神様のイタズラ

ちびねこ

文字の大きさ
上 下
3 / 7
第一章

三話

しおりを挟む
翌日。
 鈴はいつも通りに家を出て、いつも通りに学校について、いつも通りに席に着いた。
 溜息を漏らしそうになって、鈴は首を振る。
 いつも通りすぎて、誰も話し掛けてこなかった。
 昨日は、古野原と話せたというのに、目の前で仲良く話す二人、小川と瀬尾にすら話し掛けることが出来ない。
 と言うより、やはり、輪に入ることが出来ない。
 空気を読むのは苦手だが、肝心な所で空気を読みすぎてしまっていた。
 そうしてボーッとしたまま、もうすぐホームルームが始まるという時間に、後ろ側、鈴の席から右を向けば見えるドアが開かれた。
 その人物はズカズカと歩いてくる。
「おはよー、鈴」
 机にバックを乱暴に置いて、席に着いた古野原が言った。
「お、おはよ……」
 昨日は普通に話せたのに、やはり場の影響があるのだろうか、鈴は小さな声で挨拶をした。
 古野原はスマホを取り出すと、弄り始めた。
 そうして手を止めると同時に、鈴の、机の横に掛けてあったスクールバックから振動が伝わった。
「お前、普通のマナーモードにしてんのかよ授業中鳴ったら取り上げられんぞ? サイレントマナーに変えとけ」
「う、うん」
 慌てて鈴は携帯を取りだし、サイレントマナーへと切り替えた。
 そうして、受信メールを見る。
「古野原さん?」
「あ? なんだよ」
「な、なんでもない」
 鈴はそう言って、携帯の画面を見た。
『無理せず頑張れ、慣れればどうにかなる』
 古野原から、そんなメールが送られてきていた。
 鈴はちらりと古野原の方に目を遣ると、同じく視線だけを向けていた古野原と目が合った。
 鈴は、頷いた。
 すると古野原は、目線を逸らして、スマホを弄くり出す。
「ホームルーム始めるぞー、席つけー」
 担任がそう言いながら、教室内に入ってきた。
 そうして全員が席に着き、話を始めようとしたと同時に担任は気が付いた。
「……古野原、それ、仕舞え」
 担任が面倒そうに言う。
「あっ、すんません」
 古野原は素直に謝り、スマホを仕舞った。
 担任はそんな古野原の対応が、予想と違ったのか、咳払いをして間を繋ぎ、そしてホームルームを始めた。
 いつも通りの、なんでもないホームルームが終わると、担任は出て行く。
 一時間目が始まるまでの少しの時間、生徒達は再び話を始める。
 休み時間短くして、その分早く帰らせてくれれば良いのに、退屈で仕方がない鈴はそう思った。
「おい、鈴」
「っ!? ケホッ! ケホッ!」
 溜息を吐こうとした瞬間に話掛けられ、鈴は咽せる。
「うおっ!? 大丈夫か、お前?」
「ど、どうしたの秋山さん、急に咳き込んで」
「大丈夫ですか?」
 すぐ前に居た小川と瀬尾が、心配そうに声を掛ける。
「ケホッ……、大丈夫です」
 落ち着いて来た鈴は、涙目で二人に言った。
「わりぃ、多分あたしが急に話掛けたから、びっくりしちまったんだよ」
「そうなの?」
 小川が古野原に目を向ける。
 鈴から見たら、その目は、少しだけ敵意のある目。もしくは、わざとやったのでは無いかという疑いの目に見えた。
「三智子さん?」
 どういう状況なのか飲み込めていないのか、瀬尾が首を傾げながら、不安そうに小川と古野原を交互に見た。
「……鈴、大丈夫か?」
 古野原は今更、鈴の背中を擦った。
「う、うん、小川さん、古野原さんの言った通りいきなり話掛けられてびっくりしただけだから」
「本当に?」
「うん」
「……なら、別に良いけど。古野原さん、秋山さんに意地悪とかするんじゃないよ?」
「はぁ? しないって」
 不機嫌に、古野原はそれだけ言ってそっぽを向いた。
 それと同時に、一時間目の英語教師がやって来た。
 生徒達は席に着く、授業が始まる。
 そっと古野原の方を見ると、教科書とノートをちゃんと開いていた。しかし、その顔はすごく不機嫌そうだった。
 その後、鈴は黒板を写し、教師の話に耳を傾け、黙々と授業を受ける。そんな合間、教師が生徒達と親睦を深めようと、若干授業と関係ない話を始めた時にもう一度古野原の方を見た。
 教科書を捲り、退屈そうにしている。ペンは持っているが、鈴から見えるノートは、真っ白だった。
 今までは気にしていなかったが、もしかして入学してからずっとノートを取っていなかったのだろうか。
 そんな事を考えていると、再び授業が再開される。
 鈴は何も言えず、授業を受けた。
 そうして、昼休みまでの授業全て、古野原はノートを取っていなかった。
「あ、あのー、古野原さん?」
「ん? あたし今から購買行くから、また後でな」
 ノートの事について聞こうとしたが、それは出来なかった。
「はぁ……」
 鈴は弁当箱を取り出そうと、スクールバックを開いた。携帯の着信ランプが光っていることに気が付く。
 昼休みは電話しなければ、携帯の使用は認められていた。
 鈴は携帯を開く。
『授業中よそ見しすぎ、赤点取ってもしらねーぞ』
 なるほど、こっそり見ていたつもりが、バレバレだった。
 だが、それは古野原が鈴の事を見ていた。つまり自分もよそ見をしていたと言うことになる。
『古野原さんこそ、ノート写さなくて良いの? 提出とかあるよ?』
 メールを送って、弁当箱を開くと、すぐにメールが返ってきた。
『ノート出さなくたって、テストで満点取れば赤点にはならないはず』
 冗談で言っているのだろうか。
 ノートも取らず、話も聞かず、そんなので、テストなんて、結果が知れている。
 勉強には興味が全く無いのだと、鈴は思った。
『留年しても、知らないよ?』
『するわけねーだろ』
 返すメールに困って、鈴は携帯を閉じて、昼食を食べた。
 そうして弁当箱を仕舞おうとして、また携帯にメールが来ていたことに気が付いた。
『そんな事より、明日どこ行く?』
『昼飯食ってる最中か?』
 二件、古野原からメールが来ていた。
 鈴は弁当箱を仕舞うのをやめて、慌てて古野原に返信した。
『ご飯食べてた。どこでも大丈夫だよ』
 それだけ送って弁当箱を仕舞う。またすぐにメールが返ってくる。
『それ一番困るんだけど? メール怠いし、夜に電話掛ける』
『わかった』
 鈴は携帯をじっと見つめる。
一分経っても返信が無い。もう、用事は済ませたという事だろう。
 友達と、遊ぶ。
 それが楽しみで、鈴は誰にも見えないように、下を向いて笑顔になった。
 そうして、放課後。
 古野原は昼休み以降、無言で、鈴に挨拶もせずに帰った。
 また、何か気を遣っているのだろうと考えた鈴は、声を掛けることもせず、その背中を見送った。
 そうして、アパートに帰って、夕食を作り、食べ終えた頃に、携帯が鳴った。
 誰なのか、一択しかなかったので、鈴は携帯を開けて、すぐにでた。
「もしもし」
『うーい、今大丈夫か?』
「うん、やること無くなって暇してたところ」
 鈴は自分の髪を、空いた手でクルクルと巻きながら言う。
『明日さ、外で遊ぼうと思うんだけど、金はある?』
「えっと、自由に使えるお小遣いならそれなりに」
『オッケー、んじゃ、明日は渋谷でも行くか』
「えっ? 近場じゃないの?」
『おう、都内って言ってもここはそんな栄えてないし、やっぱああいう所の方が、色々あるしな』
「うぅ……交通費で本が買えちゃうよ」
『お前……それあたし以外に絶対言うなよ? 友達無くしかねない言葉だから』
「ご、ごめん、冗談のつもりだったん……だけど」
 古野原の事を不器用だと思っていたが、鈴は、自分は一般常識が欠けてるレベルで、不器用だと思った。
『やっぱ無理してんな、周りの奴らの話し方なんか気にすんな、自分の話したいように話せ』
「うん」
 鈴は頷く、その拍子に、巻いた髪が指から解けた。
「あ、でも……」
『やっぱああいう所苦手か? なら近場でもいいんだが』
「苦手……だけど、なんだか私に合わせて貰ってばかりで平等じゃないから、渋谷で良いよ、ただ」
『ただ?』
「ああいう所って、お洒落な人多いでしょ? 私、私服……」
 そう言って、鈴はタンスの方を見た。
『いや、折角JKになったんだし、制服でいくわ』
「え? でも変だったりしないかな?」
『休日だろうが制服のJKは結構居るぞ? 中学は嫌いなセーラーだったけどこの制服気に入ってるし』
「まだ着てるんだ?」
『あ、あぁ、風呂入るまでは制服、着替えるのダルいし』
「それじゃあ集合時間と、場所は?」
『十時にお前のところの駅前』
「それじゃ、古野原さん交通費掛かっちゃわない?」
『アホか、定期あんだろ』
「あ、そっか」
 電車通学という物をしたことがなかったので、鈴は定期の存在を忘れていた。
『それで、大丈夫か?』
「う、うん、えっと、二人だよね? 変な場所行ったり、しないよね?」
『どういう意味だ?』
「あの、吉原さんとか、能登さんとか、そう言う人居たり……」
『あー、あいつら友達になれないわ』
「えっ!?」
 突然の古野原の言葉に、鈴は大きな声で反応した。
『なんだよ、そんな驚いて』
「いや、だって今日まで一緒に居たんでしょ?」
『あぁ、それで見切った』
「それって……」
『何考えてるんだかは分かるけど、勘違いすんなよ、あいつらは友達になれるか一緒にツルんで見極めた。お前はもう友達だって、何回言わせんだ』
「ごめん、信用しなくて」
『まっ、無理もねーな、あんな奴らと連んでて、その上この見た目だ』
 自覚はあるんだ。
 そう思ったが、鈴は言わなかった、いや、今は言ってはいけない気がした。
「じゃあ、明日は古野原さんが言ったとおりの時間で」
『おう、お前休日は夜更かしする?』
「十一時には寝ちゃうかな」
『おー、三十分も夜更かしか、悪い子だな、お前』
「十時半に寝るのが早いって言ってた。古野原さんには言われたくありません」
『おー、やっと笑っただろ』
 はっとして、鈴は自分の表情に気が付いた。
「すごいね、電話越しで顔が分かるなんて」
『なんていうか、勘? お前、今のあたしの表情当ててみろよ~』
「……真顔?」
『ハズレ、笑ってるっての、わざと語尾伸ばしてヒントやったってのに』
「だって、慣れてないし……」
『あー、お前と話すと面白いけど話しにくいな! 地雷原歩いてる気分だわ!』
「今は、目線を逸らした? ついでに、手を振った?」
『っ! なんで分かった』
「元気づけようとする古野原さん、いつも同じ様な対応するから」
『まじ? いつもあたし目を逸らしてた?』
「うん」
『うわぁ……まじだったか』
 なにやらショックだったようで、明らかに古野原の声のトーンが変わった。
「えっと……気にしてなかったから! むしろ気を遣ってくれてて嬉しかったから!」
『まぁ、鈴がそう言うんなら……』
 まだ落ち込んでいる様な声ではあったが、落ち着いた様だ。
『んじゃ、今日はこの辺で』
「それじゃ、明日ね、今日は長く話せたね」
『いや、まだまだだな、通話料で親に怒られるくらいになって一人前だわ』
「それって、悪いんじゃ……」
『って言って話が逸れて時間が過ぎちまうんだ。今日はこれで終わりっ! それじゃな!』
「う、うん! また……って切れちゃった」
 鈴の言葉を最後まで聞かずに、古野原は通話を切ってしまった様だ。
「高校初めての友達と、初めての渋谷……」
 鈴は、起き上がった。
 クローゼットからパソコンを取り出し、電源をつける。
 ネットで調べよう。
 こういうことで、初めてネットを活用した瞬間だった。
 渋谷で、女子高生が楽しく遊べる場所。
「な、なんか不安になってきた」
 一通り見終えて、パソコンの電源を落とした鈴は、強張っていた。
 人が多いのはもちろんだが、色々な物がありすぎて、結局訳が分からなかった。
「古野原さん、渋谷に結構行ったことあるんだよね……。私が調べた所とか、意味ないかも」
 そう思いながら、時計を見ると十時だった。
「あ、遊びに行くならいっぱい寝た方が良いよね……ってお風呂入ってない」
 鈴は調べ物に夢中になりすぎて、日常活動を忘れていた。
「結局これじゃ、十一時だなー」
 あまり好きでは無いが、その分、起きる時間を遅らせよう。
 そう思いながら、鈴は風呂を沸かした。
 そして、風呂に入ったら、予想通り十一時だった。
「アラームセットして、よしっ」
 鈴は電気を消して、ベッドで横になる。
 なんだかドキドキして、寝付けない。
 遠足前日の小学生の気分だった。
 それでも、やはり睡魔が勝り、鈴は眠りについた。
しおりを挟む

処理中です...