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一章
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「殿下、このように無礼な小僧をお許しになるのか!!」
アベリが髭面の赤い顔をさらに赤くしてとうとうわめきだした。
「うむ、そうだな、アベリ。ではこうしよう。王軍きっての勇将であるお前にすれば、村の女を無理やり嬲ったなどと、あるまじき言いがかり」
「そ、その通りだっ! それがしは、それがしはその様なことは断じて──…」
「もちろんそうだ。俺の軍でその様なことは断じて起きない。ましてやお前がそのような恥知らずで無様なことをするわけがない。我が軍は無辜の民を蹂躪することなど断じてない!」
「もちろんそうだ!」
アベリや他の兵たちが同意する。
「ではその証に、我々がこの村にいる間、世話をしてもらうのは男だけとしようではないか。男子の手が足りないときは、老婆でよい。だが、女性には遠慮してもらおう。我々は、若い娘に惑わされるようなヤワな騎士団ではないのだ!」
「そっ……!!」
そんなと言おうとして、アベリはその先を続けられずに絶句した。そして、他の兵士にしてみればとんだとばっちりだ。厳しい戦場帰りの楽しみといえば、女の癒し以外に何があるというのだ。みなが口々に何か言おうとしたところでラウルがすかさず声を張り上げた。
「我々の穢れなき精神をとくと証明しようではないか! 幸いにもここは教会だ! 我らが黒龍神の御前で誓おうぞ!!」
教会の祭壇では、蛇のような長い巨躯を、鋼鉄の柱に巻き付けた漆黒の龍を象った御神体が祀られている。
「お、おう……」
「どうした、声が小さい!!」
「うおおお!! も、もちろん、我らの高潔は、神龍とその神子であらせられる殿下がご存知だ!」
みなが一斉に吠える。
この世界は、五色の神龍から加護を受けたいくつかの大国が支配していると言われている。
それぞれ、黒龍、白龍、赤龍、青龍、黄龍の五色の龍だ。各国、神龍が宿る神器を持っていて、王家がそれを代々受けつぎ、王宮の神殿の奥深くで守られている。いずれどこの国もこの主な大国の属国で、それが遠く及ばない地は『闇国』と呼ばれ、未だ蛮族の住まう僻地として無視されている。
王族は総じて頑健で、老けにくく病に強く長命だ。少しの怪我や傷などはたちまち治癒してしまう。そして、神龍の色にちなんだ身体的特徴をもっていて、多くの場合、髪や目の色に現れる。一般的に民は総じて茶色い髪に茶色い瞳で、王族の全てが神龍色を持っているわけではないが、王の近親であればあるほどその特徴は濃くあらわれる。従って、髪や目の色を見ればどの王家の者かは一目瞭然だ。
ラウル・トゥルース・ゴダールは、黒龍を戴く大陸中央に位置する大国、ゴダールの王族だ。現王は実の叔父であり、その黒髪と黒い瞳がそれを如実に証明している。
逆にいえば、この特徴を持っているからこそ、神龍に選ばれし希少な王とその一族ということになるわけで、王族は神の御子として、人々から畏怖と尊敬の対象となっている。
「で、ですが殿下、高潔なる我々を愚弄したその小僧をこのままになさるのか! それでは我々の面子が立たぬではありませんか!」
アベリが辛うじて腹いせを口にした。彼も王族の末端に名を連ねていたが、残念ながらラウルのような龍王色の恩恵を受けなかった。
ふん、おまえが先に女を愚弄したのではないかという言葉を飲み込んでラウルは言う。
「なるほど。では、この少年は俺が罰を与えよう」
「は?」
「ではみな、その様に計らって宴を続けよ。後は頼んだぞ、クロウ」
言うなりラウルは少年の腕をとった。
クロウは待ってましたとばかりに、意気揚々と女たちを広間から追い払い、がっかりした兵士たちを無理やり席につかせた。
クロウはかねてより、心無い男の乱暴狼藉の犠牲になる女たちを見ているのが哀れでならなかった。
なによりも主のラウルがそれを毛嫌いしており、以前、まだ年端も行かぬ少女に乱暴した兵士を問答無用で手打ちにしてしまったことがある。滅多に怒りをあらわにすることがないラウルだったが、本気で切れると苛烈だった。そのことを知っている部下たちが、ラウルの前でハメを外しすぎることは決してないが、この部隊は王軍の半端者の寄せ集めだった。アベリもその一人である。ラウルが育てられ、また育ててきた精鋭は、ことごとく王の側近部隊に取り上げられた。
クロウの指示に従って、村長が慌てて村の男たちをかき集めに行った。
「ケリーと言ったか? 俺と来い」
そして、まだラウルを睨む少年の耳元で囁いた。
「その手の中に握り込んだ物騒なものからそっと手を離せ」
ケリーがハッと目を見開いた。万事休すとばかりにスッと息を吸い込んだところで、ラウルが鋭く耳元で囁いた。
「調子にのるな。腐っても軍人だ。ここでお前が引かなければ、村人全部の命が危ういと知れ!」
「……!」
ケリーは、左手に持ってシャツの裾の中に隠したナイフを渋々テーブルに戻すと、ラウルに引きずられるように連れられていった。
アベリが髭面の赤い顔をさらに赤くしてとうとうわめきだした。
「うむ、そうだな、アベリ。ではこうしよう。王軍きっての勇将であるお前にすれば、村の女を無理やり嬲ったなどと、あるまじき言いがかり」
「そ、その通りだっ! それがしは、それがしはその様なことは断じて──…」
「もちろんそうだ。俺の軍でその様なことは断じて起きない。ましてやお前がそのような恥知らずで無様なことをするわけがない。我が軍は無辜の民を蹂躪することなど断じてない!」
「もちろんそうだ!」
アベリや他の兵たちが同意する。
「ではその証に、我々がこの村にいる間、世話をしてもらうのは男だけとしようではないか。男子の手が足りないときは、老婆でよい。だが、女性には遠慮してもらおう。我々は、若い娘に惑わされるようなヤワな騎士団ではないのだ!」
「そっ……!!」
そんなと言おうとして、アベリはその先を続けられずに絶句した。そして、他の兵士にしてみればとんだとばっちりだ。厳しい戦場帰りの楽しみといえば、女の癒し以外に何があるというのだ。みなが口々に何か言おうとしたところでラウルがすかさず声を張り上げた。
「我々の穢れなき精神をとくと証明しようではないか! 幸いにもここは教会だ! 我らが黒龍神の御前で誓おうぞ!!」
教会の祭壇では、蛇のような長い巨躯を、鋼鉄の柱に巻き付けた漆黒の龍を象った御神体が祀られている。
「お、おう……」
「どうした、声が小さい!!」
「うおおお!! も、もちろん、我らの高潔は、神龍とその神子であらせられる殿下がご存知だ!」
みなが一斉に吠える。
この世界は、五色の神龍から加護を受けたいくつかの大国が支配していると言われている。
それぞれ、黒龍、白龍、赤龍、青龍、黄龍の五色の龍だ。各国、神龍が宿る神器を持っていて、王家がそれを代々受けつぎ、王宮の神殿の奥深くで守られている。いずれどこの国もこの主な大国の属国で、それが遠く及ばない地は『闇国』と呼ばれ、未だ蛮族の住まう僻地として無視されている。
王族は総じて頑健で、老けにくく病に強く長命だ。少しの怪我や傷などはたちまち治癒してしまう。そして、神龍の色にちなんだ身体的特徴をもっていて、多くの場合、髪や目の色に現れる。一般的に民は総じて茶色い髪に茶色い瞳で、王族の全てが神龍色を持っているわけではないが、王の近親であればあるほどその特徴は濃くあらわれる。従って、髪や目の色を見ればどの王家の者かは一目瞭然だ。
ラウル・トゥルース・ゴダールは、黒龍を戴く大陸中央に位置する大国、ゴダールの王族だ。現王は実の叔父であり、その黒髪と黒い瞳がそれを如実に証明している。
逆にいえば、この特徴を持っているからこそ、神龍に選ばれし希少な王とその一族ということになるわけで、王族は神の御子として、人々から畏怖と尊敬の対象となっている。
「で、ですが殿下、高潔なる我々を愚弄したその小僧をこのままになさるのか! それでは我々の面子が立たぬではありませんか!」
アベリが辛うじて腹いせを口にした。彼も王族の末端に名を連ねていたが、残念ながらラウルのような龍王色の恩恵を受けなかった。
ふん、おまえが先に女を愚弄したのではないかという言葉を飲み込んでラウルは言う。
「なるほど。では、この少年は俺が罰を与えよう」
「は?」
「ではみな、その様に計らって宴を続けよ。後は頼んだぞ、クロウ」
言うなりラウルは少年の腕をとった。
クロウは待ってましたとばかりに、意気揚々と女たちを広間から追い払い、がっかりした兵士たちを無理やり席につかせた。
クロウはかねてより、心無い男の乱暴狼藉の犠牲になる女たちを見ているのが哀れでならなかった。
なによりも主のラウルがそれを毛嫌いしており、以前、まだ年端も行かぬ少女に乱暴した兵士を問答無用で手打ちにしてしまったことがある。滅多に怒りをあらわにすることがないラウルだったが、本気で切れると苛烈だった。そのことを知っている部下たちが、ラウルの前でハメを外しすぎることは決してないが、この部隊は王軍の半端者の寄せ集めだった。アベリもその一人である。ラウルが育てられ、また育ててきた精鋭は、ことごとく王の側近部隊に取り上げられた。
クロウの指示に従って、村長が慌てて村の男たちをかき集めに行った。
「ケリーと言ったか? 俺と来い」
そして、まだラウルを睨む少年の耳元で囁いた。
「その手の中に握り込んだ物騒なものからそっと手を離せ」
ケリーがハッと目を見開いた。万事休すとばかりにスッと息を吸い込んだところで、ラウルが鋭く耳元で囁いた。
「調子にのるな。腐っても軍人だ。ここでお前が引かなければ、村人全部の命が危ういと知れ!」
「……!」
ケリーは、左手に持ってシャツの裾の中に隠したナイフを渋々テーブルに戻すと、ラウルに引きずられるように連れられていった。
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