アスモデウスの悪戯

ミナト碧依

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42.母の言葉

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 ◇ ◇ ◇
 ――沙羅さら。お前がこの映像を見ているとき、私は死んでしまったんだろうね。できればあきらがお前の隣で笑っていることを祈るよ。
 これからお前にとってショックなことを三つ伝える。心の準備ができていないなら、一時停止するといい。いいね?
 一つ目だ。沙羅。お前の生物学上の父親は晃ではない。日本にいる神崎かんざきしげるという男性だ。戸籍上私の兄で、お前の伯父にあたる。私と茂は生物学上の兄妹ではないから、近親相姦にはあたらないので安心しなさい。私はかつて茂兄さんを愛していた。
 このことはもちろん晃も知っている。彼は私の不貞を知った上で、私と夫婦でい続けることを選んでくれた。彼がお前や私に注ぐ愛情は本物だよ。私のことを恨んでも、晃のことは疑わないで欲しい。
 二つ目はお前の体に関することだ。もう知っているかもしれないが、お前には多くの薬物が効かない。お前はそういう体質を持って生まれてしまった。それは私の研究のせいだ。
 お前を身籠っていることがわかる前、私はとある試作中の薬品を吸い込んでしまった。南米産の植物で、学名はまだない。それは南米のとある村では滋養強壮の薬として使われていた。
 その村の近隣では大麻が栽培され、村民は生活のためにそれを栽培し、マフィアやギャングに売っている。大麻から精製されたコカインでジャンキーになる人間も多い地域だった。
 だがその村の住人は不思議なほどジャンキーがいなかった。私はその村で万能薬として使われていた「アズモス」という植物に目を付けた。学会では未発表のそれが彼らの麻薬耐性に繋がっているのではないかと考え、それを日本に持ち帰り研究を始めた。その成果が認められ、パターソン科学研究所に招かれてアメリカでの生活を始めた。
 私は摂取した麻薬を無効化する薬の研究をしていて、その名称をあの植物から取って仮に「アズモス」と呼んだ。アズモスは素晴らしい成果を上げた。麻薬だけでなく様々な薬物を分解する。解毒薬としてこれ以上のものはないと思った。
 だがアズモスは同時に悪魔のような効果を持っていた。アズモスは強い興奮作用をもたらす。血圧が急上昇し、体内のいたるところで出血を起こす。実験用のラットが何匹も死んだ。だが村の住人は平気な顔でそれを常用していた。きっと安全に摂取する方法があるはずだと研究を続けた。
 研究中の事故で、私はそれを吸い込んだ。微量だったから効果は数時間で消えたけれど、強い興奮作用と血圧の上昇が見られ、まるでドラッグのようだと思った。私は研究の中断を決めた。その直後に妊娠がわかり、早い産休に入ることを口実に研究所を一時離れた。
 出産を終え、研究をどうするか迷っていた頃、お前に薬物が効いていないことに気が付いた。そして調べていくうちに、お前の血液が南米のあの村の人々と同じ作用を持っていることがわかったんだ。
 私はそこで一つの仮説を立てた。「アズモス」は母体を媒介することで胎児の遺伝子を変化させるのではないかと。私はそれを証明するため、そしてお前の薬物耐性の治療法を探すため、研究所に戻った。
 仮説は正しかった。母体に少量の「アズモス」を摂取させて繁殖させたラットの子孫は、あらゆる薬物に耐えた。その子どもたちも。
 だが耐性を持たない者にとって「アズモス」は恐ろしい薬となった。少量でも強い興奮作用の末に死亡する例が後を絶たない。生き延びたラットは強い依存性を示し、結局は死んでいった。アズモスはある程度の強い肉体がないと簡単に服用者を殺してしまう。私の腕ではアズモスを無毒化することができなかった。私は研究の中止を決定した。
 三つ目の話だ、沙羅。パターソン科学研究所は、ドラッグを扱う『ナーヴェ』という裏組織と繋がっている。パターソン家はイタリア系マフィアの末裔だ。海運業で財を為したというが、要は密輸入で成功した一族だよ。この研究所も、元はドラッグや禁酒法時代に密造酒の製造を行っていた。私はそれを知らず、晃とお前をこの研究所に関わらせてしまった。本当にすまない。
 そしてジョン・パターソンは、アズモスを狙っている。彼はナーヴェの幹部として、開発部門である研究所に携わってきた。だが今から一月ほど前、彼は幹部連中を殺害し、ナーヴェを牛耳ってしまった。それにアズモスが使われたんだ。
 沙羅。私はこの国を出る決断をした。だが私は研究者としての利己心のために、そして何よりお前の体質のためにも、研究データを破棄することができなかった。もう一枚のチップに、お前の血液から抗体を分離する方法が入っている。これをお前の体質改善のための研究に役立ててくれると嬉しい。だが必ず、晃と相談して信頼のおける医師か研究者に託しなさい。お前の血液から分離した抗体は、私が目指した完璧なアズモスとなりうることがわかった。パターソン家がそれを手に入れたら、私と晃が目指した使われ方はしない。きっと悪事にそれを使うし、お前自身が狙われることになるだろう。もしくはあの村の人たちが実験体にされてしまうかもしれない。
 沙羅、私は酷い母親だが、お前のことを愛しているよ。お前と晃が無事日本に辿りついていることを祈る。
 ◇ ◇ ◇
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