アスモデウスの悪戯

ミナト碧依

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38.取調室での捜査会議

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 時は丸一日遡る。
 沙羅さらはFBIの取調室にいた。崚介りょうすけの共犯である疑いがあるため、軟禁状態なのだ。
 ――考えろ、考えるんだ。崚介の居場所は? なぜ彼だけ殺されずに攫われた?
 焦りと心配で考えがまとまらない。
「こうも大人しくしているなんて、君らしくない」
「ルイス」
「どうしてここに?」
「君の取調を担当させてもらうことになった。マイクの指示でね。ウィルにも許可は取ったよ」
「あなたもマイクも、私を疑っているのか」
 その問いを、ルイスは否定も肯定もしなかった。
「ほかにすることがなくてね。何しろコールマン捜査官の行方は知れないし、それらしい手がかりもないから」
「じゃあどうして」
「君の考えを聞きに来た。サラ。リョースケ・Jコールマンは二重スパイだと思う?」
「思わない。わかり切ったことを聞かないで」
 沙羅は即答した。こんなやりとりさえ馬鹿らしいほどに、沙羅は崚介を信じている。
 だがルイスは冷静だった。
「僕だって感情論に同意することはできないよ。根拠は?」
 ルイスの言う通りだ。沙羅は言葉を選ぶ。感情論に訴えているつもりはないが、理性的に根拠を説明できてもいないことも自覚していた。
「彼は馬鹿じゃない。FBIの捜査能力を誰よりも知っている。ならば逃亡が前提だったとしても、あれほど証拠を残して行くとは考えられない」
「なるほど。確かに証拠が揃いすぎているかもね。何年も潜入していた慎重な捜査官らしくない雑な仕事だ。でもそれだけじゃ覆せないよ」
 確かにそうだ。だからこそ沙羅もずっと考えている。
「彼が二重スパイだったと仮定して話してみようか」
 沙羅はルイスを睨みつけた。嫌な冗談だと思ったがルイスの眼差しは真剣だった。
「もし彼が二重スパイだったとしたら、なんで君を拉致誘拐しなかったんだろうね?」
 沙羅はルイスの考えを察した。確かに二重スパイだと仮定したら不可解な行動が多いはずだ。それが反論の材料になるかもしれない。
「君がナーヴェ組織から逃げ出したあの日、君を保護したのはコールマン捜査官なんだって?」
「ああ。もし彼が二重スパイなら、追手に敢えて見つかるようにしたはずだ」
「あのときDEAの捜査員も動いていた。もしかしたらその情報を受けていて、自分の正体がばれるリスクのほうを取ったのかも。或いは彼はザックとは敵対する勢力――例えばレヴィアタンボス側の内通者だから、一旦はザックから保護するためにFBIに引き渡したとか」
 沙羅は舌打ちしたくなった。ルイスの仮定がもっともらしくて嫌になる。
「レヴィアタンの内通者だとしたら、崚介の自宅が特定されていないことはおかしい。私はずっと彼の部屋で生活していた。護衛もついていたけれど、私の重要度が組織の中で高いというのなら、これまで誘拐の素振りもなかったのはおかしい。私は組織から完全に隠されていたはずだ」
「君とコールマン捜査官は護衛のためって名目で同居してた。二人はセックスをする仲で、それは君をコントロールするためだったとFBIは考えているよね。その理由なら、確かにある程度時間は必要だろう?」
「誘拐が保留になっていただけだと? だとしたらなぜ相原弁護士を訪問する際、私の同行を断ったんだ? 絶好の機会だったじゃないか」
「君の護衛体制が見直された直後だったし、ウィルも許可しなかった。不自然さはないよ」
「そもそも私をコントロールするためだとしたらここまで時間をかける必要なんてなかった。セックスなんて東京で最初に誘拐を装ったときにもできたのに、彼はしなかった」
「そのときはザックの命令に従うふりをしていたからでしょ。ザックも君の体を狙っていたんだから」
「そもそも男女関係なんてなくても、あの狙撃事件のときにどさくさで誘拐してしまえばよかったじゃないか」
 言ってから沙羅ははっとした。そうだ。ナーヴェは沙羅を誘拐したがっていた。沙羅の様子に気づかないルイスが、眼鏡を押し上げながら面倒そうに話す。
「確かに、彼が二重スパイだとしたらそこが一番の疑問だよね。FBIがコールマン捜査官を疑っているのは、彼の銃が使われたから一応容疑者としているだけって……」
「私が研究のコアならば、あの狙撃事件はおかしい」
 ルイスの考察を遮った沙羅の言葉に、ルイスは気分を害するでもなく「なにが?」と興味を示した。
「私が死んでしまっては元も子もない。脅しだというには、かなり危ない弾もあった」
「じゃあやっぱり君を殺す目的での襲撃だったとか? 組織と敵対するほかの勢力かな?」
「いや。敵対勢力だとしても、狙われたのが私だとしたら利用価値はあると思う。それに私を拉致しようとする動きはなかった。狙われたのは、私じゃなかった……?」
 あのとき銃弾は沙羅の頭の高さに命中した。だがそれは崚介の心臓の高さだ。
「まさか、コールマン捜査官自身が狙いだったって考えてるの?」
 今まで気付かないなんて。やはり崚介の庇護に甘んじて腑抜けてしまっていたのだろうか。
「不自然なタイミングで狙撃がやんだんだ。ことが大きくなってしまったからだと思っていたけれど、狙撃がやんだのは私が飛び出したからかもしれない」
「君を殺しては本末転倒だったから?」
「ああ。崚介が庇ってくれて助かったけれど、かなり危険だった。狙撃がやんだのはその直後だよ。狙いが私だったのならそれで狙撃がやむのはやはりおかしいし、脅しだというならあまりにリスクがあった。狙いは最初から崚介だったのかもしれない」
「狙撃はどこからだったんだっけ?」
「確か、イーストサイドビルの屋上から狙撃したとか」
「イーストサイドビル?」
 ルイスは持っていたタブレットで周辺地図と、現場検証から推測されていた弾道が記録された資料を出した。
「君たちはどこにいたの?」
「狙撃に気づいたとき、咄嗟に私はここに隠れた。崚介はこっち。それでこの柱を回り込んで、ここで崚介と合流した。危なかったのは、多分ここ」
 沙羅が指さしで説明すると、ルイスはしばらく何かを計算しだした。やがてはっとして顔を上げる。タブレットにはビルの高さと確度が追記されている。
「これ、スナイパーの位置からは君が移動した場所が死角になっていた可能性が高い」
「そうか。ここからじゃ私が崚介側に回り込んだのが見えなかったんだ。だから柱の陰にいる人間が崚介だと思った。けれど飛び出したのが私だったから、スナイパーはそこでやめたんだ。視界が悪かったから、私を殺してしまうリスクの方が大きかったから!」
 崚介が狙いだったという仮説に信ぴょう性が増してくる。
「なんでコールマン捜査官が狙われるのさ? 敵が君の命を優先したってことは、アスモデウスや組織絡みなのは間違いないよね。問題は狙われたのが『リチャード』なのか『コールマン捜査官』なのか」
「一緒だろう。潜入捜査官だとばれたから狙われたんじゃ」
「いやいや、もしリチャードとコールマン捜査官が同一人物だということにナーヴェが気づいてなかったとしたら、そうとも限らないんじゃない?」
「え?」
「その二人が同一人物だってわかったの、バス事故の時に彼がFBIだって名乗ったからだろ? もし潜入捜査がばれて狙われたんだとしたら、ちょっと無意味に派手過ぎる気がするんだよね。組織のやり方じゃないっていうかさ。僕だったら裏切者は構成員を集めてその場で粛清するよ。見せしめのために」
「確かに……。もしそうだとしたら、狙われたのは『リチャード』かな。『崚介・J・コールマン』は捜査官としては表立って行動していないんだから……あれ?」
「なにか思い出した?」
「崚介とリチャードが同一人物って、どうして気づかれたんだろう」
「だから、公衆の面前でFBIを名乗ったからでしょ?」
「てことは、あの場にリチャードのことを知っている人間がいたってことになる」
 沙羅の指摘に、ルイスも「そうか」と気づく。
「偶然にしてはできすぎてるね。研究所とか?」
「私もそう思う」
 パターソン科学研究所はさおりの研究資料が盗まれた場所だ。しかも誰かが研究を引き継ぐことも期待されていると思われるため、ナーヴェの人間が現在も潜入している可能性はかなり高い。
「研究所からつけられていたんだ。ということは私と一緒にいたことが関係している、よね」
「だろうね。君は組織の逃亡者だ。それも数日間行方をくらませていた。一人の日本人女性にできることじゃない。それはリチャードが手助けしているからだった。だから見失う前に多少強引な手を取ったんだ」
「つまり、命を狙われたのは崚介だったが、私の誘拐が真の目的だった」
 沙羅はカメオに触れた。自分の誘拐のためだけに、あれだけ多くの人が傷ついたのか。
「研究所で拉致されなかったのは、研究所とナーヴェの関連を疑われないためか。だが再び私の消息を断たれないよう急いだ」
「ああ。もしかしたら派手な手段を取ったのは、組織内派閥に対するけん制の意味もあったのかも」
 ザックはレヴィアタンに成り代わり、ナーヴェを乗っ取ろうとしていた。それはつまり、ナーヴェの中にも派閥や対立が存在することを示している。ザックの元から逃げ出した沙羅を連れていたリチャード。レヴィアタンにとっては第二第三のザック、もしくはそれに属する者ということになる。
「もしくは、私に対する脅しかもしれない」
「え?」
「私の誘拐のために、私の周りで人が死ぬ、と」
 ルイスは一瞬視線を下げた。否定しないことが、彼も同意したことを物語っている。ルイスは話を続けた。
「おそらく君の拉致についてもナーヴェは動いていたはずだ。だが君たち二人がバス横転事故の救助の陣頭指揮を執って周囲の注目を集めていて隙がなかったこと、そしてリチャードの正体がFBI捜査官であったことで手が出しにくくなった」
「じゃあ今の奴らに崚介を攫う理由なんて」
 組織内派閥の抗争が原因なら、情報源として生かす理由もある。だがFBI捜査官と知れた今、その意味がない。
 沙羅はその先が言えなかった。攫う、つまり生かしておく理由がない。崚介の失踪が相原氏殺害の犯人に仕立て上げることだけが目的なのだとしたら、それは崚介の生存が絶望的だということ。それを口にするのも恐ろしかった。
 口を閉ざした沙羅に、ルイスが憐れむような視線を向ける。
「いや、一つある」
「何?」
 下手な慰めでも聞きたかった。希望を見出したかった。
「君だ」
「え?」
「コールマン捜査官は君の人質になり得る。愛してるんだろ?」
 確信を持った言葉だった。
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