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Part2 Rasidensy Days of the Southern Hospital

Chapter_10.ずっこけダブルデート(1)多恵子、運転手になる~勉、ヤギの鳴きまねを披露する(させられる)

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At Nakagusuku Village and Urasoe City, Okinawa; from 9:30AM to 10:20AM JST, December 16, 1999.
The narrator of this story is Taeko Kochinda.
多恵子さんに久々に登場していただきました。

その日は木曜日だった。あたしはいつもよりちょっとおしゃれをした。里香と一緒に選んだミッシェル・クランの白ブラウスに、黒地に細かい赤格子柄のスカートを合わせ、両耳に銀の星型のピアスをし、朝九時には愛車のオプティで家を出た。二十度は超えそうだったが、念のため薄い水色のカーディガンを用意しておいた。

まず、中城にあるサザン・ホスピタルの独身寮まで勉を迎えに行った。海に面した高台にあるので特に冬場は風が強い。白地のシャツの上から紺のブルゾンを羽織って、勉は駐車場で待っていた。オフの日、この男はいつもBOBSONのジーンズを履いている。
ゃーびらたい」
あたしは車のパワーウィンドウを開けて合図した。
「本日はよろしくおねがいします」
「今日は後ろに乗ってね。助手席は里香だから」
「はーい」
勉はおとなしく後ろに乗った。
「多恵子、上等すがいっし。今日はスカートか?」
「お出掛けするっておっしゃるものですから」
あたしはそっけなく答えた。 “今日は”って。悪かったね、いつもズボンで。
「いつも、こんなだったらいいのによ」
左頬の赤あざをぽりぽり掻きながら勉がつぶやく。頼んでも無駄です。スカートってあまり好きじゃないんだよね。第一、あたしはあんたの彼女でもなんでもないし。

外はあいにくの雨模様だ。あたしは車を走らせ中城なかぐすくICインターチェンジから高速に乗った。すぐに西原ICインターチェンジで降りて、浦添にある粟国あぐに里香の家まで行く。そして里香を乗せてそのまま首里の照喜名てるきな医院へむかうつもりだ。
「おはよう、今日はよろしくね?」
里香はなんと、ピンクのブラウスにかっちりしたグレーのスーツ姿だ。その上、パールをあしらった十八金のチョーカーまで身に着けている。いつもはバイク通勤だから彼女もパンツルックが多いのだが、おしゃれとなると里香にはとてもかなわない。もともと身長はあるし、長い黒髪だし、美人だから見栄えがする。目元なんか、アイライナーがいらないくらい、ぱっちりしているのだ。
しょうがないか。今日は里香が主役だもんね。って、彼女にはそう伝えてはいませんが。
「おはよう里香。助手席、乗って」
「なんで、助手席は上間先生じゃなくていいの?」
なんで、じゃないでしょう。何でもないんだから。
「いいの。今日は、勉は河童軍団の世話係だから」
「河童の世話って?」
「はいはい、落ちないように見張ってりゃいいんでしょ?」
勉があきらめたように調子を合わせた。あたしは車を走らせた。
「……多恵子、あんたよ、何ねこのぬいぐるみ軍団は?」
里香がすっとんきょうな声を上げている。
「だから、河童」
あたしは国道五八号線に出ると、首里向けに車線を変更しながらそう答えた。ご丁寧に勉が後ろで解説し始めた。
「これ、全部名前ついてるんだぜ。えっと、クッシャロ、マシュー、サロマ、アカン、トーヤだっけ?」
「ピンポーン、よくできましたー」
そうそう。さすが勉、よく覚えてる。っていうか、トーヤを釣ってくれたの、あんただったね?
「……なにそれ?」
「北海道の湖の名前つけてるの。今度来る子はね、シュマリナイって名前に決めたんだ」
「また俺にクレーンゲームやらせる気だな?」
そうです。さすがよくお見通しで。クリスマスプレゼント、待ってるよ。
「河童、好きなんだ」
ぽつりとつぶやく里香に勉が言った。
「こいつは、“かっぱっぱー”だから」
「かっぱっぱー?」
「中学校の英語の時間に、“Cup of coffee”って文章を寝ぼけて“かっぱっぱー”って読んで以来、こいつのあだ名は“かっぱっぱー”」
あたしは、たまらず運転しながら叫んだ。
「いいさー、“かっぱっぱー”、かわいいでしょ? あたし、溺れたことないし」
そうなんです。あたし、中学高校と水泳部だったんです。これでも女子千五百メートルの選手でした。遠泳は今でも得意だよ。
「でもお前、授業中よく寝てたよなー。俺、隣の席だったら、いつも起こす係だった」
こ、この男! いつまで中学時代の話をするつもり? よーし、反撃してやる!

「あんまり人の悪口言ったら、すぐ“白ヤギ委員長”って呼ぶよ!」
さすがに、これにはこたえたようだ。
「うわ、それは、やめてくれ! 今まで築き上げた僕のクールなイメージが」
「なーにがクールよ!」
鼻で笑っちゃいますよ。沖縄語うちなーぐち丸出しなあんたのどこがクールよ? 運転しながらあたしは続けた。
「あんた、小児科研修の時、子供の患者さん相手に、したたか(めいっぱい)鳴いてたってね? オペ室で評判だったよー」
「いや、あ、それは」
どうしたの勉? 今更焦ってもしょうがないでしょ? あたしをいじめた罰だ。それとも、里香の前ではイイカッコしようってつもりだったのかな? そうは問屋が卸すものか!
「中二の修学旅行でさ、罰ゲームあったんだよねー、つ、と、む、君?」
意地悪く明るい声であたしは畳みかけた。
「あ、あ、あ」
勉が固まっている。あたしはさらに明るめの声で促した。
「動物の鳴きまねオンパレードやったよねー」
「……で、白ヤギなの?」
助手席の里香が意外そうな顔をしている。
「色白で、ヤギの鳴きまねがうまくて、委員長だったから、“白ヤギ委員長”」
「へえ、意外だなー。結構、上間先生って茶目っ気があるんだー」
「あはは……」
里香の言葉に勉はただ苦笑いをしている。あたしは言葉を継いだ。
「茶目っ気ねー。どうせなら目も山羊ふぃーじゃーみたいにブルーだったら良かったのにね?」
すると勉が茶色の目を見開いて頬を膨らませた。
「余計なお世話だ」
あんた、そんなに本気で怒らなくったっていいじゃない。よーし、攻撃第二弾!
「じゃ、早速、鳴いてもらいましょー!」
「え、な、鳴くんですか?」
勉、声がひっくり返っているよ? あたしは攻撃の手を緩めなかった。
「まさか、鳴かないって言わないよねー? あたしがこうして里香誘って、車まで出してるのに?」
勉はあたしの話をあわてて途中でさえぎった。
「わ、わ、わかりました。鳴きます、鳴きます」
そうよ。そうこなくっちゃ! 勉は咳払いをした。
「一回だけだぞ」
そして、思いっきり深呼吸をして、叫んだ。
「ンベェーエ、エ、エ!」
あたしたち二人は大声で笑った。何度聞いても、ヤギそっくりだ。
「うまーい!」
里香が手を叩いて喜んでいる。勉が間延びした声を出した。
「ああ、これで病棟でも毎日やらされるなー。折角クールなイメージ作ってたのに」
よく言うよ。誰も最初からそう思ってないってば。ハンドルを握りなおし、あたしは明るく言った。
「上間先生、物事はあきらめが肝心ですよー」
「……がっくし」
後部座席で河童を抱いて、勉はうなだれた。 ((2)へつづく)
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