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Epilogue

3.ダーナさん

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At Ginowan City, Okinawa; 6:25PM JST April 13, 2001.
The narrator of this story is Taeko Kochinda.
東風平多恵子、最後のモノローグ担当です。

翌日の夕方。
昼勤を終えたあたしは勉を助手席に乗せ、サザンから宜野湾の新居へ車を走らせた。途中で勉が、明日の結婚式で履く新品の靴下を買いたいと言い出したので、家のすぐ近くの衣料品店で降ろした。新居からちょっと遠いが松葉杖でも十分歩ける距離だ。障害者をあまり甘やかすのは、本人の自立のためにも良ろしくない。

というわけで、一人新居の駐車場にミラパルコを停めた。すると、車から降りたあたしに、ゆっくりと人影が近づいてきたのだ。
あたしより背の高い、160㎝くらいの年配の女性だ。やせ気味で、白地に赤の横縞のタンクトップ、黒のぴったりしたズボン姿。日没直前というのに、なぜかサングラスを掛けたままだった。夕闇でもわかるくらいくっきりと紅をひいた唇の左際には、大きなほくろがあった。
「上間さんですか?」
よくわからなかったが、うなずくと、その女性はあたしに白い封筒を握らせた。
「これ、勉さんに。よろしくね」
あたしはその封筒をしげしげと眺め、ひっくり返した。表にも裏にも、何も書かれていない。
「あの、どちらさまですか?」
あたしの疑問に答えることなく、その女性は国道に面したバス停の方角へ、すたすたと歩いていった。

「どうした?」
立ち尽くすあたしを見つけ、勉が松葉杖をつきつき帰ってきた。
「これ、渡されたんだけどさ」
あたしは彼に封筒を差し出した。
たーからが?」
「知らない女の人。あんた、知り合いね?」
「女の人?」
勉は首を傾げながらびりびりと封筒の端を破った。中には便箋が一枚だけ入ってて、彼はそれを開いた。が、文面を一瞥するや否や、血相を変えて叫んだ。
「多恵子、あんっちゅ何処まーんかい?」
「えっと、バス停の方角」
あたしが答えるか答えないかの間に、彼は急いであたしに背中を向けた。が、次の瞬間。
「あがっ!」
バターンと大音響をたてて、彼は地面に投げ出されていた。
「つ、勉?」
あたしはびっくりして、彼に手を伸ばした。左手をついて立ち上がろうとしているが、一人でそう簡単に起き上がれるはずがない。小さい頃から彼は足が速かった。とっさの出来事に自分の障害を忘れ、駆け出そうとしたのだろう。あたしは彼の右腕に自分の左肩を貸した。
「……サンキュ」
彼が荒い息の下でそうつぶやき、なんとか元の姿勢を立て直た時には、ちょうどやってきたバスがその女性を乗せ、走り去った後だった。
「どうしたの?」
彼はうなだれたまま、黙ってあたしに手紙をよこした。

 上間勉様
 結婚したそうですね。おめでとう。
 元気そうで安心しました。お幸せに。
            上間ダーナ

……これは、ひょっとして?

「あぬっちゅや、ぬーんちまたちゃが、や?」
勉は、人影のないバス停のほうを見やって、力なく言葉を吐いた。
わんにんかい出逢いちゃらんよーい、いゃーんかいぬ手紙渡ち、ぬーんちまたちゃたが、や?」

彼は、背中で、泣いていた。
置いていかれて寂しいと、背中を向けて訴えていた。

しかし、やがて彼は無理に微笑を作りこちらを振り返ると、明るい声を出した。
「あんっちゅくとぅやさ。わしたる時分にまたゅーるはずやくとぅ、そのときは、よろしくな?」
「そうだよ。きっと、そうだね?」
あたしも頷いた。涙を流さないように笑顔を作った。そして、二人で並んでアパートの部屋を目指した。

上間ダーナさん。勉も、あたしも、待ってますよ。
きっといつか、笑って会える日が来るって。神様が会わせてくれるって。そう信じてますから。だからそのときが来たら、親子三人で何かおいしいものでも食べに行きましょうね? (4.へつづく)
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