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12話 光る

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「あなたは?」
「私は、ビーナス」
「ビーナスって、マーキュリーが言ってた……」
「あら。マーキュリーに会ってるのね。それなら、話は通じてるのかしら」
 金の長い髪をさらっと横に流し、彼女は笑った。
「お前も惑星守護神なのか?」
 皐月が怪訝そうに言った。
「そうよ。私は金星を守護するヒト。今日は、プライベートだけどね。アカリちゃんの歌が好きなのよ。だから、イヴにお礼をしようと思って。ファンの人たちを説得してくれて、ありがとう」
「私は何も。アキラが言ってくれたのと、ファンの人たちが良い人だったから」
「あなたが発言しなかったら何も始まらなかったわ。謙遜することない」
 その時アキラが私とビーナスの間に入った。
「お前たちの目的はなんだ」
「目的なんてないわよ。マーキュリーが適当なことでも言ったのかしら。私はイヴを見るのが久しぶりだから、珍しかっただけ」
「え? イヴを見たことがあるの? 私とは初めてよね」
「あー。まあ、あなたとは初めましてね。いいじゃない。さあ、アカリちゃんのライブが終わったことだし、夕食の時間じゃない? 私はここで! じゃあねー」
 私が再び声を発する前に、ビーナスはそそくさと行ってしまった。マーキュリーみたいに水に包まれて消えたりはしないのか。
「どうする? 追いかけるか?」
 皐月が聞いてきたが、私は首を横に振った。
「また、会える気がするし、どうせ何も教えてくれないわよ」
 アキラの方を見ると、何か考え込んでいるようだった。
「アキラ、大丈夫?」
「ん? ああ、大丈夫だよ」
 いつも通りのアキラだった。
 私たちは、夕食を食べるために、宿屋へ帰ることにした。

 夕食を食べ終えた私たちは各自部屋に戻った。
 今日は疲れた。差別について考えたし、ライブでも大きい声を出したし。
 私は、ベッドに飛び込んだ。ギシリと音が鳴る。
 私がベッドに横たわっていると、セイライとセイアが帰ってきた。二人ともそれぞれベッドに腰掛ける。
「あんた、度胸あるわよね。よくあんな所で声を出せるわね」
 セイアが私の方を見て、そう言った。
「咄嗟よ。黙ってられなくて」
「すごいよ」
 セイライもそう言ってくれたが、私はあまり実感がなかった。そんな特別なことをした気分ではない。
「杏奈はすごいね。私は全然……人と話すのだって難しいもの」
 セイライがいつもと違い、話し始める。私はそれを黙って聞いた。
「たくさんの人の前で話すなんて、きっと無理。本当は教師になりたいんだけど、このままでは無理よね。私も、たくさんの人の前で話せるようになりたい」
「セイライ。あなた、変わったわね」
 セイアが感心するように言った。セイライはそれに、照れるように笑った。
「杏奈のおかげ、かな」
「私、何かした?」
「ふふ。杏奈がいつも元気だからかも」
「そう? ありがとう」
 私はセイライやセイアと仲良くなれたようで嬉しかった。みずほさんには感謝しないと。
 その時、水竜が帰ってきた。
「水竜、おかえり」
「ただいま。杏奈、あなたまた無理をしたのね」
「え?」
「街の人が話してたのあなたのことでしょ。フードを被った動物族の女の子がライブ中に、アカリっていう歌手を庇ったって噂になってる」
「へー。それ、私だわ」
「ほら、やっぱり」
 水竜は呆れたようにベッドの近くに行き、服を着替え始めた。
「仕方ないじゃない。灯子……アカリのためだもん」
「自分の身の心配もすることね」
「ありがとう」
「別に」
 水竜も、最初の頃よりたくさん話せるようになったなと思った。最初は、一言二言話すのが精一杯だったのに、今では、私の心配をしてくれる。嬉しくて顔がにやける。
「何その顔」
 セイアにツッコミを入れられた。

 次の日、私たちは朝食を終え、灯子のところへ行くことにした。金星ではあまり観光できないらしい。当初の予定では色々回れるはずだったが、何箇所か断られたらしい。次の予定までまだまだ時間がある。
 事務所の前に行くと、たくさんの人集りがあった。
「なんだろう?」
「記者じゃないか。カメラやメモを持ってる人がいる」
 アキラが答えた。カメラっていうのね。黒い道具を持った人がいる。
「どうしよう。灯子に会えないのかしら」
「杏奈」
 私を呼ぶ声が聞こえたので、振り向くと恵がいた。恵は近づいてきた。
 恵の話だと、昨日の出来事で記者が殺到してるらしい。灯子や社長たちはその対応に追われてるとのこと。恵は手伝えることがないので、私を見かけて、声をかけてくれたのだ。
「良かったら、昨日の喫茶店でまた話しましょう」
 そう言って、ついて行こうとしたら、ドシンと大きな音がした。
「何?」
「大きな音ね……え」
 また、大きな音がして、そちらの方を見ると、土煙が上がっている。そこに、大きな穴が開いており、ミミズのような大きな生き物が何匹も出ていた。
 記者たちは叫び、逃げていく。
「何よ、あれ!」
「ミミズ型のモンスターだろ!」
 皐月に言われ、私は納得した。アキラが剣を抜き、皐月が杖を出した。
「いつの間に杖買ったんだよ」
 アキラの問いに皐月は、水星で買ったと答えた。
「こんなに近いんだ。逃げられないぜ」
「そうだな。姉さんと恵は、逃げろ」
「でも……」
「杏奈、逃げましょう」
 私は恵に手を引かれて、記者たちと同じ方向に逃げる。その時、何人かの鎧を着た人たちがやってきた。警備隊だろう。
「アキラ、皐月!警備隊が来たから、一緒に逃げましょう」
「このモンスターの数では警備隊の数と合わない。俺は残る」
「俺も」
 アキラと皐月は残ることにして、私は再び恵に腕を引かれた。

 ミミズ型のモンスターから、かなり離れた所に来た。
「防衛魔法があるのに、なんでモンスターが」
「水星でも同じことがあったわよ」
「そうなのね。最近、モンスターが活発らしいし、不安ね」
 ミミズ型のモンスターがいた所から、大きな音がする。人の叫び声、足音が聞こえる。
 アキラと皐月は大丈夫なのかしら。
「見に行ったら怒る?」
「え! 見に行くの? 逃げろって言われたじゃない」
「だって、二人のことが心配なんだもの。離れた所から見るだけよ。私、目がいいし」
 私と恵は、元の場所の近くまで行くことにした。
 そこは、血溜まりがあったり、人が倒れていた。建物も崩れている。
「そんな……」
 私たちは倒れてる人に駆け寄る。
「ダメね。死んでる」
 恵が脈を測ったが、亡くなってる。
「アキラと皐月は!?」
 私が見渡すと、人が吹っ飛んできた。
「え!?」
 見るとアキラがモンスターに飛ばされたのか、地面に叩きつけられた。
「ぐっ……」
 アキラは、色々なところから血を流していた。
「大丈夫!?」
「あ、んな……」
 アキラは気を失ったようだ。私はアキラの頭を膝に乗せて、傷の様子を見た。酷かった。
「そんな……」
「杏奈、逃げた方がいいわよ。アキラを背負うの手伝うわ」
「でも……」
「逃げるのよ!私たちも危ないわ!」
「やだ……」
 体が熱い。焼けるようだ。
 アキラがこんなボロボロになって、皐月はどうしてるの? 無事なの? 私は何もできないの。なんで、こんなことに。アキラは大丈夫なの?
 体が燃えそうだ。
 そう思った時、周りが真っ白になった。
「何!? 眩しい」
 恵がそう言うのが聞こえ、私の思考は白く消えた。

「え!」
 目を開くと、アキラと皐月が心配そうに私を見ていた。
「杏奈!」
「姉さん!」
 私はゆっくりと起き上がった。私は道の真ん中で寝ていたのか。崩れていた建物は元に戻っている。
「何があったの?」
「わからない。白い光が辺りを包んだと思ったら、モンスターが倒れていて、建物が元に戻っていたんだよ」
 皐月が説明してくれた。
「あ! アキラ、怪我は?」
「いや、それが、怪我も治ってて。よくわからないんだ」
 確かに、アキラの服は破れてないし、怪我もすっかり治っていた。皐月も、別れた後と同じ格好をしている。
「亡くなった人がいるんだが、その人も外傷が一つもなくなってる。でも、死んでいるんだ」
「そんな……」
 どういうことなのだろうか。私が気絶している間に何があったのだろうか。
 私は立ち上がり、周りを見渡す。恵が倒れてる人のそばに居たので、近づく。
「恵……」
「杏奈! 目が覚めたのね。いきなり、周りが光ったと思ったら、杏奈ってば倒れてるんだもの。驚いたわ」
「ごめん。気を失っていたみたい。その人は」
「亡くなってるの。外傷もないのに……」
「そうなの」
 キレイな姿のまま、その人は眠るように倒れている。なんで、こんなことに。
 防衛魔法があるはずなのに、モンスターは街の中に入ってくるし、突然気を失うし……何がどうなっているの。
 そう思っていると、周りに人が集まりだし、亡くなった人を運んだり、周辺を見回る人がでてきた。
 私たちは状況を説明するのに追われた。
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