神様のイタズラ

ちびねこ

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第一章

出会い

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「……」
 鈴は思った、この世界に神様というものが居るのならば、私の事が嫌いなのだろうと。
 都内の私立高校に入学した鈴は、入学式のこの日、一年五組に入った。
 本来なら五十音順がセオリーなのだろうが、好きな席に座って良い、とのこと。
 鈴は神奈川出身だ、単身上京して、この学校には友達は居ない。
 そんな鈴にとって、この教室はとても居辛かった。
 中学から同じ学校であろうもの、新しく、話せる友を見つける者。
 そんな彼らが、鈴には眩しく見えた。
 しかし、いつまでもこうして、扉の所で立って居る訳には行かない。
 鈴は空いている席をと、探した。
 自分としては余裕を持ってきたつもりだったのだが、それでも遅かったのか、半数ほどの席は埋められていた。
 グループ分けされたかのように話している男女の間の席になど、座れるわけがない。
 となると、せめて端っこ。
 鈴は改めて教室を見渡した。
 窓際、最後尾。
 最高の席があった。
 しかも、その周囲はまだ人が居ない。
 今、自分が座るのは容易い。
 鈴は迷わず、その席へと座った。
 少しだけキョロキョロと周りを見渡した後、落ち着いて、下を向く。
「大丈夫、普通にしていれば、大丈夫」
 誰にも聞こえないような声で、鈴は呟いた。
 そうして少しすると、一つ前の席そして斜め前の席に、誰かが座った。
 女子だった。
 二人組で、仲が良いのか、並んで座っている。
 なにやら遊んだ時の話をしているようだが、やはり鈴にはわからない。
 こっちから、話し掛けるべきなのだろうか?
 それとも、話し掛けてみるべきなのだろうか?
 鈴は迷っていた。
「あ、初めまして」
 不意を突かれた。
「ウチ、小川三智子って言います」
「あ、私は、瀬尾美香です」
 目の前に居た二人は、鈴に話し掛けて来た。
「はっ!? え、えっと……」
 大丈夫、普通に話せば問題は無い。
「私は、秋山……鈴って言います」
「秋山さんか、よろしくね」
「よろしくお願いします」
 そう言って、笑顔で笑う二人、鈴は、ぎこちない笑顔でそれに応えた。
 そうして、次は何を聞かれるのだろうか、と考えていた。
 しかし、次はなかった。
 二人は元に戻って、話を始めてしまった。
 初対面なんて、そんなものだ、それに、入学当日。まだまだ時間はたっぷりある。
 友達は、これから作れば良い。
 そんな事を考えている内に、ほぼ全ての席が埋まった。
 鈴の、隣の席だけが、空いていた。
 当然だよね、こんな根暗の隣、嫌だよね。
 鈴は、内心そう思っていた。
 そうすると悲しくなって、涙が出そうになってしまう。
 いけない。
 鈴は眼鏡を取ると、目を擦った。
 そうして、眼鏡を掛け終えると同時に、ガララと、前の方の扉が開かれた。
 その音の大きさに、誰もが扉の方を向く。
 鈴も、そのうちの一人だった。
 皆、ぎょっとした顔を一瞬した後、まるで何も見なかったかのように、元に戻った。
 扉を開けたその人物は、ゆっくりと、鈴の隣、たった一つ空いた席の方へ歩く。
鈴は心臓が高鳴るのを感じだ。
少女は鞄を置くと、なんと机に座った。
「ふーん」
 少女はつまらなそうな顔で教室内を見渡す。
 目の前の小川と瀬尾は、すごく気まずそうながらも、話を続けていた。
 その理由は少女の外見だった。
 ブレザーのボタンは、開けっ放し。ワイシャツは上のボタンが外れていて、そもそもリボンを付けていない。更に、スカートの丈が短かった。
 そして、セミロングの金髪。ピアス。
 不良少女。
 この外見を見たら、誰もがそう言うだろう。
 鈴の通うこの高校は、確かにあまり評判は良くなかった。
 だが、ここまでの人物がいるとは、予想していなかった。
 しかも、自分の隣に。
 鼓動が早くなる。
 このままでは、二の舞どころでは済まされない。鈴は思った。
 そんな事を考えていると、少女は机から降りて、そして、鈴の方を向いた。
 目線を下にしているので、目が合うことはない。
「ねぇ」
 そんな考えが甘かった。
 少女は、わざわざ姿勢を低くして、鈴と目線を合わせた。
「っ!?」
 たまらず、目線を逸らす。
「あー、人と話す時は、目を合わせろよ」
 なんだか不機嫌そうな声で、少女が言う。
 この場合は大人しく従うのが一番。
 鈴は目線を合わせた。
「あんた、名前何?」
 じっと、まるで睨み付けるような目つきのまま、少女は聞いてきた。
「……です」
「は?」
「……ず、です」
「聞こえないんだけど?」
 明らかに苛立っている声。
 鈴は今にも泣き出しそうだった。
「はい、みんな席に着け」
 そんな時に、時間がやって来たのか、担任が入っていた。
「あー、なんだよあいつ、タイミングわりぃな」
 ちっ、と舌打ちする少女。
「古野原伊音」
「えっ?」
 突然の言葉に、鈴は声を漏らす。
「えっ、って、あたしの名前だよ」
 少女が言う。
「覚えときな」
 その顔は、先程までの不機嫌さはどこに行ったのかと思えるほどの、笑顔だった。
「は、はい」
 咄嗟に、鈴は笑顔で、それに応えた。
 そうして、入学式の事について説明している最中。
 担任はしきりに、鈴の方を見て来た。
 正確には、鈴の隣、古野原の方を見ていた。
 しかし、それでも担任は指摘することなく、話を続けている。
 関わらないと決めているのだろうか? それとも、問題児だと分かっている上で、入学をさせたのか。
「以上だ」
 話を終えた担任は、今一度、皆を見渡した。
「あー、これから一年、皆で仲良くやっていこう」
 差し障りのない言葉で、締めた。
 そうして、入学式の会場へ移動するため、鈴は席を立った。
「あー、ちょっと」
 また、話し掛けられた。
「な、何でしょう?」
「あたしさっきの話聞いてなかったんだけどさ、この後どうすんの?」
「え?」
「いや、だからこの後どうすんの?」
 どうすればいいのだろうか、鈴は黙り込んでしまった。
「いや、何か言えよ」
 また、機嫌の悪そうな声。
 不味い。
 そう思った鈴は、しどろもどろ説明した。
 廊下に並んで、そのまま入学式の会場、体育館に向かうと言う事を。
「あ、だからみんな廊下に出てんのか」
 ゾロゾロと扉から出て行く生徒達を見て、古野原は言った。
「いやー、教師の長ったらしい説明なんか聞いてらんねえよな」
 そう言って、笑う古野原。
「でもよー、お前の説明も結構酷いぞ? どもってたし」
「す、すいません」
 気を悪くしないようにと、鈴は謝った。
「気にすんなって、入学式で緊張してんだろ?」
 古野原はそう言って、鈴の手を引いた。
「え、あの……」
「いつまでも突っ立ってると置いてかれちまうだろうが、行くぞ」
 ぐいぐいと引っ張られ、鈴はされるがままに、出た。
「うわ、後ろ行くのめんどくさ」
 ずらりと並んだ列を見て、古野原が言う。
「なぁお前ら、後ろ行くのめんどいから、あたしら前に並んでいい?」
 一番前は男子生徒二人だったが、古野原の外見と、声の威圧には敵わなかったのか。代わりに後ろの方へと向かっていった。
「あ、あの……」
 勇気を出して言おう、こういうのは良くないことだと。
「あ? 良いんだよ、レディーファーストってやつ」
「……はい」
 鈴は何も言えずに、ただただ従った。
 そうして、入学式。
 拍手と共に、迎え入れられた。
 そこで鈴が目にしたのは、古野原は特別問題児だと言う事ではないと言うことだった。
 上級生の方にも髪の色を変えている者がちらほら、別のクラスの女子にも、柄の悪そうなのが居た。
 そのせいか、鈴はこのクラスで一番目立つであろう古野原の隣に居るにもかかわらず、視線をあまり受けずに居た。
 そうして、最初に校長のスピーチが始まる。
 鈴は最前列だったせいで、一番端の席に、その隣に古野原がいた。
 校長の話を聞きながら、鈴はちらりと目線を古野原に向ける。
 椅子に怠そうに座って、頬杖をついていた。
 そうしているうちに、新入生、そして上級生のスピーチ。
 生徒達は皆、起立している。
 鈴は、不安感、そしてて違和感覚えながら、立っていた。
 徐々に、視界が揺らぐ、足が震え出す。
 自分でも分かった。何度も経験している。
 これは、貧血だ。
 鈴は緊張事があると、貧血を起こすことが今までもあった。
 だからといって、このタイミングはまずい。
 気分が悪い場合、座っても良いとは言われていたが、隣が古野原な以上、今座ったら、後で何を言われるか分かったものでは無い。
「はーっ……はーっ……」
 そうこうしているうちに、息も荒くなってきた。
 恐らく、顔面も蒼白だろう。
 ここまで来れば、誰か、端に居る自分の様子を、教師の誰かが気が付いてくれる。
 そう思っていたが、一向に気が付いてくれる気配はなかった。
 限界、倒れ込みそうになった。その時だった。
「おい、お前大丈夫かよ!」
 大声で、そう言いながら、なんと古野原が鈴の身体を支えた。
 スピーチが中断され、ザワザワと自分の周りが騒がしくなるのを、鈴は感じた。
「ちょっ、顔色まじやべぇって! おい誰か!」
 事態に気が付いた教師達が、数人やってくる。
「とりあえず保健室に運ぼう」
 朦朧とする意識の中でも、声だけは聞こえた。
「は? お前が運ぶとかセクハラだろ!? 女の先生呼んでこいよ!」

 そこで、鈴は気を失った。
「……ん」
 ゆっくりと、鈴は目を開ける。
 見知らぬ天井。
 しかし、仕切り用のカーテンがあることで、ここが保健室なのだと、鈴は気が付いた。
「気が付いた?」
 優しい声を掛けられ、鈴はそちらの方を向いた。
 白衣を着た、保健室の女の先生が居た。
「大丈夫? 意識、はっきりしている?」
「はい、大丈夫です」
 そう言って、鈴は起き上がろうとしたが、まだ駄目だと、先生に止められた。
「もう入学式も終わる頃だし、間に合わないわ、そのままゆっくりしていなさい」
「あの、私は……」
 ダッダッダという駆け足が、聞こえる。
 それは、保健室の目の前で止まり、そして乱暴に扉が開かれた。
「あいつ! あいつは大丈夫なのか!?」
 あ、この声は確か……。
「こら! 保健室では静かに、廊下は走らない!」
 先程までの優しい声とは変わって、厳しい声で先生は言った。
「あ、すんません」
 最後に聞いた言葉と違って、低い態度で、先生に接している。
「おい、ちゃんと生きてんのか?」
 すぐに、古野原の顔が目に映った。
 とても心配そうな顔で、鈴の事を見ていた。
 外見からは、とても想像がつかない顔、だと失礼ながら鈴は思った。
「大丈夫です」
「はーっ……まじ、超焦ったし」
 そう言う古野原の肩は、大きく上下に揺れていた。
「走って、ここまで来たんですか?」
「そうだよ、入学式終わって、退場した瞬間からダッシュ」
「な、なんでそんな」
「そりゃ、お前が死んじまうんじゃないかと思ってな」
 その目は真剣だった。
「大丈夫、貧血じゃ、死んだりはしないわ」
 先生が言う。
「あ、どうも、こいつ助けてくれてありがとございます」
 一応、敬語も使えるらしい。
「いや、でもホント焦ったんすよ!? 横見たら死にそうな顔のこいつがいて!」
「まぁ、あんなに白い顔を見たら焦るのも無理はないわね」
「でしょ? んでまぁ、救急車でも呼ぼうと思ったら先生来てくれて、ホント助かりました!」
 そう言って、頭を下げる古野原の姿が、鈴に映った。
「あなたって……」
 先生が言う。
「失礼な事を言ってしまうけど、外見の割に、優しいのね?」
「は? 何言ってるんですか?」
 怒ったような顔で、古野原が言う。
「他人ならほっといたかも知れないけど、同じ学校で、隣の席のやつですよ? そんなやつがこんなことになったら、心配すんのくらい当たり前じゃないですか」
 鈴は、この時思った。
 この人は、まだよくはわからないけれど、もしかしたら、自分と仲良くなってくれるかも知れない。
「えっと、古野原さん」
「あ? なんだよ?」
 さっきまでとは違って、また威圧するような声。
 しかし、それは怒っているからではなく、病人は大人しく寝ていろという様な、言い方だった。
「私、秋山鈴って言います」
「ん?」
「朝、ちゃんと言えなかったから……」
 鈴が言うと、古野原は少しだけ黙った後。
「まぁ、そういうしっかりとした心掛け、嫌いじゃねーよ」
 と言って、笑うと。
「これから、よろしくな」
 そう言って、古野原はにっこりと笑った。
「はい、よろしくお願いします」
 鈴は、久々に自然な笑顔で、それに応えた。
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