前途多難な白黒龍王婚【R 18】

天花粉

文字の大きさ
4 / 51
一章

しおりを挟む
 ラウルはケリーを引きずりながら、司祭に外鍵のある部屋に案内しろと言った。それなら中に人を閉じ込められるからだ。

「……では私の部屋に」

 老いた司祭は渋々と書庫続きの自分の部屋に王子を案内した。
 ケリーは地下の食料庫が囚人を捕らえておくにはもっと適していると知っていたが、ケリーを哀れんだ司祭のせめてもの配慮を、ありがたく頂戴することにした。

「ほう、随分な蔵書だ」
「長年に渡ってコツコツと集めました」
「書物は貴重品だからな。それで自室に外鍵か」
「わずかながら、寄付金を集めた金庫もございますので」
「なるほど、では俺もこの部屋を使わせてもらおう」
「……!」

 司祭の気遣いが却って状況を悪くしたかもしれない。狭い食料庫なら、ラウルもまさか同衾どうきんするとは言わなかっただろう。

「……殿下、ケリーはこの村に時々やってくるどこの馬の骨とも知れぬ旅の医師くすしでございます。薬草と病の知識ばかりの無作法者。殿下のお側に控えさせるには不調法と思われますが……」
「ほう、くすしか。では、幼い頃からこやつを仕込んだ高い教養の師匠がおろう? あちこち旅をしておるなら世俗にも長けておるはずだ。気配りもできぬ無作法者とは言い難いの」

 くすしの習わしまで知るこの王子は、世間知にも長け頭も回転もいい。どうやら一筋縄ではいかない。

「ふ、そう用心するな。打擲ちょうちゃくなどしない」
「そ、その様なことは……」
「というか、俺のそばにいさせた方が安全だと言うのだ。アベリはああ見えて執念深い。人前で恥をかかされたバカな武将と、こいつのせいで女を取り上げられた気の荒い兵士がいるんだ。下手に誰でも出入りできる食料庫なんぞに閉じ込めてみろ、こいつが朝まで無事でいるとは思えんがな。試してみるか?」

 ラウルのその言葉に、司祭はもちろんケリーまで顔色を変えた。

「殿下のご配慮、いたみ入ります」
「おまえは小柄だから長椅子でも構わんだろう?」
「も、もちろん!」
「というわけで、おまえはしばらくひとりでうろつくなよ? でだ、司祭殿は広間に戻ったら、村の主だったものを集め、じいのクロウにここへ来るよう伝えてくれ」
「……は」

 司祭はすぐに部屋を出て行った。
 そして、ラウルは身につけている鬱陶しい甲冑の腕やすね当てを取ってくれとケリーに言って手伝わせた。シャツに上着を羽織っただけの身軽な服装になったところで、クロウと呼ばれる、ラウルの侍従がやってきた。

「殿下」
「負傷兵はどこに集めた?」
「は、村の集会場に集めてあります」
「だそうだ」

 と、ラウルは唐突にケリーに向かって言った。

「は?」
「おまえ、くすしの道具はどこにある?」
「あ、ああ、ローラのうちに」
「じい、それを受け取ったら直接集会場に行ってくれ」
「は」

 言うなり、クロウがすぐに部屋を出て行った。
 甲冑のない身軽な服装になったラウルが「行くぞ」と言うので、ケリーは仕方なく後ろに従った。おそらく負傷兵の治療をさせようというのだろう。
 二人が連れ立って納屋に向かう途中、広間を通りかかると、さっきまで賑やかに酒盛りしていた兵士たちの意気が明らかに下がっていた。アベリなどはあからさまに不機嫌を顔に貼り付け、通りがかったケリーを睨みつけている。
 心なしかその他の兵たちもケリーを見る目つきが険しい。
 
 元気なのは兵士たちに給仕する村の男達ばかりで、大切な女房や娘を差し出さずに済んでホッとしているのだ。家族を守るために、兵士たちのご機嫌とりに俄然力が入る。
 すると、無骨な村の男達と言えども、褒め称えられれば兵士たちも悪い気はしない。

「村の窮状を見て、疲れも厭わず救助に励んでくださった皆様は、まさに神龍が使わしてくださった天の軍神! さぞや、戦場でも勇猛果敢にご活躍されたことでしょう! どうかお聞かせくだされ!」

 手放しのお世辞にまんまと乗せられた単純な兵士たちは、そうかそうかと相好を崩すといった有様で、徐々に場の空気も和やかになってきた頃、ラウルはケリーと一緒に負傷兵を集めてある納屋にやってきた。

「急ですまんが仕事だ」

 ラウルが言った。
 ケリーは黙って床に毛布を敷いて横たわっている兵士たちを見回した。

「報酬なら払う。他に何か必要なものはあるか?」

 ラウルがそう言った直後、ちょうどローラの家まで行って、ケリーの道具を取りに行ったクロウが戻ってきた。
 ケリーはとりあえずたっぷりの湯を沸かせと言った。

「わかった。じい、言われた通りにしてくれ」
「は…」
「それから助手を……」
「それなら俺が務めよう」

 あなたが? という顔でケリーがラウルを見上げたが、何も言わずに寝台で休んでいる負傷兵の診察を始めた。
 その様子は先ほどまで怒りに高ぶっていたケリーとはまるで違い、冷静な医師の目になっていた。まだ少年といってもいい若さなのに、どれほど無残な傷跡を見てもまるで顔色を変えない。むしろ、ラウルの方が何度か顔を顰めたほどだ。
 ケリーは道具を手にすると、実に手際よくテキパキと負傷兵達の治療を始めた。

「変わった道具だな。そんな道具は見たことがない」
「外科治療用の道具だ。使いやすいように改良した」
「へえ……」
「それより、麻酔薬がない。だから治療の痛みに暴れる者を抑えていてくれ」
「ますい薬? なんだそれは?」

 ラウルが初めて聞く薬の名前だった。

「芥子の果汁を乾燥させて作った新薬だ。まだ一般的じゃないが痛みを一時的に麻痺させる効能がある」
「ほお、そんな便利な薬があるのか。どこで手に入れられる?」
「……扱ってるくすり屋は多くない。だがこの薬は、中毒性がある。多用は禁物だ」
「へえ、おまえはまだ子供なのにずいぶん勉強してるのだな」
「子供じゃない。こう見えて25だ!」
「ほう、そりゃあわれなほど童顔だな。俺と二つしか違わないじゃないか。髭でも生やしたほうがいいんじゃないか?」
「大きなお世話だ」

 遠慮なく飛んでくるケリーの反抗的な口ぶりに、ラウルが楽しそうに笑った。
 ケリーは変な王子だと思いながら、手伝ってくれる他の村人たちに道具の煮沸消毒と薬の調合を指示すると、濃いめの酒で傷口を丁寧に洗い、兵士の傷口を容赦なくグイグイ縫ってゆく。

「うわあぁ……!」
「おっと……!」

 痛みで反射的に暴れる兵士を、ラウルが必死で押さえ込んだ。口には布を噛ませてある。
 王族ではあるが日頃からしっかり鍛えているラウルでも、痛みで反射的にもがく兵士の力を抑え込むのはなかなかに骨が折れる。そのラウルを、すかさずクロウがサポートする。

「しっかり抑えていろ!」

 ケリーが容赦無く二人を叱責する。

「無礼な!」

 生意気なくすしごときにクロウが顔色を変える。

「いいんだ、じい。おまえも抑えることに集中しろ」

 ラウルのそんな言葉に、クロウがむっと黙り込む。こんな人前でラウルに説教などできない。
 その間もケリーの手は緩まない。実に器用に手早く傷口を塞いでゆく。

「外科治療もお手の物というわけか。おまえはずいぶん経験を積んでいるのだな」
「殺し合いをするのが大好きな連中が大勢いると、私の技術向上もいとまがないというわけだ」
「ハハ、これは厳しい」

 ケリーの強烈な皮肉にラウルが苦く笑い、クロウが再び目尻を釣り上げる。それを目で制して、ラウルは痛みに呻く患者に声をかけた。

「もう少しだ。あと少し辛抱してくれ」
「うぅっ、は、はい、殿下……っ」
「頑張れ。腕のいい医者だ。すぐ良くなるぞ」

 そんな風に王子自らに励まされた兵士たちは、痛みに震えながら必死に治療に耐えた。その額に滲む汗をラウルがまた布で拭いてやると、兵士の目尻に感激の涙が滲んだ。
 そして、比較的軽傷の兵が恐縮して起き上がろうとするのを止めた。

「寝てていい。そんなに恐縮されると、嫌われているも同然なんだぞ」

 そんなラウルの明るい軽口に、主君に情けないと見放されたわけではないと知った負傷兵たちは、みな安心したようによく眠った。
 何よりの良薬かもしれない。
 長年ラウルの側近くに支えてきたクロウは、王の権威というのは、振りかざして無理やり人を従えるものではなく、本来こうやって使うべきものなのだと改めてこの若い王子に教わった。負傷兵たちのラウルを見る熱い目がそれを如実に物語っている。
 彼らは今後も、ラウルのために命を惜しまず働いてくれるだろう。
 クロウは誇らしかった。
 やっとの事で一通りの治療を終えると、手を洗いながらケリーが不愛想に短く言った。

「まぁ、いい仕事をしてくれた。ありがとう」

 意外に思ってクロウは思わずケリーの顔を見た。
 ラウルも驚いたように目をパチクリとした。

「ごほん、あとは、この薬草を煎じて食後三回に分けて全員に飲ませてやれ」

 ケリーは二人の様子に気づくと、咳払いひとつであとは何事もなかったように、自分の背負い袋の中からいくつか薬草を取り出し煎じ方を指示した。
 心なしかケリーのその顔が、少し穏やかになっているように思う。

 どうやらこの小僧にも、我が君の類まれな資質がわかったらしい。

 クロウはそう満足気にひとりごちた。


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜

紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。 連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

処理中です...