サザン・ホスピタル byうるかみるく

くるみあるく

文字の大きさ
148 / 152
Epilogue

2.サザン・ガーデンの教会で

しおりを挟む
At Ginowan City, Okinawa; 6:25PM JST April 13, 2001.
This time, the narrator changes from Tsutomu Uema into Taeko Kochinda.

四月に入ってしばらく経った、ある日。
千秋が見事にナカダさんの子を妊娠したことが判明し、有給休暇を取った。

良かったね、千秋。ナカダさんがブラジルへ帰る前に、子供ができて。
でも、ごめん。あたし、素直に喜べない。
せっかく、親友に子供が授かったのに。おめでとうって、伝えたいのに。

四月十二日。
前日が夜勤で、今日は本当はお休みだったんだけど、勉やみんなには内緒であたしはこっそりサザン・ガーデンにやって来た。
あの教会で、一人になりたかった。そして、祈りたかった。いや、そんなにあたしはいい人間じゃない。あたしは神様に、自分の流産のこととか、勉の障害のこととかを、とにかく愚痴りたかったのだ。
こっそり第三駐車場の端っこに車を停めた。あたしが夜勤や休みの日、勉は宜野湾の新居からサザン・ホスピタル行きのバスで通勤している。だから、彼にはバレてない。
付近に誰もいないことを確認して、駐車場からダッシュでサザン・ガーデンへ向かった。あの教会の扉を開け、あたしは最前列の席に腰掛けた。目の前には十字架の形に嵌め込まれた窓ガラスがあって、穏やかな日の光が差し込んでいる。

あたしは両手を組んで膝の上に下ろし、神様に問いかけた。
どうして、あたしたちだけこんな辛い目に遭うのですか。
どうして、何も悪いことをしていない勉が障害者になってしまったのですか。

考えれば考えるほど、悔しくて、腹が立って、涙がこみ上げてきた。あたしは、持っていたハンカチで何度も涙をぬぐった。

その時だ。なんと、ギーッという音をきしませて扉が開いた。
「た、多恵子さん?」
驚いて振り返る。なんと、照喜名てるきな先生だよ!
「どうしたんです? 今日は、お休みでしょ?」
「あ、あはは……。あの、ほら、明後日、あたしたち、ここで結婚式だから。下見しとこうかなって、思ってさー」
必死でごまかしたつもりだけど、照喜名先生はあたしの顔を見て、たしなめた。
「嘘ついちゃ、いけませんよ。多恵子さん、泣いてたでしょ?」
照喜名先生は、あたしの横へやってきて座った。
「僕、これでもカトリック信者なんですよ」
え? 照喜名先生、おうちは宗家むーとぅやーだよね? あたしの疑問に、照喜名てるきな先生はこう答えました。
「ええ、でも、スコットランドで育ちましたから。洗礼も受けて、ちゃんと割礼もしたし」
「え?」
あたしがつぶやくと、
「おっと、し、しまった!」
そんな照喜名先生、言った後で赤くなっても、遅いってば。
「ぷっ、くすくす」
あたしは口元を押さえて笑った。照喜名先生、真っ赤な顔で頭を掻いていらっしゃいます。
「どうか、スタッフの皆さんには内緒にしてて下さい。里香さんにも」
はいはい。わかってます。内緒にしといてあげる。

「多恵子さんの涙の原因は、千秋さんのことですよね?」
照喜名てるきな先生の言葉に、あたしは素直にうなずいた。
「僕、内科にいたでしょう? 不治の病の患者さんとかいっぱいいらっしゃって、ご家族の方が涙を流して、僕らスタッフに怒鳴ってきました。何も悪いことしてないのに、どうしてだって。何度も悩みました。僕らだって助けたい。でも、万策尽きてしまって、何もできない。もう本当に、とっても悔しくって」
照喜名先生は祭壇を向いたまま、とつとつと語った。
「でも、僕、思うんです。神様は、無意味なことはなさらないって。きっと、神様のお考えってのがあって、最後の最後で、物事はうまくいくようになっているって。だって、普段から恵まれすぎていると、幸せのありがたみがわからなくなっちゃうでしょ?」

あたしは、照喜名先生の横顔をしげしげと眺めた。
……言われてみれば、ま、そりゃ、そーだね。
流産したことも、勉に障害が残ったことも、とっても悲しい出来事には変わりない。でも、勉はあの事故からちゃんと生きて帰ってきたわけだし、何はともあれあたしたちは予定よりずっと早く結婚式までこぎ着けたんだもの。良かったといえば、良かったのかも。
ピーカンなお天気ばかりだったら、水不足になっちゃうもんね。
雨の日も、台風も、時には必要なのかもしれないね?

「ごめんなさい。苦しんでいる多恵子さんには、すごく、無責任に聞こえるかもしれませんけど」
「ううん、ありがとう。気が楽になりました」
あたしたちは顔を見合わせて、笑った。そして、立ち上がった。
「明後日、僕がクラリネット吹く話、お聞きですか?」
「ええ」
そうなんです。バージンロード歩くときに、照喜名先生に「結婚行進曲」吹いてもらう予定なんです。
「なーんか今から緊張しちゃうなー」
「いいですよ。別に、間違えても。身内とスタッフだけの小規模な式なんだし」
「そんなこと言ったって」
そう言って、照喜名先生はまた頭を掻いた。

本当に、優しくって穏やかで、いい人だ。
里香、宗家むーとぅやーはたしかに大変かもしれないけど、この人となら、もう何も迷う必要なんかないよ。 (3.へつづく)
---
突然ですがQ&Aコーナー
Q:どうして照喜名裕太がこのタイミングで教会に来たの?
A:ちゃんと理由があります。2001年4月15日は日曜日でイースター(Easter イエスキリストの復活祭)です。信徒はイースターだけでなくその前々日の金曜日(Good Friday 聖金曜日あるいは受難日と呼ばれる。イエスキリストが十字架に架かった日)にも教会へ行くのが通例です。殊にカトリック信徒の場合はイースター直前の一週間毎日教会に通うことも珍しくないのだそうです。
ちなみに4月12日は木曜日(Holy Thursday 聖木曜日あるいは洗足木曜日。十字架に架かることを予見したイエスキリストが弟子達の足を洗った日)。重要な日なのでやっぱり裕太は教会に行きたかったんでしょうね。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

月弥総合病院

御月様(旧名 僕君☽☽‪︎)
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

女子切腹同好会

しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。 はたして、彼女の行き着く先は・・・。 この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。 また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。 マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。 世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...