サザン・ホスピタル byうるかみるく

くるみあるく

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Part4 Starting Over

Chapter_05.I'm home! (2)祝福と真相告白

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At the Southern Hospital, Nakagusuku Village, Okinawa; February 16, 2001.
The narrator of this story is Tsutomu Uema.

「あ、みんな」
僕は目を丸くした。伊東先生、美樹先生、マギー、千秋さん、粟国さん、そして照喜名てるきな。親しいスタッフが、エレベーターホールにみな勢ぞろいしていたのだ。
「上間」
「上間先生」
「上間先生… …その足… …」
到着早々、みんなが一斉に涙ぐんでいる。粟国さんと千秋さんが目頭を押さえて泣き出したので、僕は困ってしまった。まいったな。これじゃまるで、ドラマでよく見る終戦直後の日本じゃねーか。俺は、傷病兵か?

“Dr. Uema. Welcome back!”
(上間先生、お帰りなさい)

マギーだ。優しい声に、僕の心は和んだ。

“Maggie, I'm home !”
(マギー、ただいま)

ただいま、とこたえたことに僕自身びっくりした。まさか職場でそんなセリフを吐くことになるなんて考えてもみなかったのだ。でも、確かにサザンは… …整形外科病棟は、僕にとっての原点であり、帰ってくるべき懐かしい場所だった。僕は続けた。

“Thank you for your calling me. I listened to your message.”
(電話ありがとう。メッセージ聴きました)

僕にはみんなに伝えなくてはならないことがあった。僕は周りを見回し、微笑みながら力強く、告げた。

“We are getting married this April.”
(私たちはこの4月に結婚します)

「やったー!」
粟国さんと千秋さんがハモッた。他のメンバーも次々と声をあげる。
「おめでとう! 上間先生」
“Congratulation !”

えー、みなさん。
喜んでくださるのは非常に、非常にありがたいのですが、今、真夜中です。
僕は口に人差し指を持っていった。皆が口に手を当てて静かになったあと、僕はその人差し指で右足を示した。
「あの、足、どこか置いていい?」
「じゃ、とりあえず、面会スペースに」
照喜名てるきなが僕を面会スペースに招く。皆がぞろぞろついてくる。千秋さんが病衣を持ってきて、粟国さんが僕の包帯を取った。見事に腫れあがってます。
「包帯、取り替えちゃおうか?」
美樹先生が患部にさっさと新しい包帯を巻きながら続けた。
「明日の午後、検査しますから。状態を見て三日くらい後に、内視鏡手術かな」
「よろしくお願いします」
僕は頭を下げた。

「上間、その足でなんだけど、良かったら下の食堂で一杯だけ付き合わないか?」
伊東先生が右手でお猪口を傾ける仕草をする。そうだな。できれば、飲みたい気分だな。照喜名が横で頷いた。
「いいですよ上間先生、今日は特別な日ですから。一杯くらいなら大丈夫でしょう。僕もご一緒しますよ」

“Maggie, your working time is over ! Don't you join us ?”
(マギー、君の勤務時間は終わったよ、一緒にどう?)

伊東先生の誘いかけに、マギーはニッコリ笑い、僕にウィンクした。

“I love to ! O.K., It's my treat!”
(ええ、是非! 私が奢ります)

“Wow, we’re in luck!”
(やった、ツイてる!)

僕ら男三人は揃って右手の親指を立てた。美樹先生たちがうらやましそうにこちらを眺めている。
「あら、いいわねー。じゃ、あたしたち、どうしよう?」
「ナースステーション行きましょうよ。ナカダさんからもらったコーヒーありますから」
千秋さんの言葉にはっとした。そういえば、そうだよ、僕は彼女におめでとうってまだ言ってなかったぞ。
「千秋さん、おめでとう! さっきナカダさんから聞いたよ。結婚するんでしょ?」
「うーんと、結婚はまだ先ですね」
千秋さんは首を傾げながらそうこたえた。一見、髪をおさげにした小柄な普通の女性だが、言うことははっきりしていた。
「十年後くらいに、式を挙げれたらいいかなーって」
「… …そんな先なの?」
「まず子供作ってから、考えます」
分厚い眼鏡がずり落ちそうになるのを上げながら、千秋さんはなんでもないことのように話した。
「あたし、船乗りと一緒になったと思うことにしたんです。だから、働いて子供を育てながら、ナカダさんと暮らせる日を待ちます。上間先生も糸満の人だから、わかるでしょ?」

僕はぽかんとして彼女を眺めた。
いやはや、沖縄の女性は一途です。そしてこんなにも逞しいのです。ナカダさん、あんた、すごいよ。こんなしっかり者をつかまえるなんて、でーじ幸せ者だよ。
……ま、僕には負けるけど。

「おい上間、早く行こうぜ!」
伊東先生たちにせきたてられて、僕はまたエレベーターに乗り込んだ。

僕ら四人は階下の職員食堂にいた。当たり前だが深夜の食堂に客はいなかった。自販機はもう酒類の販売を休止していたから、二十四時間営業の売店から、ビール缶とつまみ類を買い込んだ。
僕はよくしゃべった。もともと酒に弱いせいもあるが、半年振りにみんなと話せるのがとてもうれしかったのだ。そして、僕には説明義務があった。伊東先生は多恵子を最初に診てくれたし、マギーは多恵子の上司だ。なぜ彼女が妊娠してしまったのか。ここまで騒ぎを大きくしてしまった以上、言うのは当然だろう。僕は真っ赤になりながら(何が原因で真っ赤になったのかは置いといて)頭の中から英語を搾り出して必死にしゃべった。でもここにはあえて日本語で書きます。どうか読んで下さい。

「彼女がやってきたその日の夕方、スーパーマーケットへ買い物に出かけました。多恵子が買い物をしている間、僕はまっしぐらに併設されている薬局パーマシーへ行きました。何故かはわかりますよね?
で、僕は唖然としました。あまりに種類が多すぎて、どれを選べばいいのかわからなかったから。
一般に、アメリカ人のサイズは日本人より大きいと聞いていたので、僕はSサイズを買ったのですが、どうやら僕は自分を過小評価していたらしいのです。しかも日本のとは違い、アメリカのそれはごわごわしていて、入り口の部分がゆるゆるでした。すべてが終わった後、安全確認をして、しまったと思いました。これが全てです」

全員が苦笑していた。伊東先生なんて机に突っ伏して、おなかを押さえてひーひー言っていた。お陰で、殴られずに済んだ。

残念ながら、これは笑い話ではない。多恵子が流産したという結末によって、僕は当事者である彼女はもとより、師匠ご夫妻、整形外科病棟の同僚たちなど実に多くの人々を悲しませた。多恵子はその後二年近く妊娠しなかったから、僕らはかなりやきもきしたものだ。
彼女と結婚した直後から最初の子供ができるまでの間、なにも知らない周囲の人々が子供の話を興味深そうに持ち出すたび、僕はできるだけ話題をすり替えようと必死になった。しかし僕のいない隙を選んで彼女にその手の話を切り出す人々 (とりわけ女性)が多かったのも、これまた事実なのだ。

だから、このものがたりの読者の皆さんには、心からお願いしたい。
どうか、子供を持たない女性を苦しめる言動は、できるだけ控えて欲しい。彼女たちは表面では笑って聞き流していても、心の奥で涙を流している。興味本位で悲しみを弄ばないで、彼女たちが自分から口を開くまで、どうか、黙って受け止めていて欲しい。

ずっとずっと後の話だが、僕はやっと授かった自分の長男が小学五年生になったとき、この話をした。
来てくれてうれしい、ひとつになりたいという自然な感情から生じたこととはいえ、僕が彼の母親を傷つける原因を作ってしまった、と。
君には同じ罪を犯して欲しくない。そう前置きして、僕はコンドームの扱い方を教えた。君が未成年でいる間にどうしても避妊に必要というなら、僕が買い与えるから知らせろ、とまで言い切った。
子供は純粋だから性教育を行う必要はない、という意見もあるだろうが、純粋だからこそ素直に受け入れてくれる場合だってある、と僕は信じたい。

というわけで、このあとは、サザン・ホスピタルにおける僕のリハビリ生活について述べることにします。次章へTo be continued.

後日談。
まだ二月だってのに、照喜名てるきなが粟国さんにさっさとバレンタインのお返しをしてたんだってな? しかも、よりによってゴディバのチョコレートを一箱贈ったらしいな? 金持ちー! さっすが照喜名医院の御曹司! ナースステーションに居残りしていた当直三人組 (美樹先生、粟国さん、千秋さん)が、あの深夜にさっさと平らげたという話を僕は後で聞いた。

……あの、俺、そういえば今年のバレンタイン・デー、誰からも、何も貰ってないんですけど?
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