神様のイタズラ

ちびねこ

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第一章

四話

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「えっと……」
 時刻は午前九時五十五分、鈴は駅前で、キョロキョロと周りを見渡した。しかし、古野原の姿は見えない。
 そんなに大きくない駅なので、改札口は一カ所しかない。鈴は、改札に目を向けた。
 すると、階段を下りてくる古野原の姿が見えた。
 古野原はまだ、鈴の姿に気が付いていないようで、普通に歩いていた。
 改札の前で待つのは他の人の迷惑になるので、少し離れたところで、鈴は待った。
 改札にカードを当てて、前を向いた古野原と、目が合う。
 古野原は早足で、鈴の元へとやって来た。
「お前、もう来てたのか」
「えーっと、さっき着いたところだから、あまり待ってないよ」
「五分前行動ってやつ?」
 時刻を確認した古野原が言う。
「うん」
「はー、感心感心」
「そう言う古野原さんだって、早めに来たじゃない」
「誘った側が遅刻とか駄目だろ、てか、もう行くぞ、電車来るから」
 古野原が歩き出したので、鈴は後に続いた。
「とりあえず座ろうぜ」
 人もまばらな、空いている車内。古野原は早速席に座った。
 鈴はその隣に座る。前を見ながら、口を開いた。
「今日は何をして遊ぶの?」
「ん? 内緒だわ、着いてからのお楽しみだ」
 意地悪な声で、古野原が言った。
「そういやさ」
「うん?」
「あたし、学校じゃあまり鈴に話掛けない方が良いか?」
「えっ? どうして?」
 鈴は驚いて、古野原の方を向いた。
「いや、なんつーか昨日のことなんだけど……誰だっけあいつ、えっと……」
「小川さんと、瀬尾さん?」
「あーそいつらの、髪短い方に、あたし良く思われてないみたいだからさ」
「確かにあの人は……良く思ってないと思う」
「なんでお前が分かるんだよ」
 鈴は前髪で顔を隠しながら言う。
「お弁当、分けた日あったでしょ? あれを、強引に分けさせたって、思ってたみたい」
「……あながち間違ってないよな、それ」
「でも、別に悪意とか無かったでしょ?」
「お前がそう思ってても、周りはそう思うとは限らないんだよ」
 確かに、古野原の言うとおりだった。
 本なんかでも、些細な勘違いで、争いが起きたりする。
「だから、余計なトラブル起きる前に、と思ってな」
「でもさ、私の家に遊びに来たりしたら、一緒に帰ることになるでしょ? 結局、変わらないんじゃないかな?」
「言われてみればそうだな」
 古野原が、珍しく溜息を吐いた。
「友達なんだし、話したりするのが当たり前だと思う……、だから、普通に話掛けてくれて良いよ」
「迷惑掛けるかもしれねーぞ?」
「それでも」
 軽く握っていた手を、握り締めて鈴は言った。
「珍しく強気、って言うか、学校の時と、今のお前、えらく違うな」
「そう?」
「学校に居るときは俯いて、殆ど無表情って言うか、暗いし」
「言われてみると……そんな気もする」
「今は随分しゃべるし、本当に無理してないのか?」
 古野原が、鈴の顔を見て言う、その目は真剣だった。
「無理なんてしてない、こうやって友達と話すの、すっごく久しぶりで、何話せば良いのか全然分からないけど、でも、楽しいから」
「そっか、なら良いけどよ」
 自然と、二人とも笑顔になっていた。
「と、次で乗り換えだ」
 二人は駅に着くと、乗り換えた。
 乗り換えた電車は、殆ど席が埋まっていた。
「やっぱり人多いね」
「都心に向かう電車は休日も平日も、あんまり変わらないな、あ、あそこ席空いてる。行こうぜ」
「うん」
 そうして、空いた席の前に立った二人。
 左右の人は、何処か気まずそうに、座りやすくするように、ずれた。
「鈴、座れよ」
「え? 私なの?」
「お前、身体弱いんだろ? だったら、渋谷着いたらたくさん歩くから、今は座っとけ」
「ありがとう」
 鈴はそう言うと、席に座った。
 そうして、しばらくすると、渋谷に着いた。
「んじゃ、行くか」
 そう言って、古野原は鈴の手を握った。
「ど、どうしたの急に」
「人多いからな、はぐれないようにだ」
 なんだか恥ずかしかったが、そういうことならばと、鈴は古野原に手を引かれて歩いた。
「人が多いねー」
「あたしは慣れてるし」
「それに、なんか複雑だし、一人だったら出られなさそう」
「渋谷で迷子なら、新宿なら遭難するな、お前」
「新宿は迷宮って、ネットでよく見るよ」
「そこまでかよ……」
 古野原は苦笑いする。
 二人は改札を出た。
「とりあえず最初の目的地に行くぞ」
「分かった、でも、えーっと」
「なんだよ?」
「また、手を繋ぎ直すの、恥ずかしい」
 改札を出ると、人だらけだった。
 こんな中、手を繋いで歩くのは、さすがに恥ずかしかった。
「そう言うならやめるけど、はぐれるなよ?」
「うん!」
 そう言って、二人は歩き出した。
 横断歩道を渡り終え、歩道を歩く。
 古野原が突然足を止めた。
「最初の目的地に着いたぞ」
「ここは?」
「アクセサリーとか、色々置いてある場所だけど」
 なるほど、古野原の買い物に付き合う形になるのか。と鈴は思った。
「まぁ、ここでお前に似合う奴探さないとな」
「わ、私っ!?」
 驚いて、鈴は後退った。
「おう、とりあえず中に入るぞ」
 カランカランと音を立てて、ドアが開かれた。
 鈴は古野原と共に、中に入った。
「いらっしゃいませー」
 笑顔の似合う、綺麗でお洒落な女性が迎えてくれた。
 鈴は軽く頭を下げる。
「そんじゃ目的の物は……二階だったっけ」
 古野原がそう言いながら歩き出す。
 鈴は辺りを見渡しながら、古野原の後に続いた。
 指輪やネックレスなどが並んでいる。
「こう言うのって高いの?」
「んー、高い奴はあんな風にガラスケースに入ってるけど?」
 そう言って、古野原はガラスケースを指さした。
 鈴は見間違えかと思って、眼鏡の位置を調節した。
 0の数がおかしい。
「あ、あのー、古野原さん、本当にここ大丈夫? 買えるの?」
「買えなきゃこねーっての、それに今回はあたしの奢りだ」
「えっ?」
 鈴は目を丸くして驚いた。
「着いた、えーっと、どれが良いかな」
 古野原が壁に掛けられた数々のヘアピンを手に取っていた。
「ヘアピン? なんで?」
「お前の顔、前髪長くてよく見えないし」
「だったら、私に切れって言えば良いんじゃ?」
「それも考えたけど、お前のその長い前髪は、学校で顔を隠す為の物だろ? それをいきなり切れって、ハードル高いだろうし」
 古野原は、鈴が顔を隠すために前髪を伸ばしているのもお見通しのようだった。
「ただ、あたしの前でくらい顔ちゃんと出して欲しいって思ってな」
 ヘアピンを選びながら、古野原が笑う。
「おっ、これなんかどうだ?」
 そう言って、古野原が手に取ったのは、ピンクで、花の装飾が入ったヘアピンだった。
「そ、そんないかにも女の子って奴、似合うのかな?」
「あたしには似合わねーけど、鈴は似合うって、絶対」
 何故かは分からないが、古野原の言葉に説得力を感じた鈴は、それを試しに付けようと試みた。
「ん? えーっと……」
 普段付けないので、上手く付けられない。
「あー、あたしが付けるよ、こっち向け」
 そう言われて、鈴は古野原の方を向いた。
 古野原は、鈴の前髪を左に寄せた。
「……」
 じーっと、古野原が顔を見つめてくる。
 鈴は目線を逸らした。
「なんつーかお前……」
「……っ」
 鈴は、次の言葉を思わず覚悟した、友人と言え、素直に言われるのは辛い。
「女のあたしが言うのも変な気がするけど、可愛いな」
「え?」
「いや、目の色綺麗だし、なんていうか、日本人っぽい可愛さ? 良く分からねーけど」
「お世辞?」
「ばーか、今更そんなこと言うかよ」
 そう言いながら、古野原は鈴にヘアピンを付けた。
「おー、鏡見てみろよ」
 言われて、鈴は鏡の方に向いた。
 そこには、眼鏡を掛けた。ありのままの自分の顔が映っていた。
 咄嗟に、前髪で顔を隠そうとしてしまうが、それは出来なかった。
「お前、癖になってんのな、それ」
「だって……私の顔、見られると恥ずかしいし……」
「こっちとしてはナンパされないか不安なくらい似合ってるって思うけど?」
 何を言っているんだと言う顔で、古野原が言った。
「じゃ、じゃあやっぱりやめた方が良いんじゃ?」
「いざって時はあたしが守るって」
 笑いながら言う古野原の姿は、まるで、ライトノベルの主人公の様だった。
「……これにする」
「え? マジで良いの? 本気っちゃ本気で選んだけど、まだこんなにあるし、選らぶ時間もあるぞ?」
「うぅん、これが良い」
「……顔がはっきり見えると、意思の強さが分かるなー」
 ふぅ、と小さく息を吐くと、古野原は鈴の頭からヘアピンを取った。
「あっ……」
 返してとばかりに、鈴は手を伸ばす。
「馬鹿、会計しないといけないから取ったんだよ」
 確かに、そう思って、鈴は急に恥ずかしくなった。
 今度は赤くなった顔を、前髪で隠した。
「すいませーん、これください」
 レジの前で、古野原は品並べをしている店員を呼んでいた。
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