神様のイタズラ

ちびねこ

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第一章

五話

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「さて、と」
 店を出た二人。
 古野原は鈴の方を向いた。
「付け直してやる」
 そう言って、古野原は買ったばかりのヘアピンを、鈴の頭に付ける。
 人通りの多いこんな場所で、こんなに顔が接近している。
 鈴は急に恥ずかしくなって、思わず一歩後退った。
「おい、付けられねぇだろ……」
 そう言って、古野原は一歩近づいてきた。
 鈴は諦め、目を瞑って、古野原がヘアピンを付け終えるのを待った。
「よし、これでいいわ」
 ふふん、と、古野原は両手を腰に当てていった。
「鏡無いから確認出来ないけど……」
 鈴は、いつもなら前髪がある場所を触る。
 今は、髪では無くおでこに手が触れた。
「それじゃ、本番だな」
 そう言って、古野原は踵を返して歩き出した。
「あ、古野原さん、待って~」
 鈴は古野原の後を追った。
 目的地はどこだろう? そんなことを考えている時間も無いほど、すぐに着いた。
「ゲームセンター?」
 看板を見て、鈴が口を開いた。
「おう、まずはここで遊ぼうぜ、このゲーセン色々あるから」
「う、うん」
 恐る恐る、鈴は古野原に続いて入った。
「音うるさい……」
「え? 何?」
 様々な筐体の音に掻き消されて、鈴の声は聞こえていないようだった。今度は聞こえるように、ちょっと近づいて、声を張って言った。
「音、うるさいね」
「あー、慣れないとそう感じるな」
 そう言いながら、古野原はキョロキョロと辺りを見渡す。
「お、アレ新しい音ゲー! 空いてるじゃん! 鈴、あたしアレやっても良いか?」
「大丈夫だよ!」
 二人は筐体の前に立つ。
「んじゃ、あたしやるから、ちょっと見てろ?」
「うん」
 古野原は百円玉を入れる。
 すると、すぐに曲を選択する画面に映った。
「新しい曲結構あるなー……ま、ここはこれで」
 古野原が曲を選択する。
 すぐに、ゲームが始まった。
 至ってシンプルなゲームで、上から落ちてくる譜面を、下の一定の位置でタイミング良く押す、と言ったゲームだった。ボタンの数は八個。
「は、速い……」
 古野原は涼しい顔でパーフェクトを連続で出しているが、譜面が落ちてくる速度が、異常に速かった。
「あっ」
 古野原が声を漏らす、画面には、一瞬グッドの文字が映った。
「ちぇっ……一個ミスっちまった」
 そう言う古野原だったが、画面のスコアには、堂々と一位と刻まれていた。
「す、すごい……」
「いや、あたしよりすごいのたくさん居るし」
「そう言って、古野原は鈴の方を向くと、手を引いた。
「鈴も一回やってみろよ」
 そう言って、鈴は筐体の前に立たされた。
「えぇっ!? 無理だよ」
「初心者モードにすれば行けるって! ほら、知ってる曲あると思うからよ」
 古野原が言うので、鈴はボタンを押して曲を探した。
「これなら、知ってる」
「それは初心者向けの中の初心者向けだから、丁度良いと思うぞ」
 そう言って、古野原は横から勝手に決定ボタンを押した。
「あぁっ!」
「もう時間無かったし、良いだろ」
 すぐに曲が始まる。
「わっ……わっ……」
「落ち着けって、ボタンはあたしの時と違って、この四個だけ、ペースも遅いから」
 古野原の指摘の通り、かなりペースが遅かった。
「えっと……このタイミング?」
 画面にはグッドと表示が出る。
「そうそう、そんな感じ」
 古野原に褒められながら、鈴はゲームを続け、そして終えた。
「ふぅっ、本当に簡単だったね。私でも殆どミスしなかったし」
「だろ? それにほら、この筐体入ったばかりだから」
 古野原が指さすので、鈴は改めて画面を見た。
「い、一位!?」
 画面には、そう表示されていた。
「ま、下手したら今日の夜には圏外になってるかもな、とりあえず二曲で終わりだから、名前入れるか……って、名前どうすっか」
「古野原さんのいつも使ってる名前とか?」
「んー、今回は……こうしよう」
 K&A
「古野原&秋山、って意味?」
「そうそう」
「あ、一曲やらせてもらったし、お金……」
「あれくらい気にすんなって」
「でも、ヘアピンも買って貰ったし……」
 もじもじする鈴。
「あー、次のやつは半分出して貰うから、それでいいわ」
「協力プレイのゲーム?」
「まー、それもやるけど、まずはアレだな」
 そう言って、古野原は指さした。その方向を鈴は見る。
 プリクラコーナーだった。
「えぇっ!? 私、あんなの撮ったこと無いし、恥ずかしいよ……」
「大丈夫だって、写真くらい普通に撮るだろ?」
「あれとは別物でしょ?」
「あー、もうっ! 細かいこと気にするなって!」
 古野原に背中を押されて、鈴はプリクラコーナーに足を踏み入れた。
「あー、あんまり空いてないな」
 古野原が、あちこちの筐体の足下を見て言う。
 恐らく女性の物であろう脚が見えた。
「あ、ここは空いてるな、よし、入るか」
 そう言って、古野原はなんの躊躇も無くカーテンを捲って中に入っていった。
 鈴はキョロキョロと辺りを見渡した後、意を決して中へ入った。
「げっ、これちょっと高いなー……安い奴空くの待つか?」
 一回六百円の表示を見た古野原が、鈴の方を向いて聞いた。
「ふ、普通だといくらなの?」
「大体四百円くらい」
「それじゃあ、私が四百円出すから、古野原さんが二百円出してくれれば良いよ」
「え? それでいいのか?」
「うん、ヘアピンと、ゲームやらせてくれたお礼」
「んー、そういうことなら……分かった。それで良い」
 古野原が財布の小銭入れを確認しながら言う。
「あー、やっべ、細かいのが無い。鈴はあるか?」
「えっと……」
 言われて、鈴は自身の財布の小銭入れを確認する。
「百円玉が七枚あるよ」
「んじゃとりあえず払っといて貰って良いか? 後で両替して二百円渡す」
「それで良いよ、ここに入れれば良いんだよね」
 そう言って、鈴は百円玉を投入口に入れた。
「あ、お前っ、ちょっとま……」
「えっ?」
 鈴は古野原が止める前に入れ終えてしまった。
可愛らしい音楽が流れ始める。
「あー……撮影回数五回か、鈴、ポーズ考えなくて良かったのかよ」
「ポーズ?」
「まぁいっか、とりあえずピースとかすれば良い」
「こ、こう?」
 鈴はそう言って、カメラに向かってピースする。
 そうして、撮影する1秒前。
「おりゃっ!」
「きゃっ!?」
 古野原が、鈴の身体に抱き付いて来た。
「あっはっは、びっくりした顔で撮れてやんの!」
 古野原は撮られた写真をみて笑う。
「い、いきなり何するの~」
「なんか緊張した顔だったから、自然な顔にしてやろうと思って」
 そう言っている間に、二枚目の撮影準備が始まってしまった。
「今度はお互いピースで、笑顔で行けよ!」
「う、うん!」
 カシャッ
「……まだ、表情硬いなー」
「そ、そう?」
「あたしと話してる時の笑顔と違うんだよ」
 むぅ、という顔をして、古野原が言う。
「よし、もうちょい近づこうぜ」
 そう言って、古野原は鈴の肩に手を回した。
「え? あ、あの古野原さん?」
「ん? なんだ?」
「……近すぎない?」
 視力の低い自分でも、輪郭まではっきり見えるだろう距離に、古野原の顔があった。
「プリクラならこれくらい普通だろ」
 そう言って、カメラの方を見る古野原。
 鈴も、笑ってカメラの方を見る。
「おっ、これは良い感じじゃん」
 画面に映った写真を見て古野原が言う。
「んじゃ、残りもこんな笑顔でよろしく」
 不慣れなポーズを取ったり、手を繋いだりして、鈴は古野原と一緒に写真を撮った。
「よっしゃ、落書きだな」
 そう言って、鈴の手を引いて古野原が筐体の外へと一旦出た。
「あれ? 中で落書きするんじゃないの?」
「あー、後ろなんだよ」
 そう言う間も、古野原はずっと、鈴の手を引いていた。
「……なんか」
「ん?」
「王子様みたい」
「……は!?」
 呆れ半分、驚き半分と言った様子で、古野原は鈴の顔を見た。
「な、何言ってんのお前」
「えっと……ファンタジー物のラノベとかでも、王子様が手を引いたり」
「……そこは少女漫画なんじゃねーのか?」
「そういうの、読んだこと無いし」
「……あー、あたし女だし、王子じゃないし」
 そう言う古野原の顔は、仄かに赤く染まっていた。
「照れてるの?」
「うっせぇ! 落書きすんだよ!」
 二人は並んで椅子に座って、ペンを手に取った。
「何を書いたりすれば良いのか、全然分からないよ……」
 画面の端にある、数々の絵柄を見て鈴が言った。
「何でも良いんだよ、自分らの下の方に名前書くとか、そんなのでも」
「そ、それじゃあ私はこれに……」
 鈴は二枚目に撮った。表情が硬いと言われた写真に字を書こうとして。
「さすがにただの黒文字で名前書くなんてことしねーよな?」
 鈴は「うん」と、嘘を吐き。オレンジをタッチ。そして名前を書き始める。
 鈴。自分の顔の下に、そう書いた。
 そうして、古野原の方を書こうとして、ぴたりと手を止める。
 なんて書けば良いのだろう。苗字か、名前か。
「……」
 少し悩んだ末、いつも呼んでいるとおり、古野原さん。と書いた。
「お前……さん付けって」
「い、いつも通りで良いかなーって思って……」
「……そういうことなら別にいい」
 古野原の方に目を遣ると、慣れた手つきで、フレームを変えたりしていた。
 見よう見まねで鈴もやるが、なかなかうまく行かない。
「あと三十秒……そっちちょっと貸してくれ」
「う、うん」
 代わりに、良い感じと言われた三枚目が、鈴の方の画面に表示される。
 鈴は、良いことを思いついた。
 鈴は青が主体の、星のラメが入ったペンをタッチする。
 残り五秒。
 鈴は、画面に映る古野原の頭上に文字を書いた。
「んなっ!? お前!」
 それに気が付いた古野原が消そうとしたが、それと同時に時間切れ。
「……昼飯、お前の奢りな」
「えぇっ!?」
 驚いている鈴をスルーして、古野原は写真が出てくる場所の前に立った。
「なにこれ、めっちゃ恥ずい」
 五種類の画像がプリントされた一枚の写真。その中の一枚。
 古野原の頭上に、王子様。と書いてあった。
「お前なー、今まで散々弄くった仕返しか? これは粉々に刻んで捨ててやる!」
「勿体ないよ!」
 鈴が止めると、古野原は大きく溜息を吐いて。そして笑った。
「冗談だって」
「うぅ……」
 前髪で顔を隠せないので、恥ずかしがっている自分の顔をもろに見られているのだと、鈴は思った。
「いや、でもあたしが王子は絶対あり得ないって」
「だって、今まで色々私のこと助けたり、今日だって遊びに誘ってくれて」
「お前の言う王子ってのは小説に出てくるような、優秀な奴じゃないのかよ」
「そうかも、だけど」
「だったらあたしは当てはまらない、あたしは優秀なんかじゃないし」
「そんなに言うなら、優秀じゃない王子が頑張るラノベ読ませてあげるから」
「うえっ……あるのかよ」
 そう言いながら、備え付けられていたハサミで、古野原はプリクラを半分にカットした。
「はい、これ鈴の分、家で切って、好きなところに貼ったりしな、王子って書いてある奴以外」
「そんなに恥ずかしい?」
「……っ、そ、そりゃ……」
 みるみるうちに、古野原の顔が赤くなっていく。
「悪く言われることはあっても、よく言われる事なんて無いし……」
 鈴は、自分だって、そうだったんだよ? って思ったが、言わなかった。
「あ、じゃあ、開き直って、次に撮るときは鈴の方にお姫様って書いてやるよ」
「えっ、私が? 私、そんな……」
「顔も良いし、世間知らずな所も丁度合ってるじゃん、まぁ、趣味が変わってるお姫様になるけどな」
「お姫様と王子様って結婚するんじゃないの?」
「ん? そりゃ物語だとそういうの多いけど、あたし女、鈴も女、こんなの冗談だよ。
「そ、そうだね」
 鈴はふいと、古野原に顔が見えないようにそっぽを向いた。
 ほんの少しでも、二人で結婚した場合、などというおかしな考えをした自分が恥ずかしかった。
 その後も、何個かのゲームをやって、時刻は十二時を回った。
「それじゃ、飯行くか、鈴の奢りで」
「あれは本気だったんだ」
 二人並んで、ゲームセンターを出る。
「え? 冗談だけど?」
「また!?」
 鈴は顔色一つ変えず言う古野原を、ポカポカと叩いた。
「鈴からかうの面白いな、色々と」
「うぅ」
 色々と複雑な心境の中、古野原に続いて鈴は歩く。
「んじゃ、飯はここ」
「ハンバーガー?」
「そりゃ、マックだし、お前ポテトだけでも食べる気なのかよ?」
「そう言う意味じゃなくて……その……」
「ん?」
 不思議そうに、古野原は鈴の顔を覗き込む。今更、恥かしがることでは無い。
「マック、食べたことない」
「……マジ?」
 さすがに信じられないと言った表情で、古野原が言った。
「だって、家族で行く外食はファミレスだったし……」
 友達がいなくて行く機会なんて無かった。
「うわー、まずますお姫様だな」
 古野原は何故か感心した顔をして、頷いた。
「え?」
「お城のシェフが作った料理しかありません、的な?」
「大袈裟だよ……」
「例えだよ、例え」
 そう言いながら、古野原と鈴は店内に入り、列に並んだ。
 そういえば、先程、鈴が友達がいなかったという事実を知っている古野原は、外食の件について、深く聞いてこなかった。
 友達として、気を遣ってくれているのだろうか?
「初めてなんだよな、鈴はあまり食べないんだよな?」
「えっ? うん」
「でも飲み物がなー、単品だと高いし……ポテト食べきれなかったらあたしが食べてやるから、アレで良いか?」
 古野原が、レジの上の写真付きのメニューを指さして言う。
「アレルギーとかは無いから、大丈夫」
「んじゃ決定! それと面倒だから一緒に頼もうぜ」
「わかった」
 そうしてすぐに、レジの前までたどり着いた。
「これとこれ、セットで、飲み物はコーラと、えっと……鈴は何飲む?」
「お茶とかある?」
「紅茶か美茶あるけど、紅茶はホットもある」
 美茶? なんのことだかよく分からなかったので、鈴はホットの紅茶を頼んだ。
 そうしてレジの横で少し待機して、すぐに商品が渡された。
「とりあえず二階、空いてなかったら三階な」
 そう言って、トレーを持った古野原が歩き出す。
「二階は……あ、丁度良い席空いてんじゃん」
 古野原の視線の方に目を遣ると、対面で座れる二人用の席があった。
 二人はそこに座る。
「紅茶、そろそろティーパック出さないと渋くなるな」
 そう言って、座ってすぐに古野原が鈴の紅茶のパックを取った。
 お手拭きで手を拭いて、古野原はポテトを摘む。
 鈴も、それに続いてポテトを摘んだ。
「なんか塩気が薄いな」
「確かに」
 そう言いながらも、ポテトを摘む二人。
「んー、やっぱりポテトは口の中が乾くよ」
 そう言って、鈴は紅茶を啜った。
「とりあえずバーガー食べていいんだぜ? ポテトなんて残しても良いから」
「そ、それじゃ」
 サンドイッチなんかは食べたことあるけれども、ファーストフードのハンバーガーは初めてだったので、鈴はゆっくりとバーガーを口に運んだ。
「どうだ?」
 飲み込んだところで、古野原が聞いてきた。
「美味しい」
「まー、金取るだけのことはしてるよなー」
 そう言いながら、古野原は自分のハンバーガーを食べ始めた。
「この後はどうする? 行きたい場所とかあるか?」
 鈴は手を休めて、少し考える。
「えっと、本屋さんかな」
「なんでだ? 別に鈴の家の近くにあるだろ?」
「最新刊が欲しいんだけど、まだ置いて無くて、ここなら売ってるかと思って」
「なるほどな、確か駅前にあった、帰り際の方が手荷物として邪魔にならないから、それは帰る前に行くか、他に行きたい場所は?」
「うーん、服とか……古野原さんお洒落だし教えて貰おうと思ったんだけど……」
「あたし別に普通だと思うけど、つか、あたしの私服姿見たこと無いじゃんか」
 言われてみればそうだった。
「そ、そうだね……お小遣いもあまり使うと後々困るし、今回はやめておく」
「……夏服とか、今度選んでやるよ」
 古野原はそう言って、ジュースを飲んだ。
「それじゃあ、それは今度で」
 遊んでいる最中に、次も遊ぶことを約束した。
「さてと……」
 そう言って、ハンバーガーを食べ終えた古野原はスマホを取り出した。
「退屈? い、急いで食べるよっ!」
「いや、普通に食べて大丈夫だ。あたしはこの後遊べるような場所調べてるだけ」
「そ、そうなんだ」
 鈴が食べていると、古野原は空いた左手を額に当てて唸った。
「駄目だな……、服とか見るだけって言うのもありかと思ったんだけど、やっぱり欲しくなるし」
「んーと……それじゃあ」
 鈴は、最後の一口を食べてから言った。
「やっぱり、本屋さん行こう?」
「そうするか……、本も数多いし、結構時間掛かるだろうしな」
「いや、そういうのではなくて」
 鈴が言う。
「本買った後、また、私の家に遊びに来ない?」
「あ、良いなそれ」
 そう言って、古野原は鈴の余ったポテトを摘んだ。
「あ、丁度お腹いっぱいになったところ」
「よっしゃ、あたしの予想通りだったな……もう湿気ってる」
 苦い顔をして、ポテトを摘む古野原だった。
 そうして、マックを出た二人は、本屋で目当ての本を見つけ、鈴の家へと向かった。
「三時……微妙な時間だな」
「思ったより本買うのに時間掛かっちゃったね」
 鈴の家へ向かう道、二人は並んで歩いていた。
「一体何冊あるんだよってくらい、あったな、ライトノベル」
「うん、多すぎて、私も読んでないレーベルあるし……」
「ふーん、あー、おやつとか、どうする?」
「家に、封開けてないお煎餅とか、プリンあるけど」
「んじゃそれでいい」
 そんなことを話している間に、家に着いた。
「おじゃましまーすっと」
「ごめんね、まだクッション届いてないんだ……」
 罰が悪そうに、鈴は言った。
「クッション? あぁ、友達が来た時用にって話か」
「ネットで注文したんだけど、明日に指定してて」
「いや、こんなすぐにまた来ることになるなんて思ってなかったから、気にするなって」
 そう言って、鈴を元気づけるように古野原は笑った。
「この前と同じで、あたしがベッドに座って良いか?」
「うん」
 そう言って、鈴はバックを床に置くと、手を洗ってお茶をだす準備を始めた。
「鈴―、この前の本続き読んで良いか?」
「大丈夫だよー」
 ヤカンに水を注いで、コンロの火を付ける。
「ちょっと、お湯沸くの待って」
 冷蔵庫を開けて、プリンを確認しながら鈴は言った。
「んー」
 生返事なので鈴は顔を上げて、古野原の方を向いた。
 真剣な顔で、本を読んでいた。
 脇には、続きが二冊ほど置かれている。
 やはり、ペースが尋常では無かった。
「これ、古野原さんの湯飲みね」
「あー、って、買ったのか?」
 本から目を離して、古野原は鈴の方を向いた。
「コップとかは買っておいたんだ、百円ショップのだけど」
「気合い入れて高いの買われて、間違えて割っちまった場合考えたら、全然良いわ」
「そっか」
 鈴は古野原の言葉を素直に受け止め、お湯が沸くまでの間にと、バックから買ったばかりの本を取り出した。
「よいしょ」
 鈴はソファに座って、本を開いた。
 プロローグを読み終えた辺りで、ヤカンが鳴った。
「お茶淹れるね」
「ん」
 栞を挿んで、鈴は立ち上がる。古野原の手元を見ると、既に半分以上読み終えていた。
 火を止めて、急須に茶葉を入れ、熱湯を注ぐ。キッチンの足下の扉を開いて、煎餅を取り出した。
「はい、古野原さんの分」
 そう言って、テーブルの上の、古野原になるべく近い場所に湯飲みを置いた。
「ありがとな、いただく」
 古野原は本を畳んで、鈴の隣に座った。
「本、続き読んでても良いのに」
「間違えてこぼして、本を駄目にしたらどうすんだよ。お前自身がやったら、自分の物だから別に良いかもしれないけど、あたしはそういうの嫌だし」
「……やっぱり、正義感強いなー」
「この場合、責任感じゃねーの?」
 確かに、鈴は自分の発言を恥ずかしく思った。
 ぱりぱりと煎餅を食べる音が室内に響く。
「お前は本読みながらでも、いいんだけど……」
「お茶だけならそうしてるけど、お煎餅だと、ほら、手が」
「あー」
 なるほど、と古野原は納得した顔をする。
「っていうか、二人で部屋に居るのに、全然遊んでるって言う気がしねーな」
「た、確かに」
 鈴は気まずそうな顔をしながら、お茶を啜る。
「話すだけってのも難しいし……なんか遊び道具とか無いのか?」
「ゲームは前はやってたんだけど……全部実家に置いて来ちゃって」
「それって送って貰ったりできねーの?」
「んー、聞いてみないとなんとも……」
 鈴がそう言うと、古野原は水道で手を洗った後、再び本を手に取った。
 そうして、寝転がる。
「あー、やっぱこういう格好で読む方が楽で良いわ」
「ちょっと、古野原さん、そこ、私のベッドなんだけど……」
 鈴が言うと、古野原はシーツに顔を押しつけ、スーッと鼻で臭いをかいだ。
「シャンプーの良い臭いするけど」
「なっ、は、恥ずかしいからやめてよ!」
 鈴は顔を真っ赤にして言った。
「悪い悪い、とりあえず続き読む、今日は結構動き回ったし、落ち着いた時間も悪くないだろ」
「そうだね」
「まぁ、お前も続きが気になるんだろ? 買ったばかりの本のさ」
 古野原が意地悪そうに笑っていた。
「お見通しだった?」
「だってお前、前にも言ったけどわかりやすいから」
「じゃあ、これからは分かりづらくしようかな」
 鈴は、なんでも無く、そう言った。
「やめとけ」
「え?」
「そういうのはやめとけ、そのままでいろ。大人に変わっていくのと、そういうのは違うんだよ」
「……わかった」
 なんだか堅い声だったので、鈴は肩をすぼめて本を読み出した。
 そうして、時刻が六時になろうとした頃。
「ふぅ……」
 読み終えた鈴が、息を吐きながら本を畳んだ。
「そろそろ、夕飯の準備しないと……あ」
 そういえば、古野原が居た、夕飯は、家で食べていくだろうか?
「古野原さん、私そろそろ夕飯の準備したいんだけど」
「……」
 返事が無い。
「古野原さん?」
 鈴は立ち上がって、古野原の方を向いた。
 小さく寝息をたてて、古野原は寝ていた。
 いつもの気の強そうな顔と違って、まだあどけなさが残る無防備な顔。
 それもそうだ、自分も古野原も、まだ十五、六歳なのだから。
「んぅ……」
 口をもごもごさせる古野原。
 なんだか、いびきとかをかいて寝る様な人だと思っていたので、そのギャップに鈴はクスりと笑った。
 ただ、いつまでも寝させている訳には行かない。
 古野原の両親も心配するだろうし、遅くなるのならば、連絡をさせなければならない。
「古野原さん、起きて」
 鈴は古野原の肩を揺すった。
「ん……ん?」
 ゆっくりと、古野原が目を開ける。
「あれ、あたし……」
 そう言う古野原と、鈴の目が合う。
「寝てた?」
「うん」
 古野原はガバッと起き上がる。
「今何時だ!?」
「え? まだ六時、ってもう六時……だね」
「んや、まだ六時か……」
 そう言って、古野原は頭を掻き、大きく欠伸をした。
「わざわざ起こしてくれたのか?」
「うん、いつ起きるか分からなかったし、いつまでも寝ちゃってて、家に帰る電車無くなったら、困るでしょ?」
「……あ、あぁ、そうだな」
 そう言う古野原は、何故か歯切れが悪かった。
「そ、それでね、良かったら夕飯食べていかない?」
「それは、今日は無理だな」
「え? 明日は日曜日で休みだけど……門限、とか?」
「そうだよ」
 そっぽを向いて、古野原が言う。
「なんだかんだ言って、そう言うのだけは守らないと、うるせぇからな、あたしの親」
「そうなの?」
「あぁ」
 今にして考えれば、古野原の家庭について触れたのは、これが初めてだった。
「と、言うわけで、帰る準備する、ちょっとバスルームの鏡使わせて貰うわ、寝癖ついてるだろうし」
「うん」
 そう言うと、古野原はバスルームに入っていった。
 そうして数分で、出てくる。
「大丈夫だわ、あとは荷物」
「あ、そうだ古野原さん、何巻まで読んだの?」
「は? ……あぁ、ラノベか、えーっと四巻の半分だな、そっから覚えてないから、いつの間にか寝てたんだろうよ」
「それじゃ、七巻まで貸してあげるよ」
「え?」
「続き、気になるでしょ? 七巻で一区切りつくから」
「ん、まぁ、四冊じゃ大した重さにもならないか、分かったよ」
 そう言って、古野原は七巻までをバックに入れた。
「んじゃ、あたし帰るぜ」
「うん、また月曜日に会おうね」
「おう」
 手を振って、古野原を鈴は見送った。
「それじゃあ、早速……」
 夕飯の準備を後回しにして、鈴は自身のバックから、昼間に撮ったプリクラを取り出した。
 全部切ってしまおうかとも思ったが、そうすると無くしてしまいそうな気がしたので、鈴は使う分だけ切り取って、あとはわかりやすいように、何かの保管に使えるだろうと取っておいた、元はお菓子が入っていた長方形の缶にしまった。
 そうして、早速プリクラを、一番目にするであろう、冷蔵庫に貼った。
「好きなところに貼って良いって言ってたもん」
 王子様、と書かれた奴以外、と言う言葉を聞かなかったことにして。
 付けていたヘアピンをテーブルに置いて、鈴は夕食の準備の為に、キッチンへ向かった。

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