神様のイタズラ

ちびねこ

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第一章

七話

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「お邪魔しまーす」
 そう言って古野原は鈴の部屋に上がり込んだ。
「どうしたの古野原さん、さっき、ちょっと表情暗かったけど」
「いや、その、お願いあってよ」
 いつもの古野原と違い、歯切れが悪かった。
「あのさ、ノート、写させてくれね?」
「え? ノート?」
「ほら、あたしノート取ってないじゃん? それで良いって思ってたんだけど、ノート提出しないと問答無用で赤点って言われちまって」
「えぇ!?」
「だからノート(写さしてくれ! 頼む!」
「でも、今日ノート提出しちゃったよ!?」
「他の教科も同じなんだよ、だから頼む!」
 頭を下げて頼み込む古野原。
 鈴はどうするか少し考え、そして言った。
「こ、今回だけ……」
「ん?」
「こういうの良くないと思うから、今回だけだよ? 今後はちゃんとノートとってね?」
「……」
 古野原は黙り込む。
「う……あの、えっと……」
 普段こういうことを言わないので、言い過ぎてしまったのかと、鈴は思った。
「お前の言うとおりだよなぁ」
「え?」
 思いもしない言葉に、鈴は声を上げた。
「あたしが原因だってのによ、鈴にはホント申し訳たたねえわ」
「え、いやいや、何もそこまで!」
 あたふたする鈴。
「鈴の言うとおり、これからはノートとる、だから今回だけ貸してくれ」
「う、うん」
 珍しく真面目なことを言う古野原に、鈴は若干困惑した。
「そ、それじゃあこれ」
 鈴は鞄からノートを数冊取り出し、古野原に手渡した。
「ありがとな、本当に今回きりにするから、それとこの借りは必ず返す」
「か、借りだなんて大袈裟だよ」
「いや、借りは借りだ、いつかきっちり返す!」
 そう言う古野原の表情は笑っていて、鈴も自然と微笑んだ。
「そんじゃ、今日はあたしはノート写しで、鈴は読書か?」
「そうだね、そうする」
 対面に座り合った二人は、それぞれ別のことをした。
 古野原のペンの音と、たまに鈴がページを捲る音。
 とても静かな空間だった。
「……今になってツケが回ってきたな、これすげーめんどくせー」
 古野原がノートを写しながら言う。
「でも、鈴のノートかなり分かりやすくまとめてあるな、これなら期末は高得点か?」
「私には中間くらいが限界だよ」
「そんな風に……って確かに色々見たら何となく納得しちまったわ、わりぃ」
「ひ、ひどい」
 若干のショックを鈴は受けた。
「でもまぁ、このノートなら中間以上は行けると思うぞ?」
「古野原さんはどうなの?」
「あー、あたし? 余裕で一位だな」
 にひひっと笑いながら言う古野原だった。
「いや、冗談言ってる場合じゃなくて、本当にこのままだと危ないんじゃないの?」
「大丈夫だって、あたしのこと信じろって」
「こればっかりは不安で信じられないかなぁ」
 そう言って鈴は本をパタンと閉じた。
「ん? どした?」
「いや、夕食の下ごしらえしようかなって」
「へ? まだ5時だけど」
「今日はカレーにするから」
「カレーか! 良いな!」
 そう言って何故か古野原が立ち上がる。
「どうしたの、古野原さん」
「いや、もしよければ一緒に夕飯食いたいなって」
「え? 親御さんに連絡は?」
「後でしとく、あたしでも出来る作業あるか? っていうか食べていって良いのか?」
「全然構わないよ! ふふっ、じゃあ野菜の皮むきでもして貰おうかな」
 鈴は嬉しそうにそう言った。
「よっしゃ、任せろ!」
 そう言って、二人は狭いキッチンに立った。
「なぁ、鈴」
 ジャガイモを持った古野原が言う。
「これ、包丁で剥くのか?」
「あっ、ごめんね。これで剥いて」
 そう言って、鈴はピーラーを渡した。
「やっぱこういう道具だよなー」
「あまり雑にやると、指先切れちゃうから気を付けて」
「えっ、怖っ! 分かった……ゆっくりりやるわ」
 幸いピーラーは予備で二つあったので、鈴が人参。古野原がジャガイモを担当した。
 そうして、鈴が人参をむき終えると。
「なぁ、鈴」
「何?」
「このジャガイモのへこんだ部分、上手くむけねーんだけど」
「ああ、ここはね。ピーラーのこの部分で」
 そう言って、鈴はジャガイモの芽をえぐり取った。
「なるほど、便利だなこれ」
 古野原はピーラーをクルクル回して言った。
「それじゃあ次はタマネギを」
「あー、あたしそう言うのは不器用なんだけど」
「じゃあ切る係は私で、古野原さんは炒めるのお願いして良い?」
「掻き回すだけなら出来ると思うわ」
「じゃあ一旦古野原さんは休憩、炒めてる最中は私が休憩で」
「分かった、それで良い」
 そうして鈴がタマネギを切り始め、しばらくして。
「な、なんかよ、目がしょぼしょぼするわ」
 離れてテレビを見ていた古野原が言った。
「私なんて涙が止まらないよー」
「マジじゃんか、離れててこれだからな……鈴の方が負担大きかったか?」
「うぅん、タマネギを切るときの宿命みたいなものだから」
「……ご苦労さんだな」
 そう言ってまたしばらくして、鈴は野菜類を切り終えた。
「じゃあ今度は古野原さん、私休憩って言ったけど、初めてだから傍で見てるね」
「分かった」
 そう言って、二人は入れ替わる。
「順番に入れて炒めて行くから」
「おうよ」
 そう言って、鍋に途中肉を入れたときに。
「熱っ!」
「あっ、油がはねたね、古野原さん大丈夫」
「大丈夫だ。さっきの涙目の鈴と比べたらこれくらい」
「ふふっ、でも火傷には気を付けて」
「了解」
 そう言って、水を入れて、二人は一旦離れた。
 古野原はノートを写していて、鈴はテレビと鍋の加減を見ていた。
「なぁ、鈴」
「何? 古野原さん」
「試験終わったら、夏休みだろ」
「うん」
 鈴がそう言うと、古野原は少し間を置いて。
「実家帰ったりするだろ? その時、良かったらあたしも遊びがてら着いていったりしちゃ、ダメか?」
「えっ、私の家に泊まりに来るって事?」
「まあそういう事だ」
 鈴は少しだけ考えて。
「ダメではない、と思うけど。一応後でお母さんに聞いてみる。この後、カレーを食べ終わって解散したら」
「おう、楽しみにしてるわ」
「でも、赤点だったら……」
「鈴、お前問題無いだろ?」
「いや、私じゃなくて古野原さん」
「大丈夫大丈夫」
 そう言ってやはり危機感なく笑う古野原だった。
「そ、そうだね! ノートも写してるし、赤点は」
「全教科満点取ってやるよ」
「あはは……」
 そんなやり取りをしていると、鍋がぐつぐついいだした。
「後はルーを入れるだけ、あ、そういえば甘口だけど良いのかな?」
「問題無いぞ」
 ノートを写しながら古野原が言う。
「ごめんね。私辛いの苦手で」
「いや、あたしも辛いの苦手だわ」
 ルーを手に取った鈴はびっくりして思わず振り向いた。
「な、なんか意外だね」
「なんだよー、鈴は甘口で良くてあたしは辛口なのかー?」
「そ、そう言う意味では」
「なんて、冗談だ」
 古野原は笑う。
「むー……」
 鈴は弄ばれ過ぎて、むすっとした顔をした。
「悪かったって、それより早くルーを入れて完成させようぜ!」
「はぐらかされた……まぁそうだね」
 ルーを入れて、古野原がかき混ぜる。
「段々力が要るようになってきたな」
「あと2分くらい」
「うげー、手がやられる」
 そんなやり取りをしつつ、カレーが完成した。
「じゃあ、いただきます」
「いただきまーす、っと」
 二人は同時にカレーを口に運んだ。
 そうして一口目を終えて。
「美味いな、これ」
 古野原はそう言って、二口、三口とスプーンを進めた。
「あちち……」
 一方の鈴は、ゆっくりと冷ましながら食べる。
「鈴、お前猫舌?」
「う、うん」
 それでもゆっくりと、食べ進めていく。
「ふぃー、食った食った」
 古野原は、満足と言った顔で、腹をさする。
「古野原さん食べるの早い方だよね」
 学校なんかでも、それなりにいつも早く食べていたので、鈴はそう言った。そしてまだ食べ終えてない自分の分を食べ進める。
「そうか? そんなつもりは無いんだけどなぁ」
 鈴が食べ終えるのを待ちながら、古野原はスマホを弄る。
「ご馳走様でした。古野原さんは、親御さんに連絡?」
 食べ終えた鈴が、古野原に聞く。
「あぁ、今7時だから……半には帰るわ」
 そう言って、食べ終えた鈴の分の食器も一緒にキッチンに持っていく古野原。
「食器洗いもあたしに任せときな」
「へ? 良いの?」
「軽いお礼みたいなもんだよ、洗うのくらいならあたしでも出来るからな」
 そう言って、古野原は洗剤とスポンジを手に取る。
「鈴~」
「どうしたの?」
 カチャカチャと食器が洗われる音の中。
「まだ決まった訳じゃないけど、鈴の実家行くの結構楽しみにしてる」
 そう言う古野原の横顔は、笑っていた。
「う、うん……何泊したい?」
 洗い終え、横の方に食器を並べた古野原はちょっと唸った後。
「まぁ休み中なら、あたしの親もうるさくねぇから、居れるだけ居たいな」
「一週間だけど、本当に良いの?」
「あぁ、構わねえよ」
 手をタオルで拭き終えた古野原が部屋に戻って来た。
「んー、まぁもうすぐテスト期間だから、返事はその後でもいいぞ」
「ううん、早めに連絡しておく、その方が準備しやすいでしょ?」
 内心、鈴はテストの不安よりも、古野原と実家に行くことに期待していた。
「と、まだ半じゃないけど、帰るわ」
「あ、うん」
 古野原はバックを手に取り、玄関に行って靴を履く。
「んじゃ、またな~」
「うん、またね」
 そう言って、玄関のドアが閉められると、鈴はすぐに親に連絡した。
「もしもし、お母さん、あのね……」
 鈴は事情を伝えた。
「うん、本当に優しくていい友達だから」
 会話を続けてゆく。
「じゃあ、8月1日から一週間、分かった」
 そう言って、鈴は電話を切った。
 古野原に、鈴はこれまたすぐに古野原に連絡した。
『許可貰えたよ、テスト頑張ってから一緒に行こうね』
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