、今まで玉の輿とか、ちょっと憧れたりしたこともあったけどさ、もうダメだ。よーく、わかった」
そして、頭を抑え、こうつぶやいた。
「あの、代高い雰囲気、耐えられない。普通に息もできないさ」
彼女の様子に、僕はくすりと笑ってしまった。
「なんでそんなに緊張する? お前が照喜名の相手じゃないだろ?」
でも、もう多恵子は半泣き状態だ。
「もう戻りたくない。一緒に帰ろう! ね? 照喜名先生、車はお持ちでしょう?」
「えーっと、たしかBMWだったかな」
多恵子はそれを聞き、今度は眉間を抑えた。
「はー、眩暈すっさー」
ちょっと待て、これは、本当に尋常じゃないぞ?
「顔色悪いな? 大丈夫か?」
多恵子は半泣きの表情のまま、ショルダーバックから車のキーを出し、僕の目の前にぶら下げた。
「あのさー、牧港のA&W行きたい。運転して」
「いいけど。でも、照喜名に断らないで行くわけにはいかないだろ?」
「携帯で電話して、適当に理由作って。照喜名先生の番号、わかるでしょ?」
そこまで言われれば仕方がない。ほかならぬ彼女の頼みだ。
「……わかった」
僕は照喜名の携帯に電話をかけた。
「もしもし?」
電話の向こうで照喜名の声がする。
「照喜名、ごめんなー、俺たち、先に帰るわ」
「はい?」
「二人そろって多恵子の両親から呼び出されてしまってなー。どうしても、今から来いって。弟子は師匠には逆らえんよ。すまん。申し訳ない」
「ええ?」
そう驚かないでくれ。こっちも驚いているんだ。
「あとは、うまくやれ。帰りは送ってあげて。頑張れなー。じゃ」
「もしもし、上間先生?」
僕はさっさと電話を切り、携帯の電源をオフにした。僕の患者さんはみな退院間近な方ばかり。それに今日は、この半月間当直を多めにこなして、その引き換えとしての代休なのだ。呼び出しの義務は、とりあえず、ない。先月の謹慎事件のような思いは沢山だ。万一のときは留守番電話センターに自動転送される。当分、心配はいらない。
多恵子も粟国さんに電話しているようだ。
「里香ごめん、勉からも電話行ってると思うけど、うちの両親に急に呼び出されて、アッシー頼まれちゃったのよ。お父が勉も連れて来いって。よくわからんけど、なんか怒ってるみたいでさ。先帰ろうね? 照喜名先生に送ってもらって。勉からそう伝えてあるから。じゃあ、ごめんね!」
機関銃のような早さでしゃべって一方的に電話を切ると、電源をオフにして、ため息をついた。((4)へつづく)
The narrator of this story is Tsutomu Uema.
僕らはカウンセリング室から出て、中庭から新館を通り抜けていた。
「あ、あたし、トイレ借りたいんですけど」
多恵子が照喜名に尋ねた。照喜名が後ろを振り返って案内する。
「あそこを真っ直ぐ行って、左のつき当たりです」
「ちょっと、行ってくるね」
そういって多恵子は、小走りして向こうへいった。僕は照喜名や粟国さんの後ろからゆっくりと歩きかけ、ふと後ろを振り返った。
あれ、多恵子? お前、トイレに行くんじゃ?
彼女は口元に人差し指を当て、僕を手招きしてる。……てことは、こっそり、そっちまで来い、と?
僕は、彼ら二人が角を曲がるのを見届け、いそいで多恵子の元へ行った。
「どういうこと?」
すると多恵子が小声のまま、早口でまくし立てた。
「早く外に出よう! 早く!」
即座に僕らはダッシュで廊下を駆け抜け、照喜名医院の玄関から駐車場へたどり着いた。僕よりも足の遅いはずの、しかもパンプスを履いている多恵子のほうが、驚くほど速かった。僕は乱れた呼吸を整えながら多恵子に問いかけた。
「はあ、はあ、多恵子? き、急に、何事か?」
「はあ、はあ、もう、あたし、ダメだ」
多恵子も苦しそうに呼吸しながら、しきりに頭を振った。
「はあ、はあ、……な、何で?」
「はあ、もう、住む世界が、違いすぎて、落ち着かない!」
そして多恵子は縋るような目で僕を見た。
「勉、帰ろう! 里香、置いていこう!」
……はい、何ですと?
正直、僕は戸惑いを隠せなかった。でも、多恵子の様子は尋常じゃない。よっぽど帰りたいのだろう。
「ま、まあ、汝の言いたいことは、なんとなく、わかる。東風平家とは、えらい違いだよな?」
多恵子は泣きそうな顔で照喜名医院の玄関を見つめ、たどたどしくこう言った。
「あたしさ、今まで玉の輿とか、ちょっと憧れたりしたこともあったけどさ、もうダメだ。よーく、わかった」
そして、頭を抑え、こうつぶやいた。
「あの、代高い雰囲気、耐えられない。普通に息もできないさ」
彼女の様子に、僕はくすりと笑ってしまった。
「なんでそんなに緊張する? お前が照喜名の相手じゃないだろ?」
でも、もう多恵子は半泣き状態だ。
「もう戻りたくない。一緒に帰ろう! ね? 照喜名先生、車はお持ちでしょう?」
「えーっと、たしかBMWだったかな」
多恵子はそれを聞き、今度は眉間を抑えた。
「はー、眩暈すっさー」
ちょっと待て、これは、本当に尋常じゃないぞ?
「顔色悪いな? 大丈夫か?」
多恵子は半泣きの表情のまま、ショルダーバックから車のキーを出し、僕の目の前にぶら下げた。
「あのさー、牧港のA&W行きたい。運転して」
「いいけど。でも、照喜名に断らないで行くわけにはいかないだろ?」
「携帯で電話して、適当に理由作って。照喜名先生の番号、わかるでしょ?」
そこまで言われれば仕方がない。ほかならぬ彼女の頼みだ。
「……わかった」
僕は照喜名の携帯に電話をかけた。
「もしもし?」
電話の向こうで照喜名の声がする。
「照喜名、ごめんなー、俺たち、先に帰るわ」
「はい?」
「二人そろって多恵子の両親から呼び出されてしまってなー。どうしても、今から来いって。弟子は師匠には逆らえんよ。すまん。申し訳ない」
「ええ?」
そう驚かないでくれ。こっちも驚いているんだ。
「あとは、うまくやれ。帰りは送ってあげて。頑張れなー。じゃ」
「もしもし、上間先生?」
僕はさっさと電話を切り、携帯の電源をオフにした。僕の患者さんはみな退院間近な方ばかり。それに今日は、この半月間当直を多めにこなして、その引き換えとしての代休なのだ。呼び出しの義務は、とりあえず、ない。先月の謹慎事件のような思いは沢山だ。万一のときは留守番電話センターに自動転送される。当分、心配はいらない。
多恵子も粟国さんに電話しているようだ。
「里香ごめん、勉からも電話行ってると思うけど、うちの両親に急に呼び出されて、アッシー頼まれちゃったのよ。お父が勉も連れて来いって。よくわからんけど、なんか怒ってるみたいでさ。先帰ろうね? 照喜名先生に送ってもらって。勉からそう伝えてあるから。じゃあ、ごめんね!」
機関銃のような早さでしゃべって一方的に電話を切ると、電源をオフにして、ため息をついた。((4)へつづく)
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
女子切腹同好会
しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。
はたして、彼女の行き着く先は・・・。
この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。
また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。
マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。
世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。
月弥総合病院
御月様(旧名 僕君☽☽︎)
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる