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Part2 Rasidensy Days of the Southern Hospital
Chapter_10.ずっこけダブルデート(2)照喜名医院にて
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At Naha City, Okinawa; from 10:30AM to 10:40AM JST, December 16, 1999.
Since this time, the narrator changes from Taeko Kochinda into Tsutomu Uema.
この先しばらく勉君のモノローグです。
ほどなく僕ら三人は照喜名医院に到着した。
エントランスに到着すると、なんと休診日にもかかわらずBGMがかかってる。これは “La Primavera” ヴィヴァルディ「四季」の「春」です。なるほど、雰囲気作りですか。照喜名君、考えましたね?
感心する僕の横で多恵子が小声でささやいた。
「勉、これさー、中学のときの、掃除の音楽だよね?」
あのねー、お嬢さん。琉球民謡だけじゃなくって、たまにはクラシックの勉強もしましょうね?
「やあ、みなさん、本日はよくいらっしゃいました」
照喜名は黒地に花柄をあしらったポール・スミスのドレスシャツを身に着けていた。普通、このブランドを着ると嫌味に見えたりするものだが、照喜名にはぴったりはまっている。僕は仲介役を買って出た。
「こちらが、ジュニア研修医の照喜名裕太先生です。今、何科だっけ?」
「ローテーションで小児科の研修中です。そろそろ救急外来に移ります」
女性陣が続けて挨拶をした。
「整形外科ナースの東風平多恵子です。はじめまして」
「同じく整形外科ナースの粟国里香です。はじめまして、……かな?」
「あ、えっと、粟国さんとは内科で、一度だけ回診をご一緒しました」
おいおい、顔が赤いぞ。初っ端からあがるな。落ち着いて。僕は小声で照喜名に問いかけた。
「シミュレーションはしたんだよな?」
「も、もちろんです」
僕は彼に深呼吸をさせた。ま、しばらく様子を見ますか。
僕らはエントランスを通り抜け、後方の新館へと歩を進めた。
「すっごくきれいな病棟ですね」
粟国さんが微笑みながら周囲を見回している。
「ええ、新築ですから」
照喜名は診察室の前に掛かっている、古い大きな柱時計を指差した。
「あの時計、父がイギリスから持ってきました」
「多恵子から聞きました。イギリスにいらしてたんですよね?」
「ええ、小さい頃、スコットランドに住んでたんです」
「ええ? スコットランド?」
とたんに粟国さんは目を輝かせた。
「スコットランドにはダンディ大学という、世界でもトップクラスの医学部をもつ大学があるんです。父が研修を受けていましたので、幼稚園の頃まで家族で住んでました」
「すごーい! あたし、いつかイギリスに留学しようかなって考えているんです」
「イギリスはいいところですよ。とくにスコットランドは広々として、空気もきれいで。それでいて洗練されていて」
二人は和やかに会話を楽しんでいる。お、いい感じじゃねーか。この調子、この調子。
やがて僕らは、中庭にあるカウンセリング室に到着した。
「すごーい。温かい!」
「デンファレがきれいねー」
女性陣は感動した面持ちでそれぞれの上着を脱いだ。
「今は二十三度に保ってます。植物に囲まれると、患者さんが落ち着かれるんです。どうぞ、おかけください」
照喜名はそういってソファを勧めた。粟国さんが座りながら鼻をクンクンさせている。
「この香り……、えっと、ゼラニウム?」
「お詳しいですね! ゼラニウムとベルガモットです。情緒不安定なときによく用いられる組み合わせです。本来はローズも使うんですが、今回は控えました」
「ローズは、少し使うだけでも匂いがきつく感じられますからね」
「アロマテラピーが主流になってきていますけど、こちらでは日本のお香も使ったりしますよ。たまにですけど」
すると粟国さんは再び目を輝かせた。
「面白いですね! 日本のお香なんて」
「沖縄の気候風土になじめない、転勤族の奥様を診察する場合などに使うことがあるそうです」
「ああ、そういえば、いらっしゃった! 月桃の匂いがダメな患者さん!」
「へえ、いるんだ?」
多恵子が驚いてつぶやいた。粟国さんが続ける。
「そうそう。ほら、看護学校二年生の鬼餅の時期に、臨床研修があったでしょ? 多恵子とは別のグループだったんだけど、いらっしゃったのよ、そういう患者さんが。あたしも最初びっくりした。そのとき思ったの。香りって大事だなーって」
照喜名が僕の横で興味深げに頷く。
「嗅覚といって普段よく耳にするのは、お酒とか、タバコとか、ですよね? でも、小さい頃嗅いだ香りの記憶が、その患者さんを救う糸口になってくれることもあるらしいですよ」
「人間の体とか心って、奥深いですよね」
粟国さんは物静かにそう言うと、部屋の隅にある棚に目を向けた。僕らも粟国さんの視線の先をたどった。
「あれは、ボトルシップ?」
あれ? こんなもの、前来た時には置いてなかったぜ?
「僕が作ったんです。まだ初心者なんで、ちょっと粗がありますけど」
照喜名は立ち上がると、ボトルシップを持ってきて目の前のテーブルに置いた。なるほど、これも話題づくりの小道具ってわけだ。
「すごーい! ボトルシップって、ドラマでしか見たことなかった!」
「お恥ずかしい。でも、結構、簡単だったりすんですけど」
「簡単って、これ、ビンに入れてから、組み立てるんでしょ?」
僕も思わず聞き返した。照喜名は説明を始めた。
「そうです。最初に船の部品を作って、それをビンの口から中へ入れて、組み立てます」
「組み立てられるの?」
「種明かしすると、バーベキューの串があるでしょ? あれの先っぽが曲がったような工具を使うんです。それをビンの中に入れてこう、ちょこちょこって」
僕は思わずうなってしまった。あんな狭いビンの口から、いじくるわけ?
全然違う映像だけど、僕の脳裏に浮かんだのは内視鏡操作だ。患者さんの食道や胃腸などにできた腫瘍を取り除いたりするのに用いる。スコープの先にカメラと小さなメスがついていて、それで患部を診て切り取るのだ。
「俺、オペしてるほうが、まだマシな気がする」
整形外科のオペは骨の接合でドリルやハンマーを使うことが多く、そっちのほうが僕の性分には合っている。確かに、血管や神経の縫合のような細かい作業もあるにはあるけど、仕事だからこそ集中してやるし、できる。
「丁寧にやれば完成しますし、人の命がかかってない分、気楽ですよ」
いや、照喜名君。そうかもしれないけどさ。プライベートな趣味の世界でまでこんな細かい作業をしようとは、僕は思わないな。やっぱり内科医の息子は一味違うようだ。
「もう、どれくらい、作っていらっしゃるんですか?」
粟国さんはボトルシップを手にとって眺めている。
「今、五つ目かな。塗装している途中で、なかなか作業が進まなくて。よろしかったら、皆さん、僕の部屋へいかがですか? イギリスに居た頃のアルバムもありますし。ハーブティーご馳走しますよ」
「ええ、是非!」
粟国さんが目を輝かせて答えた。よかったね、照喜名君。もう落ちたも同然じゃないか。
「じゃ、行きましょうか。忘れ物ないように気をつけてくださいね」
そう言って、照喜名は立ち上がった。 ((3)へつづく)
Since this time, the narrator changes from Taeko Kochinda into Tsutomu Uema.
この先しばらく勉君のモノローグです。
ほどなく僕ら三人は照喜名医院に到着した。
エントランスに到着すると、なんと休診日にもかかわらずBGMがかかってる。これは “La Primavera” ヴィヴァルディ「四季」の「春」です。なるほど、雰囲気作りですか。照喜名君、考えましたね?
感心する僕の横で多恵子が小声でささやいた。
「勉、これさー、中学のときの、掃除の音楽だよね?」
あのねー、お嬢さん。琉球民謡だけじゃなくって、たまにはクラシックの勉強もしましょうね?
「やあ、みなさん、本日はよくいらっしゃいました」
照喜名は黒地に花柄をあしらったポール・スミスのドレスシャツを身に着けていた。普通、このブランドを着ると嫌味に見えたりするものだが、照喜名にはぴったりはまっている。僕は仲介役を買って出た。
「こちらが、ジュニア研修医の照喜名裕太先生です。今、何科だっけ?」
「ローテーションで小児科の研修中です。そろそろ救急外来に移ります」
女性陣が続けて挨拶をした。
「整形外科ナースの東風平多恵子です。はじめまして」
「同じく整形外科ナースの粟国里香です。はじめまして、……かな?」
「あ、えっと、粟国さんとは内科で、一度だけ回診をご一緒しました」
おいおい、顔が赤いぞ。初っ端からあがるな。落ち着いて。僕は小声で照喜名に問いかけた。
「シミュレーションはしたんだよな?」
「も、もちろんです」
僕は彼に深呼吸をさせた。ま、しばらく様子を見ますか。
僕らはエントランスを通り抜け、後方の新館へと歩を進めた。
「すっごくきれいな病棟ですね」
粟国さんが微笑みながら周囲を見回している。
「ええ、新築ですから」
照喜名は診察室の前に掛かっている、古い大きな柱時計を指差した。
「あの時計、父がイギリスから持ってきました」
「多恵子から聞きました。イギリスにいらしてたんですよね?」
「ええ、小さい頃、スコットランドに住んでたんです」
「ええ? スコットランド?」
とたんに粟国さんは目を輝かせた。
「スコットランドにはダンディ大学という、世界でもトップクラスの医学部をもつ大学があるんです。父が研修を受けていましたので、幼稚園の頃まで家族で住んでました」
「すごーい! あたし、いつかイギリスに留学しようかなって考えているんです」
「イギリスはいいところですよ。とくにスコットランドは広々として、空気もきれいで。それでいて洗練されていて」
二人は和やかに会話を楽しんでいる。お、いい感じじゃねーか。この調子、この調子。
やがて僕らは、中庭にあるカウンセリング室に到着した。
「すごーい。温かい!」
「デンファレがきれいねー」
女性陣は感動した面持ちでそれぞれの上着を脱いだ。
「今は二十三度に保ってます。植物に囲まれると、患者さんが落ち着かれるんです。どうぞ、おかけください」
照喜名はそういってソファを勧めた。粟国さんが座りながら鼻をクンクンさせている。
「この香り……、えっと、ゼラニウム?」
「お詳しいですね! ゼラニウムとベルガモットです。情緒不安定なときによく用いられる組み合わせです。本来はローズも使うんですが、今回は控えました」
「ローズは、少し使うだけでも匂いがきつく感じられますからね」
「アロマテラピーが主流になってきていますけど、こちらでは日本のお香も使ったりしますよ。たまにですけど」
すると粟国さんは再び目を輝かせた。
「面白いですね! 日本のお香なんて」
「沖縄の気候風土になじめない、転勤族の奥様を診察する場合などに使うことがあるそうです」
「ああ、そういえば、いらっしゃった! 月桃の匂いがダメな患者さん!」
「へえ、いるんだ?」
多恵子が驚いてつぶやいた。粟国さんが続ける。
「そうそう。ほら、看護学校二年生の鬼餅の時期に、臨床研修があったでしょ? 多恵子とは別のグループだったんだけど、いらっしゃったのよ、そういう患者さんが。あたしも最初びっくりした。そのとき思ったの。香りって大事だなーって」
照喜名が僕の横で興味深げに頷く。
「嗅覚といって普段よく耳にするのは、お酒とか、タバコとか、ですよね? でも、小さい頃嗅いだ香りの記憶が、その患者さんを救う糸口になってくれることもあるらしいですよ」
「人間の体とか心って、奥深いですよね」
粟国さんは物静かにそう言うと、部屋の隅にある棚に目を向けた。僕らも粟国さんの視線の先をたどった。
「あれは、ボトルシップ?」
あれ? こんなもの、前来た時には置いてなかったぜ?
「僕が作ったんです。まだ初心者なんで、ちょっと粗がありますけど」
照喜名は立ち上がると、ボトルシップを持ってきて目の前のテーブルに置いた。なるほど、これも話題づくりの小道具ってわけだ。
「すごーい! ボトルシップって、ドラマでしか見たことなかった!」
「お恥ずかしい。でも、結構、簡単だったりすんですけど」
「簡単って、これ、ビンに入れてから、組み立てるんでしょ?」
僕も思わず聞き返した。照喜名は説明を始めた。
「そうです。最初に船の部品を作って、それをビンの口から中へ入れて、組み立てます」
「組み立てられるの?」
「種明かしすると、バーベキューの串があるでしょ? あれの先っぽが曲がったような工具を使うんです。それをビンの中に入れてこう、ちょこちょこって」
僕は思わずうなってしまった。あんな狭いビンの口から、いじくるわけ?
全然違う映像だけど、僕の脳裏に浮かんだのは内視鏡操作だ。患者さんの食道や胃腸などにできた腫瘍を取り除いたりするのに用いる。スコープの先にカメラと小さなメスがついていて、それで患部を診て切り取るのだ。
「俺、オペしてるほうが、まだマシな気がする」
整形外科のオペは骨の接合でドリルやハンマーを使うことが多く、そっちのほうが僕の性分には合っている。確かに、血管や神経の縫合のような細かい作業もあるにはあるけど、仕事だからこそ集中してやるし、できる。
「丁寧にやれば完成しますし、人の命がかかってない分、気楽ですよ」
いや、照喜名君。そうかもしれないけどさ。プライベートな趣味の世界でまでこんな細かい作業をしようとは、僕は思わないな。やっぱり内科医の息子は一味違うようだ。
「もう、どれくらい、作っていらっしゃるんですか?」
粟国さんはボトルシップを手にとって眺めている。
「今、五つ目かな。塗装している途中で、なかなか作業が進まなくて。よろしかったら、皆さん、僕の部屋へいかがですか? イギリスに居た頃のアルバムもありますし。ハーブティーご馳走しますよ」
「ええ、是非!」
粟国さんが目を輝かせて答えた。よかったね、照喜名君。もう落ちたも同然じゃないか。
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