サザン・ホスピタル byうるかみるく

くるみあるく

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Part3 The year of 2000

Chapter_03.知念さんの秘密(4)悲惨な記憶と祈り

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At the Southern Hospital, Nakagusuku Village, May 20 and 22, 2000.
The narrator of this story is Taeko Kochinda.

「今日はとっても楽しかったさー」
三十分ほどゆんたく(おしゃべり)して、房子さんはうれしそうに微笑んだ。良かった。そう思っていただければ尋ねた甲斐があったってものだ。房子さんがあたしをエレベーターホールまで見送るといってきかなかったので、ご好意に甘えることにした。ちょうど、エレベーターが止まり、扉が開いた。
「あい、知念ちねんさんだ」
知念安達あんたつさんは、エレベーターの中から軽く左手を上げてあたしに合図した。きっと、一階のリハビリルームからの帰りなのだ。
「はい看護婦さん、今日はお休みね?」
知念さんはエレベーターから降りてあたしに話しかける。聞くところによると、童顔で背の低いあたしは本土にいる知念さんの初孫に顔かたちがそっくりらしい。
突然、知念さんの目線が止まった。
「……チルー? チルーどぅやんなー?」
「え?」
あたしたちは戸惑った。知念さんはその顔を真っ直ぐ房子さんへ向けた。
「あいえー、チルーよ! わんわかいらや? 安達あんたつどぅやんどー! わんねぇ、いゃーとぅめーゆんでぃ、如何ちゃっさ如何ちゃっさ…」
知念さんは突然、すすり泣きをはじめた。
「あの、知念さん?」
「多恵子さん、すみません、こちらの方は?」
「房子さん、知念さんのお知り合いじゃ?」
「いいえ?」
房子さんはきょとんとして首を振った。知念さんは相変わらず鼻をすすっている。ナースステーションから、千秋がリハビリへ降りた患者さんの出迎えにやってきた。様子を見ておかしいと思ったのだろう。
「多恵子さん、どうしたの? 何があったの?」
「いや、なんか、こちらの松田さんが、知念さんのお知り合いに似ているみたいで」
千秋は知念さんの手を優しく取った。
「知念さん、人違いみたいだよ。行きましょう」
すると突然、知念さんが怒り出した。
ぬーすがひゃー? あ、あがが!」
荒々しく千秋の手を払おうとし、うずくまってしまった。固定してた右肩を痛めたらしい。
「あ、ほらほら! 無理はいけませんよ。病室へ戻りましょうね?」
千秋が知念さんの体を支えている。
「あ、じゃ、多恵子さん、私はこれで」
「どうも、お見送りありがとうございました」
あたしはぴょこんとお辞儀した。外科病棟へ踵を返す房子さんの後姿に、まだ知念さんの声が響いている。
「あね、チルーよー。チルー! 何処まーかい行ちゅが? チルー! 一緒にまじゅんやーかいけーら! チルー!」
そしてなんと、房子さんに追いつこうと、知念さんが走り出したではないか!
「ちょっと、知念さん?」
「あがー! あがが!」
あたしたちの目の前で、知念さんは右肩の痛みを訴え再びしゃがみこんだ。

房子さんのことがショックだったのか、知念さんはそれから丸二日間、ご飯を食べなくなってしまった。
里香が知念さんのお膳を下げて、しきりに首を振った。
「全然、手をつけていない。こんなの初めてだよ。一体、何があったの?」
あたしは、エレベーターホールの出来事を里香に話した。
「なんだか、房子さんと会った時、行方不明の家族でも見つけたみたいだったよ? 一緒にお家に帰ろうって言って」
突然、目を見開いて里香の動きが止まった。
「家族ですって?」
里香は、急いであたしを廊下の隅へ引っ張った。そして声を落とし、こう語りだしたのだ。
「多恵子、知念さん、前の戦争で一家全滅の生き残りって、知ってた?」
「うそ!」
あまりにむごい事実に、あたしは思わず口を両手で覆った。里香がゆっくり語りだす。
「三月に知念さんが救急車でいらしたとき、あたしがアナムネ取ったんだ」
アナムネとは本来、病歴のことだが、看護婦が患者さんの情報を得るときにも使う用語だ。
「なんでも、一家で摩文仁まぶににある防空壕に逃げて、そこに爆弾投げ込まれて、一人だけ助かったって。確かまだ小学生だったってよ。本当はカルテに書くべきだけど、胸が一杯でとても書けなかった」
そうか、そうだったんだ。なぜ、知念さんがいつも愛想良く振舞っていたのか、やっとわかった気がした。
「多分、この話はあたしと、主治医の上間先生しか知らないと思う。そうか、上間先生、多恵子には話してなかったんだね?」
震えるあたしの側で、里香は一人で頷いていた。

その日の夕方、あたしは医局まで尋ねて、勉に会った。
「そうか、粟国あぐにさん、多恵子に話したのか」
小雨が降る窓の外を眺めて、勉がつぶやいた。
「ひどい話だよな。あれから五十年以上経つのに、時々夢でうなされるらしいんだ。でも、知念さんは多恵子をとても気に入っているから知念さんのお気持ちを考えて、また、看護する多恵子の立場を考慮しても、この件は知らせないままの方がいいかなと思ってたんだけど」
勉はあたしに頭を下げた。
「ごめん。やっぱり話しておくべきだったね?」
いや、勉の気持ちは痛いほどわかる。彼もまた天涯孤独な人だ。きっと、知念さんの話を聞いて、とても人ごととは思えなかったのだろう。
そんな彼が主治医として下した判断を、どうしてあたしが責めることができよう?

どこかで、蛙がゲコゲコとうれしそうに合唱している。
安達おじぃのためにも、この平和な合唱がずっと続いて欲しい。心からそう願った。
次章へTo be continued.
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