前途多難な白黒龍王婚【R 18】

天花粉

文字の大きさ
31 / 51
二章

怒りの黒龍

しおりを挟む
 シンに向かう白龍の背中の上で、マント越しにゴダールの巻きついた左腕を庇うようにして、ラウルが黙って何かに集中している。少し落ち着いた黒龍の声を聞いているのかもしれない。だが、その声はララには聞こえない。

「ラウル……」

 気遣うようにララが声をかける。

「え……?」

 ラウルがハッと顔を上げた。

「大丈夫か? 黒龍はなんて言ってる?」
「……ハロルドに嵌められたと」
「え、ハロルド?」
「俺の祖父で現王チャールズの父、先代の王だ」
「先代の王に?」
「ああ……」

 ラウルは黒龍に取り憑かれているのが負担なのか、だるそうにしている。 

「ラウル、大丈夫? あ、そういえば、さっきの黒い剣はどうした?」
「ああ、今俺の腕に巻きついてるからな」
「え?」
「あの剣がゴダールの神器なんだ。ちなみに、王族でないと抜けない」
「そうだったのか……」
「そういえばシンの神器はなんだ?」
「私だ」
「え?」
「私自身が神器なんだ」
「そうか。だから影に入れるのだな」
「たぶん。それで、結局何が起きている?」
「先代王は代替わりの聖婚をさせまいと、黒龍ゴダールを煮えたぎったドロドロの鉄の中に放り込み、固めて閉じ込めたのさ」
「……!?」

 ララはそのあまりの凄惨なやり方に絶句した。
 神殿にあったあの太い柱がその正体だった。あの中には、神器の姿のまま固められた黒龍が封印されていたのだ。
 残酷だが、しかし──

「巧いやり方だ……」

 ララが唸った。
 国の財政の根幹を支える神を殺すわけにはいかない。だが黒龍は鉱物の精だ。体の組成と相性の良い純度の高い鉱物に絡めとられた挙句、その鋼鉄製の檻が餌にもなって黒龍を生かしたのだ。結果、黒龍は100年以上も檻の中に身動きもままならず閉じ込められていたというわけだ。

「だから、地下に神殿を移したのか……」

 ララの言葉にラウルが首を傾げた。

「おそらく、煮えたぎった鉄を冷やし固めるのに大量の地下水を使ったんだ。海水は不純物が多い上に、塩気が鉄には致命的だから」
「なるほど。冷やし固めたその柱をあの地下神殿に引き上げ、錆びないように見守りながらあそこで黒龍を見張ってたというわけか……」
「……でもなんで、ハロルド王は突然そんな大胆なことを? あまりにも危険すぎる」
「王器が現れたからさ。どういう経緯だったのか、それにいち早く気づいた先代は、小さな村で生まれたその若い農夫を、村ごと滅ぼしている」
「……そうだったのか」
「……当時、王位継承権の第一位にいたハロルドは、まだ二十歳になったばかりだったそうだ」

 ラウルが表情の読めない顔で静かに言った。
 ゾッと寒気がするような怒りがラウルから漂ってくる。ゴダールに取り憑かれてシンクロしているのだろうか。

「ラウル、シンに戻ってどうするつもりだ?」
「……王に黒龍を返す」
「それだけ?」
「もちろん」
「……」

 シンの王宮の広間では、歓迎会は宴もたけなわだった。ゴダール王族以外、シンはほとんどがララの臣下だ。各国の王族は明日からの到着になるはずだ。
 そのど真ん中に、ララとラウルを背中に乗せたシンが降り立った。

 おおお──

 広間には、神龍を初めて見た人々のどよめきが広がった。
 慌てたのはシンの家臣一同で、玉座に踏ん反り返っている姫が、替え玉だと気づかれてしまう前にすかさず退場させた。
 そして、白龍から降り立った男がラウルだと気付いたゴダールのチャールズ王が、ご機嫌な顔で近づいてきた。

「おお、ラウル。そなたシンの白龍ともすでに近しい関係か。素晴らしい神龍ではないか! わが国の黒龍とどちらが優れておろうの!」


 チャールズ王がシンを見て白々しく笑う。王位を継いだ時、神龍にまつわる王家の秘密も聞いているはずだ。この小心で狡猾な男は、知っていてなお、黒龍を救い出そうとしなかったのだ。
 その王に向かって、ラウルはマントを捲って自分の左腕を見せた。

「これが何かおわかりか、王よ?」

 醜い宝飾品だとでも思ったのか、王が苦いものでも飲んだような顔でラウルの腕から目をそらした。

「なんだそれは? そなた、こんな婚礼の宴で黒龍を象ったそんな陳腐な飾り物をつけておるなど悪趣味極まりないぞ! 早くしまいなさい!」

 ラウルの全身から、何かがゆらりと立ち昇った。

「陳腐と仰ったか?」

 ラウルから黒っぽい霧が立ち昇った。
 その不穏な雰囲気に、広間にいた全員がザワザワと顔色を変えた。
 ラウルに纏わりつく黒い霧が徐々に濃くなり、左腕に絡みついた黒龍が、ふっとラウルの腕から離れて鎌首を持ち上げた。
 その場にいた全員がギョッとなった。

「な、なんだそれは!? なんと不吉な!! 退がれ、ラウル!!」

 王が訳もわからず喚き散らす。
 王を守ろうと、護衛の家臣が王を取り囲んだ。
 鎌首を持ち上げた黒龍は、黒い目をギラギラ光らせて、まっすぐ王を見つめ、かぁああっと耳まで口を開いた。赤い舌と白い牙が光った。
 その禍々しさに、王の護衛も一歩二歩と怯んだ。
 今や広間はラウルと黒龍から立ち上る禍々しい気で満たされ、全員が凍りついたように身動きができなくなっている。黒龍の怒りとラウルの怒りが見事にシンクロしていた。膨れ上がった二つの殺気は、いよいよラウルの腕から黒龍を解き放ち、今にも王の喉笛に飛びかからんとしていた。
 とその時──

「ラウルッ!!」

 ララの声が広間に響いた。
 怒りに燃えていたラウルの目が、その声でハッと一瞬我に返った。

「ここは私の王宮だ! この王宮には、私の大切な思い出がたくさん詰まっているのだ! そして、そなたも私のその美しい思い出のひとひらなのだ……!」

 ララの灰色の目から、涙が溢れて止まらない。

「ラウル、こっちを見ろ……」
「……」

 ラウルはララに背を向けたまま、じっと固まっている。

「ラウル――…」

 ララが泣きながらラウルのその背に呼びかけた。
 ラウルが、ゆっくりこちらを向いた。

「ララ……」
「憎しみに溺れるより、私を愛していると言ってくれ……」

 ララがラウルに向かって両腕を差し出した。
 ラウルが思わずその腕を取ろうとした刹那、ゴダール王の甲高い声が広間に響いた。

「その紛い物の化け物を斬れ!」

 ハッと思うまもなく、ラウルの腕から伸びた黒龍に向かって、護衛の剣が振り下ろされた。
 その剣をまともに受けた黒龍が、パッと両断されて霧となって霧散した。

 おおおお!

 広間にどよめきが起きた。
 振り返って黒龍を斬った護衛にラウルの怒声が響いた。

「馬鹿者! それこそが神龍、黒龍ゴダールなのだっ!!」

 ラウルの叫びに、王とその他のゴダール王家の面々が、愕然と目を見開いた。
 広間に立ち込めていた黒い霧が、蠢きながら広間いっぱいに広がり、龍王色のゴダール一族を包み込んだ。その途端、一族が次々に悶え苦しみ、身体中の穴という穴から黒い霧を吹き出しながらバタバタと倒れていった。霧はそれを取り込み、ますます濃く大きく膨れ上がりながら、何かの形を成してゆく。
 広間にいた大勢が逃げ出した。逃げ遅れたものは、凍りついたまま、なすすべもなくそれを見守り続けた。
 ララを守ろうと、レイチェルや臣下がララを慌てて連れ出そうとしてララの激しい抵抗に遭っている。

「やめろ! 離せ!」

 同時に「チャールズ王!!」という誰かの悲痛な叫びがする。
 一族を取り込んだ霧はとうとうチャールズ王を飲み込んだ。
 王は身体中から黒い霧を吐き出し、吸い込まれ、顔はみるみる皺が刻まれ、黒い髪は茶色くなったかと思うと白髪に覆われ、醜くしなびた小さな老人になると、自らの重みに耐えかねたようにぺたんと床に座り込んだ。
 そして闇のような黒い霧は、最後にラウルの前で広がると、まるで食らうように頭からざあああっと呑み込んだ。

「ラウル!」

 飛び出そうとしたララを、レイチェルが掴んで引き止めた。

「ララ様!!」
「離せ! 離してくれ! ラウル!!」
「いけません!! 王よ!!」

 必死でもがくララを、ポルドまで加わって引き止めた。
 真っ黒な神龍に飲まれてゆくラウルが、完全に見えなくなる寸前、ララに向かって声に出さずに笑顔で愛していると言った。

「ラウル!! いやああああっ!!」


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...