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Part4 Starting Over
Chapter_05.I'm home! (1)もう一組のカップル
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At the Southern Hospital, Nakagusuku Village, Okinawa; February 16, 2001.
The narrator of this story is Tsutomu Uema.
サザン・ホスピタルへは師匠が送ってくださった。
車の中で僕らは無口だった。こんなときに何をしゃべったらいいのか、わからなかった。
十五分後、サザンへついた。時刻は午前零時を回っていた。正面玄関へ車をつけると、師匠は運転席から降りて外から助手席側のドアを開けた。
「大丈夫やみ?」
「うー(はい)」
師匠は慣れた様子で後部座席から松葉杖を取り出した。個人タクシーで何度か身障者を送迎した経験があるらしい。気がつくと僕は、松葉杖をついて自然に立っていた。
「また、明日や」
僕にそう語りかけ、穏やかに微笑んだ。僕は頭を下げた。
「上間先生」
玄関前ロビーで聞きなれた声に振り返る。ER看護士のナカダさんだ。
「お久しぶりです。思ったよりお元気そうで」
「しばらく入院するから、よろしくね」
「こちらこそ。さ、エレベーターまでご一緒します」
僕らは並んで歩き出した。
「ナカダさん、五月にブラジルに帰るんですよね?」
「ええ、一度帰ります。でも」
ナカダさんは僕と歩調を合わせながら、ゆっくり語りだした。
「また戻ってきますよ」
「そうなの?」
意外な答えに僕は目を瞬かせた。たしか彼は、サンパウロの州立病院にERの看護職指導者として就職が内定しているはずだけど?
「上間先生と多恵子さん見てて、僕、わかったんですよ」
ナカダさんはエレベーターホールの前で立ち止まり、ボタンを押した。
「確かに、ブラジルの家族も大事です。でも、千秋さんも同じ位、大事です」
エレベーターの動きを示すランプがだんだんカウントダウンされていく。ナカダさんは続けた。
「だから、続けようと思います。彼女と。ずっと」
「ええっ?」
驚いた! だって、沖縄とブラジルだよ? ほとんど地球の裏側だぜ! でも、ナカダさんは陽気な微笑みを絶やさない。
「不思議と、全然不安、ないんですよ。彼女もそう言ってました。だから、法律の手続きはややこしいみたいなんですけど、とりあえず子供作って、育てることにしました」
「……はあ?!」
チン、と軽い音を響かせて、エレベーターが目の前で止まった。
「じゃ、今日は遅いですから。また明日」
ナカダさんは僕を乗せると回れ右して去ろうとした。思わず僕は右の松葉杖を振り上げて、彼を止めた。
「こ、子供作って、育てるの?」
「ええ。僕は年に二回、沖縄に帰るようにするから、その間、千秋さんに頑張ってもらいます。彼女、親を早くに亡くしてますから、すごく子供が欲しいみたいで。それに、彼女のおじいさんおばあさんも、とにかくひ孫の顔が見たいってお気持ちが強いんですよ」
「だ、大丈夫なの?」
すると、ナカダさんは僕の背中を押してエレベーターへ乗せると、一言こう言って、ウィンクした。
「なんくるないさ、でしょ?」
エレベータの扉が閉まるまで、ナカダさんはニッコリ笑って僕に手を振っていた。
エレベーターの中で僕は、左の頬をぽりぽりと掻いた。
なんくるないさ(ケ・セラ・セラ:なるようになるさ)、ねぇ。まさか、ナカダさんから沖縄語を習うことになるとは、思ってもみなかったな。
でも、言われてみればその通りだよ。それくらい気楽に構えたほうが、人生、面白いかもしれない。思いがけないこととか、辛いこと、苦しいことはいっぱいあるけど、それをスパイスに変えちゃうくらいの気構えで乗り切ったほうが、平凡な人生よりずっと実りが多いのかも。
プンッと軽い音がして五階でエレベーターが止まり、ドアが開いた。
The narrator of this story is Tsutomu Uema.
サザン・ホスピタルへは師匠が送ってくださった。
車の中で僕らは無口だった。こんなときに何をしゃべったらいいのか、わからなかった。
十五分後、サザンへついた。時刻は午前零時を回っていた。正面玄関へ車をつけると、師匠は運転席から降りて外から助手席側のドアを開けた。
「大丈夫やみ?」
「うー(はい)」
師匠は慣れた様子で後部座席から松葉杖を取り出した。個人タクシーで何度か身障者を送迎した経験があるらしい。気がつくと僕は、松葉杖をついて自然に立っていた。
「また、明日や」
僕にそう語りかけ、穏やかに微笑んだ。僕は頭を下げた。
「上間先生」
玄関前ロビーで聞きなれた声に振り返る。ER看護士のナカダさんだ。
「お久しぶりです。思ったよりお元気そうで」
「しばらく入院するから、よろしくね」
「こちらこそ。さ、エレベーターまでご一緒します」
僕らは並んで歩き出した。
「ナカダさん、五月にブラジルに帰るんですよね?」
「ええ、一度帰ります。でも」
ナカダさんは僕と歩調を合わせながら、ゆっくり語りだした。
「また戻ってきますよ」
「そうなの?」
意外な答えに僕は目を瞬かせた。たしか彼は、サンパウロの州立病院にERの看護職指導者として就職が内定しているはずだけど?
「上間先生と多恵子さん見てて、僕、わかったんですよ」
ナカダさんはエレベーターホールの前で立ち止まり、ボタンを押した。
「確かに、ブラジルの家族も大事です。でも、千秋さんも同じ位、大事です」
エレベーターの動きを示すランプがだんだんカウントダウンされていく。ナカダさんは続けた。
「だから、続けようと思います。彼女と。ずっと」
「ええっ?」
驚いた! だって、沖縄とブラジルだよ? ほとんど地球の裏側だぜ! でも、ナカダさんは陽気な微笑みを絶やさない。
「不思議と、全然不安、ないんですよ。彼女もそう言ってました。だから、法律の手続きはややこしいみたいなんですけど、とりあえず子供作って、育てることにしました」
「……はあ?!」
チン、と軽い音を響かせて、エレベーターが目の前で止まった。
「じゃ、今日は遅いですから。また明日」
ナカダさんは僕を乗せると回れ右して去ろうとした。思わず僕は右の松葉杖を振り上げて、彼を止めた。
「こ、子供作って、育てるの?」
「ええ。僕は年に二回、沖縄に帰るようにするから、その間、千秋さんに頑張ってもらいます。彼女、親を早くに亡くしてますから、すごく子供が欲しいみたいで。それに、彼女のおじいさんおばあさんも、とにかくひ孫の顔が見たいってお気持ちが強いんですよ」
「だ、大丈夫なの?」
すると、ナカダさんは僕の背中を押してエレベーターへ乗せると、一言こう言って、ウィンクした。
「なんくるないさ、でしょ?」
エレベータの扉が閉まるまで、ナカダさんはニッコリ笑って僕に手を振っていた。
エレベーターの中で僕は、左の頬をぽりぽりと掻いた。
なんくるないさ(ケ・セラ・セラ:なるようになるさ)、ねぇ。まさか、ナカダさんから沖縄語を習うことになるとは、思ってもみなかったな。
でも、言われてみればその通りだよ。それくらい気楽に構えたほうが、人生、面白いかもしれない。思いがけないこととか、辛いこと、苦しいことはいっぱいあるけど、それをスパイスに変えちゃうくらいの気構えで乗り切ったほうが、平凡な人生よりずっと実りが多いのかも。
プンッと軽い音がして五階でエレベーターが止まり、ドアが開いた。
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