サザン・ホスピタル byうるかみるく

くるみあるく

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Part3 The year of 2000

Chapter_02.Happy Birthday(4)勉、誕生日プレゼントを選ぶ~「恋の花」

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At the Southern Hospital, Nakagusuku Village, Okinawa; March 10 and 12, 2000.
At Naha City, Okinawa; March 13,2000.
At Nishihara Town, Okinawa; March 15, 2000.
Now, the narrator returns to Tsutomu Uema.
勉君のモノローグへ戻ります。

多恵子が僕を怒鳴ったあの日の夕方、僕はサザンから呼び出しオン・コールを受けた。交通事故の急患さんが搬送されたのだ。
患者さんは知念ちねん安達あんたつさん、六十五歳。農道を横断中に、突っ込んできた乗用車にはねられたらしい。意識は清明。右肩、腰椎、骨盤から右大腿骨のあたりを強打されたらしく、全身に軽い打撲症状を伴っていた。鎖骨に骨折は見られるものの緊急オペの必要はなく、入院して四~五週間安静を保つ必要があった。僕は、泊り込むことに決めた。

知念さんの様子を見守りながら、思い出した。
そういえば、もうじき多恵子の誕生日。二十六歳か。なにかプレゼントしなくちゃ。でも、何がいいんだろう?
多恵子は女としてはかなり変わった奴で、あまりおしゃれを楽しむとかブランド物を集めるといったことをしていない。だから、アクセサリーを贈っても全然喜びそうになかった。ただ一点、ピアスを除いて。
看護師だから勤務中はしてないんだけど、普段の彼女はかならずピアスを身に着けていた。結構、いろんなものをもっているみたいだ。でも、どれも安物らしい。二十六歳にもなるのにイミテーションしか持ち合わせていないとは、ね。
あれだけ怒らせてしまったから、今回は、奮発せざるを得ないだろうな。この際だから、何か本物を贈ってやろう。
よし、今度の休みにでも、探しに行くか。

僕がTOEFL550点というスコアを医局で受け取ったのは、それから二日後のことだ。このころはまだ月に一度しか試験が開催されてなかったため、Writingが苦手な僕はかなり苦戦していた。日々の勤務をこなしながらずっと対策に追われ、ようやく550点ギリギリのスコアを出した。本当に、しんどかった。
あとはCSA (臨床技能試験)を残すのみ。それを突破すればようやく、アメリカの医者になれる。

いい思いをする時というのは不思議と続くもので、ほぼ三日ぶりに帰宅すると、多恵子から留守電が入っていた。ここ数日、彼女とは全然病棟で会わなかった。朝の回診には出向いていたが、ICUと手術室とを頻繁に行き来しているとこんなこともあるのだ。
留守電の彼女は、怒鳴ったことをかなり丁寧に謝っていた。本当に律儀な奴だ。感心しながら僕は、例のごとく彼女の声をMDに保存して、ベッドサイドに持ち込んだ。

「あなたのことを誤解して、本当にすみませんでした。おやすみなさい」
いやいや。あの時期、僕は確かに遊び人あしばーでした。責められても仕方ないです。
許してくれてありがとう。多恵子さん、おやすみなさい。

翌日がちょうどオフだったので、僕は車を飛ばしてあちこちの店を回った。でも、あんまりないんだよな、ピンとくる奴が。ダイヤモンドはなんかちょっと違う気がするし、かといってありふれたデザインの奴を贈ったら、あいつは自分どぅーの安物と間違えかねないからなー。

何軒回っただろう。国際通りにある有名な宝石店で、やっと、見つけた。
それは、お腹にアクアマリンを抱えた、ホワイトゴールドの小さなイルカが一対になっているペンダントタイプのピアスで好感が持てた。でもさすがに値が張った。八千円も取られた。年度末で出費がかさむ時期な上、まだ研修医の身分だった僕にはかなり重い金額だったけど、仕方がない。

そして、やってきました三月十五日、水曜日。
その日の午後、僕は年休を取り、サンシンとプレゼントの包みを持って東風平こちんだ家を訪れた。サザン・ホスピタルにはバースデー休暇制度がある。多恵子は家に……いるよな? それとも、出掛けたかな? 車を停め、玄関のチャイムをならした。
多恵子は、いた。
「あい、勉」
なにせ、あの喧嘩の後だ。ちょっと気まずい雰囲気が走った。
「あ、留守電は、聞いたよ」
僕がそういうと、多恵子はほっとした表情を見せた。
「上がってよ? お父はコミュニティの会合に出てる」
「お邪魔しまーす、あれ、おばさんは?」
「今さっき買い物に行った」
そっか。じゃあ、今、渡しちまおうか。
「多恵子、今日、誕生日だろ?」
「うん」
僕は、小さな紙製のバックを渡した。
「これ、プレゼント」
「へえ? あんた、お金大丈夫ね?」
「いいよ、来月から正職員だから」
「そっか。じゃあ、ありがたく頂戴いたします。いっぺーにふぇーでーびる。今、開けてもいい?」
「どうぞ」

多恵子は鼻歌を歌いながら包みを開けている。
な、なんか、開けてるのをただ側から見てるのって、変に緊張するやっさー。だんだん顔が赤らむのがわかる。僕は多恵子に尋ねた。
「あ、俺、サンシンの準備してて、いいかな?」
「あ、どうぞどうぞ」 
サンシンをナップザックから取り出し、調弦ちんだみをはじめた。これはいい時間潰しになる。喫煙者がタバコをのむ感覚も、きっと似ているのだろう。
「うわ、かわいい!」
多恵子の驚く声が響く。続いて、彼女は僕の顔を見上げ、おずおずと尋ねた。
「勉、これひょっとして、本物?」
僕は頷くと彼女の横へ行き、指さしながら説明を始めた。
「ホワイトゴールド。この石は、アクアマリン。三月の誕生石だし、いいだろ?」
すると多恵子は声を落とした。
「……高かったんじゃないの?」
「まあね」
適当にごまかした。まさか正直に値段を告げるわけにはいかないよな。恐縮して、今更返されても困るってば。
「本当に、いいの?」
「気に入った?」
「とっても!」
「じゃ、良かった」
ほっとして微笑みながら多恵子の方を見やると、なんと彼女、声を詰まらせながら目をこすっている。
「ありがとう……とっても、とってもうれしい」
お、おい、ちょっと?
「えー、お前、泣くなよ?」
「だって、初めてだもん。こんな、いいの、貰うの」
多恵子は、しゃくりあげはじめた。
だ、か、ら、泣かんけー! 如何ちゃーっしがむら、わからんなえーさに?

僕は無愛想を装ってこう言ってみることにした。
「だったら泣かんで、着けて見せてみ?」
「そ、そうだね」
多恵子はピアスを手にしたまま立ち上がった。
「洗面所行って、着けてくるね」

さてと。ヒマになったな。
僕はサンシンを手にしたまま考えた。右手にはめた水牛の爪で軽く弦の上を滑らせる。調弦は本調子。何か、弾こうかな?
そうだ。いい曲がある。

僕はサンシンを構えなおした。曲は、「恋の花くいぬはな」だ。
もともと八重山・新城島あらぐすくじまの台地「越えのぱな」を舞台に島の生活風景を歌った「くいぬぱな節」が元歌だけど、名前が名前だから、沖縄本島に伝承される際に全然違う歌詞、つまり男女の恋歌になってしまった。実際は男女の掛け合いの歌なのだけど、ここでは一節だけ歌います。

庭やゆち降ゆい (庭には雪が降っていて)
んみや花咲きゆいさちゅい (梅の花も咲いていて)
無蔵んぞふちゅくるや (愛しい女性のふところには)
真南風まふぇ吹きゆるふちゅる (南風がそよいでいます)

とても弾きやすく、歌いやすい。僕が好きな歌の一つだ。いいよね。我が世の春って感じで。
弾き終わる頃、ほら、ちょうど多恵子がピアスを身に着けて戻ってきた。耳元でイルカが揺れて、きらきら輝いている。
ー似合とーっさー」
「ありがとう」
多恵子はにっこり笑った。僕も釣られて微笑んだ。ああ、君の笑顔は本当に最高だ。僕の心にも南風がそよぐようだ。

「勉?」
なぜか多恵子が小声で僕を呼んだ。
「ん?」
「ごめんね」
「何が?」
「いつも身に着けていたいけど、仕事中は外さんといけんから」
「あ、ああ」
僕は頷いた。そりゃそうだろう。規則なんだから。
「本当に、ありがとう」
そんな、何度も言いなさんな。照れ臭いじゃないか。
僕は場の空気を和ませるために軽くサンシンをかき鳴らし、明るい声を出した。
「よし、おまけだ」
僕はサンシンで簡単に“Happy Birthday”を弾いた。多恵子が隣で笑い転げている。
「あはは、なーんか、変!」
別に変でもいいじゃない。他ならぬ君の誕生日なんだから。

多恵子が本当にうれしそうだったから、僕は幸せだった。
きっと、こうして一歩一歩着実に近づけば、やがて君に認めてもらえる日が来るよね、多恵子?

この頃からだろうか、僕らの距離が少しずつ縮んできたのは。
やがて、多恵子は勤務から上がる時に、僕が贈ったピアスとともにブルガリの香水を耳たぶに薄くつけるようになった。彼女のことだから、照喜名と粟国さんが意味深げに笑っていても全然気づいてない様子だけどね。

え、僕ですか? 多恵子に会うたび、変な想像してないかって?
 ……まあ、いいじゃないですか。
これ以上、追求されるのも嫌なんで、逃げます。次章へTo be continued.
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