サザン・ホスピタル byうるかみるく

くるみあるく

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Part3 The year of 2000

Chapter_04.加那(かなー)ヨー天川(1)新生児の患者さん~危機一髪の、その理由

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At the Southern Hospital, Nakagusuku Village, 10:00AM JST, May 23, 2000.
At the Southern Hospital, Nakagusuku Village, 4:55PM JST, May 23, 2000.
The narrator of this story is Taeko Kochinda.

あー、梅雨のこの時期はしぷしぷー(むしむし)するねー。雨も降るんだったら、ざーっと降ったらいいのにさ。ホント、頭にキノコでも生えてきそうだよ。
さて、このお方のおつむにも、キノコが生えてしまったのでしょうか。
東風平こちんださーん、今日ちゅーくすいはまだねー?」
「はっさ、田本さん、先程きっさ御盆うぶんぬ後なかい召し上がうさがみそーたしぇー、わしみそーちゃんなー?」
「あい、そうだったかねー?」
まだ七十一歳なんだから、ボケるには早いですよー。もうちょっと、しっかりしてもらわないと。でもさ、花札で儲けたじん計算さんみんはきっちりできるみたいだよ? あー、わからない! 頭痛が……。

それは、あたしが産婦人科へ患者さんをお迎えに行ったときのことだ。意外に思われることも多いが、整形外科では生まれて間もない患者さんの治療を担当することもある。今回の患者さんは生後六日目、病名は「先天性内反足」といって、生まれたときから足が内側に曲がってしまっている病気だ。早期に発見し治療を行えばギプス固定で治ることが多いらしい。
足の治療は、本場ドイツ帰りの有馬ありま美樹先生が当たることになっている。でも、あのスーパーウーマンの美樹先生が赤ちゃんを抱っこする姿なんて、正直、想像できないんですけど……。

赤ちゃんである患者さんは、新生児室ナーサリー・ルームのベッドで元気よくわーんと泣いていた。東南アジア系アメリカ人男性と、アメリカ出身の黒人女性の間に生まれた女の子だ。真っ黒い体に縮れた黒い髪の毛。泣きながら左手の親指をずっとしゃぶっている。

“Wow ! How cute she is !”
(とーってもかわいいー!)

抱き上げてあやしてあげる。うわー、あったかくってちっちゃいなー。赤ちゃん見ると、欲しくて結婚したくなっちゃう。え、目的がおかしい? そうかな? でも、そういう思考回路持ってる女の子って結構いるよ。ああ、あたしが単純なんですか、なるほどね。否定はしません。
なになに、肝心な相手はどうする、ですと? えーっと、

うわっ、バ、バカ! なんで金髪頭が脳裏に浮かぶのよ!
お前なんかに用はない。あっち行け! しっしっ!
……ああ、冗談じゃないわ。きっとアイスを食われたときに、里香が「間接キス」なんて言ったからだよ。本当にもう、嫌になっちゃう。驚いて患者さん落とすところだったじゃない。

患者さんのご両親に挨拶した。ご主人の会社の転勤で沖縄での生活が始まったばかりで、お二人とも日本語はあまりうまくしゃべれない。それでサザン・ホスピタルでのご出産となったわけだが、初めての赤ちゃんが千五百人に一人の稀なご病気ということで、とても心配なさっている様子だ。ご一緒に整形外科の外来診察室へ案内することになった。
新生児室ナーサリー・ルームを後にしようとしたとき、一人の年配の女性が、赤ちゃんたちに見入っているのに気がついた。
あたしは思わず息を呑んだ。それは松田房子さんだった。房子さんにはご主人もお子さんもいない。子宮を取ってしまったから結婚しなかったのだそうだ。赤ちゃんを眺めるその表情は、とても悲しそうだった。あたしは、とても声を掛けることができなかった。

診察室には美樹先生と勉がいた。
「うわ、こんな小さい子なの?」
とまどう勉の側で、
「あら、かわいいねー、よし、よし!」
美樹先生はにこやかにそう言って、赤ちゃんに右手の人差し指を差し出す。赤ちゃんは右手で先生の指をぎゅっとつかんだ。正常な反応だ。
あたしの想像以上に、美樹先生は患者さんの扱いが上手かった。
「これでも、ドイツでいっぱい乳幼児の患者さん診たのよー」
へえ、そうなんだ。感心するあたしをよそに、美樹先生はさりげなく患者さんの右足を取った。

"Don't worry. At first, we'll put a cast on her right foot. It will probably be on for three months. 
Then, we'll give her a Denis-Browne splint. She'll be alright. Please leave it to us!"
(ご心配無く。まず最初に、彼女の右足にギプスを巻きます。3ヶ月くらいかかるでしょう。その後、デニスブラウンバーを装着します。大丈夫、お任せください!)

ドイツで何度か同じ症例を扱ったことのある美樹先生が余裕たっぷりにご両親にそう告げると、ご両親もほっとした表情を見せた。こんなときに実感する。医療って本当に素晴らしいって。あたしも患者さんを支えているんだ。前向きに頑張っていこうっと!

美樹先生は勉にギプスの巻き方を指導している。あーあ、患者さんが泣いちゃっているよ。きつく締めすぎたんじゃないの?
あ、赤ちゃんが勉の眼鏡を奪って、フレームをかじった!
「うわ、やられたー!」
一同大爆笑だ。あたしも笑ってしまった。頑張れ、勉。名医の道は険しいぞー!

夕方、里香があたしを呼んだ。今さっき、昼勤のあたしは準夜勤の里香に引継ぎを行ったばかりなのだ。
知念ちねん安達あんたつさん、見た?」
「さっきまで病室にいたよ? 今日は久々に晴れたし、外かな?」
今朝から知念さんには病院内を歩き回る許可が出ていた。右肩さえ気をつければ足は大丈夫だから、閉じこもらずにできるだけ動いた方がいいという主治医の勉の判断だ。
「どうしよう、私、このあと夕食のセッティングがあるんだけど」
里香は、食事をなかなか食べてくれようとしない知念さんが気がかりらしい。今日は側で見張る気なのだろう。
「あたし、今日はもう上がりだから、代わりに探してこようか?」
「ありがとう、助かる!」

あたしは外に出た。午後五時。沖縄だとまだまだ空は明るい。
病棟の周辺をぐるっとまわったけど、いない。駐車場の方も探したけど、見つからない。困ったな、サザン・ガーデンの方まで行っちゃったのかな。知念さん、夕食前にしてはちょっと遠出しすぎだよ?

あたしは歩いた。花壇を過ぎ、芝生を越え、付属教会のあたりまで来た。ふう、随分歩いちゃった。どこ行ったんだろ? すると、教会の側のガードレールに人影が見えた。あれ、あれは?

あたしの視力は両眼1.5だ。目を凝らしてみた。間違いない。松田房子さんだ。あたしはぎょっとした。だって、ガードレールの下は絶壁なのだ。
今朝、新生児室ナーサリー・ルームで見かけた房子さんの寂しそうな顔を思い出した。嫌な予感がよぎる。

ま、まさか、身投げするつもりなの?
危ない! 止めなくちゃ!

あたしは走った。そのとき、あたしよりも早く房子さんを引き止める影があった。
「チルー、チルー! みれー! ぬーそーが! みれー!」
「離して! 死なせて! 私は、私はもう生きてても仕方ないの! 離して!」
「チルー、あびんなけチルー! 死じぇーならんしが、チルー!」
知念ちねんさんが房子さんを抱きかかえてる。房子さんは、知念さんの胸にわっと泣き崩れた。
「死なせてよぉ。どうして止めるの、どうして!」
「チルー、……いゃーん、っちゅんかいや言やらん苦労、いっぱいだてーんさるはじやー。やしが(だけど)、やしがよーチルー、死じぇーならんどー。死じん、ぬーんならん。わかいらやチルー?」
「私は、私は結婚もできないし、子供も産めないし、このまま甥っ子や姪っ子に苦労かけて、さんざん陰口叩かれて。もう嫌なの。楽になりたいの!」
知念ちねんさんは黙って首を振り、愛しい家族に接するように、泣いている房子さんの髪を優しく撫で上げた。よく見ると、知念さんの顔にも涙が溢れている。
「チルー、わんにんよー、家人数やーにんじゅちゃー洞窟ガマをぅてぃむるっさってぃ、わん一人ちゅいどぅぬくたん。いっぺー口惜くちさたんどー。死ぬしぇーましやがやーんでぃ、いっぺー(とっても)うむいたんどー」
おじぃは一気にそういうと、固定されてない左手で涙をぬぐった。そして、房子さんに語り続けた。
「やしが、やしがチルー、我ねー、いゃーくとぅわしららんたん」
房子さんは大分、落ち着いた様子だ。安達おじぃは微笑んだ。
「あぬ約束やくすくうびとーみ? “いくさわいねー、一緒にまじゅん加那かなーヨー天川あまかーうどぅらやー” んでぃ言る約束やくすくわんねー、一回ちゅけーんたりとぅん、わしららんたんどー」
加那かなーヨー天川あまかー……」
房子さんが感慨深げにつぶやいた。

あたしは、はっとした。『加那かなーヨー天川あまかー』は、男女一組によって踊られる、かなり技巧的な、難曲中の難曲として知られる琉球舞踊だ。それも、愛を誓った仲睦まじい恋人同士の様子を描いている。それを「踊ろう」と誓い合ったということは、ひょっとして?
「……そう、あなたが」
房子さんが納得した面持ちになり、知念さんに笑いかけた。
「あなたが、チルー姉さんの恋人むとぅびれーでしたのね」((2)へつづく)
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