神様のイタズラ

ちびねこ

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第一章

友達?

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 数日後。
「……」
 昼休み。
 鈴は、小さな弁当箱の中身を突きながら、一人で食事をしていた。
 貧血の翌日は、何人かの生徒が気に掛けて話掛けてくれたが、それからは一向に話掛けてくれる様子は無い。
 かといって、自分から話掛ける勇気もなかった。
 ちらりと前に目を遣ると、小川と瀬尾が仲良くご飯を食べていた。
 小川はショートヘアのボーイッシュな雰囲気を持つ少女。
 対して瀬尾はロングヘア、口調も大人しく、大和撫子と言った言葉が似合いそうだった。
 対して自分は……鈴はそう思うと、長い前髪で自身の顔を隠した。
 そんな時、後ろの扉を開けて、誰かが入ってきた。
 鈴はちらりとそちらに目を遣る。
 古野原だった。
 古野原はお腹を擦りながら、辺りを見渡す。
 生徒達も耐性が付いたのか、何の気にもとめず、自分達の世界に居る。
「あ、おい、お前」
 なんと、話し掛けられた。
 隣の席の、古野原伊音に。
「え? ど、どうしたんですか?」
 思えば入学式の保健室以来、挨拶程度しか会話をしていなかった。
 だと言うのに、何故今更になって話し掛けて来たのだろうか。
「頼む! 一口で良いから弁当わけて!」
 そう言って、顔の前で手を合わせる古野原。
「いつも通り購買でパン買おうとしたらさ、急遽休みだって言うんだよ、まじありえねーだろ? それで、吉原と能登に弁当わけて貰おうと思ったんだけど、わけてくれねーんだよ」
 吉原と、能登。
 噂だけは聞いている。
 なんでも不良の女子生徒だとか。
 古野原の様な人を見ると、人間外見だけではない。と言う事が分かるのだが、それでも、悪い噂が多かったので、どうしても不良と判断してしまう。
「一口で、良いんですか?」
「え? もっとくれんの?」
 キラキラした目で聞いてくる古野原、鈴は少し間を開けて。
「私、あんまり食べないので……」
 嘘ではない。実際、鈴の弁当箱は他の女子生徒の弁当箱より一回り小さかった。
 ただ、それで丁度良いと言うだけで、古野原にわけてしまうとやはり物足りなくなる。
 それでも、この前の礼として、かつ機嫌を損ねさせないようにと、鈴は弁当箱を差し出した。
「お、卵焼きとかハンバーグとか、量少ないけどけっこー色々あるんだな」
「は、はい」
「それじゃあ卵焼き一個くれよ」
 そう言って、古野原は指さす。
「あ、お箸洗ってきます」
「え? 何いってんの? そんなのそのまま使えば良いじゃん」
 と言う古野原。
「え、良いの?」
「何が?」
「き、汚いとか……気持ち悪いとか……」
「全然思わねえけど? それより腹減った! 早くくれ早く!」
 そう言うと、古野原は鈴から端を奪った。
 そうして、卵焼きを取り出す。
 ぱくり。
「お、うめえひゃん!」
 食べながら、古野原が言う。
 そうして、ご飯、ハンバーグ、ご飯、卵焼き、と三回ほど食べた後。
「んー、もういい」
 そう言って、古野原は箸を鈴に返した、
「え? 足りないんじゃないですか?」
「いや、確かに足りねーけど、これ以上貰うと、お前食い足りなくなるだろ」
「え」
 どうやら、見透かされていたようだ。
「まぁ、何も食わないより全然マシだから、助かった」
 鈴の肩にポンと手を置いて、笑う古野原だった。
「あ、あの、古野原さん」
「ん?」
 突然話し掛けられて、古野原はそちらを向いた。
 鈴もその方を向くと、小川と瀬尾の二人が居た。
「ウ、ウチの弁当、ちょっとだけなら食べても良いよ?」
「わ、私のも」
 どういう状況なのか鈴は把握出来なかった。
 だが、古野原にとって、それはどうでも良かったのか。
「まじで!? いやーお前ら良い奴だな! んじゃ二個くらい貰って良いか?」
 そう言って、小川と瀬尾の弁当を食べる古野原だった。
 そうして、それらを食べ終えると。
「まぁ、こんだけ食えれば、午後持つわ」
 そう言って、古野原はお腹を擦った。
「そう? 良かった」
「おう、ありがとなー」
 小川が言うと、古野原は素直に礼を言った。
「んで、お前さ―」
 くるりと、向きを変えた古野原は、鈴に話し掛けて来た。
「えっ」
「今日はもう、昼休み話す相手いねぇんだよ、適当に話さね?」
 鈴は非常に困った、しかし、やはり意志が弱く。
「は、はい」
 大人しく、古野原と話をすることにした。
「おーう、んじゃ色々話すかー」
 そう言って、自分の席から椅子を持ってきて、鈴の近くに古野原は座った。
「お前さ、どこから来たんだよ?」
「んと、か、神奈川です」
「まじで!? 通学大変なんじゃね!?」
「いえ、近くのアパートで一人暮らししてるので、大変じゃないです」
 鈴が言い終えると、古野原は目を輝かせて。
「一人暮らし!?」
 と、聞いてきた。
「それって最高じゃね!? うるせー親居ねえし、遊び放題じゃん!」
「え、それは……」
「ん? なんだよ?」
「私は、寂しい、かなって」
 鈴はここでやっと、自分の意見を言った。
「今までずっと一緒に居てくれた親と離れて、一人で暮らしていると、心細いんですよ。炊事洗濯とか、お母さんが居るから楽だったんだなって、今は思ってるんです」
「……へー」
 機嫌を損ねてしまったかとも思ったが、古野原は至って普通、と言った反応をした。
「一人暮らししたことね―から、わかんねえな」
 そう言って、古野原は頬杖をついた。
「あ、あの、古野原さんはどこから?」
「あたし? あたしは電車で三駅離れたとこからだな、三十分ちょっとかかるから、めんどくさい」
「そうなんですか」
「で、鈴は通学に何分掛かるんだよ?」
「……」
 先程、近くと言ってしまった手前、鈴はすごく言い辛かった。
 しかし、ぼそりと言う。
「じゅ、十五分くらいです……」
「往復?」
「いえ、片道……」
「え? それって近いのかよ?」
「わ、私の中学は通学に片道三十分掛かってたから、それと比べたら近い、って思ってて……」
 そう言って、鈴は誤魔化す様に自分の弁当に口を付けた。
「んじゃー、今日の放課後はお前の家行くかー」
「えっ!?」
 鈴はびっくりして、古野原の方を向く、はっきりと目が合った。
「ん? 一人暮らしなんだろ? だったら、別に良くね?」
「えー、えっと…‥はい、良いです」
 やはり押しに弱かった。
「んじゃ、決まりなー」
 その後も、話をしていたが、流行などの話は無く、どちらかと言えば、神奈川の日常について、鈴が質問攻めにされた。
 そうして、昼休みが終わり、授業と授業の合間。鈴はトイレに向かった。
 そうして、出ると。
「ねぇ」
 声を掛けられ、鈴は前を見た。
 小川と、瀬尾だった。
「秋山さん大丈夫?」
 小川が聞く。
「え? どういうこと、ですか?」
 事態が飲み込めない、鈴は質問を質問で返した。
「いや、昼休みの件なんですけれども、秋山さん、古野原さんにお弁当をわけるように頼まれていましたよね」
 瀬尾が、頬に手を当てながら言った。
「はい」
「嫌だったっしょ? でも、ああいうのには逆らえないからねー」
 そう言って、鈴の肩に、手を置く小川。
「私達では、ああいった助け船を出すことしかできませんでした」
 きっと弁当を、わけた事だろう。
「ウチら的には、古野原さんって根っからの不良って感じじゃない…‥とは入学式に秋山さん助けた時から思ってたけど、色々図々しいじゃん?」
「ですので、今後もまた色々されるかも知れません」
「は、はぁ」
「困ったら、先生とかに相談しな?」
 私達に相談しな? ではないんですね。鈴は、ほんの少しだけ思ったが、
「はい」
 そう言って、首を縦に振った。
小川と瀬尾は教室へと戻っていった。
「……あの人は、悪い人じゃないよ」
 小さく呟いて、鈴は遅れて、教室へ戻った。

 放課後。
 鈴は教科書を鞄に詰めると、席を立った。
「お、支度はえーじゃん」
 隣では、恐らく殆ど空であろう、いかにも女の子らしい可愛いバックを持った古野原が、待機していた。
「あの、教科書とかは……」
「重いから、全部置いておけば良いんだよ」
「そうですか……」
「それじゃあ行こうぜー、お前の家―」
 そう言って、古野原は鈴の手を引っ張った。
「あ、あの…‥」
「なんだ?」
 鈴に声を掛けられ、古野原は手を離した。
「スーパー、寄っても良いですか?」
 折角遊びに来ようとしているのに、空気が読めなかっただろうか。
 そんな事を考え出した鈴に、
「別に構わねえよ? 一人暮らしで食材必要なんだろ?」
 とだけ、古野原は言った。
 そうして、学校を出て、二人は近場のスーパーに入った。
「うわー、こういうとこあんま来ないから新鮮だわ」
 辺りを見渡しながら、古野原は言った。
「そうなんですか?」
 買い物カートを押しながら、鈴が言う。
「あ、それ、あたしが押すわ」
 そう言って、古野原は鈴からカートを奪った。
「家に入れてくれるお礼って奴よ」
 そういうことならば、鈴は素直に甘えることにした。
「んで、何買うの?」
「そうですね……卵とか野菜とか…‥一人だから、あまり量買うと腐っちゃうので、こまめに買い物に来ます」
「いや、こまめに来るとかは聞いてねーんだけど?」
 ジトっとした目で鈴の事を見る古野原。
「あっ、ごめんなさい……」
「いや、別に」
 少しだけ気まずくなりながらも、二人は買い物を始めた。
「あー、菓子とか買っていくか、代金出すから、一緒のカゴに入れて良いか?」
「は、はい、構わないです」
「んじゃ菓子コーナー行ってくるわ」
 そう言って、一旦カートを鈴に戻して、古野原は早足で歩いて行った。
「……なんだか、楽しいな」
 こうやって、家族以外の者と買い物をするのは、鈴にとって初めてだった。
 それでも……。
「……っ」
 嫌な記憶が蘇る。
 鈴は首を左右に振る、そうして、自分に暗示を掛けた。
 大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫。
「おら、ポテチー」
 カゴに、物を投げ入れられて、鈴は我に返った。
「ん? なんかお前、また顔色悪くね?」
 じっと、古野原の黒い瞳が鈴を見る。
「また貧血か?」
「いえ、大丈夫ですよ」
 鈴はそう言うと、近くにあった人参を、カゴに放り込んだ。
「なら、良いんだけどな」
 古野原はカゴを持ち直すとそう言った。
「やべ、わかんね」
 買い物を終えて、袋詰めを始めようとした時に、古野原が言った。
「袋詰めの順序、ですか?」
「あぁ、こういうことやったことねーからな、卵一番下にしたらやばいってのはさすがに分かるんだけど」
 そう言って頭を掻く古野原。
「古野原さんは、こっちの袋に飲み物とお菓子を入れてくれれば大丈夫ですよ、野菜とかは、私が入れるので」
「そっか」
 言うと、古野原は菓子やペットボトル飲料を袋に詰め始めた。
「分からない、と言っていましたけど、上手に入れられてるじゃないですか」
「あー、こういうのはコンビニで店員が入れてくれんだろ? だから、それと同じ要領だよ」
 周りを見ることに、長けている人だと、鈴は思った。
「袋詰め終わり、って重いわ!」
 二リットルのペットボトル飲料がいくつか入っているので、古野原の持っている袋はだいぶ重そうだった。
「大丈夫ですか? 持つの交換しますか?」
「いや、貧血起こすような奴には、これは持てねーって」
「あぅ……」
 嫌がらせで言っている訳ではないのだろうが、鈴は若干、その言葉に傷ついた。
「あ…‥わりー! あたしって口悪いから、思ったこと言っちまうんだよ!」
 鈴の様子に気が付いた古野原が、慌てて言う。
「って、これじゃあひでーこと言っているの否定してねーじゃん!」
 自分で、自分にツッコミを入れる古野原。
「くすっ……」
 鈴は自然と、笑みを漏らした。
「お、なんとか気を悪くしないで貰えたか」
 にこっ、と笑う古野原を見て、鈴はハッとした。
「でも、古野原さんの言うとおりです。私、身体弱いので」
 事実、数ヶ月に一度の頻度で、今まで鈴は風邪を引いていた。
「まじかー、あたしは病気とかしたことないわ」
「そうなんですか」
 自然と、スーパーを出ながら二人は話を続ける。
「あ、でも一度だけ虫歯になった事があってな?」
 古野原が続ける。
「これ、内緒話な、ビビリとか言われるのまじ勘弁だから」
 真剣な顔で言う古野原に、鈴は首を縦に振った。
「あれはありえねー、ドリルで歯を削るとか、まじありえねー……、手元狂わせたら口の中終わる」
「お、お医者さんはそんなことしないんじゃ?」
「歯医者って藪医者率高いんだぞ、お前」
 確かに、インターネットでそんな事を見たことがあると、鈴は思った。
「しかも、差歯だの、やたら高いの勧めてくる、ろくでもない奴ばかり」
 古野原はそう言って、荷物を持つ手が辛くなったのか、左手から右手に持ち替える。
「ま、全員ってわけじゃねえよ、どんな業界にも本気でやってる奴なんて居るし」
 最終的には全否定はしない。今までの古野原の流れから、鈴はなんとなく思っていた。
「それにしたって、駅と正反対の方向だから、帰りが大変になりそうだな」
「すいません、その方が家賃が安かったので」
「ま、スーパーとかが遠いわけじゃないし、懸命な判断だな」
 伊音はそう言って、笑った。
「ここか?」
 こじんまりとしたアパートの一階の端の部屋の前に立った古野原が鈴に聞く。
「はい、外見は古いけれど、内装はリフォームしたので綺麗ですよ」
 そう言って、鈴は鍵を取り出し、そしてあることに気が付いた。
「……あ」
 他人を迎え入れるなど、想定もしていなかったからこそ、今この瞬間まで、鈴は自分の部屋の状況を忘れていた。
「どうした?」
 顔色を変えた鈴を見て、古野原が聞いた。
「ちょ、ちょっと部屋が散らかっているの思いだしまして、掃除しても良いですか?」
「あー、まぁ散らかった部屋はあんまり見られたくないものか、どれくらい時間かかる?」
「……十分くらい、かと」
「んじゃこのままアパート前で突っ立ってるのも不審に思われそうだし、迷わない程度に辺り回ってくるわ」
「はい」
 古野原が出て行った後、自室に入った鈴は、どうしようかと考えた。
「とりあえず、隠せば良いかな…‥でもこの量……」
 鈴は自分の頭で考えつく、最大限の物隠しをした。
「もう外に出ないと、古野原さんが待ってる……」
 鈴は緊張しながら、玄関を開けて、古野原の姿を探そうとした。
「いってぇ!」
 ガツン、と言う音と共に、声が聞こえた。
 慌てて鈴は、半分ほど開いた狭いドアから身を出した。
「こ、古野原さん!?」
「い、いきなり開けんなよ! びっくりしたし痛いわ!」
「え!? だって、居るなんて思わなくて……えっと、ごめんなさい」
 鈴は思いきり頭を下げた。
 ガツ。
「痛っ!?」
「また痛てぇ!」
 鈴と、古野原の頭がぶつかったのだった。
「あ、その、ごめんなさい。本当に、悪気は無いんです。本当に……」
 痛いのもあったが、悪い事をしてしまったと思い、鈴は目を潤ませた。
「ちょ……、いや! あたしが悪かった! すまん、許せ!」
古野原は頭を下げ、頭の上で手を合わせて言った。
「え? え?」
 鈴は焦って、あたふたする。
「い、いえ! そんな悪くないです! いきなり開けた私が悪いんです!」
 身振り手振りを加えながら、鈴は言った。
「いや! 私が!」
 古野原はまだ、頭を上げない。
「頭を上げてくださいよぉ……」
 また、鈴が泣きそうになる。
「上げる!」
 古野原はそう言って、頭を上げた。
「いやー、いきなり泣きそうになるから、謝って押せばどうにかなると思ったんだけどな? やり過ぎちゃった感じ?」
 あはは、と頭を掻きながら古野原が言う。
「えっと、私が泣かないようにって?」
「まぁ、それもあるけど、実際ドアのすぐ真ん前に立ってたあたしが悪いのもあったからな、半分本気」
「そうですか、ありがとうございます」
 鈴はそう言って、軽く頭を下げた。
「は? なんで感謝されてんのあたし」
「気を遣ってくれた事に対しての感謝です」
 鈴はそう言って、微笑んだ。
「ささっ、どうぞ入ってください。まだ少し肌寒いですから、いつまでも外に居ると辛いです」
「なんか逆に気を遣われてるんだけど……まぁいいや、あがるわ」
 そう言って、古野原は靴を脱ぎ、鈴の部屋へと足を踏み入れた。
「おー、フローリング、家具新品、引っ越ししてすぐって感じじゃん」
「えへへっ、まだ一ヶ月も住んでないですし」
「で、まだ整理しきれてない段ボールがベッドの下に押し込まれている……ってわけか」
 ベッドの下を覗きながら、古野原が言った。
「何してるんですか!?」
「探索じゃね?」
「タンスとかは、勝手に開けないでくださいね!」
「まぁ、その辺に入ってるものは大体分かる」
 鈴はそう言われると、顔を赤くした。
「何? 何を想像してんの? 言ってみろよ~」
 そう言って、古野原は肘で、ぐいぐいと鈴の脇腹を突いた。
「そ、それは……あぅ…‥」
「まぁ、気にしちゃうお年頃、ってやつ?」
「の、飲み物入れますから!」
「あ、逃げやがった」
 鈴は今さっき買ってきたジュースを、グラスに注いだ。
「つか、ワンルームだから逃げられねぇよ?」
「古野原さんはお客さんですから、テーブルの前で座って居れば大丈夫ですよ?」
「わ、分かったもうこの話やめる。なんかお前怖えぇ」
 そう言うと、古野原は言われた通り、テーブルの前の小さなソファに座った。
「テレビ着けて良いか?」
「構いませんよ」
 そう言うと同時に、テレビの音が鈴の耳に入った。
「デフォで1チャンとか、お前ニュースしか見ねぇの?」
「へ? あー、平日の朝はこのチャンネルだから、そのままなんです」
「なるほどなー、まぁ、天気とか見るのに一番適してるしな」
「はい、これジュースです」
 そう言って、鈴は古野原の前にグラスを置いた。
「ありがとな、ってお前は何で湯飲み?」
「一人分しかグラスがなくて……」
 そう言って、鈴は苦笑いする。
「んー、分かんねぇ」
「え?」
「友達とか出来たら、お前一人暮らしだから、家に集まるって、考えられねぇの?」
「……」
 鈴は黙り込んだ。
 確かに、古野原の言う通りだ。
 普通ならば、友人が出来るのを前提として、そういった対応を「するのが当たり前なのかもしれない。
 でも、鈴にとっては、これが当たり前だった。
「お前、東京に来た、特別なりゆうでもあるんじゃねぇの?」
「……これ以上は、古野原さんには隠しきれないですね」
 鈴は開き直った。
「私、中学校の時、友達居なかったんですよ」
「……へぇー」
 古野原が、適当な返事をする。
 その目は鈴ではなく、テレビを見ていた。
 それでも、鈴は話を続けた。
「それだけなら良かった、かもしれないです。けど、私、いじめに合っていて」
「なるほどな」
「だからいじめていた人の居ない東京の学校に来たんですよ、それなのに、初めからこんなんじゃ、きっと友達出来ないですよね、それに、またいじめられちゃいますよね……」
 古野原が、自身の横に置いてあったバックを漁り始める。話に聞き飽きて、携帯でも探しているのだろうか。
「ごめんなさい、こんな話しちゃって」
 そう言う鈴の顔に、何かが当てあてられた。
「な、なんですか?」
「涙拭いてんだよ」
 そう言われて、鈴は当てられている物がハンカチだと気が付いた。
 同時に、拭かれていない反対側の頬に手をやった。
 手が、濡れた。
「えへへっ、人前で泣いて、またいじめられちゃう……」
「おい、鈴」
 古野原が鈴の涙を拭きながら、しかし、鈴の目をじっと見つめながら、真剣な声で言った。
「あたしに言いたい事あるなら、今のうちに言っとけ? たぶん、言おうが言わまいが今後の対応は変わらねえから」
 古野原がそう言った。
「でも、そんなことしても……」
「やる前から諦めて、そんなんだからいじめられてたんじゃねーの?」
「……」
 古野原の言う事は、間違っていない。
 ずっと我慢して、怯えて過ごして来た。
 それでは、やられているだけだ。
 やり返す、そういった行動を、する必要があるのではないか。
 けれども、失敗したら、もっとひどい仕打ちが待っているのは、確実だった。
 けれども、古野原はどうしようが、対応を変えないと言った。
 つまり、最初から全力で潰しに、いじめに来るつもりなのかもしれない。
 だったら、言いたい事を言う事くらい、暴力なんかと比べたら、いい事なのかもしれない。
 鈴は、覚悟を決めた。
「それじゃあ、言っちゃいます。最後の抵抗です」
「あぁ」
 大きく息を吸って、スカートを握りしめて、鈴は言った。
「なんで、私をいじめていた様な人と同じ喋り方をするのに、私に優しくするの! そんな怖い外見して、最初に優しくしといて、借り作って、後でお金とか取ろうって考えてるの!? どうして? どうして今日もこんな私の家に来たの? 二人でしか話せない事? 脅し? なら帰って! 帰ってよ!」
 言いたい事は沢山あった、でも、言葉にしようとすると、ぐしゃぐしゃの鈴の頭では、それが精一杯だった。
「やっぱ、あたしやり過ぎだよな、全部」
 古野原は言った。
「何が……ですか」
 今更ながら、鈴は敬語に戻した。
「分かってた、あぁ、こいつ友達居なかったタイプだな、もしかしたらいじめにもあってたかも知れないって」
「……そうなんですか」
「でも、確証もないのに決めつけるのが嫌で、お前に全部言わせようと、こうした」
 古野原が、真剣な顔で言う。
「あたしはお前、いや、鈴をいじめたりなんかしない。それは絶対約束する」
「そう言って、いじめる側に回った人が何人居ると思ってるんですか?」
「環境が人を卑屈にさせるってことを、あたしは知ってる。だから、信用なんてしてくれなくて構わない。」
「……」
「でも、こんな話を聞かされちゃさ、あたしにとって鈴はもう友達だわ、お前から見たら他人でも、あたしから見たら鈴は友達だ」
「訳分かんないですよ? 可哀想だから友達になってあげようってことですか?」
「一人にさせたくない、って思ったし、こいつ結構面白そうって思った。でもまぁ、どんな言い訳しても、結局同情みたいなもんからなのかな、あたしはそう思ってないだけで」
 そう言って、古野原は苦笑いをする。
「古野原さん」
「なんだよ」
「初めてのパターンで、信じて良いのか、分からない」
「……だろうな」
「でも、一応、信じてあげる。だから私も、古野原さんの事、友達って思っておくね」
「ちっ、上から目線かよ…‥。まぁ、今はそれで良いんだろうな」
 そう言って、少しの間の後。
「今のは、本当に悪かった。辛い過去思い出させる様なことさせて、あたし、加減とか分からねーんだ。今後もこういうことあると思う、その時は素直に怒ってくれて良いからな」
「わかった」
「……んでよ」
 古野原が真剣な顔のまま、言い出した。
「あたしの座ってる位置と対面に座ると、テレビ見れなくね? これ、座る位置変えようぜ?」
「……」
「なんだよ」
「……ぷっ」
 鈴が、糸が切れたかのように笑い出した。
「これだけ真剣な話しておいて、まあこれも一応真剣だけど、古野原さん切り替え早いって言うのかな? それが逆に面白くて、あはははっ」
「わ、笑うなよ! さっきの言葉、全部言ってて恥ずかしかったから誤魔化そうとしたのに、空気読めよ!」
 空気を読めだの、今までだったら傷ついたり、黙り込んでしまっていた。けれども。
「だって、おかしくって……ふふっ」
 今は、ただの悪ふざけで言っている。そんなノリなのだと、鈴は思った。
「ふーん、そういう対応するなら、こっちにだって考えあるんだけど?」
 そう言って、不敵な笑みを浮かべ、古野原は立ち上がった。
「これ、なんだ?」
「っ!」
 古野原は、布、正確にはシーツの掛けられた、大きくて長い箱のような物に手を掛けた。
「こんな不自然なもの、これ隠すために時間稼いだんだろうが、バレバレだっつの、いかがわしい何かなんじゃねーのか? まぁ、見て確かめてやる」
「や、やめて!」
 鈴が言うより早く、古野原はシーツを取った。
「……本?」
 古野原は首を傾げた。
「うぅ……」
 鈴は恥ずかしくて顔を伏せた。
「すげー量だな、ん? なんか表紙が……漫画か?」
 古野原が、本を手に取る音が、鈴には聞こえた。
 ここで、どういった反応を、古野原はしてくるのだろうか。やっぱり、あんなことを言っていても結局拒絶するのだろうか。
「……小説? そういや、なんか本屋行ったときにこういう本が置いてあるコーナーがあったな、なんて言ったっけなぁ」
「ライトノベル……だよ」
 鈴が言うと、古野原は首を傾げて。
「ライトノベル?」
 と言った。
「名前の通りあっさりしていて読みやすい小説って言うのかな、だからアニメとかにもなってる作品が多いよ」
「へぇー」
 言いながら、古野原はパラパラと本をめくった。
「いや、鈴。お前すげーな」
「え?」
 思いもしない反応に、鈴は声を上げた。
「あたし本なんか全っ然読まねーから、本読める奴素直に尊敬するわ」
「本って……ライトノベルだよ? その表紙とか、見てもなんも思わないの?」
「ん? あー、これオタクとかが好きそうな絵? ってやつだなー」
 そう言っているが、古野原の声は嫌悪を抱いた声では無かった。
「そうだよ? 気持ち悪い、とか思わないの?」
「テレビとかに映ってるようなやつはきもちわりーけど、全員がそういうんじゃないだろ、一部だけ見て全体を決めつけるなんて、馬鹿がすることだろ」
 その言葉は、古野原が鈴の好きな本を認めてくれた一言だったが、同時に、鈴は自分が馬鹿だったのだと、改めて思い知らされた。
 一部の、古野原の様な格好をした人を見て、人は皆不良と呼ぶ、自分もその一人だったからだ。
「そう……だよね」
 でも、鈴は素直にそれを認めることが出来ず、同意することしか出来なかった。
「んじゃ、おすすめ教えてくれよ」
「はい?」
 またもや唐突な古野原の一言だった。
「いや、多すぎてどれが面白いのか分からないから、教えろって言ってんだけど?」
「読む気なの? 本全然読まないって言ってたのに?」
「まぁ、友達と趣味共有したりするのも、交流手段だろ、その一つ」
 この人は、本気で自分の友達になるつもり、いや、なったつもりでいるんだ。
「……一番上の棚のシリーズが私は一番好き」
「これか……うえっ、このシリーズだけで一段埋まってんじゃん、どういうジャンルなんだよ」
「ファンタジー、あと恋愛要素もあるよ」
「ふーん」
 そう言って古野原は、一巻を手に取った。
「なんもやること考えてなかったし、今読んでも良いか?」
「良いよ?」
「あ、でもその前に座る位置直すか」
 本を持ったまま、古野原はソファを移動させようとした。
「……もしかしてソファも一個しかないパターン?」
「……うん」
 鈴が言うと、古野原は大きく溜息を吐いた。
「もう一個くらい色々と用意しておけよ? さすがに床に座るのは尻が痛くなるから、このベッドに腰掛けても良いか?」
 ぐちぐちと言わず、はっきりと鈴に忠告した後、古野原は鈴に聞いた。
「大丈夫だよ、でもその前にこのシーツを……」
 言って、鈴はベッドにシーツを敷いた。
「んじゃ、読むかな」
 そう言って、古野原は本を開いた。
「あー、あたしが読んでる間、買って来たポテチ食ってて良いぞ」
「友達同士って、話したりするものなんじゃ……」
「だーかーらー! その話をするために本読むんだよ!」
 中学時代の話が出来ない鈴への配慮なのか、それとも実際は話すのが下手なのが、人の事を言えない鈴だが、古野原に従った。
「テレビとかはつけてて大丈夫?」
「そういうのは気にならねー」
 そう言って、古野原は本のページを捲りだした。
「……」
「……」
 黙々と本を読む古野原。黙ってテレビを見ている鈴。
 とても気まずい時間だった。
ペラ
「……」
 ペラペラ
「……」
 ペラペラペラ
「……!?」
 ここで鈴は、その音が異常な事に気が付いた。
 速すぎる。
 ページを捲るペースが、速すぎる。
「ね、ねぇちゃんと読んで……」
「今は話掛けんな、主人公が能力に目覚めて戦うところだ、一つの山場だろ、これ」
 山場らしいところ以外を飛ばした? いや、そうでは無い気がする。
「……ごめんね」
 鈴は謝ると、テレビに向き直った。
 速読というやつだろうか、本当なら、古野原の隠れた才能なのかも知れない。
 そうして十分後。
「とりあえず半分は読んだわ」
「本当?」
「ああ、あたし的にはこの場面とかが……」
 古野原が指したシーンは、前後の流れが分かっていないと楽しめないようなシーンだった。
「で、このキャラ、今のとこめちゃウザイ、んで、こいつが怪しい」
 キャラの把握、伏線の予想すらもしていた。
「ちゃんと読んでたんだ」
「なっ、お前、そうじゃなきゃ話出来ないだろ!」
「いや、あまりにも読むスピードが速かったから」
「まぁ、それは何となく自覚してる」
「どうやって読んでるの?」
 鈴は、速読に興味津々だった。
 今でさえ、数冊積み本があるので、それを消化したかったからだ。
「あぁ、まずページ開くじゃん」
「うん」
「んで、右上から左下に流れるように全体を読む」
「……えっと」
 まだ読んでいない買ったばかりの本の一ページ目を開いて、鈴は試す。
「どうだ?」
「……無理かも」
 強がって、かも、を付けたが、実際無理だった。
「まぁ、読むって言うか記憶するって方が正しいのかもなー」
 本をベッドの上に置いた古野原が言った。
「ページ全体を頭に焼き付けて、把握する感じ?」
「なんでそんな事出来るの?」
「なんでって……」
 古野原は鼻の頭を掻いて、言った。
「出来るから、としか言えねぇ」
 未知の領域だった。
「駄目だ、参考にもならないよぅ……」
「まー、じっくり読むのも良いんじゃね?」
 古野原が、鈴の肩に手を置いて言う。
「とりあえず、続き読むわ、気になるし」
 古野原が再び本を手に取り、そして開いた。
「ま、今度は話しながらな」
「え?」
「いや、友達と会っておいて、ずっと沈黙って、超気まずいだろ、あたしはあんま気にしねーけど」
「それもそうだけど……、本を読みながら話したら、内容が入らないんじゃ?」
「読むペース落ちるけど、それは無いな」
 と言いつつ、ページを捲る古野原。
 鈴から見たらそれは、能力者みたいなものだった。
「つか、お前、えっと、その、と、友達居なかったって割には普通に話せるのな?」
 先程の事を気にして、気を遣っているのか、遠回しに言った後、結局直球を投げてきた。
「お母さんとか、お父さんと話しては居たし、小学校の頃はまだ友達居たから、その時の再現、って言うのかな」
「と言いつつ、お前、今めっちゃ緊張してるだろ?」
 本から目を離さないまま、古野原が言った。
「……う、うん」
 実際、古野原の指摘は間違えていなかった。
 鈴はどう話せばいいのか、さっぱり分かっていなかった。
「まぁ、いきなりでこれだけ素を出せてるのは上出来だと思うけど、人によっては、な?」
「それくらい、言われなくても分かっているよ」
 素を出し過ぎたせいで、虐められたのだから。
「……わりぃ」
 言ってから気が付いた様だ、本当に、気を遣うことに関しては不器用らしい。
「ねぇ、古野原さん、ずっと聞きたかったことあるんだけど」
「なんだ?」
「私と友達になりたいって、と言うかなったのは分かったけどさ、あのとき、入学式の時貧血で倒れたの、あれ、私じゃなくても助けた?」
「初対面で屑って分かってない状況なら、誰でも助ける」
 古野原は言った。
「なんだか、ラノベの主人公みたい」
「ラノベ? ああ、ライトノベルの略称か」
 鈴はクスリと笑って、言った。
「私ね、今、ラノベの世界に居るみたい」
「は? 何言ってんの?」
 その言葉には驚いたのか、古野原は本を読むのをやめ、鈴の方を見た。
 鈴と、古野原の目が合う。
「出会い方とか、よく考えたらラノベっぽかったなーって」
 笑顔で言う鈴、
「今日の出来事とかさ、ある日突然友達が出来る、だなんて、ある日突然能力に目覚める。みたいでしょ? スケールは全然違うけど」
「……そうだな」
「入学式の日は思ってたの、自由に席を選べって言われて、隣に怖そうな人居て」
「怖そうって、あたしか!?」
 古野原のツッコミを、笑顔でスルーして、鈴は言った。
「神様は、私の事が嫌いなんだろうなって」
「お前宗教入ってたり?」
「しないよ?」
「お前本の影響かなんか知らねーけど、ロマンチスト、いや、毒されてるな」
 呆れ顔で古野原が言う。
「まぁ、結構自覚はあるよ」
「能力得たら、虐めてた奴ら全員ぶっ飛ばすとか考えたり?」
「敵側だったらそうしてると思う、けど私は、主人公になりたいから、そんなこときっとしない」
「鈴って、正義感強いのか?」
「古野原さんには全然敵わないよ」
「どーゆーことだよ?」
 まるっきり理解していない古野原が、首を傾げた。
「他人を助けたり、そういうのを人目をはばからず出来る人が、現実での正義感が強い人だって、私は思ってるから」
「まんま入学式の日のあたしってことか」
「そうだね」
 鈴が笑って言うと、古野原も釣られて笑った。
「でも、あたしは主人公にはなれねーな」
「どうして?」
「いや、色々思うところが……な」
 そう言う古野原の表情は、少しだけ曇った。
「……」
 やはり気まずくなって、鈴も表情を暗くして俯く。
「よっしゃ! 一巻の話しようぜ! 話!」
「え?」
「いや、その為に読んだんだし!」
 ごり押しだった。
「う、うん! そうだね!」
 鈴はそのごり押しに乗るのが精一杯だった。
 鈴はネタバレをしないように、聞いてから意見、自分の考えを述べる側に回った。
「この、最後のシーンとかさ、展開が良くてよ、伏線っていうんだっけか? そういうのあったの忘れてて、その手があったか! ってなったわけよ!」
「あはは、私は伏線にすら気が付かなかった……けど、そこのシーンは確かに熱いし、かっこいいよね」
「だろ?」
 古野原は楽しそうに、笑顔で話していた。
「いやぁ、本も悪くねぇな、面白いわ、続きが気になる」
「本当に? 無理に合わせなくても良いんだよ?」
「バーカ、あたしがそうやつだと思うのか?」
「今までの事を考えると、無理にでも合わせような気がして」
 鈴が言うと、古野原は溜息を吐いて。
「鈴、まぁ、あたしは最低限人に合わせる事はしてる、……つもりだけどさ、こういう部分までは無理に合わせるような人間じゃないから」
 はっきりと、迷い無く古野原は言った。
 だからこそ、鈴は信じた。
「うん、良かった。理解してくれて」
「っと、話しに夢中になりすぎたわ、そろそろ夕飯時なんじゃね?」
 古野原に言われ、壁に掛けた時計を見ると、時刻は七時近かった。
「あ、お米炊かないと……」
「そんじゃ、あたしは今日はもう帰るか」
 そう言って、古野原は立ち上がった。
「駅まで送って行くよ」
「大丈夫、道は覚えてるって、それより」
 古野原はスマートフォンを取り出した。
「アドレスとか、交換しとこうぜ?」
「え、あ……うん!」
 鈴は急いで、帰ってきたときから弄っていなかったスクールバックから、携帯を取りだした。
「今時ガラケー? しかも結構古い」
 鈴の携帯を見た古野原が言う。
「お母さんのお古、連絡する人少ないし、ネットもパソコンで見れば良いから」
「ふぅん……と、話が逸れてこれじゃいつまでも帰れねーじゃん、携帯貸してくれよ」
「うん」
 鈴の携帯を古野原は受け取った。
「赤外線付いてねーじゃん……ありえねー」
「うっ、酷い」
「ちょっ、なんでも馬鹿正直に受けすぎるんじゃねえ! 冗談だよ! これくらい分かれ!」
「くすっ、分かってる」
 鈴が笑うと、古野原は目を逸らし、そして鈴の携帯を弄り始めた。
「アドレス……、おい、これ初期のまま弄くってねーだろ!? なげぇし! ああもう、鈴の携帯にに、あたしが自分のアドレスと電話番号入力するわ!」
 そう言って、カチカチと、すごい速さで古野原は入力した。
「と、後は送信して」
 古野原が空メールを作成し、送信しようとした瞬間だった。
「あっ! 待って」
 鈴が慌てて言った。
「うおっ!? なんだよ?」
「私がメール送る」
「はぁ? 空メールとか別にボタン押すだけで良いじゃん」
「えっとね……」
 鈴は小さな声で言った。
「初めて、友達とメール出来るから、自分でちゃんとしたメール送りたい」
 言い終えて、鈴は顔が赤くなるのを感じた。
「ほらよ」
「え?」
 差し出された自分の携帯を前に、鈴は声を漏らした。
「自分で送りたいんだろ? 何時でもかまわねぇから、送ってこい」
 茶化したりせず、古野原は素直に携帯を返した。
「……ありがとう」
「んじゃ、あたし帰るから」
 そう言って、小さな玄関で靴を履き出す古野原だった。
 なんと、声を掛ければ良いのだろうか。
 鈴には難しかった、けれども、言葉を絞って、鈴は言った。
「またねっ!」
「おう、近いうちに来る。本の続きも気になるしな」
 後ろ姿のまま、右手を挙げて古野原は言った。そして、ドアを開けて出て行った。
「今ので、良かったのかなぁ?」
 自分以外居なくなった部屋で、鈴は自分に問いかけた。
「あっ、お米炊かなくちゃ!」
 鈴は慌てて、夕飯の準備に取りかかった。

「んー……」
 あれから経った数分。鈴は一人悩んでいた。
「とりあえず名前は書くとして、他は何書けば良いんだろう……」
『秋山鈴です。登録お願いします』
 そこまで書いて、鈴の携帯を握ったまま、天井を眺めた。
「駄目だ、わっかんないよ……ググろうかな?」
 とは言った物の、初めて出来た友達へのメールの送り方、など色んな意味で恥ずかしくて、とても調べる気にはなれなかった。
 そうして、一人で居ると段々気持ちが落ち着き、そして沈んできた。
「あれだけ色々言って、家の場所まで知られて、本当に大丈夫だったの?」
 そんな考えと同時に、古野原の真剣な顔が思い浮かぶ。
 今までは誰でも疑って掛かったのに、不思議と、信じて話せたつもりだった。
 けれども、あれが演技だとしたら?
「……」
 鈴は首を横に振る。
 そうして、古野原を疑う自分を、責めた。
「……言いたい事あるなら今のうちに言っとけ……もう、今じゃないんだ」
 それでも、鈴は言いたい事を書くことにした。
「今頃電車の中かな? なら、送信」
 ほんの少し力を込めて、鈴は送信ボタンを押した。
『秋山鈴です、登録お願いします。これから友達としてよろしく、仲良くして欲しいな』
 現状での、鈴が望む事は、そんな些細な、けれども難しい事だった。
「ふぅ……」
 溜息を漏らすと同時に、電話と同じ着信音が響いた。
「え? 返信? 早い……」
 鈴は、受信メールを開いた。
『電話番号書いとけよ、分からねえじゃん』
 文面だと、無愛想極まりない。普通ならば、こちらこそ、とか送るのではないだろうか。だが、この内容は、乱暴すぎると鈴は思った。
 最低限の事しか、人と合わせないと言った。だとしたら……。
 そんな鈴の元に、またメールが届いた。
『これからじゃない、あたしはもう友達だし』
 本当に、色々と不器用な様子だった。
「……信じて、みなきゃ」
 そう言って、鈴は最初の二件を保存して、そして電話番号を送信した。
『とりあえず飯でも食え、あたし今電車の中だから電話無理』
 分かったよ。それだけ打って、鈴は携帯を手放した。
 夕飯を食べ、風呂に入り、読み途中のラノベを読み、時刻は十時半。
「ふわぁ、そろそろ寝よう……」
 大きく欠伸をした鈴は、ベッドに座った。
 目覚まし時計をセットして、電気を消し、布団に入った。
 
 プルルルルル!

「なっ、何!?」
 びっくりして、鈴は飛び起きた。そして、すぐに携帯が鳴っているのだと理解する。
 慌てて電気を付けて、携帯を開く。
「メールじゃなくて、着信か、古野原さんから」
鈴は通話ボタンを押して携帯を耳に当てた。
『おー、今なにしてた?』
「えっと、寝ようと思ってたんだけど……」
『えっ!? 早すぎね? まだ十時半だけど』
「私、身体弱いから睡眠多く取った方が良いと思って、いつもこのくらいに寝てるの」
『あちゃー、それは悪かったわ。それじゃ切るわ』
「あ、で、でも十分、いや、五分だけ!」
『……別に良いけど、何話すんだ?』
 五分で済ませて、かつ面白い話。
「わかんない」
『ぜってーそう言うと思ってたわ。ま、いいや、あたしが話題振ってやるよ』
「ごめんね」
『気にすんなって、あたしら友達じゃん』
「うん!」
『それじゃあ話題な、明日は何曜日だ?』
「え? 金曜だけど」
『じゃあ明後日は?』
「土曜日で、お休み」
『正解。と言うわけで遊ぼうぜ、土曜』
「え? でも古野原さん、他に友達いるでしょ?」
『あー、あいつら? あいつらはまだ友達かわからねー』
 吉原と、能登の事だろうと鈴は思った。
『だからよ、明後日遊ぼう、な? な?』
「分かった。約束するよ」
 鈴は一人、頷いた。
『と、大体五分くらい? 遊びの約束もしたしこれで良いんじゃね?』
「話題って言うか、これお誘いだよね?」
『べ、別にいいじゃねーか!』
 電話越しでも、古野原が誤魔化そうと手を振っているのが分かった。
「うん、大丈夫、ふわぁ」
『まじで眠いみたいだな、さすがに切るぞ?』
「うん、短くしか話せなくて悪かったね」
『気にするなって、それじゃ、おやすみー』
「おやすみなさい」
 鈴が言い終えると、通話は切れた。
「明後日、古野原さんと遊べるんだ」
 またね、とは言った物の、こんなにすぐに、鈴は遊ぶ機会が巡ってくると思っていなかった。
 鈴は再び電気を消し、ベッドで横になる。
 何をして遊ぶのだろう、どこで遊ぶのだろう、どんな話をするのだろう。
 そんな事を気に掛けながら、鈴は眠りについた。
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