サザン・ホスピタル byうるかみるく

くるみあるく

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Part4 Starting Over

Chapter_01.Air Mail(1)勉とDr.Caldwell

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At UCLA, Westwood, Los Angeles, California; January 1, 8:36PM PST, 2001.
The narrator of this story is Tsutomu Uema.
勉君のモノローグへ切り替わります。

プツッ。ツー、ツー、……あれ、切れた。

僕は耳元から携帯電話を離し、Dr. Caldwellを呼んだ。

 “Thank you for lending me your phone, Dr. Caldwell.”
(お電話お借りしました、ありがとうございます、コールドウェル先生)

“Did you enjoy your conversation?”
(会話は楽しめたかい?)

“Of course!”
(もちろんです!)

Dr. Caldwellはニコニコしながら僕の顔を見やった。さっき、僕が『唐船とうしんどーい』を口ずさんだ時、彼は側で腹を抱えて爆笑していたのだ。自分の携帯を受け取りながら、彼は僕の顔をイタズラっぽく覗き込んだ。

“By the way, you said you were waiting for something. I'm curious. What are you waiting for?”
(で、君は何か待っていると言ってたんだが。興味深いな。何だね?)

ぎくっ! ひょっとして日本語、お判りになられるので? 思わず僕はDr. Caldwellから目線を外した。

 “Well, I guess an answer, sort of.”
(ええっと、返事みたいなもんです)

“Oh yeah? It doesn’t seem like you’re waiting for just any old answer, though.”
(へえ、普通の返事じゃないみたいだけど)

バレまくりみたいだ。僕は赤面してうつむき、こう答えるほかなかった。

“I suspect that you already have an idea.”
(おそらく先生はご存じだと思います)

“Ha-ha! You such a smart guy!”
(ハハハ! なんて賢いんだろうね君は!)

笑ってます。ええ。思いっきり笑いながら、こちらにウィンクしてます。

“You just told her that you’re waiting, so I assume you proposed to her, right? ”
(君はただ待っていると彼女に言ったが、プロポーズしたんだろ?)

すべてお見通しだ。どうしてよいかわからず、僕は硬直したまま耳だけ動かした。

“I doubt that anyone but her would understand. ”
(きっと誰にもわからないよ、彼女以外はね)

でも、ご自分はカウントしてらっしゃらないわけですよね、Dr.?

 “It's already 9 p.m.”
(もう午後九時ですよ)

僕の言葉に彼は立ち上がり、僕と握手した。

“Well, I'll come back some other time. I need to e-mail your condition to our hospital (in Japan). See you tomorrow.”
(ああ、また来るよ。君の状態を(日本にある)我々の病院へメールしなきゃ。じゃ、明日)

“Yeah, see you.”
(ではまた)
 
僕の目の前で、病室のドアがゆっくりと閉じた。 

今、僕の前には右足がほぼ元の姿のままでぶら下がっている。右足首の切断を覚悟していたが、スタッフが死力を尽くして僕の右足を救ってくれた。
あの日、手術は八時間に及んだ。右膝から下、ことに足の骨はみごとに粉砕骨折していて、骨と血と肉と皮を繋ぎとめるのに大変な時間を費やしたのだ。緊急手段として、僕の脛骨と腓骨にはプレートが打ち付けられた。
ヘタをすると心停止であの世へ直行しても決しておかしくはない状況だった。それによくもまあ腎不全や感染症を起こさなかったものだ。エアバックが動作したせいか、胸部打撲はもちろん、運転中の自動車事故にありがちな股関節脱臼すらなかった。
僕自身のデータがMedical Centerにあって、加えて自己血輸血できたことも幸いした。僕はRHマイナスA型だ。RHの型を間違えれば死んでいるし、まれなケースではあるが、輸血用血液が免疫不全を起こしたり、また、何らかの感染がもたらされることもありうる。
最初に訪れるであろう全ての危機を、僕は軽々と乗り越えた。

感染症さえ防げば次のステップへ移れる。僕はICUでクリスマスの日々を過ごした。アパートの大家であるMs. Diffendarferや子供たちをはじめ、ERのスタッフがかわるがわる見舞いに来てくれた。ICUであるにもかかわらず、僕のベッドサイドにはプレゼントの山が築かれていた。僕が感じていた彼らとの間の見えない壁はいつの間にか消えうせ、代わりに信頼と友情が生まれていた。いや、彼らの名誉のために、ここでハッキリ訂正しなくてはならない。壁を作っていたのは、怖がりで内気な僕自身だったのだ。
ICUで僕が感じたのは、僕自身の足の状態うんぬんよりむしろ、同じ姿勢でいなくてはならない窮屈さ、腰の痛み、ギプスを巻かれているせいで手術を受けた足がかゆくても掻けないことへの苛立ちだ。体中がチューブだらけだし、気になってしばらくの間寝付けなかった。痛みはできるだけ麻酔でなく投薬でやり過ごしたかったが、痛み止めの座薬が効かない時もあった。そして何よりも、自分でトイレにすら行けないことと、好きなオレンジジュースを全然飲めないというのは本当に腹立たしかった。
しかし、人々が僕に会いに来てくれたお陰で僕は随分気を紛らわせることができた。外国での入院生活は、時に人を孤独に追い込む。沖縄にいたときから僕は一人だったし、アメリカでもずっと孤独感にさいなまされ続けたのだが、まさか入院してこの感覚が立ち消えになるなどとは、思っても見なかった。((2)へつづく)
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