133 / 152
Part4 Starting Over
Chapter_04.響け仲風節(なかふうぶし)(3)承諾
しおりを挟む
At Nishihara Town, Okinawa; February 15, From 9:55PM to 11:40PM JST, 2001.
This time, the narrator changes from Tsutomu Uema into Taeko Kochinda.
多恵子さんのモノローグに切り替わります。
彼の絶叫に驚いて、あたしは坂の途中で立ち止まった。あたしに続いて玄関から飛び出してきたお父とお母も、坂の下にいる勉の方を向いた。
「勉どぅやるい?」
松葉杖をついている勉の姿に、お父の口から小さな驚きの声が漏れた。その側では、お母が涙声になってつぶやいた。
「勉……。杖小っし、あんっし変わり果ててぃ……」
坂の下から勉はこちらをじっと見て、やがて大声で呼びかけた。
「多恵子、今からそっちに行く。待ってろ!」
あたしは、頷いた。
両腕で松葉杖をつきながら、金色の髪を夜風になびかせながら、勉がゆっくりこちらへ向かっている。坂道を苦しそうに息をつき、こう言いながら。
「はっ、はっ、……時間は、掛かる、けど、ちゃんと、そっちまで、行くから。……もう少し、も少しだから」
見てて、涙が溢れた。
助けてあげたい。側に駆け寄りたい。しかし、彼の目がそれを制止した。強い光が宿っていた。
あたしは、動けなかった。動けないあたしにかわって、ゴンゾーがクーンと鼻を鳴らしながら、松葉杖をつかう勉に走り寄って行った。
「おいおい、ゴンゾー。わかったから、なー いふぃ小(もう少し)、離れれ」
舌打ちしながらも、勉の目線はあたしを捉えて離さない。
やがて勉は側まで来て、松葉杖を歩道の壁に立てかけた。
「ほら、来れただろ?」
呼吸を整えながら、彼は自慢げに胸を張り、こちらを向いた。あたしの顔を覗き込む。
「多恵子、体は、大丈夫か?」
そして、涙を流して頷くあたしの肩に両手を置き、怒鳴った。
「どうして連絡しなかった? 俺、言っただろ? 一人で考え込まないで必ず連絡寄こせって、言ったよな? 多恵子!」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
それ以上、言葉が出なかった。勉も泣いていることに気づいたからだ。
「寒いだろ? ほら、これ着て。身体冷じゅらしぇー、ならんしが」
彼は着ていたグレーのトレンチコートを脱ぎ、あたしの肩からすっぽりと被せた。そして、力強くあたしを抱きすくめた。
「ごめんな、お前一人につらい思いさせて、側にいてやれんで、ごめんな!」
あのエイサーの夜と同じだ。あったかい。全然、変わらない。
本当に、帰ってきてくれたんだね?
「ありがとう、ありがとう」
それ以上は、言葉にならなかった。胸を切り裂くように嗚咽が漏れ、あたしは彼に縋ってひたすら泣きじゃくった。
やがて、彼があたしの額に掛かる髪を撫で、優しく言った。
「退院したら、一緒に 暮らさ、や?」
あたしは、彼の目を見ながら、しっかり頷いた。そして、もう一度抱き合った。
あたしたちの側で、ゴンゾーがうれしそうにじゃれついている。
夜風に乗って、玄関からこんな会話が聞こえる。
「……お父さん」
「何やが?」
「離ち離さらんでぃ言しぇー、あぬ二人が事あらんがやー?」
「……やる筈やー」
やがて、勉の手があたしの体から離れた。松葉杖をつきながら、玄関口を目指している。あたしも彼の後ろについて歩いた。
彼はお父とお母の前に立った。息を整え、切り出した。
「師匠、おばさん、勉や今、帰てぃ来ーびたん」
彼はそういうと首をうなだれ、しゃくりあげながら続けた。
「申し訳ねーやびらんたん。貴方達の大切な一人娘、此ん如る容に……。貴方達んかい、どぅく肝痛さしみてぃ、本当に、申し訳ねーやびらんたん」
なんとかここまで言って、勉は顔を上げた。
「やいびーしが」
彼は息を整え、深呼吸し、お父の顔を直視すると、はっきり口を開いた。
「暮らさらぬ 無蔵探めら やがて玉の緒の 消え果てるとも」
昔、お父がお母に送った琉歌だ。
五・五・八・六音からなる、仲風形式の琉歌。
あたしが、サザン・ガーデンの教会で、勉に『仲風節』で歌ってもらった琉歌。
耐えられない 君を探そう やがてこの命 消え果てるとも
あの頃のあたしは、お父からこの歌をもらったお母がうらやましいと思ってた。でも今は、違う。
あたしはもう、命がけで守るべき対象を持っているから。
一心同体になったあたしの一部が、ここにいるから。
「仲風どぅやるい?」
お父の声がした。叱るとも怒るとも諦めともつかない、寂しそうな声。
「師匠、今、我心んかいや、仲風節ぬ鳴り響ちょーいびーん。我此ぬ手さーに、いっぺー、弾ち欲さいびーん」
そう言って勉は、体を折り曲げはじめた。
「また、サンシン習ーちうたびみしぇーびり。此ぬ通い……」
あたしは愕然とした。なんと勉は、許しを請うため地面にひざまずこうとしているのだ! 曲げのばしのままならない右膝を必死になって曲げようと、顔をゆがめている。
「だめ、勉、だめ! そんなこと、しないで!」
たまらなくなった。あたしは彼の元に駆け寄り、彼の体を引き上げ、叫んだ。彼の代わりに必死で頭を下げた。
「お父さん、あたしも、もう一度勉のサンシンが聞きたい! 勉を許してあげて! お願いします!」
どれくらい、沈黙があっただろうか。
「勉、多恵子、家んかい入れー」
優しい声が響いた。
「何そーが? 身体冷じゅらしぇー、ならんしが。早くなー、入れー」
そう言いながら、お父は家に入っていった。側でお母の声がした。
「多恵子、勉、入りなさい」
「はい」
勉の頷く声がはっきり響く。彼はあたしを振り返った。
「多恵子、でぃ、行か」
「うん」
あたしも頷き、彼と共に家の中へ入った。ゴンゾーがお気に入りの勉の靴を見つけて、くわえながら無邪気に尻尾を振った。
勉は仏壇の前で、あの子に手を合わせ、線香を上げてくれた。
「時が来たら、また、会えるよな?」
勉がつぶやく側で、あたしは頷いた。
お母が勉に寄せ豆腐の味噌汁を作って飲ませた。勉はゆっくり豆腐を口に運び、穏やかな笑顔を見せた。お父とお母はそんな勉の様子を見て、顔を見合わせ微笑んだ。
何もかも元通りに収まった、いや、さらに強固な絆を結んだ家族の姿が、そこにあった。
次章へTo be continued.
仲風節は組踊「手水の縁」などで男女の愛が成就する場面によく用いられる曲として知られています。YouTube動画「手水の縁」抜粋編ですがhttps://youtu.be/cNYLvzMlL68 6:35あたりからご覧になってみて下さい。
This time, the narrator changes from Tsutomu Uema into Taeko Kochinda.
多恵子さんのモノローグに切り替わります。
彼の絶叫に驚いて、あたしは坂の途中で立ち止まった。あたしに続いて玄関から飛び出してきたお父とお母も、坂の下にいる勉の方を向いた。
「勉どぅやるい?」
松葉杖をついている勉の姿に、お父の口から小さな驚きの声が漏れた。その側では、お母が涙声になってつぶやいた。
「勉……。杖小っし、あんっし変わり果ててぃ……」
坂の下から勉はこちらをじっと見て、やがて大声で呼びかけた。
「多恵子、今からそっちに行く。待ってろ!」
あたしは、頷いた。
両腕で松葉杖をつきながら、金色の髪を夜風になびかせながら、勉がゆっくりこちらへ向かっている。坂道を苦しそうに息をつき、こう言いながら。
「はっ、はっ、……時間は、掛かる、けど、ちゃんと、そっちまで、行くから。……もう少し、も少しだから」
見てて、涙が溢れた。
助けてあげたい。側に駆け寄りたい。しかし、彼の目がそれを制止した。強い光が宿っていた。
あたしは、動けなかった。動けないあたしにかわって、ゴンゾーがクーンと鼻を鳴らしながら、松葉杖をつかう勉に走り寄って行った。
「おいおい、ゴンゾー。わかったから、なー いふぃ小(もう少し)、離れれ」
舌打ちしながらも、勉の目線はあたしを捉えて離さない。
やがて勉は側まで来て、松葉杖を歩道の壁に立てかけた。
「ほら、来れただろ?」
呼吸を整えながら、彼は自慢げに胸を張り、こちらを向いた。あたしの顔を覗き込む。
「多恵子、体は、大丈夫か?」
そして、涙を流して頷くあたしの肩に両手を置き、怒鳴った。
「どうして連絡しなかった? 俺、言っただろ? 一人で考え込まないで必ず連絡寄こせって、言ったよな? 多恵子!」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
それ以上、言葉が出なかった。勉も泣いていることに気づいたからだ。
「寒いだろ? ほら、これ着て。身体冷じゅらしぇー、ならんしが」
彼は着ていたグレーのトレンチコートを脱ぎ、あたしの肩からすっぽりと被せた。そして、力強くあたしを抱きすくめた。
「ごめんな、お前一人につらい思いさせて、側にいてやれんで、ごめんな!」
あのエイサーの夜と同じだ。あったかい。全然、変わらない。
本当に、帰ってきてくれたんだね?
「ありがとう、ありがとう」
それ以上は、言葉にならなかった。胸を切り裂くように嗚咽が漏れ、あたしは彼に縋ってひたすら泣きじゃくった。
やがて、彼があたしの額に掛かる髪を撫で、優しく言った。
「退院したら、一緒に 暮らさ、や?」
あたしは、彼の目を見ながら、しっかり頷いた。そして、もう一度抱き合った。
あたしたちの側で、ゴンゾーがうれしそうにじゃれついている。
夜風に乗って、玄関からこんな会話が聞こえる。
「……お父さん」
「何やが?」
「離ち離さらんでぃ言しぇー、あぬ二人が事あらんがやー?」
「……やる筈やー」
やがて、勉の手があたしの体から離れた。松葉杖をつきながら、玄関口を目指している。あたしも彼の後ろについて歩いた。
彼はお父とお母の前に立った。息を整え、切り出した。
「師匠、おばさん、勉や今、帰てぃ来ーびたん」
彼はそういうと首をうなだれ、しゃくりあげながら続けた。
「申し訳ねーやびらんたん。貴方達の大切な一人娘、此ん如る容に……。貴方達んかい、どぅく肝痛さしみてぃ、本当に、申し訳ねーやびらんたん」
なんとかここまで言って、勉は顔を上げた。
「やいびーしが」
彼は息を整え、深呼吸し、お父の顔を直視すると、はっきり口を開いた。
「暮らさらぬ 無蔵探めら やがて玉の緒の 消え果てるとも」
昔、お父がお母に送った琉歌だ。
五・五・八・六音からなる、仲風形式の琉歌。
あたしが、サザン・ガーデンの教会で、勉に『仲風節』で歌ってもらった琉歌。
耐えられない 君を探そう やがてこの命 消え果てるとも
あの頃のあたしは、お父からこの歌をもらったお母がうらやましいと思ってた。でも今は、違う。
あたしはもう、命がけで守るべき対象を持っているから。
一心同体になったあたしの一部が、ここにいるから。
「仲風どぅやるい?」
お父の声がした。叱るとも怒るとも諦めともつかない、寂しそうな声。
「師匠、今、我心んかいや、仲風節ぬ鳴り響ちょーいびーん。我此ぬ手さーに、いっぺー、弾ち欲さいびーん」
そう言って勉は、体を折り曲げはじめた。
「また、サンシン習ーちうたびみしぇーびり。此ぬ通い……」
あたしは愕然とした。なんと勉は、許しを請うため地面にひざまずこうとしているのだ! 曲げのばしのままならない右膝を必死になって曲げようと、顔をゆがめている。
「だめ、勉、だめ! そんなこと、しないで!」
たまらなくなった。あたしは彼の元に駆け寄り、彼の体を引き上げ、叫んだ。彼の代わりに必死で頭を下げた。
「お父さん、あたしも、もう一度勉のサンシンが聞きたい! 勉を許してあげて! お願いします!」
どれくらい、沈黙があっただろうか。
「勉、多恵子、家んかい入れー」
優しい声が響いた。
「何そーが? 身体冷じゅらしぇー、ならんしが。早くなー、入れー」
そう言いながら、お父は家に入っていった。側でお母の声がした。
「多恵子、勉、入りなさい」
「はい」
勉の頷く声がはっきり響く。彼はあたしを振り返った。
「多恵子、でぃ、行か」
「うん」
あたしも頷き、彼と共に家の中へ入った。ゴンゾーがお気に入りの勉の靴を見つけて、くわえながら無邪気に尻尾を振った。
勉は仏壇の前で、あの子に手を合わせ、線香を上げてくれた。
「時が来たら、また、会えるよな?」
勉がつぶやく側で、あたしは頷いた。
お母が勉に寄せ豆腐の味噌汁を作って飲ませた。勉はゆっくり豆腐を口に運び、穏やかな笑顔を見せた。お父とお母はそんな勉の様子を見て、顔を見合わせ微笑んだ。
何もかも元通りに収まった、いや、さらに強固な絆を結んだ家族の姿が、そこにあった。
次章へTo be continued.
仲風節は組踊「手水の縁」などで男女の愛が成就する場面によく用いられる曲として知られています。YouTube動画「手水の縁」抜粋編ですがhttps://youtu.be/cNYLvzMlL68 6:35あたりからご覧になってみて下さい。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
3
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる