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10話 恵

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 近くにある喫茶店は、外にもテーブルがあったが、恵は店内の端の席に座った。
「猫耳族ちゃんは、私の隣ね」
「ええ」
 私は恵の隣に座った。恵の目の前は皐月、その隣はアキラだ。私たちはまず飲み物を頼むことにした。私は美味しそうな名前のフルーツティーにして、アキラはコーヒー、皐月はミルクティー、恵はソーダを頼んだ。
「さて、まずは自己紹介しましょうか。私は、ノルマフィ・エル事務所の一角で居候してる恵。一応、言っておくけど、ヒュー族よ。とある人を探してるの」
「私は杏奈。地球から来たの。こっちは弟の皐月と、変なやつがアキラ」
「杏奈、酷いぞ!」
「仲がいいのね」
「私たちが聞きたいのはこの星の差別についてなの」
「そうなのね。それなら、私が一番適任ね」
 その時、飲み物が届いたので、私たちは受け取った。恵はソーダを一口飲む。
「どうして、恵が適任なの?」
「私、歴史を勉強してるのよ。結構詳しいわよ」
「そうなんだ。この星がなんで、こんなに差別が多いのかわかる?」
「簡単なことよ。昔、この星で、大きな種族戦争があったの。地球でも何回かあるでしょ?」
「そうだが、俺たちの国ではほとんどないな」
 アキラが答えた。
 その辺は私はあまり詳しくない。本は読んでいたけど、戦争や歴史の本はあまり好きではなくて読んでいなかった。
「私は色んな星の歴史に詳しいの。金星で大きな戦争があって、金星大戦争がある。それはこの国ウェヌスと、隣国ヴェニェーラ王国の戦争」
「それと、種族差別が何か関係あるの?」
「ウェヌス王国は、魔族の国。ヴェニェーラ王国は、動物族の国」
「え!でも、この街には動物族いるわよ」
「ヴェニェーラから追い出された動物族がここにいるの。ウェヌス王国は表向きは種族差別がないってことになってるのよ。地球や火星との交流のためにね。でも、根っこは違う。この戦争が起きたことで、種族差別が浮き彫りになったの」
「それって、昔の話よね。なんで、今も差別が……」
 恵は、ソーダを飲む。からんと音を立てて、氷が沈む。恵は外を眺めながら、言葉を繋いだ。
「五百年くらい前の話しよ。しかも、ウェヌスが勝った。でも、動物族への嫌悪は消えなかった。ヴェニェーラも行ったことあるけど、魔族やヒュー族への差別がとてもあるわ。ここでは杏奈や動物族がフードを被るけど、ヴェニェーラでは私たちがフードを被る」
「そうなの?」
「うん。種族戦争はそれだけ影響がある」
「そんな……」
「地球もそうだよ。杏奈」
「どういうこと?」
「学んだだけだが、俺たちが住むエスト王国の隣国ウエスト帝国では種族戦争が起きたことがあって、今でも差別がある。種族戦争が起きたところは、必ず差別が根付いている」
「なんで?同じ人間じゃない……ぷえ!」
 恵は私の頬を人差し指で刺した。
「何するのよ」
「杏奈は可愛いね」
 にっこり笑う。指をしまい、コップに口をつける。一口飲むと、私たちにも飲むように促した。
 私は、なんとなく飲む気になれなかったが、仕方なく口にフルーツティーを流し込む。ほんのり甘くて、何かの果物の匂いが広がる。
「男と女の差別もあるのに? 種族の差別は嫌なの?」
「私は男と女も差別しない」
「本当に? 差別してない?」
「うん」
「無意識にはしてるよ」
「してない」
「そう。それなら、それでいい。でも、この国の差別は変わらない。あなたが差別を嫌っていても、国から人から差別を奪うことはできない」
「恵も?」
「私は……」
 恵は言葉を詰まらせた。答えに困ってるようだった。
「この星に来て思ったけれど、差別はある。私は誰もが同じ人間だとは思っている。でも、中身は違う」
「どういうこと?」
「性格も好き嫌いも違う。それと差別は違うけど、私たちは同じ人間。でも、見た目でも違うところもある。それを他の人たちは嫌悪してるの」
「意味がわからない。なんで嫌悪する必要があるのよ」
「他の人の気持ちなんて、わからないわ。でも、種族差別という意識を持ってる人が多いことは覚えておくべきね。自分と違う考えがある」
「でも……」
「でもじゃないだろ」
 ずっと黙っていた皐月が口を開いた。
「姉さんは甘いんだよ。差別はある。それは、この街に来て痛いほどわかっただろ」
「受け入れるしかないの?」
「杏奈。受け入れても良いし、受け入れなくても良い。でも、杏奈の考えは大事にした方がいいぜ」
「アキラ……」
 私たちはその後、この話題には触れずに話をした。
 恵は誰かを探して旅をしているらしい。
「どんな人なの?」
「わからない。名前しか知らないのよ」
「そう。それは探しにくそうね」
「この街を拠点にして探したけれど、潮時かもね。イヴって名前しか知らないんだもの」
 私は、イヴという言葉にドキリとした。恵がイヴを探している? アキラも明らかに動揺している。アンネリーさんやアキラのお母さん、マーキュリー以外にイヴについて触れる人が現れるとは思わなかった。
「な、なんで探しているの?」
「それは、言えないけど、どうしても探さないといけないの。でも、今日とても強い反応が……いえ、なんでもないわ! 聞いてくれて、ありがとう。イヴは気長に探すしかないわね」
「ううん。差別の話しを教えてくれて、ありがとう」
 恵はにっこりと笑った。
 私たちは会計を済ませて、外に出た。日が傾いていた。コンパスで確かめると、本当に東に日が沈み始めている。
「私は事務所に戻るわ。杏奈たちは?」
「私たちは集合時間があるから、宿屋に戻るよ」
「また、明日会えるかしら?」
「ええ!もちろん」
 恵と別れ、私たちは宿屋へ戻ることにした。戻ると、もう皆揃っており、夕日がよく見える高台に行くことになった。
 街の端にある高台に登ると、太陽が青く見えた。防衛魔法の障壁によって青く見えるらしい。
「綺麗ね」
「杏奈の方が」
「はいはい。こんなに綺麗なのに……」
 私は差別について考えていた。
 綺麗な景色を見ても、気持ちが晴れない。私たちは差別されているし、ヴェニェーラという国では逆に差別する動物族がいる。
 同じ人間だと思ってる人は少ないのかな。見た目が違うだけなのに。
 私が初めて触れた差別は、山賊の有鱗族レーオン。差別があるなんて知らなかった。レーオンがどんな目にあって来たのか、それは想像しかできないけれど……。
「姉さん、何か考え事? 似合わないけど」
「失礼ね。私だって考える時くらいあるわよ」
「俺たちは杏奈を差別しないぜ。それではダメかな?」
 アキラがそう言った。
 モヤモヤは残るけど、今はそれでいいのかな。皐月やアキラは、魔族とヒュー族、動物族を差別しない。私の周りの人たちは、差別をしない。今はそれを良かったと思うしかないのだろうか。
「ダメじゃない」
「それなら、良かった」
「ここだけは、アキラに同意」
「ここだけってどういうことだよ」
「お前にだけは、あんまり同意したくないから」
 二人は言い合いを始めた。
 この綺麗な景色の中で喧嘩を始めて、本当に気が抜ける。
 今はこれで良いか。

 夕日が半分くらい沈んだ頃、私たちはライブ会場に向かうことになった。街の中心に大きな広場があり、そこで行うらしい。
 会場に着くと、たくさんの人がいた。好きな場所に陣取れるとの事なので、空いてる場所に私と皐月、アキラは立った。セイライとセイアは別の所にいる。水竜は興味がないと言って、宿屋へ先に戻ってしまった。
 夕日が完全に沈み、街灯とステージの明かりだけになった。
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