15 / 51
一章
結婚式 1
しおりを挟む
朝からすっぽりと頭を覆っていたヴェールが取られ、ラウルがようやく婚約者殿のご尊顔を拝めたのは昼過ぎだった。
結婚式は三日後の予定だ。明日からは賓客である各国王家も続々と集まってくるだろう。
今日はとりあえず、顔合わせのお披露目といったところだ。
ラウルの婚約者の第一印象は──
うん、まぁ、老婆ではなさそうだ──
というものだ。
正直、どういう容貌なのかよくわからない。年齢も不詳だ。
なぜなら、厚いヴェールの下から現れたのは、白塗りこってりの仮面のような厚化粧だったからだ。
おまけに目や眉は、筆を使って丁寧に縁取りされたり紅が指されたりしているものだから、容貌を正確に把握するにはまるで信用がおけない。
そしてこの強烈な化粧は、シン王家の特徴である見事な銀髪と神秘的なグレーの瞳を完全に台無しにしている。
いや、まぁ、これでは他の王家の特徴も台無しにするかと、ラウルは思い直した。
シン王がなぜ名指しで自分に白羽の矢を立てたのかまるでわからない。
王族なら誰でもいいということであればわからなくもないが、シンがゴダールでなくとも、どこかの王家と急遽繋がりを持たなければならない切羽詰まった理由がまるで思い当たらない。
ここへきて、改めてそれがよくわかった。
一言で言って、思っている以上に豊かなのだ。港から王宮に至るまでの道のり、民の顔は皆一様に明るかった。何よりもどの通りも清潔なのだ。それは、行政が整い更に民に自分の土地以外も綺麗にしようという余裕のある証拠だ。
この数十年、いや、下手をすれば数百年かもしれないが、シンは国交を必要としなかった。
どうでもいい国として世界中から半ば無視されているというより、それだけきちんと自立できていると見て侮るべきではなかったのだ。
それなのに、今更なぜ?
今日会ったばかりの婚約者殿を、チラッと横目で見た。ララという名前だったか。
陽気がいいからか、羽虫が一匹寄ってきて、女王の高く結い上げた見事な銀髪に留まった。
あ。
つい、手で払ってしまった。
女王がラウルの動きに気づいてこちらを見た。
笑った——。
うん、あれは笑ったと言っていいと思う。口角がわずかに上がったのだ。
そして、手を持ち上げて口元を袖で隠した。変わった衣装だ。
高価で豪奢には違いないが、幾重にも重ねた着物や帯はさぞ重かろう。そして、髪飾りをふんだんに挿して高く結い上げた髷は奇妙な紙細工みたいだ。
いや、髪が銀色なので銀細工といったほうが相応しいかもしれない。
ぷーん……
羽虫がまた寄ってきてしつこく女王の髷を目指す。
よく見ると一匹ではない。三匹もいる。
もう一度払ってやると、女王は小さく肩を震わせて笑っている。何がそんなにおかしいのか。
ドンッ、ドンッ
腹に響く空砲の音で我に返った。
バルコニーに向かって、女王と並んで歩いた。
と、女王ががくりとよろけたので慌てて支えた。
「かたじけない」
小さな声で囁いた女王に笑顔を返した。
この婚約者殿は、どこまで利用できるだろうか——
この縁談があっという間に取りまとめられる間、ラウルの頭を占めていたのはそのことばかりだった。
いずれにせよ、この縁談は政略結婚以外の何ものでもない。だとすれば、シンはラウル・トゥルース・ゴダールに国益につながるなんらかの付加価値を見ていると考えるべきだ。
そしてそれは、ラウルの思い通りになるものなのかどうか。もしそうなら、自分はシン国と対等な取引ができる。
取引が成立するなら兵を借りて、俺は必ずゴダールを──
「この衣装と化粧は、先代が苦心惨憺して編み出したあつらえなのだそうだ」
「え……?」
ラウルのそんな思いを知ってか知らずか、女王が周囲に聞こえぬようそっとラウルに囁いた。
「そ、それは、えーと……」
「ふふ、すごかろ? 色々な効能があるのだ」
女王はくすくすと笑っている。
「は、はぁ……」
「姫様! またそのようなことを申されて。殿下がお困りではないですか」
鋭い叱声が後ろから飛んだ。
歓迎式典の間中、ずっとぴったり婚約者殿に付いているレイチェルという名の女官だ。
レイチェルの叱責に女王が肩をすくめた。
薄暗い王宮の広間から、明るい光の差すバルコニーに向かってラウルと女王は粛々と進んだ。
その後ろには、ゴダール王と妃、王子である息子たちやその忠実な臣下が続く。
神秘のヴェールを脱いだシン国に興味津々と言ったところだ。
この縁談のお陰で、国交に他国より大きくリードを広げたことに満足というところだろう。権力闘争に明け暮れる彼らも、今日ばかりは機嫌がいい。
バルコニーの眩しい日差しに目を細めた途端、わあっという歓声が聞こえた。
今日のために解放された王宮の中庭には、歓迎式典に訪れた多くの人々が集っている。シンが他国から賓客を招くこと自体が珍しいのだ。
空砲が鳴り響き、楽隊が賑やかに演奏を始め、正装した近衛兵が馬上から敬礼している。
「ラウル、手を……」
女王にそう言われて、ラウルはぼうっとただ突っ立っていたことに気づいた。
慌てて右手を挙げた。
歓声がさらに大きくなった。
わああっ──。
人々の歓迎の笑顔が、まるで他人事のように思えた。
結婚式は三日後の予定だ。明日からは賓客である各国王家も続々と集まってくるだろう。
今日はとりあえず、顔合わせのお披露目といったところだ。
ラウルの婚約者の第一印象は──
うん、まぁ、老婆ではなさそうだ──
というものだ。
正直、どういう容貌なのかよくわからない。年齢も不詳だ。
なぜなら、厚いヴェールの下から現れたのは、白塗りこってりの仮面のような厚化粧だったからだ。
おまけに目や眉は、筆を使って丁寧に縁取りされたり紅が指されたりしているものだから、容貌を正確に把握するにはまるで信用がおけない。
そしてこの強烈な化粧は、シン王家の特徴である見事な銀髪と神秘的なグレーの瞳を完全に台無しにしている。
いや、まぁ、これでは他の王家の特徴も台無しにするかと、ラウルは思い直した。
シン王がなぜ名指しで自分に白羽の矢を立てたのかまるでわからない。
王族なら誰でもいいということであればわからなくもないが、シンがゴダールでなくとも、どこかの王家と急遽繋がりを持たなければならない切羽詰まった理由がまるで思い当たらない。
ここへきて、改めてそれがよくわかった。
一言で言って、思っている以上に豊かなのだ。港から王宮に至るまでの道のり、民の顔は皆一様に明るかった。何よりもどの通りも清潔なのだ。それは、行政が整い更に民に自分の土地以外も綺麗にしようという余裕のある証拠だ。
この数十年、いや、下手をすれば数百年かもしれないが、シンは国交を必要としなかった。
どうでもいい国として世界中から半ば無視されているというより、それだけきちんと自立できていると見て侮るべきではなかったのだ。
それなのに、今更なぜ?
今日会ったばかりの婚約者殿を、チラッと横目で見た。ララという名前だったか。
陽気がいいからか、羽虫が一匹寄ってきて、女王の高く結い上げた見事な銀髪に留まった。
あ。
つい、手で払ってしまった。
女王がラウルの動きに気づいてこちらを見た。
笑った——。
うん、あれは笑ったと言っていいと思う。口角がわずかに上がったのだ。
そして、手を持ち上げて口元を袖で隠した。変わった衣装だ。
高価で豪奢には違いないが、幾重にも重ねた着物や帯はさぞ重かろう。そして、髪飾りをふんだんに挿して高く結い上げた髷は奇妙な紙細工みたいだ。
いや、髪が銀色なので銀細工といったほうが相応しいかもしれない。
ぷーん……
羽虫がまた寄ってきてしつこく女王の髷を目指す。
よく見ると一匹ではない。三匹もいる。
もう一度払ってやると、女王は小さく肩を震わせて笑っている。何がそんなにおかしいのか。
ドンッ、ドンッ
腹に響く空砲の音で我に返った。
バルコニーに向かって、女王と並んで歩いた。
と、女王ががくりとよろけたので慌てて支えた。
「かたじけない」
小さな声で囁いた女王に笑顔を返した。
この婚約者殿は、どこまで利用できるだろうか——
この縁談があっという間に取りまとめられる間、ラウルの頭を占めていたのはそのことばかりだった。
いずれにせよ、この縁談は政略結婚以外の何ものでもない。だとすれば、シンはラウル・トゥルース・ゴダールに国益につながるなんらかの付加価値を見ていると考えるべきだ。
そしてそれは、ラウルの思い通りになるものなのかどうか。もしそうなら、自分はシン国と対等な取引ができる。
取引が成立するなら兵を借りて、俺は必ずゴダールを──
「この衣装と化粧は、先代が苦心惨憺して編み出したあつらえなのだそうだ」
「え……?」
ラウルのそんな思いを知ってか知らずか、女王が周囲に聞こえぬようそっとラウルに囁いた。
「そ、それは、えーと……」
「ふふ、すごかろ? 色々な効能があるのだ」
女王はくすくすと笑っている。
「は、はぁ……」
「姫様! またそのようなことを申されて。殿下がお困りではないですか」
鋭い叱声が後ろから飛んだ。
歓迎式典の間中、ずっとぴったり婚約者殿に付いているレイチェルという名の女官だ。
レイチェルの叱責に女王が肩をすくめた。
薄暗い王宮の広間から、明るい光の差すバルコニーに向かってラウルと女王は粛々と進んだ。
その後ろには、ゴダール王と妃、王子である息子たちやその忠実な臣下が続く。
神秘のヴェールを脱いだシン国に興味津々と言ったところだ。
この縁談のお陰で、国交に他国より大きくリードを広げたことに満足というところだろう。権力闘争に明け暮れる彼らも、今日ばかりは機嫌がいい。
バルコニーの眩しい日差しに目を細めた途端、わあっという歓声が聞こえた。
今日のために解放された王宮の中庭には、歓迎式典に訪れた多くの人々が集っている。シンが他国から賓客を招くこと自体が珍しいのだ。
空砲が鳴り響き、楽隊が賑やかに演奏を始め、正装した近衛兵が馬上から敬礼している。
「ラウル、手を……」
女王にそう言われて、ラウルはぼうっとただ突っ立っていたことに気づいた。
慌てて右手を挙げた。
歓声がさらに大きくなった。
わああっ──。
人々の歓迎の笑顔が、まるで他人事のように思えた。
0
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました
iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
【完結】転生したら悪役継母でした
入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。
その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。
しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。
絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。
記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。
夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。
◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆
*旧題:転生したら悪妻でした
【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました
ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。
名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。
ええ。私は今非常に困惑しております。
私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。
...あの腹黒が現れるまでは。
『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。
個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。
婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜
紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。
連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました
蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。
そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。
どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。
離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない!
夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー
※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる